第34話
嫌な予感は当たるもので、大型のバンは観音マリーナ海浜公園までついて来た。
まだマリーナに停泊中のボートで夜釣りに出かける船のオーナーの可能性もあるが、そんな金持ちがサビが浮いてるオンボロのバンでバイクを追い回して爆走したりはしないと思う。
俺は小さなロータリーのようになっている行き止まりでバイクを停め、そのままカードにしてポケットにしまい込み、タイル敷きの広場で待ち構えるようにして相手方の出方を伺った。
道路に停まったバンからは出るわ出るわ、総勢十二人程の男が手に得物を携えて降りて来た。
皆現在進行形でヤンチャしてますと言わんばかりの若者ばかりだ。
俺はスマホを取り出し、シーカーズから緊急救難要請をオンにした。これはダンジョン内のみならず、探索者同士のトラブルが発生した際に警察通報を行う機能だ。
俺は使うのは初めてだが、パトカーが二台以上で駆けつけてくると聞いた事がある。ステータス持ちに対しては四人以上で対応するように取り決めでもあるのだろう。
しかし警察が来るまでには少し時間が掛かるだろう。俺はスマホをポケットに戻して、一団から抜け出してこちらに歩いて来る丸刈りの男に視線を向けた。
「お前、高坂だな?」
「そうだが、お前は誰だ? 親父狩りにしちゃあ随分と大勢で押しかけて来たようだが?」
俺の誰何に丸刈りの男は鼻で笑うだけだった。その後ろに控えていた若者の集団も、こちらににやついた目を向けてながら笑っている。
「俺か? 俺は……そうだなァ、『越智君のお友達』って言やぁ、これから何されるか想像付くんじゃねェか?」
「……つまり、越智に違法カスタムステータスを導入した連中って事か。当然お前らも導入済みなんだろ? もう警察は呼んでるぞ、観念するんだな」
俺の忠告に対して、丸刈りの男の答えは言葉では無かった。腰に履いた刀を抜き放ち、俺に突きつけてきた。
俺は一歩下がり間合いを取ったが、どうやらそれをビビったと捉えたのだろう。丸刈り男がニヤニヤお笑っている。
「観念しろだァ? そりゃあこっちのセリフだぜ。こんだけの手勢を相手に生きて帰れると思ってんのか?」
「こっちもハイそうですかとやられる訳にもいかないんでね。……そういや越智は来てないのか?」
途端、丸刈りの男を含めた全員が大笑いした。一体何だ?
「越智君は今頃、えーと、誰だっけ? 月ヶ瀬とかいう女とヨロシクヤってんじゃねえか? 悪いオッサンから最愛のお姫様を取り戻した王子様は、めでたくお姫様と結ばれました、めでたしめでたしってなァ」
「……なるほど、そういう事か。お前らは寄せ集めの陽動部隊、目的は俺の足止めか」
「恋のお手伝いって言ってくんねぇかなァ? それに俺等を寄せ集めとは笑わせてくれるぜ……俺らはどんな相手にも油断しねぇ、お前をキッチリ殺す為に精鋭を集めて来てやったぜ」
下卑た笑いを浮かべながら、集団から三人程抜け出して丸刈り男の前に出た。それぞれダガーナイフ、トンファー、ナックルダスターを装備している。
どれもダンジョンアタックに使用される武器であり、人間に向ける事は許されていない。本当に俺を殺しにかかっているのか、こいつらは?
「お前ら! 油断すんじゃねぇぞ! ド頭からブースト全開でぶっ殺してやれや!」
丸刈り男の号令一下、前に出ていた三人の男達から赤いオーラが立ち上る。
ギリギリと筋肉の軋む音が聞こえ、その目が爛々と輝いている。比喩ではなく、本当に赤く光っているのだ。
「キヒヒヒヒヒヒ! 死ねェ!」
ダガーナイフの男が助走を付けて得物を振り下ろす。……いや、ちょっと待った、やけに遅いぞ。
これで本当にブーストが掛かっているのか? あの目が光ってるのも演劇用のエフェクトとかじゃないのか?
俺はやや戸惑いながら余裕を持って左に避け、ダガー男の右手に手刀を放った。
「あっ」
「えっ」
俺の手刀がダガー男の手首を砕く……どころか引きちぎるように切断し、タイル張りの床に叩きつけた。べチャリと水音に混じって金属が弾ける音がした。
ブーストによって高められている代謝能力のせいで、ダガー男の千切れた手首からは歪に砕けた骨が覗いており、断面からは噴水の様に血が噴き出ている。
ダガー男は何が起こったのか理解出来ていないようで、自分の腕を見つめている。とっさの判断力の低下もブーストの副作用なのかも知れない。
このままだとダガー男は出血多量で死んでしまうだろう。とは言え、俺だって殺人犯にはなりたくはない。例え過剰防衛でも前科が付いてしまう。
俺はダガー男の意識を飛ばす事で、ブーストの影響下から解き放つ作戦を取る事にした。駄目で元々、上手くいったらお慰みだ。
俺は自分の拳にスタン・コンカッションを意識して、ダガー男のみぞおちにボディブローを叩き込んだ。
スタン・コンカッションには手加減攻撃とスタン(弱)が付いている。スキル効果が三倍だから、スタン(中)があると仮定して……スタン(強)になるのか?
その効果によるものなのかは知らないが、ダガー男はくの字に折れ曲がってそのまま地面に激突し、綺麗に意識を失った。
カスタムステータスのブーストは無意識下では発動しないようで、手首の出血は多少おさまっている。
しかしリストカットでは済まない負傷なので、依然危険域ではある。
田方ダンジョンを巡回する時に携帯するヒールポーションはダンジョン備え付けの備品なので、退勤時に返却している。
個人的な手持ち分が無いのが悔やまれる。警察が来るまでもってくれればいいのだが。
ホッと一息ついたのも束の間、今度はトンファー男とナックルダスター男が迫ってくる。しかし相も変わらずブーストのエフェクトは派手だが、その動きはトロい。
ナックルダスターのストレートをかわし、トンファーを掴んで捻り上げ、トンファー男の足を払って転ばせ、スマッシュ・ヒットを意識したストンピングでその膝を踏み砕く。
……やっぱりダメだ、手加減攻撃の付いているスキルでないと手加減が効かない。踏み砕かれた膝から先が太ももと泣き別れになり、明後日の方向へ飛んで行く。
クールタイムが三分の一になっているおかげで、スタン・コンカッションは十秒待てば使える。こいつもとりあえずは殺さなくて済みそうだ。
クールタイムを待つ間、ナックルダスター男にシールド・バッシュを込めたケンカキックを見舞う。普通に蹴っただけだが、その効果は絶大だ。
ノックバック(弱)が(強)へと強化されたシールド・バッシュ(足)はナックルダスター男をカタパルトを想起させる勢いで吹っ飛ばし、後方に控えていた若者集団のうち数名を巻き込んで、路上駐車中だった彼らのバンの側面に激突させた。
砲弾が着弾したような轟音を響かせ、ボロ具合が更に増したバンがゴロリと転がり、その腹を見せた。側面がどのような惨状になっているかは想像したくもない。
ようやくクールタイムの明けたスタン・コンカッションを足元でじたばたと蠢くトンファー男の土手っ腹にぶち込んで黙らせる。
これで、えーと……何人倒したっけ? さっきの吹っ飛ばしに何人か巻き込んでしまったから、正確な人数が分からなくなってしまった。
残り人数を数えようと顔を上げたが、若者達は恐慌状態に陥っていた。
「お、おい! てっちゃん! 話が違うぞ!」
「イキってるオッサンを痛めつければいいって話だったろ! 強すぎるぞアイツ!」
「ブーストかかってるユウイチがあんな……あんな手刀一発で……嘘だろ……」
彼らのシナリオでは、さっきの三人で俺を畳んでしまう算段だったのだろう。もしかしたら、彼らは中堅探索者程度の能力値の持ち主だったのかも知れない。
しかしこちらの能力値はS+だ。それが「もはや計測出来ませんが、少なくともSに収まらない事は確かです」という意味だとすれば、最低でもブーストがかかった時点でSランク相当でなければ勝負にもならない。
他人のステータスを見る事は出来ないし、思わぬピンチを引き寄せるので楽観視も出来ない。が、負ける気が一切しないのもまた事実だ。
俺が一歩、集団に歩み寄る。すると若者達は悲鳴を上げながら後ずさった。丸刈りの男だけは大した物で、額に冷や汗をかきながらもその場で踏ん張っている。
「で、誰をぶっ殺すって?」
「て……テメェ、一体何モンだ……?」
「ご存知の通り、越智君の元先輩だよ。……悪いな、スキル無しの手加減が下手でな。お前のお友達、壊しちまったよ」
俺は転がっている男二人を眺めた後、肩を竦めて見せた。丸刈り男の後方の集団にどよめきが起こる。
「俺の相手はいつも魔物だから、生かす必要が無いんだよな。生かさず殺さずってのがこんなに大変だったなんて思わなかったよ」
「ダンジョン回ってるだけのガードマンの分際で……お前もカスタムしてんのか、えぇ!?」
丸刈り男が唾を飛ばしながら俺に怒鳴った。失礼な奴だ、俺も不具合を疑うくらいの能力値だが違法行為に手を染めたりしない。警備員の欠格事由に抵触してしまうからな。
「お前らなんぞと一緒にすんなよ、こちとらアラームすら入れた事の無いバニラだ」
「クソッ、楽な仕事だと思ってたのにアテが外れちまったぜ……お前ら! こいつがいくら強かろうが腕は二本だ! 囲んで叩くぞ!」
丸刈り男と残りの若者達が俺を中心にぐるっと取り囲んだ。
こうしてみると残り人数が分かりやすい。立っているのは十人だな。俺の足元に潰した二人、バンの近くに巻き添え分と思われる倒れた五人が散らばっているので全部で十七人か。
見るも無惨な姿になっているバンが中型免許の必要なタイプだから、定員より少し多い。
男ばかりがバンにぎゅうぎゅう詰めで来たんだろうかと考えると、少し笑えてくる。……当然、笑ってる場合ではない。
「余裕かましてんじゃねぇぞ! オラァ!」
俺が鼻で笑ってしまったのがよほど腹に据えかねたのか、取り囲んでいた若者の中で一番背の低い男が俺に駆け寄りながらスレッジハンマーを上段から振り下ろしてきた。
前蹴りでハンマーの柄の先端部分を上に蹴り上げると、ハンマーごと男が空を飛んだ。柄をしっかり握り込んでしまったためにハンマーと運命を共にしてしまったようだ。
スキルを使わないただの蹴りでこれだ。ドラゴンを蹴飛ばす美沙を笑えない状況になってしまっている。
砂浜を飛び越えて海面にド派手な水飛沫を上げるハンマー男を尻目に、背後を取ろうと近寄ってきた鉄パイプ男……鉄パイプ? そんな武器を使うジョブあったか?
まあいい、接近してきた鉄パイプ男の頭を鷲掴みにし、比較的固まっている小集団に向けて投げ飛ばした。
武器扱いになった鉄パイプ男にはスタン・コンカッションが込められているので、投げられた鉄パイプ男もぶつかった三人も仲良くおねんねだ。これで五人が脱落だ、残り五人。
「なるほど、何となくコツが掴めて来たぞ」
一人一人相手にすると手間がかかるので、一手で複数人巻き込める攻撃方法があれば楽に掃討出来そうだ。
両手剣や両手槍が欲しい所だが、武器種を無視してスキルを使うと怪しまれるし、そんな用意をしなければならないくらい賊に絡まれるつもりも毛頭ない。
流石に残り人数が片手で数えられるくらいになると無策で突撃する事も無くなり、膠着状態になる。
間も無く日が暮れようかという海浜公園に、赤色灯の回転する赤い光とサイレンの音が近づいてくる。思ったより警察の臨場が早い。
これで諦めるかと思ったが、丸刈り男はまだ職務遂行の意志が途絶えていないようで、刀を脇に構えたまま突っ込んで来た。
「クソッタレェ! こうなりゃ死なばもろともだァ!」
今までの下っ端と違い、丸刈り男のスピードは目を見張る物があった。それでも俺の速さより数段も遅い。
彼らが違法なブーストをかけていたとしても、その程度は分からない。もしかしたら廃人覚悟で何段階もキツい強化を施しているのかも知れない。
だが、身も蓋もない事ではあるが、俺の現在値であるS+まで上昇しないなら何もしていないのと同じだ。
「今回ばかりはトサカに来てるからな、お前だけは少し痛い目を見てもらうぞ」
俺はそう宣言し、地面を強く蹴った。周囲の景色がすっ飛び、丸刈り男の目前まで一息に飛び出した。
まるで漫画やアニメの武闘家が使う縮地のような感覚だ。こちらは培った修練の賜物ではなくただの脚力任せだが。
そしてその勢いのままに拳を抉り込むように丸刈り男の顎に叩き込む。スマッシュ・ヒットとシールド・バッシュ、スタン・コンカッションと三つのスキルを同時発動させた。
ダンジョン巡回時には何も出来ない時間を作りたくないので、スキルのクールタイムを意識した戦闘の組み立て方を心がけている。
スキルの同時発動なんて真似はやらない。どこで襲われるか分からないからだ。こんな時くらいしかやる機会がない。
丸刈り男の頭が首から外れてすっ飛ばずに済んだのはスタン・コンカッションの手加減攻撃のお陰だ。だがスマッシュ・ヒットのオーバーキルめいたダメージ分は全てノックバックに乗ってしまった。
丸刈り男は先ほどのハンマー男とは比べ物にならないレベルですっ飛んでいく。うちのマンションの屋上に着陸出来そうなくらいの高度まで上がり、遮る物のない中空をそのまま落ちて来た。
打ち上がった時点で既に意識を手放した丸刈り男はフリーフォールをたっぷりと味わった後、タイル敷きの広場に轟音を響き渡らせて墜落した。
落下ダメージで死んだりしないかと不安になったが、どうやら問題なかったようだ。胸が上下しているので呼吸は出来ていると思われる。
残る四名の戦意が完全に失われた所で、パトカーが二台ロータリー部分に止まった。四名の警察官が手に手にダンジョン用武器を携えて突入してきた。
「広島県警じゃ! お前ら、止まれェ!」
「高坂渉さん、いらっしゃいますか! 通報を受けて来ました!」
俺はポケットからスマホを取り出して警察官に近づいた。通報画面のままにしているので警察官にも分かりやすいだろうし、何なら探索者証を表示すれば身分証明も出来るからだ。
「俺です。特例甲種探索者、高坂です。彼らは先日、月ヶ瀬美沙から通報を受けた違法カスタムステータス使用者、越智祐介の関係者です」
「ああ、例の……ご苦労様です。怪我はないですか?」
先程俺を探していた女性警察官は軽くお辞儀をして、クリップボードを取り出した。調書を取るつもりなのだろう。
「はい、俺に怪我はありません。ただ、彼らが違法カスタムステータスのブースト機能を使用して襲いかかって来たので、手加減出来ませんでした。何名か治療が必要な襲撃者がいます、救急車の手配をお願いします」
「了解しました。手配しておきます。本来であればやり過ぎだと怒らないといけないんですが……相手が相手ですからね。過剰防衛には取られないと思います。片岡さん、本部と消防に連絡を。飯島さんはそこで伸びてる男と残りの奴をパトカーへ……」
女性警察官は俺の話や周囲の警察官からもたらされる情報を次々手元のクリップボードに書き込んでいく。テキパキと指示を出しているあたり、責任者ポジションなのだろうか?
「この後、お話をお伺いしなくてはならないので、広島西警察署までお越し頂いて……」
女性警察官からこの後の案内を受けている時、空気がビリビリと鳴り響いた。方向で言うと南東方向、海の向こう側だ。
「爆発音……? 一体何が……」
女性警察官が首を傾げていると、片岡と呼ばれていた男性警察官が血相を変えてこちらに駆け寄って来た。
「柳さん、ちょっと……」
「どうしたんですか? 何か問題が……」
片岡さんが女性警察官……柳さんに耳打ちをする。怪訝そうな顔をしていた柳さんだったが、目を大きく見開いて片岡さんを見やった。
「本当ですか?」
「はい。高坂さんにもお伝えするようにと」
片岡さんは柳さんに一礼をして男達の捕縛の手伝いに向かった。柳さんは俺に向き直り、その表情を一変させた。まるで機械のような、感情の読めない顔だ。
「失礼しました。私、氷上と申します。雪ヶ原に連なる者でございます。惣領からの伝言を二点、お伝えします」
あかりの関係者……と言う事は、例の諜報関係の人間なのか。警察にまで潜入しているとは、流石としか言えない。
しかし、今はそんな事より伝言の確認が先だ。
「あかりは何と?」
「朗報です。月ヶ瀬様に関してですが、惣領が安全を確保しています。被疑者である越智祐介も身柄を西署に送致済です。ご安心ください」
それはまさしく朗報だ。「美沙の事だから心配はいらない」と自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返していたから、これでやっと安心出来る。
気の緩みから少しだけ肩の力が抜けたが、そんな俺を再び緊張が襲った。
「須磨隆史……あちらで伸びている剃髪頭に刀の男ですね、彼らが根城にしていた呉市休山に隠されていたダンジョンが迷宮漏逸を起こしました。鉱物のような物で構成された巨大な人型の魔物が一体、市街地方面へと向かいました」
呉の迷宮漏逸。俺には、嫌な予感しかしなかった。
「東洋鉱業株式会社、広島本社が……襲撃を受けています」




