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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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第31話

「……」


「まだ怒ってるのか……」



 切串発広島港行きフェリーのデッキの手すりに寄りかかったまま、月ヶ瀬はムスッとした顔で対岸に浮かぶ広島の街の明かりを見つめていた。

 俺の呼びかけに一切反応しないのは、俺がやらかしたせいだ。



 最後にダンジョンから出てきたあかりと合流し、いつの間にか居なくなっていた氷川さんの代わりに、雪沢と名乗る小柄な女性の運転する車で送ってもらい、俺達は行きと同じ切串西沖桟橋で降ろしてもらった。

 去り際にあかりから「高坂さん、また会いましょうね」と声をかけられ、月ヶ瀬の前だと言う事を忘れて「またな、あかり」と返したのが運の尽きだった。

 あの時の月ヶ瀬の表情は今晩の夢に確定で出現しそうなくらい恐ろしい物だった。一瞬死を覚悟した。



「……説明を」


「ん?」


「説明を、要求します。何があったんスか、ボス部屋で」



 相変わらず月ヶ瀬は夜景を反射する波間を見つめたままだ。

 俺は月ヶ瀬の横で手すりに肘をついて寄りかかり、同じように遠くの光を眺めた。



「告白されたよ。好きだって」


「っ……そ、そっスか」


「俺との出会いは運命なんだそうな。オッサン捕まえて何言ってんだって話だけどな」


「……そんで、どうしたんスか? 告白、OKしたんすか……?」



 横目でチラリと月ヶ瀬を見ると、デッキライトで照らされたその顔は既に泣き出しそうになっていた。氷川さんを引っ掴んでいった時の怒りに満ちた物とは全く違う、一人の女の子のそれだった。



「断ったよ」


「……何でっスか、あの子アイドルですし、若いし、かわいいし……」


「ピンと来なかったんだよ」



 それはあかりと話して気がついた俺の恋愛観であり、俺のこれまでの生き方が生み出した欠点だ。

 俺は多分、普通の人が落ちる「身を焼くような恋」には縁がないと思う。



「人を好きになる気持ちは分からん。ずっと独り身だったしな、どうにも現実感がない。だが、側に居てもしっくり来ないと言うか……俺の隣にいるべきなのは、あかりじゃない。そう思ったから、断った」


「……そっスか、まあ……うん、先輩が決める事っスから、それでいいんじゃないっスかね……?」



 俺はあらかじめポケットに入れておいたカードを取り出し、あからさまにホッとしている月ヶ瀬に差し出した。



「……これは?」


「あかりに今日の記念に何かくれって言われて、よく分からんペンダントをやったからな、お前にも渡しとこうと思って。道中で拾った奴だ」



 カード化を解除して、手のひらに現れた濃いブルーの宝石を月ヶ瀬に握らせた。デッキライトの光を受けて輝くアクアマリンを見て、月ヶ瀬は大きくため息をついた。



「……先輩、これを女の子にあげる意味、知らずに渡してるでしょ? 駄目っスよ、そういうラノベに居そうなやれやれ系主人公みたいな鈍感ムーブ……」


「いや、ちゃんと知ってるよ」



 マーマンがドロップしたこのアクアマリンを月ヶ瀬に渡すと決めてから、その由縁をスマホで調べておいた。

 この宝石が江田島ダンジョンで発見された当初、その深い青の美しさからセトウチ・アクアマリンと呼ばれた。

 アクアマリンの石言葉は勇敢や聡明だ。だがこの宝石には特別な意味が付け加えられた。

 ルビーのように情熱に燃える恋ではなく、深い海のように包み込む愛をもたらす宝石として、恋人の間で送り合う事で愛を誓うというおまじないが探索者カップルの間で流行った事があるそうだ。

 今でも江田島ダンジョンにはご利益にあやかろうとカップルで訪れる探索者もいるくらいだ。

 思えば、ここに到着した時に暇を持て余していた探索者達も、セトウチ・アクアマリンを目当てに来ていたのかもしれない。



「好きな奴に渡す宝石だろ、それ」


「え……なんで、知ってて……あたしに……?」



 月ヶ瀬の顔を俺は見る事が出来ない。恥ずかしくて死んでしまう。多分、俺は今、人生で一番変な顔をしていると思う。

 しかし、そんな物はこれから言わなければならない言葉に比べたら大した事ではない。



「ドキドキするとか、胸が締め付けられるような恋がどんな物かは全く理解出来ない。でも、一緒に居て安心する、ずっと側に居て欲しいって思うのは、お前なんだ、月ヶ瀬」


「う……嘘っスよそんなの、だってあたし、戦う事しか出来ないし、あかりさんと違ってガサツだし……」



 月ヶ瀬は既に鼻をぐずぐず鳴らしているし、涙声になっている。俺はその様子を直視できないから分からないが、恐らく泣いているのだろう。

 泣かせるつもりではなかったのに、これは困った。しかしここまで言ったんだ、中途半端に止める方が月ヶ瀬にとって酷だろう。



「今まで色々俺にちょっかいかけてきたり、助けてくれたりしたよな。月ヶ瀬がみーちゃんだって気付くまでは何で俺に構うのか分からんかったが……あの日、会えなくなってからずっと、俺の事を好きでいてくれてたんだな」


「うん……うんっ、ずっと……ずっとあたし、お兄さんが好きで、会いたくて……お兄さんの事を探してっ……やっと会えたのにお兄さんあたしの事忘れてて……寂しかった……辛かったよぉ……」



 月ヶ瀬は相変わらずのダサいTシャツの袖で涙や鼻水をごしごし拭っている。

 目が真っ赤になるしメイクが取れちゃうからやめなさい……いや、もう手遅れか。

 俺の呼び方が完全にみーちゃんの頃に戻ってしまっているのは、一種の幼児退行のような物だろうか。それだけ今まで大変だったという事なんだろう。



 俺としては、まさか数週間世間話をした程度の中学生にここまで好かれるとは予想していなかったし、わざわざ長い時間をかけて俺を探し出して、同じ会社に就職してくるなんて思いもしなかった。

 俺は月ヶ瀬が過ごした十年間の気持ちとその重みを知らないから、その気持ちを理解出来るはずがない。そこを偽って「お前の気持ちが分かる」なんてどうして言えようか。



 これまでの俺の無理解を謝ればいいのか? 多分、それは違う。月ヶ瀬は謝られたからって喜びはしないはずだ。

 月ヶ瀬が俺の為に費やして来た時間をただの徒労にしない為に、俺に出来る事は一つだけだ。

 月ヶ瀬の肩に手を掛けて、こちらを向かせた。こっ恥ずかしくてしょうがないが、ここで照れてしまっては台無しなので、一つ心の中で気合を入れる。

 ええい、年長者だろ! シャキッとしろ!



「……好きだ、月ヶ瀬。これまで一緒にいられなかった分、これからは出来るだけ側に居てくれると……嬉しい」


「──っ、あたしも……あたしもお兄さんの事、好きです……っ! ずっとずっと、一緒に……うわああああん!」



 月ヶ瀬は真っ赤に泣き腫らした目をさらに大きく広げて、ボロボロと涙をこぼしながら俺の胸へと飛び込んで俺の背中に手を回し、しがみつくように抱きついている。

 単騎でドラゴンを叩き落とすような恐るべき膂力でギリギリと締め上げられるのを想像していたが、そんな事はなかった。月ヶ瀬の柔らかさを感じられる程度の力加減だ。

 普段から友達のような付き合い方だし、とんでもなく強いから忘れそうになるが、こいつもちゃんと女の子なんだなと実感させられる。



「本当に……本当に側にいてくれるんですか?」


「もちろん」


「もうあたしを置いてどっかに行ったりしませんか?」


「……遠出する時は、なるべく事前連絡を心がけよう」


「やだ……ちゃんと置いてかないって約束してくれなきゃ、嫌です」



 俺の胸におでこをぐりぐりと押し付けて抗議の意を示してくる。お互い大人なんだから仕事やプライベートで離れる事くらいあるだろうに。

 しかし今の月ヶ瀬は理屈が通用しない子供のような物だから仕方がない。へそを曲げられても困るので、とりあえず話を合わせておく。



「分かった、置いていかない。ずっと一緒だ」


「えへへぇ……約束ですからね」



 俺の答えに満足したのか、月ヶ瀬は腕に力を入れて抱きしめてくる。どうやらこれが正解だったようだ。

 それからしばらくこの幼児退行? が収まるまで、俺は月ヶ瀬の背中を叩いてやる事しか出来なかった。

 月ヶ瀬がようやく落ち着いたのは、明かりでぼやけていた広島の街の輪郭がしっかりと眼前に捉えられるようになった頃。

 間も無く広島港に到着する為、下船の準備が必要になる段階での事だった。



 § § §



「もうそろそろ離れてもいいんじゃないか? ほら、会社の人間に見られるかも知れないし」


「やですー、もう離れないって先輩約束したじゃないっスか。それに、誰かに見られてもあたしは困りませんし」


「俺が困るんだよ、俺が……それに見つかったらどう説明するんだよ、社内にお前の隠れファン結構いるんだぞ。殺されるだろうが」


「先輩に危害を加えようとする奴はあたしが流れ作業的に首を刎ねますから安心していいっスよ」


「いきなり狂犬モード入るのはやめなさい、ちょっと怖いんだから……あとナチュラルにジェノサイド宣言をしないように。犯罪だぞ」



 結局、広島港から家の近所まで路面電車を乗り継いでいる間も、何なら電車から降りて徒歩で帰っている今でさえ、月ヶ瀬は俺の腕にしがみついたままだ。

 歩き辛いし人目もあるしで何度も普通に歩く事を提案したが、全て却下された。我ながら、その場凌ぎとは言え面倒な約束をしてしまったものだ。



「……本当言うと、今日が来なければいいのにと思ってました」



 俺達が住んでいるマンションにようやく辿り着き、コンクリート製の階段を登っている最中、月ヶ瀬が独り言のように呟いた。



「その心は?」


「あかりさんに先輩を取られちゃうんじゃないかなって……あたしの方がずっと昔から好きだったのに、横から狙われる形になっちゃいましたから」


「俺は今回の計画については全く聞かされていなかったから何とも言えんが……そんなに嫌だったんなら断れば良かったんじゃないか?」


「そういう訳にもいかないんです。《天地六家》は特殊なんで、貸し借りの清算も一般人とは違ってて……だから正直、半分くらいは諦めてました」


「あかりより先に告白すれば良かったのに」


「……怖かったんです。もし先輩に告白して駄目だったら、友人枠にも残れなくなっちゃいますから。嫌われたり拒絶されるくらいなら、友達みたいな距離感のままでいいって、そう思っちゃって」



 奇しくも月ヶ瀬の言葉は、今朝フェリーに乗っていた時の俺と同じ心境の告白だった。

 先輩後輩の間柄のぬるま湯のような距離感が楽しくて、ついこのままで居たいと思ってしまう。そんな所まで似た者同士だったとは、俺達は相性が良いんだろう。

 その関係が近づいた今、俺達はどんな顔をして付き合っていけばいいかは皆目見当もつかないが……時間が解決してくれるだろう。まあ、いくら何でも十年はかからないとは思いたい。



「でも、今は……今日が来てくれて、本当によかったって思ってます」


「そうか、それなら良かった」



 月ヶ瀬の部屋の前に差し掛かったあたりで、月ヶ瀬が俺の腕からスイっと離れ、眼前に立った。こちらの顔を覗き込むように見つめてくる。



「……本当にあたしで良かったんですか? 今なら『やっぱナシで』って言われてもギリ許せますけど」


「言う訳ないだろ、お前こそこんなオッサンで良かったのか?」


「もちろんです、『こんなオッサン』の為に十年間頑張ったんですからね。……えへへ、よろしくです」


「ああ、よろしく。……明日は河原町で同じ現場だったろ? 今日はもう寝て、また明日話そう」



 俺は月ヶ瀬の頭をポンポンと撫でて、自分の部屋の鍵を開けて中へ入る。

 電気を付けてドアを施錠しようと後ろを向いたら、月ヶ瀬が居た。ほぼ無音での侵入だったので少しビクッとしてしまった。



「……? どうした月ヶ瀬、まだ何か話す事があったか?」


「あたし、十年間待ったんです」



 月ヶ瀬が後ろ手でドアの鍵を閉めた。もとより鍵は閉めるつもりだったが、月ヶ瀬が中にいる時点で意味合いが違ってくる。

 こいつ、何しに来たんだ?



「十年間ずっと我慢してた事、先輩と恋人になれたらしたかった事、沢山……そりゃあもう沢山あるんです」


「お、おう……」


「全部……今夜、全部します」



 月ヶ瀬は覚悟の決まった目をこちらに向け、そう言い放った。

 恋人になった男の部屋に女が押しかけて、真剣なツラでこんな宣言してまでやる行為ががサメ映画を延々と鑑賞したり、徹夜で麻雀をする程度の事であるはずがない。

 月ヶ瀬がやろうとしているような行為の経験は俺にはない。常にソロプレイだし、如何わしい店に行った事もない。

 そんな俺が月ヶ瀬に言える事は、一つだけだった。



「お、お手柔らかにお願いします……」



 月ヶ瀬は何も答えず、にっこりと笑った。どうやらお手柔らかにするつもりはなさそうだ。



 § § §



 結局、俺達が眠りについたのは東の空が少し白み始めた午前四時頃だった。

 二時間ちょっとしか仮眠が出来なかったが、それでも思ったより眠りが深かったのは朝から晩まで結構な運動が続いてしまったからだろう。

 月ヶ瀬は仮眠を終えると身支度を整える為に自分の部屋に帰っていった。俺も疲れが取れきれないままシャワーを浴びて、仕事の準備をする。

 俺は部屋を出る際にぐっちゃぐちゃに乱れっぱなしの布団を目にしてしまい、恥ずかしいやら情けないやら変な気分になってしまった。



 うちの洗濯機は単身用の小さな奴なので敷布団の洗濯が出来ない。マンション向かいのコインランドリーに持っていくしかない。

 こういう品こそカード化出来たら持ち運びが楽なのにな……などと益体もない事を考えていたが、そう言えば俺のカード化は追加スキルやスキルカードで覚える物とは一味違う特別製。

 魔力のない普通の品でもカード化出来てしまうチート仕様となっている。



「仕事帰りにどっかのコインランドリーで洗濯しといて、その間にスーパー銭湯にでも行くか」



 俺は布団をカード化し、ポケットに入れた。これをカードデバイスに入れるのは少し気が引ける。カード化した時点で匂いや汚れは封じ込められるが、気分的な問題だ。

 俺は改めて部屋を見渡し、忘れ物がないか確認してから部屋を出た。



俺は家を出た。

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