閑話7 雪ヶ原あかりの華麗なる権謀術数
【Side:雪ヶ原あかり】
高坂さんの姿が見えなくなっても、私はしばらく階段を見つめていました。
そして誰もいなくなったボス部屋で、堪えきれなくなった笑いを溢してしまいました。
「やった……やった! やっぱり運命はあったんだ!」
胸元で光るペンダントを握りしめ、運命に感謝の祈りを捧げました。
このペンダントは「離れずの星」と呼ばれるマジックアイテムです。ドロップ率があまりにも低く、支援スキル持ちでなければその効果も無用の長物と呼ばれて然るべき「ハズレレア」です。
その為、情報が全くと言っていいほど出回っておりませんでした。私もこのアイテムの存在を知ったのは偶然でした。
……いいえ、これもまた運命だったのです。
この「離れずの星」の効果は、対象への支援スキルの「射程」を無くすという、掛け値なしの高性能な物でした。
射程を無くす……つまり使用者は、地球の裏側に居ようと、たとえ異なるダンジョンに居ようと、いついかなる状況においても、離れずの星の対象者を支援スキルの対象とする事が出来ます。
現に、今この瞬間にも、高坂さんとオーディエンス・リンクで繋がっている感覚が残っています。
高坂さんに勘付かれないようにする為に、今はリンクの強度を最小限度に留めておりますが。
最小まで絞ったオーディエンス・リンクの維持に必要な魔力は非常に少なく、時間経過の魔力回復分と差し引きしてもダンジョンアタックの障害にはなり得ない程度です。
しかし離れずの星の対象はたった一名、ペンダントトップに魔力を注ぎ込んだ者に限られる為、大勢のメンバーを抱えるパーティの支援職にとっては帯に短し襷に長し、との評価でした。
死なれるとパーティが崩壊しかねないタンク職への支援スキルを遠距離から維持し続ける程度にしか使われなかったようです。
高坂さんは私がお願いするまでもなく、このペンダントトップに光属性のエンチャントをかけて下さった。
その時点で高坂さんは、この離れずの星の対象者となりました。
私と高坂さんは、無限の距離ですら隔てる事の出来ない絆で結ばれたのです。これが運命でなくて、何を運命と呼びましょうか。
思えば、幼少のみぎりに両親に連れられて訪れた闇ヶ淵家で告げられた天命の通りになっているように思います。
人々より崇拝を受ける生業を身に宿し、年の巡りが十八を数える時、安芸国にて世界を変える運命の星に出会う。
特別な命運を持つその者と、強い縁で結ばれるだろう、と。
闇ヶ淵のお婆様の話をお父様もお母様も全く信じている様子はありませんでしたが、私は何故か、その言葉が胸の奥に嵌ったような気がしました。
同時多発的にダンジョンが生まれたあの日、私は熱海にある雪ヶ原の別荘で過ごしていました。
庭に小さな穴が空いているのを見つけ、冒険心を抑えられなかった私は穴の中に飛び込みました。
そこから氷川によって助け出されるまでの記憶は曖昧ですが、穴から生還した私は超常の力を得ていました。
後にステータスと公称される事となる力とは別に、異質な能力がこの身に宿っていました。
その異質な能力は私以外には誰も持ち合わせていないようで、私はずっとひた隠しにしていました。
私がアイドルのジョブを得た事が分かると、両親は私を家に閉じ込めるようになりました。
常に氷川が私を見張り、私は雪ヶ原家独自の勉強ばかりさせられました。
良くも悪くも、私には雪ヶ原の才能がありました。何年もかけて習熟すべき雪ヶ原の情報収集とその操作のノウハウを、半年程度で修め切ってしまいました。
する事がなくなり暇になった私は、アイドルの情報を集めました。一体どういう仕事なのか。そこに至るためには何を学び、何を修練すればいいのか。
全ては独学です。ネットで探してきた歌を練習し、踊りを学びました。
雪ヶ原の才能に恵まれた私でしたが、アイドルの才能はからっきしでした。でも、とても楽しかった。
出来なかった事が苦労の末に出来るようになる喜びを、生まれて初めて知りました。
ある日、私はお父様とお母様にこっぴどく叱られました。雪ヶ原の次期惣領ともあろう者がアイドルなんぞ志して何とする、と。
私は、あの穴で得た「異質な能力」について説明しました。闇ヶ淵で聞いた天命はこの為の物だったのだと。
しかし、二人は理解してくれませんでした。それどころか、昔闇ヶ淵に見せに行ったのは失敗だったとさえ嘯く始末。
私の心の支柱になっていたあの天命すらもペテン扱いするなんて、到底許せる発言ではありませんでした。
だから、殺しました。
私が雪ヶ原の全てを理解する頃には、私は分家を含めた雪ヶ原の実質的な支配を済ませていました。
お父様は私に雪ヶ原の権限を簒奪されていると気付かぬまま、人知れず飛騨の山に埋まりました。今頃樹海の奥深くで綺麗な花を咲かせている事でしょう。
お母様は外から嫁いだだけの一般人、雪ヶ原の何たるかを知らぬ暗愚でした。殺すだけならいつでも出来ます。
そこで、お母様には蟄居して頂くことにしました。私の手の者に四六時中見張らせ、発言権を奪いました。
私の行動を制限するお父様が居なくなったので、大手を振ってアイドル活動を開始出来るようになりました。
いくつか握っていたペーパーカンパニーのうちの一つを芸能プロダクションに仕立て上げ、そこに所属する形でアイドルとして活動を開始しました。
お目付け役として残った氷川だけは、おいそれと処分出来ませんでした。彼女のジョブはアサシン、私の力では対処出来ません。
お父様の謀殺は一握りの上層部で秘密裏に済ませましたが、先代の覚えめでたい分家の出世頭を大義名分も無く本家の力で殺害しよう物なら、雪ヶ原と分家の間で意識のズレが生まれます。それは良くない。
氷川には芸能プロダクションで私のマネージャーをさせる事で、一旦様子を見る事にしました。
十八歳を迎えてしばらく経ったある日、広島のアリオンモールでの仕事が入りました。
私は直感的に確信しました。闇ヶ淵の預言の日は、その日だと。
氷川に邪魔されたくなかった私は、いざという時の為にとっておいたお母様を亡き者にしました。
先代への恩義を強く感じている氷川です、葬儀を欠席する事は出来ないでしょう。
私はアリオンモールと結んだ契約をキャンセル出来ないという名目でお母様の葬儀に出席せず、広島へ赴きました。
そして、運命の訪れに歓喜しました。
既に同じ《天地六家》の月ヶ瀬の末妹が私の運命の人……高坂さんとの縁があったのは予想外ですが、別に構いません。
私の目的は高坂さんと縁を繋ぐ事。
恋仲や夫婦になれれば最良でしょうが、そうでなくとも問題はありません。
月ヶ瀬の娘が本妻、私が妾でも十分目的は果たせます。
月ヶ瀬の娘が招いた失態の尻拭いをするために情報操作を行う事で、私は高坂さんが運命の人である事を強く確信しました。
私と同じ「異質な能力」を持つなんて、もはや偶然ではあり得ません。
私は逸る気持ちを抑えながら、月ヶ瀬に請求する予定の四百億円を私のお小遣いで握りつぶし、私の計画の一端に参加して頂く要請をしました。
その結果が、これです。最良の結果……いえ、その上を行く結果です。こんなの、予想だにしませんでした。
高坂さんとの縁を繋げて、しかも「離れずの星」まで頂いてしまった。しかも目の上のたんこぶだった氷川の処分まで出来ようとは……
たった四百億円で求められるような成果ではありません。
氷川はお父様が重用していた最後の「先代派」です。いつかは消さなければなりませんでした。
直接手を下せない以上、氷川を消す大義名分が必要でした。しかし優秀な氷川はミスを起こさない。
そこでいくつかの情報を伏せる事で、勝手に自爆してもらう算段を立てました。
一つは、高坂さんの余りにも高すぎる価値について。もう一つは、今回の企画が価値を付けられない高坂さんを引き入れる為の計画である事。
最後の一つは、これが氷川を処分する為での計画でもある事です。
案の定、氷川はいつも通り高坂さんを狙いました。悪い虫の物理的排除は先代からの言いつけですからね。
もちろん、高坂さんを囮にする事に罪悪感はありました。その為に収録と称して、いざと言う時の為に月ヶ瀬の娘に同行してもらいました。
高坂さんには私の「異質な能力」を行使し、氷川ごときの射撃では傷一つ入らないよう細工をしました。
隙を見せない二重の仕掛けです。これならいかに氷川と言えど、高坂さんを害する事など出来ません。
かくして、月ヶ瀬にとっても私にとっても重要な高坂さんの暗殺に失敗した氷川は、謀反人として本家によって回収される事になります。
案外、その辺りのネタバラシを月ヶ瀬の娘が行っているかも知れませんね。変なところで感の鋭い人ですから。
私はステータスを開き、一番下の欄を確認しました。私の「異質な能力」を再確認する為に。
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◆アビリティ
【キング・アンド・クイーン(特殊):パッシブ】
対象一名を選択する事で発動する支援スキル群
対象に行使する支援スキルの性能が三倍となる
対象となった者は使用者の特殊値に比例した強化を受ける
(雪ヶ原あかりの現在の特殊値:B)
使用者と対象は、このアビリティが作動している間に限り、互いに対する好感度が下降しない
範囲:50m 効果時間:対象が範囲を外れるまで
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これが私の異質な能力、アビリティです。
アビリティは世界で私だけの物かと思っていましたが、高坂さんもアビリティ持ちだなんて……何度運命を感じたらいいのでしょう。高坂さんは罪作りな憎いお方です。
高坂さんがシャーク・ウォリアーの腕や足をいともたやすく両断出来たり、氷川の射撃を見切ったり出来たのは、私のアビリティによる支援スキルと能力値の底上げによる所が大きいでしょう。
離れずの星がある今、高坂さんの能力値は常に底上げが為されている状態で固定されているはずです。
そして何より、最後の文言。このアビリティが発動している間は好かれる事はあっても、嫌われる事が無い。
私の高坂さんへの愛はもはや限界を突破していますが、高坂さんから私への印象は、せいぜい依頼主以上友達未満といった所でしょう。
それでもいいのです。離れずの星がある限り、高坂さんから私への好感度は「減らない」。つまり高まる一方に固定されているのです。
焦る必要はありません。時間をかければいいだけ。月ヶ瀬の娘に出来た事が、私に出来ない道理は無い。
私のアビリティ、キング・アンド・クイーン……王と王妃。
それが一体何を意味しているのか分かりません。でも、そこに記されている「王妃」が私を示しているのなら。
「高坂さん……絶対、私の王様になって頂きますからね」
私の決意の呟きは誰に聞かれることもなく、海と空の間に溶けていきました。
§ § §
「あ、そうだ」
忘れる所でした。関係各所への根回しをしなければ。
せっかく高坂さんとお話できて、今後へのフックも出来たのですから、私の動きやすいフィールドを整えなければなりません。
高坂さんは男女の年齢差に伴う世間体の悪さを気になさるようですから、まずそこをどうにかする必要があります。
各種メディア……テレビにラジオ、雑誌に新聞、色んな媒体を焚き付けて中年男性との恋愛を好意的な観点でトレンドに載せてしまいましょう。
何なら歳の差カップルのドラマを何本か放送するのもアリかも知れません。世間側に違和感を抱かせないために、草の根的に意識改革を行うことも忘れないようにしましょう。
さらには中年男性から金銭を搾取して私服を肥やす女性への対処も進めましょう。
高坂さんが私のような若い女性に警戒心を持つのは、そういった詐欺事例や美人局が横行しているからでしょう。
ネットやニュースで一時的に取り沙汰されてもすぐに皆忘れてしまう……それはつまり、その程度の人間は居なくなっても誰も気にしないという事。
この際、膿は出し切ってしまいましょう。多少の犠牲者は出てしまうかも知れませんが、私と高坂さんの仲を進展させる為のコラテラル・ダメージです。
これらの案件は雪の者に任せればいい。分家の取りまとめを行なっている雪林家なら、上手く立ち回ってくれる事でしょう。
後は……そうそう、とても大切な事を放置してしまう所でした。
高坂さんは女性に対して二心を持つ事を良しとしないスタンスです。それはきっと倫理的な問題だけではなく、法的な問題も介在しているはずです。
一人の女性と添い遂げる……その主義主張は大変美しいと思います。しかし、それでは困ります。
私の入り込む余地がありません。障壁は取り除かなくてはなりません。
私はスマホを取り出し、とある番号に電話を掛けました。ありがたい事に、ダンジョン内であってもどういう訳か電波が通じます。
《……はい、竹村です》
スマホのスピーカーから聞こえたのは老人の声でした。久しぶりにお聞きした声は老いを感じさせるものの未だに矍鑠としており、その威厳は健在のようです。
「竹村のおじいさま、お久しぶりです。雪ヶ原でございます」
《ああ、惣領の娘さん……いや、今や惣領でしたか? ご立派に家業を継がれていらっしゃるようで》
「ありがとうございます。まだまだ手習いですが、どうにか下の者を飢えさせずに済んでいます。……今日はご相談がありまして、ご連絡差し上げた次第でして」
《おや、雪ヶ原の力を持ってすれば何でも叶うのでは? このような老骨に何かお手伝い出来ますかな?》
私は一つ深呼吸して、電話口の老人……竹村法務大臣に話を切り出しました。
「法務大臣としての見解をお聞かせ頂きたく。民法第七百三十二条をはじめとした重婚の禁止に関する法令を改正、ないし合法的な抜け穴を用意する必要があるとしたら、槍……いえ、『刀を何本用意する必要がありますか?』」
世間体が邪魔なら、世間を変えればいい。法律が邪魔なら、法律を曲げればいい。
雪ヶ原には、それが出来ますからね。
高坂さんとの明るい未来の為なら、数千億円とてドーンと用立ててみせますとも!




