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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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閑話6  月ヶ瀬美沙は腑に落ちない

【Side:月ヶ瀬 美沙】



 あたしは氷川を引っ掴んだままダンジョン入り口まで戻って来た。入り口で警戒していた自衛隊員の前に氷川を放り投げ、両手を軽くはたいた。



「これでよし……っと」


「……殺さないんですか、私を」



 氷川が絞り出すように呟いた。本当だったら殺しても良かったが、雪ヶ原のお陰で少しは冷静になれた。

 先輩も自力で対処出来たから無傷だし、何の問題も無い。ずっと先輩に敵意を向けていた事に腹は立つが、正直もう、どうでもいい。



「だって、あたしが殺さなくたって、アンタは明日まで生きられないでしょうし……わざわざ手を汚す必要は無いんスよね。雪ヶ原と戦争するのも割に合いませんし」


「……何で……」



 この「何で」は、きっと自分の身が危険に晒されている理由の説明を求めている訳じゃない。そこまでの馬鹿が、こんな大事な案件で使われる訳がないからだ。



「何で、貴女も! 惣領様も! あんな冴えないオッサンを気にするんですか! どこからどう見ても、何処にでもいるような中年警備員じゃないですか!」



 その一言で確信した。今回の一件、完全に氷川の独断だ。

 最初、雪ヶ原本家の内紛を疑った。雪ヶ原は諜報活動を行う組織を完全に家系の者で固めており、そのため雪ヶ原は外部からの干渉に非常に強い体制になっている。

 外からの引き抜きや教唆が無い訳ではないだろうが、それを許さない為に血の掟とも呼べるような厳格な家訓を設けるし、飴とムチと言わんばかりに厚遇もする。それは月ヶ瀬家も同じだ。

 雪ヶ原本家で内部分裂が起こっていて、雪ヶ原あかりを良しとしない分派に抱き込まれた結果、氷川が裏切ったのではないか? と予測したのだが、これは違う。

 どちらかと言えば分家の中でも優秀で本家から重用されたが故に調子付いてしまい、その結果上の意図を読み違えて暴走しちゃった奴だ。



 あたしに向かって口角泡を飛ばす勢いで食ってかかる氷川に殺気を込めた視線を送る。それだけで気勢が削がれ、恐怖に顔を歪める。

 分家であっても雪ヶ原は雪ヶ原、戦わない家が戦場で生きる月ヶ瀬の覇気に敵う訳がない。

 まあ、雪ヶ原の謀略に月ヶ瀬も敵わないのだから、それは適材適所といった所か。



「その疑問、あかりさんに聞いてみたりしたんスか?」


「聞ける訳がない……本家の指示は絶対です! 貴女も《天地六家》なら分かるでしょう!?」


「本家の指示が絶対ってんなら、なーんであかりさんの指令を素直に聞けなかったんスかねぇ……今になっては遅いですが、アンタは疑問点を確認すべきだった。アンタが喧嘩を売ったオッサンの価値は誰にも……それこそあかりさんですら判断出来ないんスよ」



 あたしは目の前で何も聞かないフリをしている二名の自衛隊員を手招きで呼び寄せた。



「えーと……そっちの男性自衛隊員。名前は?」


「自分は椿山と申しますが……」


「あー、違う違う。本名の方。雪? 氷?」



 あたしの質問の意図を把握してくれたようで、椿山と名乗った男性隊員の表情が無機質な物になる。

 雪ヶ原の関係者は身分を偽って諜報活動を行う際、元の人格を消し去ったかのように徹底的に演技する。その演技が抜けた今こそ、彼は本来の雪ヶ原に連なる者として話をしてくれるはずだ。



「氷室だ」


「なるほど。じゃあそっちの女性隊員の方が雪っスか?」


「御名答。私が雪の者……雪峰と申します」



 呼びかけた女性隊員からも表情が抜け落ちる。この瞬間が一番雪ヶ原関係者と話をしているって感じがする。決して褒めている訳ではない。

 ちなみに雪ヶ原の分家は苗字で格が決まっている。氷が付くのは遠縁、雪が付くのは近縁だ。

 任される仕事の内容も違って来るので、氷の者には知らされていない事も多い。



「じゃあ雪峰さん、ちょっと聞くんスけど……『万華鏡』を『いの三番』、最近の相場はいくらっスか?」


「……どうしてその符号をご存知で?」


「あたし、末子ではあるけど月ヶ瀬っスから。それこそご存知でしょ? 家単位で見れば何度も頼んでんスから」



 「万華鏡」とは雪ヶ原への情報操作依頼を指す。いの三番は情報のグレードを表しており、いろはの三グレードと一二三のランクの組み合わせで構成される。

 いの三番は世間にバレたら大騒動では済まない類のヤバい情報の秘密裏に隠匿、ないし情報拡散の沈静化を指す。

 具体的に言えば、今回こうして下らない茶番に付き合う原因となったラピスの襲撃事件が、いの三番にあたる。



「……今日の相場は槍五本に弓三本といった所です。最近キナ臭いですから、少し値が張ります」


「マジっすか……払う人いるんスか? それ」


「少し前にどこかのお侍さんが物干し竿でトカゲを叩き落とした話を雪に埋めて以来おりませんよ」


「あー……あたしの事っスか。分かりました、ありがとうございます」



 槍五本弓三本、これは五百三十億円で情報操作を引き受けますよという事だ。

 しかもこれは最低額で、場合によっては報酬の増額を求められる事もある。日本一のニンジャは腕相応の金を要求してくるのだ。



「さて、氷川さん。今回あたしがスケジュール調整させられてボイトレだのダンスレッスンだのやらされた上でここまで出張ったのって『いの三番』相当の『万華鏡』分の支払いの為なんスよ。全部台無しになりましたけどね」


「そんな……知らない! 私、そんな事知らされてない……! そんな事知ってたら、私だって……!」


「一般のご家庭ならいざ知らず、《天地六家》の関係者なんだから、分家は本家に唯々諾々と従うしかない事くらい分かるでしょ? わざわざ事情を知らせる必要がないっスよ。雪の者ならともかく氷の者なんかに……あ、すみませんね氷室さん。別に貶すつもりはなくてですね」



 あまりにも酷い物言いになってしまったので、念の為フォローを入れようとしたが、氷室と名乗った男性はゆっくりと首を横に振った。



「いや、月ヶ瀬殿の言う通り。《天地六家》の家系は本家が絶対、分家も家格を守るべき……それが家訓第一条だからな」


「良かった、怒られでもしたらどうしようかと……まあでも、実際驚いたんスよ。今回の案件に氷の者を連れて来るとか正気か? とね。随分あかりさんに重宝されてたんスね、氷川さん」


「そ、そうです……私は先代様より惣領様のお目付け役の任を賜った時から、ずっと職務を全うしてきました……惣領様に近寄る良からぬ者を排除して……よく分からないアイドル業の取りまとめもやらされて……こ、今回だって失敗するはずが無かったのに……それなのに、どうして……!」



 さめざめと泣きだしてしまった氷川には同情の余地がない訳ではない。言ってしまえば本家のわがままの被害者だ。

 しかしここで「じゃあしょうがないね」で終わらせる訳にはいかない。まだ告げなければならない事がある。



「あかりさんからの見積もりが『いの三番』で済んだのは、半分以上があたしのやらかしだからですよ。もしこれが先輩の秘密がバレたって話なら、『いの一番』……いや、多くの犠牲者を出した上で新しいグレードが新設されるくらいですかね。アンタが排除しようとした男は、世界の存亡に関わるくらいのヤバい機密の塊なんスよ」



 氷室さんと雪峰さんが手のひらに収まるサイズの小さな拳銃に弾丸を込め始めた。もう話の内容を察してしまったのか。早すぎる。

 これはもう、さっさと話を畳んでしまわないと、二人にも酷と言う物だ。



「しかし氷川さん、マジで何も聞かされてなかったんスね。それはあかりさんの過失だとは思いますけど……今回の企画はあかりさんが先輩に愛の告白をする為のフラッシュモブみたいなモンっスよ」


「え……?」


「ダンジョンでの戦闘やあたしとのセッションの収録ってのは全てカバーストーリー、話の本筋はあかりさんが先輩に告白して、あたしより先に先輩とカレカノになりたかったってだけっス。先輩の身柄の確保が目的ってのも当然あるでしょうけどね。その為に五百三十億を投げ打って、あたしに茶番を打たせた。アンタはそれを台無しにした……本家惣領の顔に泥を塗ったんです」



 あたしが氷川さんにそう告げると、小さな炸裂音が二つ響き、直後にドサリと人の倒れる音がした。

 硝煙の匂いに顔を顰めつつ音のした方を見やると、氷室さんと雪峰さんがこめかみを撃ち抜いて自決していた。

 雪ヶ原の者は分不相応な情報を握ってしまった時の為の自決用拳銃を持っているとは聞いていたが、こうして実際に現場に立ち会うのは初めてだ。



 あたしが告げた真実は、掛け値なしに重要な情報だ。雪ヶ原本家のトップがその身を差し出してでも欲しがる人物の価値など計り知れない。

 聞いてしまった以上、忘れる事は出来ない。ポロリと口から出てしまえば最後、どこまで広がるか分からない。

 人の口に戸は建てられない。ならば息の根を止めるしかない。げに恐ろしきは分家衆の自らの命を顧みない本家への忠誠心だ。



 うちではこうはいかない。最近のちっひーはあたしのお願いをあの手この手で避けようとしている。

 先輩捜索の為に北海道に行かせたり、マリンフォートレス坂で叱責したのがまだ尾を引いていると見える。あれは流石にあたしも悪かったと反省している。

 ……そんな与太話は脇に置いておくとして。



「氷川さん、あなたのやらかしは三つです。一つ、先輩の価値を確認しないまま勝手に敵意を持ち、攻撃を仕掛けた。二つ、先輩を手に入れる為の本家惣領肝入りの計画を台無しにした──」


「助けてください! わ、私まだ死にたくない!」



 あたしのセリフを遮って、氷川があたしの足にしがみついて来た。

 雪の者でさえ命を絶つような情報を聞かされたのに、よく死にたくないなどと宣うことが出来るなと感心はするが、これは雪ヶ原家の問題だ。家の問題は家の者で解決してもらうしかない。



「やらかし、三つあるって言いましたよね。最後の一つはアンタが傷つけようとしたオッサンの事が大好きで、あかりさんに取られたくないのを我慢して茶番に付き合ったのに、レッスンも何もかも徒労で終わってしまった最後まで虚無感たっぷりのあたしを怒らせた事っスよ!」



 足を振り上げ、半ば蹴飛ばすような形で氷川を引っぺがした。ちょうどそこへ黒いセダン車が入場してきて、黒いスーツの男女が五人下車した。

 時間ピッタリなのが癪に障る。どこかで様子を伺って、良き頃合いを見計らっていたに違いない。

 その中でも一番の年上と思われる白髪の男性がこちらに近付き、嫌味なくらいに綺麗なお辞儀を見せてきた。氷川は他のスーツに抱えられて車に連れ込まれている。



「月ヶ瀬様でいらっしゃいますね。この度は当家に連なる者がご迷惑をおかけ致しまして、申し開きのしようもございません」


「ホントっスよ、マジで勘弁して欲しいっス。ここ何ヶ月かの頑張りが無駄になっちゃいましたからね」


「いやはや、汗顔の至りでございます。……うちの惣領はまだ中に?」


「まだ出てきてないんで、そうなんじゃないっスかね。さすがに二人で下層に降りたりはしないでしょ」


「承知しました。替わりの運転手を置いておきますので、後の事はこの者が承ります。それでは、私達はこれで……」



 爺さんと呼ぶにはエネルギッシュな壮年の黒スーツは今一度お辞儀をし、車へと戻っていく。

 多分アレは分家ではなく、雪ヶ原本家の下っ端だろう。オーラが違う。

 氷川も自衛隊員の遺体も消え失せ、車が去った後にはおかわりの自衛隊員と、幸村灯里の新しいマネージャーが残されていた。



「雪沢と申します、よろしくお願いします」


「はい、どうせそんなに長いお付き合いにはならないでしょうが、よろしくお願いしますね」



 雪沢と名乗った小柄な女と挨拶を交わし、先輩と雪ヶ原が出て来るのを待つ事にした。

 その間に今日の出来事を振り返ってみたが、色々ひっかかる。妙と言えば妙だ。

 雪ヶ原の先代当主がわざわざ取り立てるくらい優秀な氷川が、あたしや雪ヶ原あかりがいる場面での暗殺を失敗したりするだろうか?

 もっと言えば、先輩がセンス・エネミーを持っている事なんて最初に聞かされているのに、下手に攻撃を仕掛けようとするだろうか?


 

 遠距離攻撃はそもそもリーチが長いので、近接職よりもターゲットから離れて陣取る。

 弓は最長で四百メートルは飛ぶが、飛ぶのと当たるのは別問題だ。パーティのスキルの影響や自身への攻撃への対処、動く的へ当てる事等、様々な要素を考慮した弓のコンバットゾーンはおおよそ十五メートルから二十メートルだろう。

 この時点で氷川自身はセンス・エネミーの効果範囲からは離れていたはずだ。

 しかし戦闘の運び方によっては、先輩が後衛組に接近する恐れはある。そこで氷川はさらにマージンを取る為に手を打った。



 今にして思えば、先輩を狙う前のサメ人間への射撃は、おそらくわざと見せた物だったのだろう。

 あたしもそうだが、近接職は自分の立ち位置に射撃が飛んでくるのを嫌がる。フレンドリーファイアでダメージを受けるなんて笑えない。

 シャーク・ウォリアーに無駄弾を撃つことで射線に立たないよう誘導し、先輩をセンス・エネミーの範囲から完全に外す……そういう目算だったのだろう。

 思惑通り、先輩は氷川の流れ弾を嫌ってシャーク・ウォリアーの横に回り込もうとしていた。

 だから氷川は好機と捉えて先輩に攻撃を仕掛けた。ここまではいい。間違ってないと思う。

 


 先輩を殺そうと放った氷川の一撃は、明らかに何かしらのスキルが乗っていた。

 矢のスピードが段違いだったし、妙なオーラを放っていた。あたしがすぐに判断出来なかったので、恐らく隠密系のスキルも乗っていたはずだ。

 想像の域を出ないが、氷川の本当のジョブはアーチャー、もしくは弓特化型のアサシンだった可能性がある。

 ダンジョン入場時から戦闘にあんまり参加しなかったのはボロを出さない為、こちらとの会話を極力避けたのも本当のジョブを悟られないようにする為かも知れない。

 現段階では状況証拠しかないが、多分この予想に間違いはないはずだ。



 しかし、順序立てて考えると、疑問点がいくつか出て来る。

 何故、先輩はしっかり距離を離したはずの氷川の敵意をセンス・エネミーで感知出来たのか?

 あたしとて武人の端くれ、動きを見れば分かる。先輩の動きは矢ではなく、氷川の敵意に反応した動きだった。

 投射物にも敵意は残るが、狙いを付けている時から敵意を感知するのと、飛んでくる物の殺意を感知して対応するのは難易度と動きが全然違う。



 何故、先輩にだけバフの効果が強く出た? それは氷川の件とは無関係なのか?

 アイドルのジョブはその特殊性から、構成がほとんど出回っていない。スキルについてもまた然りだ。

 結果的にはバフのお陰で先輩は助かった訳だが、雪ヶ原の意図が分からない。

 本当に予想外だったのか? 氷川の襲撃を予測して強めに支援スキルを使ったのではないか?



 何故、雪ヶ原あかりは氷川のジョブをエクスプローラーだとあたし達に告げた?

 本家の重鎮が自身のお目付け役のジョブを把握していないなんて事はあり得ない。ならば氷川のジョブの申告を偽ったという事になる

 それはつまり、雪ヶ原は氷川に与する側という事になるが……それはない。あのメス豚は先輩に首ったけだ。これは恋する乙女としての勘だ。



「ま、下手人はもうリタイア確定でしょうから真相は藪の中……ってね」


「何のお話でしょうか?」



 独り言を拾った雪沢があたしに尋ねる。私は苦笑いを浮かべて答えた。



「自殺用のデリンジャーを使いたいってんなら、話しますけど?」


「ああ、なるほど。遠慮しておきます」



 雪沢は実に薄っぺらい笑顔を貼り付けて応えた。賢明な選択だ。

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