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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第二章

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第28話

 駐車場に車を停め、俺達はダンジョンアタックの準備を開始した。今回、俺はテイムモンスター達を召喚するつもりは無い。

 先日のマリンフォートレス坂での試合からタゴサクを始めとする一部のテイムモンスターの顔と名前が売れに売れてしまったからだ。

 下手に人前に出すと忽然と姿を消した謎の仮面テイマー「アノニマス・フォックス」の正体が俺だとバレてしまう。せっかくバレずにいるのだ、なるべく長く隠し通したい。



 俺と月ヶ瀬はボタンひとつで装備を着脱出来るお役立ちアイテムがあるが、幸村と氷川さんはそうはいかない。

 二人は女性自衛官の案内を受けて、ダンジョン備え付けの更衣室へと向かい、十分もしないうちに着替えて戻ってきた。

 幸村はセーラー服をステージ衣装に仕立てた様な格好で、氷川さんは身体のラインが浮き出るようなピッチピチの紺色のボディスーツにコンポジットボウを携えている。

 二人とも装備の性能は分からないが、よく似合っている。……じっくり見ている訳ではないのだから、氷川さんは射殺す様な視線を俺に投げかけないで欲しい。そろそろ泣きたくなってきた。



 所定の手続きを済ませて江田島ダンジョンに入る。外から中に入る際には手を繋ぐ必要は無い。

 一階層に足を踏み入れて抱いた感想は「夏場の避暑地にこれほどぴったりな場所は無いな」だ。

 抜けるような青い空、強すぎない太陽光、どこまでも広がる紺碧の海になだらかな石畳の迷路が敷かれている。

 気温も俺が子供の頃に感じていた真夏の朝の涼しさに似ていて、Tシャツ一枚だったら肌寒さを感じるくらいだろう。

 時折吹き抜ける風も磯臭さをあまり感じられず、日がな一日釣り針でも垂らしていたくなるくらいには快適だ。女性陣も風光明媚な観光地に来たかのような歓声を上げている。

 しかし、ここは江田島ダンジョン一階層。水着で泳ぐのは以ての外だし、釣り針を垂らしても釣れるのはバカデカいダツと魚人と巨大ミズダコくらいの物だ。

 本格的なアタックに入る前の軽い装備点検をしている女性陣を尻目に、俺はここ最近見る機会のなかったステータスを久しぶりに確認する事にした。



──────────────────

Advanced Status Activate System Ver. 5.08J


◆個人識別情報


名前:高坂 渉 性別:男性 年齢:39

所属:日本迷宮探索者協会 広島支部(特例甲種)

ジョブ:ナイトLv.27 武器種:片手剣・盾


◆基礎能力


筋力:C 体力:C 魔力:D 魔技:F

敏捷:C 器用:E 特殊:D 


◆ジョブスキル


《エンデュランス・ペイン:パッシブ》


《シールド・バッシュ:アクション》


《スタン・コンカッション:アクション》


《スマッシュ・ヒット:アクション》

 

《カバーリング・ムーブ:アクション》


《ディフレクション:リアクション》


《テイミング:アクション》


《ウォー・クライ:アクション》

 使用者の声を聞いた者を対象にする特殊行動

 精神抵抗に失敗した対象の意識を使用者に向ける

 範囲:声の届く範囲

 クールタイム:5分


《インビンシブル・ウォール:エンチャント》New!

 自身の防御行動を対象にする特殊行動

 防御行動を行っている間、自身の半径5m以内の仲間への攻撃を全て肩代わりする

 効果時間:最大5分 クールタイム:10分


《ライト・エンチャント:エンチャント》New!

 使用者の武器を対象にするエンチャント

 使用者の武器に光属性を付与する

 効果時間:3分 クールタイム:5分


《センス・エネミー:パッシブ》New!

 周囲10m以内の自身・味方への敵意を察知する

 察知速度・精度は基礎能力:特殊に依存する


◆追加スキル


 Null


◆アビリティ


【カード化:アクション・パッシブ】


【武器種制限解除:パッシブ】


【全体化(特殊):エンチャント】


──────────────────



 ステータスシステムがマイナーチェンジしたらしく、スキル効果表示を任意で隠せる様になっていた。

 他にも追加された機能があるようだが、とりあえず今は置いておく。



 この間マリンフォートレス坂で使ったウォー・クライ以外にも、三つほどジョブスキルが発生している。

 一つは周囲の味方をかばう範囲防護スキル、もう一つは武器に光属性を付与するエンチャントスキル、最後に視覚に依らず敵を察知出来るセンス系スキルだ。

 インビンシブル・ウォールやセンス・エネミーは、もしかしたらすぐにでも出番があるかも知れない。何せ、このダンジョンには壁がない。水中や遠距離から狙われ放題だ。

 四方八方から飛来する弾幕めいたデカいダツの群れや、マーマンの槍投げが飛んでくるかも知れない。

 そうなると全方位で庇えるスキルや、事前に攻撃を察知出来るスキルはありがたい。

 ライト・エンチャントは……ここには光属性が苦手そうな魔物は出てこないだろう。今日この場で使う機会は多分無いだろうな。



「何してるんですか?」



 後ろからいきなり声をかけられ、心臓が跳ねる。瞬時にステータスを閉じ、声の主を確認する。

 小柄な体躯、華やかな装い、荒事に似つかわしくない可憐な娘……幸村だった。



「……ああ、幸村さんか。最近ステータスを見てなかったので、チェックしてたんですよ」


「なるほど……それにしては随分慌ている様子でしたが?」


「そりゃあ、自分にしか見えないとは言えステータスは個人情報ですからね。確認している様を覗かれて良い気分になる者は居ないでしょう」



 俺が少しムッとした表情で答えると、幸村はぺこりと頭を下げた。



「そうですね、申し訳ありません。悪戯が過ぎました。……皆準備が出来ましたので、月ヶ瀬さんと一緒に先導をお願いしますね」


「了解しました。では参りましょう」



 用件のみの事務的なやり取りを終えて、俺は月ヶ瀬のもとへと歩み寄った。……幸村の視線を背後に感じながら。



 § § §



「マーマン一体! 先輩、頼みます!」


「了解!」



 海からざばりと上がってきたアオサを煮詰めたような深い緑色の半魚人に対し、俺はシールド・バッシュを叩き込んで月ヶ瀬のいる方へと打ち上げる。

 得物はもちろん、東洋鉱業謹製の未発表フラグシップモデル「八重垣」の盾だ。ゴブリンの棍棒やヒロシマ・レッドキャップのバットとはモノが違う。

 俺の盾の一撃で軽やかに吹っ飛んだマーマンは狙い違わず月ヶ瀬の頭上へフライ性の放物線を描き、火属性と氷属性が付与されている月ヶ瀬の細剣の餌食になった。

 中堅の魔剣士が使うとされるダブル・エンチャントを初めてリアルで見ることが出来た。動画では時々見かけるが、炎と氷が共存する様はやはり幻想的だ。

 マーマンの断面が焼け焦げながら凍りつき、泣き別れとなった骸が金色の粒子に変わる。その跡に残されたのはサワラっぽい魚の切り身が表示されているカード。ハズレだ。



 日本を裏から支える《天地六家》の一つ、月ヶ瀬。その末妹である彼女には、ステータスシステムとは別種の常人を凌駕する力が宿っている。

 ドラゴン戦は非常時という事もあり、そのドン引きするような強さを大盤振る舞いしていたが、江田島ダンジョンにおいてはオーバーパワーどころの話ではない。何より今は部外者がいる。

 一階層にはちらほらと探索者の姿が散見出来るし、パーティメンバーにもただの一般人である氷川さんと、ただの一般人とは言えないが、裏の世界とは無縁の幸村がいる。

 流石にそんな中で二メートルもある刀をブン回して魔物を瞬殺して回る訳にはいかないだろう。明らかに探索者として異質だ。

 あくまで月ヶ瀬はダンジョン警備員相当の魔剣士として、ステータス準拠の立ち回りに努めるつもりのようだ。



「ナイス、月ヶ瀬」


「あたぼーっスよ、先輩こそナイストスでした」



 ハイタッチでお互いの労をねぎらい、ダンジョンの奥を目指して進む。月ヶ瀬が俺の横に来たので、気になった事を聞いてみた。



「そういや、この様子も一応収録してるんだよな? それにしては氷川さんも幸村さんもビデオカメラとか持ってないが……どうやって撮影してるんだ?」


「あー、あのいけ好かないクソ女のちょっと後ろの方に球体が飛んでるの見えます? アレがカメラなんスよ。高性能なドローンで、撮れ高の良い画角とかをAIで計算して、先回りして撮ったりするんですって」



 いけ好かないクソ女呼ばわりとは、やっぱり月ヶ瀬は氷川さんを敵視してるのか。気持ちは分からんでもない。

 仲違いをしている奴でも、ダンジョン内でまで喧嘩しないし、我慢できないならパーティを組まない。お互いの命に関わるからだ。

 「死ねばいいのに」と思う事はあっても、実際に死なれたんじゃ寝覚めが悪い。自身のパフォーマンスにも影響するので、ダンジョン外の事情をなるべく持ち込まないのが暗黙の了解だ。

 乙種探索者相当であるにもかかわらず、そういった不文律にガン無視を決め込む氷川さんの態度に俺も若干苛立ちを隠せなくなってきている。これは良くない傾向だ。



 それはそれとして、件の球体を確認する為にチラッと振り返ると、こちらをガン見している氷川さんの後方に三十センチ程の大きさの球がふよふよと浮いている。

 空飛ぶ球体はメタリックな質感の中にカメラレンズとおぼしき部分が透明なガラスか樹脂か何かで保護されている。

 プロペラやジェット噴射口が見当たらないが、これもダンジョンで取れる素材を研究して生まれた技術なのだろうか? 不思議だ。



「ふーん……技術の進歩ってヤツかねぇ」


「さっきの打ち上げもしっかり撮られてましたよ。使われるかどうかは分かんないっスけど」


「しかし俺らを撮った所でどうするんだろうな? 月ヶ瀬はともかく、オッサンが淡々と魔物を倒す動画とか、どこに需要が……」



 そこまで話した所で、俺のセンス・エネミーに反応があった。具体的には少し後方に離れている幸村の右斜め後ろ、石畳の外側の海の中。大きさは大体一メートル程の細い魚影が二つ。

 基礎情報に書いてあったランスフィッシュだろう。こいつは海中を泳いでスピードを稼ぎ、水面から飛び出し、鋭く尖ったクチバシをターゲットに突き刺す特攻戦法を好む。

 ダツと根本的に違うのは、ダツは光をターゲットにするが、ランスフィッシュは探索者の持つ魔素に狙いを付けている点だ。



 俺は幸村達がカバーリング・ムーブの範囲に入るように歩調を緩める。どういう原理かは分からないが感知できている殺意の塊の動きを見極めつつ、俺は盾を構える。

 小さな水飛沫の音とセンス・エネミーを頼りにランスフィッシュの発射地点と軌道を読み切り、カバーリング・ムーブを発動する。

 最終的な対象は氷川さん、飛来方向は氷川さんの左斜め後ろだ。幸村狙いかと思っていたが、フェイントをかましてくるとはいやらしい魚だ。



 甲高い金属音と共に、盾に爆発的な衝撃が加わる。二匹同時に着弾したからか、盾を持つ手がジーンと痺れる。

 ただの魚の突撃がこんな威力を持つなんて、さすがは乙種探索者以上でなければ入れないダンジョンだ。一階層から殺意が高い。

 俺は石畳の上でぴちぴち跳ねているランスフィッシュの頭を剣で切り落としてから、氷川さんの安否を確認した。



「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


「……はい、大丈夫です。無事です」



 氷川さんはランスフィッシュの奇襲に驚いたのか、それとも突如現れた俺にびっくりしたのか、目をぱちくりさせていた。



「このダンジョンは水面下の動きが読みにくいので、センス・エネミーを活用しながら進みます。離れすぎるとカバーリング・ムーブの範囲から漏れてしまうので、付かず離れずでお願いします」


「承知しました、タンクの進行方針に従います」



 氷川さんは未だに嫌悪感のこもった視線を向けてくる。別に恩着せがましく言うつもりはないが、ありがとうの一言も無いのか?

 幸村の何を意図しているのか理解しかねるコミュニケーションもそうだが、氷川さんのとりつく島もない塩対応もよく分からん。

 とりあえずダンジョンアタックの邪魔にならなければ良い。俺は月ヶ瀬のもとに戻り、先導を続行した。



 § § §



 結論から言うと、ダンジョン探索自体に大した問題は無かった。

 マーマンやランスフィッシュ、ラージオクトパスがレギュラーメンバーなのは事前情報通り。

 海上をぷかぷか浮かびながら高圧の水を射撃してくる二枚貝のショットシェル、マンボウに人間の手足が生えたマーマンの亜種なんかが時折混ざっているくらいだ。

 この程度の相手なら、アイドルのバフやデバフが無くとも俺と月ヶ瀬のコンビで苦もなく討伐出来る。

 幸村のバフ・デバフをばら撒くスキルも氷川さんの弓もほとんど出番がないまま九階層まで来られた。



 ちなみに氷川さんのジョブはエクスプローラーとの事だった。本人が教えてくれる訳がない。五階層で休憩していた時に幸村が教えてくれた。

 エクスプローラーは探索に役立つセンス系のスキルは多いが戦闘能力はそれほどでもないので、攻撃力が探索者の基礎能力依存ではない遠距離武器を持つ事が多い。

 とは言え、アーチャーの様に追尾性の矢を撃てるとか、矢を一本放つだけで指定範囲に矢の雨を降らせるといったスキルがある訳ではない。

 一般人に毛が生えた程度の戦力であり、フレンドリーファイアが起こる可能性を考えると何もさせない方がマシではある。後ろから撃たれたら洒落では済まないし、背中を預けられるほど信用も出来ない。

 多種多様なセンススキルも氷川さんからの歩み寄りが無いので情報共有のしようがなく、こう言っては何だが現状ただのお荷物と化している。

 俺も月ヶ瀬も我慢の限界に達しつつある。できることなら追い返したいが、あれでも幸村のマネージャーだと言うのだから仕方ない。

 苛立ちは魔物に八つ当たりする事で発散させてもらうとしよう。九階層まで潜ったからと言って変わり映えのしないマーマンをどつき倒した時、その遺体の跡地に見慣れぬカードが落ちていた。



 今日だけで何十匹と倒して来たマーマンだったが、この個体のドロップ品は魚の切り身ではなかった。

 対象物が無いから大きさは分からないが、海の青さをそのまま閉じ込めたような、青く透き通った宝石のカードだ。

 これが当たり枠のアクアマリンだろうか。青色が濃い物程等級が高いと聞いたが、どれだけの価値がある物なのかは……正直皆目見当がつかない。



 俺はカードを拾い上げ、他のカードと一緒にカードデバイスにしまい込んだ。こういう一点モノは換金して、パーティで分配すれば角が立たずに済む。

 本来はパーティ毎にドロップ品のルールを決めるが、今回はドロップ狙いではなくボス部屋をロケ地扱いするためのアタックだ。多少ガバガバでも仕方がない。

 ダンジョン入場前にやっておくべきドロップ品の扱いに関する規則の提示も無かったので俺がガメてもお咎めはないはずだが、無用なトラブルを避けるために地上に戻ってから報告する事にしよう。



「いやー、それにしても大漁っスねー。これもう向こう一年くらいは魚買わなくて済みますよ」



 俺が戦利品を納めていると、月ヶ瀬が俺にカードを渡して来た。一緒に管理しておけと言う事だろう。もうカードデバイスの中は満杯なので、受け取ったカードは予備のカードケースに入れた。



「うちには大喰らいが沢山いるから、食費が浮いて助かるよ。魚なら焼いて醤油かけるだけでいいしな」



 タゴサクもケラマも赤帽軍団もラピスも健啖家……と言うよりは育ち盛りの子供のようにたらふく食べる。

 人間の子供と違って手が掛からないのは、好きな物はあっても嫌いな物がない事だ。出された物は何でも食べる。

 献立に難儀しなくて済むのでとにかく楽だ。最悪焼肉のタレで焼いた切り落とし肉をご飯に乗せるだけでも大喜びだ。



「最近本当に忙しくて……ご飯作りに行けてなくてごめんなさい、みんな元気にしてます?」


「ああ、一桜と三織は月ヶ瀬が大好きだから最近会えなくて寂しそうにはしてるが、皆元気にしてるよ。飯の心配はいいから、たまに顔を見せに来るだけでも喜ぶと思うぞ」


「そっスね……どうせ明日から暇になる予定ですし、また遊びに行きますよ。今日の為の歌と踊りのレッスンも昨日で終わりましたし、春川さんと交渉して通常の警備業務も増やしてもらいましたんで」


「ダンジョンの方が過ごしやすいんじゃないか? わざわざ猛暑の表に出なくてもいいだろうに」


「いくら快適でも先輩がいないんじゃつまんないっスからね……受付やってて変な奴に無限に声掛けられるのももうウンザリっスよ」



 やれやれと首を振る月ヶ瀬の背中を軽く叩いて労ってやろうとしたが、その俺の腕の下から幸村がにょっきり生えて来た。俺達の間に挟まる形だ。



「楽しそうにお話ししてますね? 私も混ぜてくれませんか?」


「……あちらはいいんですか? 俺達とつるむのを快く思ってないようですが」



 後ろを見ればやはりというか、氷川さんが眉間に皺を寄せている。

 そもそも、そんなに俺と……というよりも男と組ませたくなかったのなら、マネージャーとして企画の中止を提案すれば良かったのではなかろうか。

 不満たらたらでついて来られても邪魔でしょうがない。ダンジョンに潜れば多少はマシになるかと思ったが、ずっとこれだ。

 馴れ合えとは言わないが、意思疎通する気がない者をおんぶにだっこでフォローしながらこなせるほどダンジョン探索は楽な業務ではない。こちとら遊びでやっている訳ではないのだ。



「うちの氷川の態度が悪いのは……すみません、私のせいです。彼女は少し過保護なんです。私の事になるといつもあんな感じでして……」


「少し、ね……非協力的なだけでなく先輩に対して殺気や舌打ちを飛ばしといて、過保護で済ませるほどあたしは優しくないっスよ。手が滑らない事を祈っといて欲しいっスね」



 月ヶ瀬は口調こそ俺と雑談していた時のままだったが、底冷えのする声色で幸村に釘を刺した。その迫力に俺の背筋まで冷たい物が走る。

 俺自身が嫌われるのは大した問題じゃない。ダンジョン探索中だというのに非協力的な姿勢を貫いているのも、何かしらの支障が出るまでは黙っているつもりだった。

 しかし月ヶ瀬がキレるのはマズい。俺に危害が及ぶ可能性があれば、実の姉に武器を突きつける事すら一瞬たりとて躊躇わない狂犬だ。

 ドラゴンを蹴っ飛ばして浮かせるような奴を俺が止められる訳がない。幸村にはきちんと氷川さんに言って聞かせて欲しい物だ。

 いや、これは本心からそう思う。お互いの為だ。



「……そうですね、失礼しました。私から注意しておきます。ドローンの情報では、あと百メートル程迷路を進めば十階層への階段に辿り着くそうです」


「情報ありがとうございます。最後まで気を抜かずに行きましょう」



 俺がそう告げると、幸村は俺達の間から抜け、氷川さんの許へと戻った。その後ろ姿は若干寂しそうではあったが、俺に何が出来ると言うのだ。

 俺達は残り百メートルでは到底埋められない深い溝で隔てられたまま、階層ボスの出る十階層へと辿り着くのだった。

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