幕間2 激突! マリンフォートレス坂(8)
SNSの相互フォローになった後、連絡先を交換した坂本さんは月島君を連れて帰って行った。車屋が代車をマリンフォートレス坂の駐車場まで持って来てくれたおかげだそうな。
俺達は結局電車で帰るのを諦め、エクシード・ブレイブ運営スタッフのご厚意によりタクシーチケットを頂いたので、そのままタクシーで帰る事にした。
東洋鉱業から頂いたカードデバイス「神楽」だが、思わぬ副次効果が発見された。
様々な機能を使用する為の動力源としてカード化した魔石を使うのだが、神楽に格納した戦闘不能のモンスターカードの回復に魔石のエネルギーを割り当てる事で、復帰までの時間が大幅に短縮される事実が判明した。
前回、ラピスの元の姿であるドラゴンとの戦闘終了後は戦闘不能状態のテイムモンスターの復帰までに一週間程の時間を要していた。
しかし今回戦闘不能になったタゴサクやケラマ、一桜はおおよそ三時間で召喚可能になった。それに気がついたのはマンションに到着し、月ヶ瀬と別れて部屋に帰った後の事だった。
細かい条件が分かっていないので、東洋鉱業にはまた後日検証をお願いする必要があるだろう。
俺はタゴサクとケラマと一桜、それとラピスを召喚した。
反省会……と言うよりは、アフターフォローの必要性を感じたからだ。
タゴサクとケラマは楽天家だからあまり気にしていない。持ち味を生かしてよく頑張ったと思うので、褒めてやるつもりで召喚した。
ラピスに至っては、たった一人で三体抜きを果たした。これも良くやったと賞賛すべき戦績だと思う。
問題は一桜だ。一桜の役目はシトリンを守ってシームルグの打倒を手助けする事だ。だが俺の指示が悪かった。
シトリンを守る事しか伝えてなかったので、シトリンが倒されてしまった事で「言いつけを守れなかった」と言う負い目が生まれてしまっている。
タゴサクもケラマも「ほめてほめてー」と言わんばかりに擦り寄って来るが、一桜は遠くから伏し目がちに俺を見るだけだ。
「一桜」
「っ……はい、おとーさん」
俺が声をかけると、一桜は一瞬びくっと震えて、ゆっくりと俺の側まで来た。叱られると思っているのだろうか。
俺は一桜の頭に手を置いて、よしよしと撫でてやった。
「今日はよく頑張ったな、偉かったぞ」
「でも…… 一桜はシトリンちゃん守れなかったから……」
「いいや、一桜が一人でシームルグとゴーレムを引きつけたからシトリンは攻撃に集中出来たんだ。お前は立派に役目を果たしたよ。やられたのは……俺のせいだ。逃げる指示を出しそびれたからな」
「ほんと……? 一桜、おとーさんみたいに頑張れたかなぁ……?」
俺が一つ大きく頷くと、一桜が俺に飛びついて来た。胴体にしがみつくように腕を回して抱きついている。
一桜の背中をぽんぽんと叩いてやると、一桜は震えながら泣きじゃくり始めた。タゴサクやケラマも一桜を慰めている。
「……悔しいよ、やっぱり悔しいよぉ……」
遠巻きに見ていたラピスが近寄り、べそをかきながら呟く一桜の背中をさすった。
「のう、一桜よ。悔しいじゃろうが、悔しいだけで終わらせる気はないんじゃろ?」
「……うん、一桜ね、強くなりたい」
「じゃったら、泣いとる暇はないじゃろう? ここには強者が三人もおるではないか。守りの強さならワタルが、魔物の強さは妾が、そして……何かもう訳が分からん強さなら隣の部屋のミサがおるじゃろ? まずは遠くから一桜の戦いを見とったミサから助言を受けたらどうじゃ?」
一桜ががばりと顔を上げた。俺の肌着のシャツに三つのシミを付けていた一桜は、タゴサクとケラマを引き連れて玄関口のドアを開けた。
「おとーさん! 一桜、がんばるよ! おかーさんやラピスちゃん……おとーさんにもいっぱい教えてもらって、強くなってみんなを守るんだ!」
こちらに笑顔を向けて宣言する一桜からは、迷いが感じられなかった。いつもの元気な一桜だった。
「一桜は、みんなのおねーちゃんだからね!」
一桜達は部屋を出て、ドアを閉めた。どたどたと隣室に駆け込んでいく音がここまで聞こえて来る。夜も遅いんだからもう少し静かにすべきだが……今日のところは許してやろう。
「一桜はレッドキャップにしては非凡ではあるが、やはり根が単純じゃのう……人から戦闘方法を教わったくらいでホイホイ強くなれたらヴェルアークなぞ要らんと言うに」
コップに麦茶を注ぎながらラピスが独りごちる。二人きりの部屋は静かで、その言葉はしっかりと俺の耳に届いた。
「……やっぱり魔物は魔素がないと強くなれないのか?」
「うむ、人間とて本を読むだけでは強くなれんし、体を動かした後しっかり食わねば血肉にならんじゃろ? 魔物にとっての栄養こそ人間が魔素と呼ぶ物質、ヴェルアークじゃよ」
ラピスは麦茶を一気に飲み干し、ひと心地付いてから説明を再開した。
「野良の魔物は知性無きが故、とにかくヴェルアークを集めて身体とスキルを強化する。妾達は物事を学ぶ知性と知識を活用する自我があるので、ヴェルアーク任せの強化が最良とは一概に言えんが……ま、せっかくじゃし、バランス良く伸ばすべきじゃよな」
「そうか……俺もなるべく面倒を見るが引き続きよろしく頼むよ、ラピス」
俺がそう呼びかけると、ラピスはきょとんとした顔を向けた。やがてプルプルと震えだし、相好が崩れる。
「や、やっぱり名前が付くのは嬉しいのう……言い出せんかったが、皆が名前で呼ばれてる中ドラゴン呼ばわりは寂しかったからのう……も、もっかい呼んでくれんか……?」
「ラピス、これからもよろしくな」
ついでに頭を撫でてやるとラピスはふらっと床に倒れ込み、じたばたと両手両足を動かして暴れ始めた。ご近所迷惑になるからやめなさい。
「あーーーたまらーーーーん! うれしーーーーー! 妾の力を余す事なく主人殿に捧げる事を天地神明に誓おうぞーーーー!!!」
「こら、夜なんだから静かにしなさい!」
「はいっ」
軽く叱るとラピスは目にも止まらぬ速さで正座に移行した。
ラピスからはカード化まで終わったテイムモンスターはテイマーからの命令を必ず遵守すると聞かされていた。
しかしこういうムーブを見ると、ラピスを始めとする人型モンスターはやはり人ではないんだなと再認識させられる。聞き分けが良すぎるのだ。
一桜達が帰って来るまで、ラピスと今後の育成方針を話し合っていたが、一向に帰ってこない。
結局、日付が変わる少し前に月ヶ瀬が一桜を俺の部屋まで連れてきた。
だらしない寝顔を晒している一桜は、中身はどうであれ見た目相応に幼く見えた。




