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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第一章・幕間

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幕間2 激突! マリンフォートレス坂(7)

 本来であれば、月島君の試合を見た後は三人で広島駅周辺で適当に夕飯を食べて帰るつもりだったが、そういう訳にもいかなくなった。

 月ヶ瀬はともかく、月島君はメインイベントで大暴れした張本人だ。人前に出たら確実に囲まれる。そうなると坂駅までの動線がぐっちゃぐちゃになり、押し合いへし合いで負傷者が出るだろう。

 俺達は雑踏事故を懸念したマリンフォートレス坂のスタッフから、参集者の帰宅ラッシュが落ち着くまで選手用の控え室に待機するよう要請された。



「いやー、しかしちっひーも先輩も頑張ったっスねー、あたし一桜ちゃんが倒れた時泣いちゃいましたよー。スタジアムDJも煽るモンだから、周りのみんなも頑張れーって応援してたっスよー」


「スタジアムDJ? そもそも試合中は観客の歓声くらいしか聞こえなかったが……実況とかやってたのか?」



 試合開始前にはアナウンス的な物が流れていたが、試合中は全く聞こえなかった。いつそんな物が放送されていたんだ?



「フィールドで聞こえなかったのは公平性の為さ。選手が考えてる事や隠してる手の内をベラベラ説明されても困るだろ? 座席の下に埋め込んである指向性のスピーカーを使って、観客だけに聞こえるようにしてんのさ」


「なるほど、そういう仕掛けだったのか。解説ありがとう……って、誰だ!?」



 ナチュラルに説明してくれるモンだから、その声に全く聞き覚えがない事に気付くのに多少の時間を要してしまった。

 声の主を確認しようと振り向くと、そこにいたのは茶髪をポニーテールにした、褐色に焼けた肌の女性だった。

 歳の頃は二十代後半から三十代前半くらいだろうか。まず鍛えられた筋肉に目が行く。ボディビルダーのように肥大化しているのではなく、シャープに引き締まった体だ。

 そして顔立ちが、どこかで見覚えのあるような顔だ。具体的に言うと、そう……月ヶ瀬に似てる気がしないでも……



「か、か、万沙姉様……!?」



 月ヶ瀬が女性を指差してわなわなと震えている。どことなく青ざめているようだが、知り合いだろうか?

 謎の女性は軽く手を上げて、月ヶ瀬に向かってにかっと笑みを浮かべた。



「おう、かずねーさまだぞ。みーちゃん久しぶりだな! 三年ぶりくらいか?」


「五年です! いきなり失踪して何してたんですか!? 父上も母上も心配してたんですからね!? いやちょっと待って、ここ関係者以外立ち入り禁止ですけど!?」


「だって関係者だもん。な、千紘」



 いきなり話を振られた月島君が真っ青な顔で震えている。何だ何だ、完全に蚊帳の外だぞ。俺の方がよっぽど関係者以外の側だ。



「こちらボクの師匠、坂本万沙さんです……二年前にご結婚されまして、旧姓は月ヶ瀬……本家の次女にあたる方です」



 紹介された月島君の師匠は高らかに笑い声を上げているが、場の空気は最悪だ。

 針のむしろ状態で脂汗をかいている月島君、その月島君を射殺さんばかりの目で睨みつけている月ヶ瀬、そしてまたしても何も知らされていない俺……まとめ役不在の現状では話が進まない。

 仕方がないので、俺が事情を聞き取る事にした。



 § § §



「つまり実家が嫌になって出奔、日銭稼ぎで探索者になったら何故かジョブがモンスターテイマーになり、あてがわれた師匠と一緒にダンジョンに潜っていたら師匠と結婚してしまって……それで新人教育を請け負ったら月島君だったと?」


「簡単にまとめ過ぎじゃない? あーしとそーちゃんの出会いと恋愛と十八歳未満視聴禁止なラブシーンと感動的な結婚式の部分がバッサリカットされてんじゃん」



 そーちゃんとは坂本さんの旦那さんで、モンスターテイマーをやる傍らでダンジョン写真家を営んでいる坂本宗一郎さんの事だ。

 最愛の旦那の話をかなり割愛された事に奥方様は不服そうだが、もっと不服そうな顔をしていた奴がついにキレた。月ヶ瀬だ。

  控え室のテーブルを思い切り叩いている。やめなさい、よそ様の備品だぞ。



「それこそどうでもいいよ! ちっひー、何で黙ってたの!? 本家が捜索してるの知ってたでしょ!?」



 月ヶ瀬のあまりの剣幕と漏れ出す殺気で月島君がガタガタ震えて過呼吸を引き起こしており、完全に恐慌状態に陥っている。その様子がどうにも腑に落ちない。

 ドラゴン戦の時からも分かるように、月ヶ瀬の家系は分家に至るまで絶対服従の上意下達、お上への報告不備は謀反の意思アリと見られてもおかしくない。

 忠犬のように月ヶ瀬に服従している月島君が、わざわざ月ヶ瀬から睨まれるようなリスクを冒すだろうか?



「ああ、あんまり千紘を責めないでやってくれないか? あーしが口止めしたんだよ。チケットを高坂さんに渡させたのもあーしの差し金だしね。試合が始まったあたりでみーちゃんの隣にしれっと座って、種明かしするつもりだったんだよ」


「はぁ……昔っから破天荒でしたけど、ここまでエキセントリックを極めて帰ってくるなんて……わかりました、今回の件は一旦不問にします。でも実家には報告しますからね!」



 月ヶ瀬は観念したとばかりに天を仰いだ。忙しい奴だ。しかし殺気の矛先が逸れたお陰か、月島君の顔色に多少赤みが戻ってきた。

 俺も俺で聞きたい事があったので、このタイミングで口を挟んだ。



「そう言えば、交通事故に遭ったって話でしたけど……パッと見かなり元気そうですが、怪我とかしなかったんですか?」


「あーし、頑丈なのが取り柄でさ。この通りピンピンしてるよ。ま、怪我してもしなくても今日の試合に出るつもりはなかったけどね」


「……? でも今日は月島君と坂本さんのタッグマッチでしょう? 遅刻したら不戦敗になるのでは?」


「ヘタレの千紘の事だから、十中八九キミに泣きつくと思ってたんだよ。『戦の結末が使い魔達の命運を決める、新しき伝説に全て委ねよ』っつって闇ヶ淵の婆さまが言うモンでねぇ……待った、みーちゃん。説明するから剣を収めな」



 坂本さんの首元に剣が突きつけられていた。視線で辿ると月ヶ瀬が眼光鋭く坂本さんを睨みつけ、細剣を握りしめていた。

 月ヶ瀬の動作の起こりが全く見えなかった。まるで殺気で空間が歪んでいるかのように見える。ドラゴン戦の本気モードに近い威圧感をひしひしと感じる。

 一拍遅れて月島君がまた怯え出した。すぐさま暴力に訴えるのはやめなさい、猛犬じゃないんだから……などと軽々しく言えるような雰囲気ではない。

 話の流れやこれまでの出来事から推測するに、闇ヶ淵ってのは月ヶ瀬や雪ヶ原と同じ天地六家とか言う、伝奇モノに出て来そうな特殊な旧家と同じ括りなのではなかろうか?



「闇ヶ淵と接触したんスか」


「先週、奥出雲の本家に来いって手紙が届いてね」


「何も聞かされてないんスけど」


「そりゃあそうだ、この件に関して言えば月ヶ瀬本家は妨害者だからね。みーちゃんを呼んだのも月ヶ瀬を抑える切り札として使えるかと思ったからだし」



 月ヶ瀬の持つ細剣がびくりと震える。その顔に浮かんでいたのは貼り付けたような無表情ではなかった。今はただ、隠しきれない戸惑いに支配されているようだった。



「妨害……? 一体何を……?」


「カード化とテイミングスキルの組み合わせなんて、誰でも考え付きそうじゃない? でも高坂さんが現れるまで、世に出る事は無かった。それは当然の話なんだよね、人と魔が近くなったら困るどっかの家が知りすぎたテイマーを秘密裏に狩っていたからね。言ってる意味、分かるよね?」


「知らない……あたし、そんなの知らない……聞いてないよ……!」


「だから呼んだんだよ。みーちゃんは本家の思惑より高坂さんを選ぶ。例えば、ちーねぇさまが高坂さんを消しに来ても、みーちゃんなら守れるでしょ?」



 俺を消すとか何とか物騒な話は勘弁してくれないだろうか? 話の内容からすると月ヶ瀬家の長女が俺を殺しに来るかも知れなかったって事だろう。……そんなにヤバい案件だったのか?

 気が動転した月ヶ瀬がついに細剣を取り落とした。坂本さんは素早く細剣を拾うと、月島君に渡した。まあ、今の月ヶ瀬に渡すのは怖いからな。しょうがない。

 月ヶ瀬家の皆様方にも込み入った事情があるようだが、こっちも気になっている事がある。月ヶ瀬が黙ってしまったので、俺からも尋ねてみた。



「使い魔達の命運が決まる……ってのは、どういう意味なんですか?」


「多分、テイムモンスターを取り巻く世論とか、テイマー業界内の保守派の切り崩しとかじゃないかな? 闇ヶ淵ってのは日本最古の占い師集団でね、すぐに意味がわかるような予言をしないんだよねー」



 困ったもんだ、と肩をすくめる坂本さんだったが、その表情を引き締めて、言葉を続ける。



「今回は不出来な弟子を助けてもらったし、新しいテイマーの在り方を切り開いてくれた恩もあるから、二つほど助言しとくね」



 一体何の助言だろうか。余計な茶々を挟めない重い雰囲気に、俺は息を呑んだ。



「天地六家は高坂さんを測りかねてる。我が国に良い影響をもたらすか、破滅をもたらすか……ま、様子見してる家もあるけどね。……とりあえず今のままでいいよ。誠実に生きていけば、変に目を付けられる事はないからね」


「分かりました……とは言っても、俺に出来るのは日々働いて食い扶持を稼ぐくらいですが。二つ目の助言は?」



 俺が坂本さんに尋ねると、にかっと笑ってスマホを見せて来た。どうやらシーカーズの動画投稿機能と短文投稿型のSNSを合体させたサードパーティ製のアプリのようだ。

 そこには俺とラピスが大見得を切った時の映像がド派手なエフェクト付きで流されていた。

 よく見てみると、とんでもない数のシェア数といいね数になっている。世間で言う所の万バズりと言う奴だ。



「もしSNSやってるなら、しばらく迂闊な事は書かないように。今えらい事になってるからね、特に一桜ちゃんとラピスちゃんの人気が。今回の試合の切り抜き動画が大量に出回ってて、謎のテイマーナイト『アノニマス・フォックス』を自分の探索者チームに引き込みたいって奴がワンサカ居んのよ」


「一応SNS機能は使ってはいますが、探索者に関連している投稿はあんまりしてないんで大丈夫かと……」


「ふーん……アカウント名とIDは? アイコン何にしてる?」



 坂本さんは俺の目前からスマホをひょいと引き上げ、てしてしとタップしながら俺に尋ねた。



「ええと、アカウント名は湯の花、IDは初期から変えてないからランダムな英数字の奴、アイコンは銭湯に良くある黄色い桶ですね」


「んーと、多分これかな……? 最後の投稿が『最近温泉行ってないなあ、暇がないんです』って奴?」



 お、当たりだ。探索者用総合アプリ・シーカーズのSNSは探索者全員が登録を義務付けられている。

 実際に利用するも利用しないも個人の自由だが、俺は日常のぼやきや見られても構わない程度のメモに使っている。

 このSNSでは探索者としての情報……氏名やレベルやジョブ、甲種や乙種といった探索者の種別が一部ダンジョンの入場処理の際に回収されており、閲覧が可能となっている。

 設定画面で公開・非公開を選択出来るようになっており、俺は探索者情報を全て非公開にしている。もし公開していたら特例甲種と表示されて悪目立ちしていただろう。



「あ、それです。よく分かりましたね」


「湯の花って名前が二人しかいなくて、片方は岐阜でサムライやってる女の子だからね。……これなら安心だわ。ただの温泉好きアカウントがアノニマス・フォックスだなんて、流石にバレないでしょ」



 直後、ピコンとスマホが鳴った。見てみるとフォロワーが増えましたとの通知が三つ。

 一つは坂本さんだ。アイコンは自撮り写真で、テイムモンスターとの仲睦まじい様子が写真付きで投稿されている。

 最新の投稿は、今日の試合のフィールドがしっかり映り込んでいる自撮り写真だった。俺とラピスがポーズを取っている時の奴だ。改めて見ると恥ずかしい。

 二つ目は……デフォルメの効いたうさぎの絵のアイコンのちひたんというアカウントだ。月島君の物だろうか。女装した写真を載せているようで、どれもかなりのいいね数を稼いでいる。

 ……いや、男だからってこの写真はダメだろう。肌色が多すぎる。何故女性物の下着を付けている? どうしてこれが削除されないんだ? 微妙に顔が出てるがいいのか?

 三つ目は名前が空欄、アイコンはSAN値がごっそり持っていかれそうな冒涜的で黒い獣の絵、投稿は何も無い。これは……放置で良いだろう。誰かのイタズラだろう。

 フォロワー数がゼロだった俺のアカウントが一気に三つも増えた。最後の奴を除いてフォロー返しも済ませておいた。……どうした月ヶ瀬、何故睨む?



「……先輩。あたしのアカウント、フォロー返ってきてません」


「もしかしてこの何にも書いてない奴、お前の奴だったのか……アイコンのこれ、何なんだ? どっかの魔物のスケッチか?」


「どう見てもねこちゃんに決まってるでしょうが! 黒猫ちゃんですよ!」



 見えない。黒猫には絶対見えない。どう見たってダンジョンの深層に出てきそうな禍々しい獣だし、子供が見たら泣くだろう。



「みーちゃん……絵が下手なの、治ってなかったんだな……人には得手不得手があるから……うん」


「うう……絵とかダンスとか歌とか、自己表現系の芸術が心底苦手なんスよ……歌とダンスは最近マシになって来たんスけど……」



 頭を抱えてしまった月ヶ瀬が不憫だったので、SNSのフォロー返しはしておいた。……しかしこの化け物を度々目にするのは心臓に悪いので、どうにかして変えてもらおう。

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