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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第一章・幕間

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幕間1 雨の日(3)

 テーブルの上に乗った三枚の深皿には、ケチャップでぐるぐる模様が描かれた薄焼き卵が載っている。

 ドラゴンが恐る恐るスプーンで薄焼き卵の下を覗くと、色合いにムラがあるケチャップライスが現れる。

 三織とドラゴンは顔を見合わせている。出てきたオムライスのコレジャナイ感に戸惑いを覚えている様子が見て取れる。



「だから言ったろ、月ヶ瀬の奴とは違うって」


「じゃ、じゃが魔を統べる者よ……あの鬼……いや、ミサの作るオムライスとは……その……見た目からして違うようじゃが」



 月ヶ瀬が作った奴と言うのは、ミックスベジタブルと刻んだ鶏肉で作ったチキンライスを卵で包むタイプのオーソドックスなオムライスだ。あれは美味かった。

 対して、俺が作ったのは冷凍ご飯をフライパンで焼きながら解凍し、みじん切りにした玉ねぎと乱切りにしたウィンナーを炒め、ケチャップで味付けをしたケチャップライスを皿に盛り、そこに薄焼き卵をかけた物だ。

 卵で包んでいないし、何ならチキンライスでもない。そもそも俺は料理なんてまともにやって来なかったんだから、ケチャップライスも薄焼き卵も焦がさずに済んだ時点で拍手喝采モノだ。



「別にいらないならいいんだぞ。ほら、タゴサクとケラマは欲しそうにしてるし」



 タゴサクがこちらを見て目をキラキラとさせながら尻尾を振ってるし、ケラマからも「ほしいなー」と言う意思が飛んで来ている。

 さっき余った薄焼き卵を食わせてからずっとこんな感じだ。意外や意外、お前らこういう物も食えるのな。……タゴサクって見た目は完全に犬だが、玉ねぎとか食えるのだろうか?



「誰も要らんなんて言うとらんじゃろ! ……い、いただきます……」


「いたーきましゅ……」



 三織とドラゴンは恐る恐ると言った感じで、俺の作ったオムライス(仮称)をスプーンで食べて始めた。一口すくってむぐむぐと食べ始め……おお、三織はガツガツいった。どうやらお気に召したようだ。

 ドラゴンの方も月ヶ瀬のオムライスとの差異に戸惑いつつも、しっかりと食べている。

 当然だ。ちゃんと味見はしているのだから、食べられるようには出来ている……はずだ。魔物と俺の感性の違いはあるかも知れないが。



 自分達にはオムライス(仮称)が回って来なさそうだと理解したタゴサクの落胆っぷりが可哀想だったので、この前月島君から貰った矢野ダンジョンで取れた牛肉を皿の上に出してやる。

 タゴサクもケラマも食べられれば何でも良いようで、生のまま食べている。まあ、野生のコボルトもダンジョンでは人間を生のままで食うからな。生肉は平気なんだろう。



「うむ……悪くないな。妾はこのオムライス……? も結構好きじゃぞ」


「おいしー! すべすべ、これ、おいしー!」



 三織が口の周りをケチャップでベタベタにしていたので、タオルで口を拭いてやる。その瞬間……懐かしい気持ちになった。

 そうだ、俺も子供の頃、親父にこうして貰ったんだった。



 親父も俺と同じで、料理が出来る人じゃなかった。たまに休日の昼飯にレトルトのソースを使ったスパゲッティを作るのが精一杯だった。

 小学生の頃、親父に昼飯に何を食いたいかを聞かれ、オムライスが食べたいと答えた事があった。その時出てきたのがコレと同じ、薄焼き卵を乗せたケチャップライスだった。

 卵は所々焦げていたし、ケチャップが行き渡ってない部分もあったりで見栄えは悪かったが、味は美味かった。そして何より、普段まともに料理をしない親父が一生懸命作ってくれたのが嬉しかった。

 俺のケチャップまみれの頬をタオルで拭いていた時の「しょうがねえヤツだな」とでも言いたげな、苦笑いの……それでいて嬉しそうな表情をしていた親父の顔を今、ふと思い出した。



「……すべすべ、いたい……?」



 三織が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。痛い? 何でだ?

 さらにはタゴサクやケラマまで俺の側に寄ってきた。一体どうしたって言うんだ?



「魔を統べる者よ、お主……泣いておるではないか」



 ドラゴンの言葉が信じられずに頬に手を当てると、涙が流れていた。あれ? 何でだ?

 三年前に親父が亡くなった時にも泣かなかったのに、何で今さら涙が止まらないんだろうか。止めようと思うほど、俺の意に反して涙が流れ続ける。

 三織とドラゴンに頭や背中を撫でられ、タゴサクに頬を舐められ、ケラマに腕をさすられて三十分はたっぷり泣いてしまう失態を晒してしまった。



 § § §



 すっかり冷えてしまったオムライスを電子レンジで温め直し、俺達は昼食を再開した。

 先に食べ終わったタゴサクは部屋の隅で丸まって寝息を立てている。その姿はまるっきり柴犬であり、昔飼っていた本物のタゴサクそっくりだ。

 ケラマもその横で転がっている。ご丁寧に「うーんむにゃむにゃ」とか「もうたべられないよー」という念が飛んでくる。どこで覚えたんだその言葉、そもそもスライムも寝るのか?



「なるほどのぅ……まあ、妾はダンジョンからポコッと湧くタイプの生き物じゃからして、親という制度はさっぱり分からんのじゃよなぁ……」



 既にほとんど食べ終えてしまったドラゴンは、深皿に残った米粒をスプーンで掬おうと躍起になっている。



「それに同族意識や人間の持つ生命倫理もようやく芽生え始めたばかり故、魔を統べる者が何故涙が止まらんかったかとかも理解しにくいんじゃが……そうよなあ……」



 やっとこさ米粒の処理が終わったようで、ドラゴンがこちらに向き直る。



「三織や妾の世話を焼く事で、魔を統べる者が父親を思い出したと言う事は、つまり妾達の事を我が子と同じくらい大事な者として認識しているという事であろう? ただの召使いや戦闘のコマとして見られるよりは、よっぽど嬉しい事じゃと思うがの」



 三織もドラゴンも、俺に温かい視線を向けていた。どうにもくすぐったい気分になる。が、悪くはない。



「魔物は正式にテイムされた時点で人間への感情が芽生える……それ自体は作為的で気に食わんが、妾や他のテイムモンスターが魔を統べる者の事が大好きである事実は変わらん。それがどんな『好き』かは千差万別じゃろうが……ふむ、父親か。そんな好きがあってもよかろう。なあ、父様?」



 いきなりの父様呼びに驚いてしまって、飲んでいた麦茶が気管に入ってしまった。俺が咽せている間にも、どんどん状況が悪化していく。



「すべすべ、いたい? こんにちは?」


「三織よ、良い事を教えてやろう! こやつは『お父さん』だ! これからはお父さんと呼ぶがいい!」


「すべすべ……おとーさん?」


「そう、お前を一番大事にしてくれる男をお父さんと呼ぶ! 女の場合はお母さんじゃな! いいな、こやつはお父さん! お父さんじゃからな!」


「はい! みおり、おとーさん、すきー!」



 俺は喋る事が出来ないので「やめなさい」とも「それならすべすべの方がマシだ」とも言えず悶えていた。そこに追い討ちをかけるように不幸が連鎖していく。

 玄関のドアがノックされ、鍵によってロックが解除される音がして、ドアが開いた。月ヶ瀬だ。

 何かあった時の為に合鍵を渡しておいたのが、この時ばかりは仇となった。



「いやー、ひっどい雨っスよねー。石崎邸の棟上げ午前中で終わったんでご飯でも用意しようかと思ったんスけど……あれ? もう食べたんスか? まあ、もうすぐ一時半になっちゃいますもんね……先輩? 寝転がってどしたんスか? 牛になりますよ?」



 まるで同棲相手の部屋へ遊びに来ましたくらいの感覚で話しながら入って来た月ヶ瀬に対してドラゴンがずびしっ! と音がしそうな勢いで人差し指を突きつけ、三織にとんでもない事を尋ねた。



「三織! アレは何だ!」


「みおりを……だいじに……あ! おかーさん!」


「じゃあコイツは!?」


「おとーさん!!」


「三織は二人のこと、どう思う!?」


「みおり、おとーさん、おかーさん、すきー!!!」



 月ヶ瀬の動作がピタッと止まった。時間停止の特殊能力が存在したらこんな感じになるんだろうなってくらいに微動だにしない。

 俺は俺で説明したくとも咽せまくってる状態でそれどころではない。ツッコミ不在のこの場を収束させるまでに今しばらく時間を要する事となった。



 ちなみにこの後、月ヶ瀬が夕食の支度をしてくれたのだが、やたら良い肉を買ってきてステーキを焼いた。これまでにないレベルでご機嫌なのが逆に怖い。

 三織やドラゴン、タゴサクは肉に大喜びだ。ケラマは何を食べても幸せそうなので、いつもとあまり変わらない。

 それと、俺の部屋にいる時限定で月ヶ瀬までもが俺の事を「お父さん」と呼ぶようになった。こんなに大きな娘がいるような年だと自分でも思いたくないので、流石に辞めて欲しい。

 ……それ、絶対外で言うなよ。確実に誤解されるからな。

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