幕間1 雨の日(1)
「あめあめー」
「じゃのうー」
「わんわんっ」
俺の部屋の窓に三体の魔物が並んで、外の様子を眺めている。左からヒロシマ・レッドキャップの三織とドラゴンだった名無しの幼女、そしてヒロシマ・コボルトのタゴサクだ。
今日は工事現場での車両誘導の予定だったが、この大雨のせいで工事は中止、まだ夜も開けやらぬ朝方に会社から電話連絡によって休みが言い渡された。
俺の住むマンションは栄光警備が一括借上げで社宅として使用している。
独身寮と言う訳ではなく家族での居住も可能で、父親が警備で奥さんが別の仕事と言うパターンも珍しくない。逆のパターンは全く聞かない。女性警備員がそもそも珍しいからだ。
家族内の誰かが栄光警備の従業員であれば居住が許可される。ペットも可だが、退去時の現状回復費用が高めに請求される。
俺もいままでは独り身で暮らして来たが、俺を取り巻く環境が変わってきている。具体的に言うと、俺のテイムモンスターの処遇だ。
一部の魔物はテイミングにより自我を獲得し、人間と共存共栄が可能な友好性を持ち、種族によっては日常会話レベルのコミュニケーション能力を得る。
これは遭遇した時点で既に自我を持ち、俺達とコミュニケーションを図ろうとした自称カオスドラゴンの少女によってもたらされた情報だったが、信憑性を担保するだけのデータが無い。
そこで探索者協会は日本全国に散らばっているモンスターテイマーのうち、信頼出来る者に限って情報を開示し、実証実験を行う事にした。
すなわち、コミュニケーションを取れる可能性のあるテイムモンスターに教育を施し、意思疎通を行う実験である。
日本語を教え、道徳を学ばせる事で会話が出来る魔物の育成が可能かどうかを判断する……これまでモンスターテイマーが禁忌としてきた実験の打診は、業界内のみに留まりはしたものの大いに波紋を広げた。
結果、日本全体で十人だけがこの実験に参加する事となった。そのうちの二名に俺と月島君が含まれている。月島君の師匠もノリノリで参加しているらしい。
月島君の相棒であるリビングアーマーのマックスくんはどれだけ頑張っても「マ゛!」の一音を発するのが関の山だったので、月島君は実験のためにわざわざ田方ダンジョンの六階層に単身で潜ってヒロシマ・エルフを一匹仕入れていた。
名前はシトリンと付けたそうな。髪の色が金髪なので黄色い天然石から名前を取ったと言っていた。
一度見せてもらったが、ソバージュのかかった金髪に長い耳のお姉さんといった感じの魔物だった。
服が布一枚を肩当てやベルトのような金属で留めた簡易的な物で、暴力的なまでの巨乳がしっかりと強調されていた。そりゃあ性の捌け口にされる訳だ。
偶然通りかかった月ヶ瀬の「キシャー!」が炸裂したのは言うまでもないだろう。俺のテイムモンスターじゃなくても女を見てるだけでダメらしい。どうしろと言うのか。
そんな訳で、我が家でも実証実験が始まっている。うちの場合は探索者協会から一つ余計な注文が来ていた。
ドラゴン少女をなるべく「召喚」しておくようにとの事だった。
最初からコミュニケーション能力を有する魔物とそうでない魔物を接触させておく事で、知能や言語能力の発達を他ケースと比較する為だそうな。
その際に発生する食費や光熱費については一部探索者協会が持ってくれるとの事なので、二つ返事で了承した。
そうそう、俺はこれまでテイムモンスターをカード化から戻す事を「カード化の解除」と呼んでいたが、探索者協会によって正式に「召喚」と定義付けされる事になった。
テイムモンスターを生身で連れ歩くのがこれまでの常識だったが、カード化によって格納された状態で運用する方が圧倒的に楽だし、みだりに衆目に触れさせる事も無くなるので一般人の不安も緩和できる。
そこで、テイムモンスターをカード化を解除して本来の姿にする事を「召喚」、テイムモンスターをカードにしまう事を「送還」と呼称する事にしたそうだ。
追加スキルのカード化では不可能なので、今後カード化のスキルカードを安定的に生産するプランを策定する必要があるとか何とか。まあ、それは俺の仕事ではないので頑張ってもらいたい。
実験に関しては今のところ探索者協会とモンスターテイマー業界内でのみの話となっており、公表は差し控えている状態だ。
実験のデータが出揃った段階でテイムモンスターが社会に及ぼす影響への安全性が担保されるようになった段階で学術機関に論文を提出し、ある程度の評価を受け次第、世間に公表する事になるだろうとの事だ。
「こんにちはー」
「何じゃ、外に出たいのか?」
「こんにち……そーと? みおり、そと、こんにちはー」
「惜しい! そとに、でたい! 分かるか?」
「こんにちはー! みおり、そと、でたい!」
「えらーい! お前は賢いのう! じゃが駄目じゃ、お外に出たら濡れてしまうからのう! 魔を統べる者に怒られてしまうぞ!」
「すべすべ……こんにちは……」
ドラゴンと話していた三織がこちらを見ている。よっぽど外出したいらしい。どうしたもんか。
俺は冷蔵庫の中身を確認する。大分少なくなっている。買い物に行かなければならないので、出かける必要はある。
スーパーの弁当とサラダを適当に買う生活だったが、この生活のせいで……おかげで? まともに使われていなかった冷蔵庫とコンロが大活躍している。
ちなみにテイムモンスター達は外出を禁じられている訳ではない。元々モンスターテイマーはダンジョンまで魔物を連れて移動していた訳で、その為の取り決めもある。
魔物である事を表す模様が印字されている上着を着せれば問題なしとのお墨付きを得ている。
だが今日は生憎の雨。しかも結構なザーザー降りだ。透明のカッパは予備があるが、俺と三織とドラゴン分で手一杯だ。タゴサクには送還してもらうか、留守番してもらうしかない。
「うーん……カッパが三着しか無いからなぁ……タゴサク、留守番出来るか?」
「わんわんっ!」
「留守番するそうじゃぞ。ほれ、疾く準備をせんか!」
「ドラゴン……お前、よくタゴサクの言う事が分かるな」
俺もタゴサクのテイマーである為、簡易的にだが考えている事が分かる。だがドラゴン娘はどうして理解出来るのか、それが分からない。魔物同士での繋がりでもあるのだろうか?
「むふー、妾はカオスドラゴンじゃからな! そんじょそこらの魔物とは訳が違うんじゃよ! ところで魔を統べる者よ、いつまで妾はドラゴン呼ばわりなんじゃ? スライムまで名前があると言うのに!」
「お前だっていつまで経っても俺のことを魔を統べる者って呼ぶじゃねえか、三織が俺のこと『すべすべ』って呼ぶのお前のせいだぞ! 罰としてお前には名前を付けてやらねえ!」
背後に飛んでくるドラゴンの罵詈雑言を無視しながら、俺は三織に探索者協会お仕着せのポンチョを被せ、その上から雨ガッパを着せた。ドラゴンにも同様の処置を施すが、こいつには腰にハーネスを装着するのを忘れない。
こいつは一度、はしゃぎ過ぎて俺から大きくはぐれたせいで迷子になった経歴がある。強制的に送還して事なきを得たが、それ以来お出かけの際にはしっかりと紐で繋いでおく事にした。
タゴサク一匹で留守番させるのも可哀想なので、ケラマも召喚しておく。何だかんだ言ってケラマとタゴサクは仲良しだ。同時に召喚したらいつも一緒に居る。
ケラマに留守番を言い渡すと「やだやだー」「いっしょにいきたいー」と言う気持ちと同時に「るすばんがんばるー」「たごさくなかよしー」と言う気持ちが飛んでくる。
ケラマ、アンビバレンスに悩むお年頃か。
「よし、それじゃあ買い物に行くぞ。離れるなよ」
「こんにちはー! あ、みおり、わかった! はい!」
「こんな紐付けといて離れるも何も無かろうに……わかったわかった、分かりましたー!」
俺達は靴を履き、玄関から外に出た。扉を閉める時、タゴサクが一度だけ小さく「わんっ」と吠えた。




