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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第一章

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第25話

 東洋鉱業から装備を受け取った明後日。俺は今、探索者協会西支所に来ている。

 俺一人ではなく、月ヶ瀬と月島君も一緒だ。

 昨晩、急遽会社から電話がかかって来て、「明日は午前十時に制帽・制服着用の上、探索者協会西支所に出向くように」なんて言われたので、びっくりしてしまった。

 本当なら今日から仕事が再開になる予定だったのに、いきなりキャンセルになってしまった。当然給料は出ないので有給を使う予定だ。

 

 

 俺と月ヶ瀬は栄光警備の制服の上に薄手の長袖シャツを羽織っている。

 指導教育責任者の岡島さんが現任教育の度に「休憩や通勤等、服務に着いていない時に制服を着っぱなしにする場合、制帽やヘルメットを脱いで社章を隠す為に上に何か羽織るように」と口酸っぱく言うからだ。制帽はカバンの中に入れている。

 西支所前で待ち合わせた月島君はこの間と違い、ややフォーマルな装いだ。女性用のモッズスーツを着崩したようなコーディネイトで、やはりパッと見では男か女か分からない。

 こういう中性的と言うよりは女性寄りの服が好きなんだろうな、女装趣味があるって自称していたし。……別に月島君に見惚れている訳ではないので、月ヶ瀬は膨れっ面で俺を睨むのをやめないか?



 § § §



 今日通されたのは前回のような会議室ではなく、二階にある広めの部屋だった。

 机や椅子は無く、部屋の奥にお立ち台のように一段高くなっているステージと、大きな市松模様に探索者協会のロゴが均等に描かれているバックパネルが置かれてある。

 この光景はテレビで見た事がある。探索者協会が公式発表を行う際に記者会見を開くための部屋だ。

 俺達が部屋をキョロキョロと見渡していると、既に室内で打ち合わせをしていた二人の女性職員が駆け寄ってきた。



「月ヶ瀬様に月島様、それと高坂様ですね? 本日はご足労頂きましてありがとうございます」



 職員が両方ともぺこりと頭を下げるので、こちらも会釈を返す。そもそも俺達は呼ばれた理由を聞かされていないんだが、一体何があったんだろうか?



「本日の呼び出された理由を全く聞いてないんですけど、前回の支部長・副支部長とのお話について何か問題がありましたか?」



 俺が聞きたかった事を月ヶ瀬が代わりに聞いてくれた。しかし本当、誰に対しても冷淡で人を寄せ付けない感じなんだな。事務的な対応が板についている。



「本日の予定は先日のドラゴン討伐に対する感謝状と報奨金の授与と月ヶ瀬様、高坂様への特例甲種探索者許可証の交付、ならびにその旨を発表する記者会見となっております」


「……全く聞いてないんですけど」


「一昨日、貴社のご担当者様に取り次ぎをお願いした際に、本日の予定とお越しいただく理由についてはご説明申し上げたのですが……手違いがありましたら申し訳ありません」



 月ヶ瀬がツッコミを入れていた通り、俺達は何も聞いていない。感謝状とかよりも特例甲種探索者許可証ってのも聞いた事が無い。

 甲乙丙丁で言えば一番上のランクになるって事だが、マジで何も聞かされていない。冗談抜きで大事になってしまっている。

 東洋鉱業の中本社長はこれを見越して装備を渡して来たんだろうか? もしそうだとしたら、底知れない人だ。



 しかし、こんな大事な話をスルーしたってことは完全に弊社の連絡ミスだな。合田さんは絶対にこの手のポカをしない。下手人は事務の三浦さんだろうか、あの人は電話関連のミスが多いので信用出来ない。

 制服着用の指示を出したのは春川常務だろう。テレビが来るから制服着せておけば宣伝になるくらいの軽い考えだろう。

 しかし嫌な予感がすると言うか、春川常務の思惑通りになるとは思えない。俺達に制服を着せた事を後悔しなければいいけどな。

 俺は頭を下げっぱなしの女性職員に頭を上げるよう促しつつ声をかけた。



「いえ、多分当社の担当のミスだと思います。お気になさらずに。本日我々は何をしたらいいですか?」


「はい、ありがとうございます。……では本日の細かい予定と、皆様にお願いしたい事をお伝えします。まず──」



 それからしばらく、記者会見までの流れを確認した。

 賞状とご立派な水引きと熨斗が付いた封筒を受け取るタイミングの説明や所作、受け取った後に取材陣に賞状等を見せるポーズの確認、そして特例甲種探索者許可証の授与も同様に予行演習を行なった。

 皆とっ散らかったりはせずに無難に出来ていたが、月ヶ瀬だけが氷のように冷たい無表情のままだったのがとてもシュールだ。担当の職員もドン引きしていた。

 特例甲種探索者許可証とやらの現物も見せてもらった。我々の丁種の許可証は運転免許と大差ないシンプルな物だが、特例甲種は真っ黒なカードだ。

 金文字で俺の名前と「日本迷宮探索者協会広島支部」の表記が書かれており、顔写真が右側に鎮座している。

 豪奢な拵えであるにもかかわらず、写真が証明写真のような薄いブルーバックなのが場違い感が出ている。

 そんなリハーサルをたっぷり一時間はこなした後、俺達は本番を迎えた。



 § § §



「中国テレビの里村です。高坂さん、月ヶ瀬さん、日本で初めての特例甲種探索者になったお気持ちをお願いします」


「ハハ……その……俺、あ、いや、私は警備員なもんで、特段思う所は……連絡が来たのも昨日ですし、何も実感が……」



 感謝状や特例甲種探索者許可証の授与式なんかは、特に問題はなかった。これでも国家資格である所の警備業務検定の合格者だ、決められた文言とポーズを取るのは慣れたモンである。

 問題はその後の記者会見だ。朝倉支部長や後藤副支部長への質問だけで終わるかと思ったが、見通しが甘かった。

 言ってしまえば主役のような立ち位置なんだから、俺にも質問は飛んでくるのは当然だ。

 アドリブに滅法弱い俺は始終この有様で、噛み倒すし喋りも下手だしでもうどうしようもない。

 今の俺の背中は冷や汗と脂汗でべっちょべちょだし、手汗も酷い事になっている。

 こんなに水分を放出しているんだ、帰ってからのビールはさぞうまかろう……などと余計な事を考える余裕もない。



「……ありがとうございます。では月ヶ瀬さん、いかがですか?」



 質問のターゲットが月ヶ瀬に移った事で、少しだけ安心する。これでまたしばらくはこっちに話は飛んで来ないはずだ。

 月ヶ瀬は式典が始まってからずっと仏頂面だ。カメラマンの「笑って下さーい」の呼びかけにも一切反応せず、氷のような無表情を貫いたままでいる。



「まず、特例甲種探索者と言えども、私達は警備員だと言う点をはっきり明示させて頂きたく思います。私達の本分は日本迷宮探索者協会の発注するダンジョン運営の従事、つまり五号警備です。特に弊社は通常の警備業者と同じように、施設警備や交通誘導の依頼も同時進行で受注しています。丁種で十分従事可能な所に過分なランクを頂いても、正直に言って持て余してしまいます」


「それは甲種探索者としての義務を果たすつもりは無いと言う事ですか!?」



 記者の群れからヤジのような言葉が飛んできた。質問がある記者は挙手し、呼ばれたら所属と名前を明らかにした後に質問するルールから逸脱している。

 司会のお姉さんの眉間に皺が寄っているあたり、不快に思ってるんだろうとは思う。



「高難易度ダンジョンのアタックメンバーへの招集を義務とおっしゃっているのであれば、それは私達の義務ではありません。特例として免除されています。先程も申し上げました通り、私達の義務は警備員としての本分を全うする事です」


「力ある人間はそれなりの義務を負うべきだと思いますが!?」



 ヤジ記者は尚もしつこく食い下がる。そろそろ摘み出してくれないだろうか。俺の方にターゲットを変えられると困る。月ヶ瀬みたいに喋れないからな、俺は。

 しかし月ヶ瀬は眉ひとつ動かす事無く、先程までと同様の抑揚に欠けた寒々しい声で諭した。



「勘違いしないで頂けますか。私達が特例甲種探索者許可証を受け取るに至ったのは、力があるからではありません。ドラゴンに勝ったからです。私達が逃げたら傷ついた探索者達が死んでしまう。少しでもミスしたら私達も死ぬ。そういう薄氷を踏む思いで命を繋ぎ、ドラゴンを倒しました。決して楽勝だった訳ではありませんし、この許可証はその成果に対する報酬だと思っています。レベルに見合わないギリギリの綱渡りの報酬が危険なダンジョンに挑む義務では、釣り合いが取れないと思いませんか? それで死んだら誰が責任を取るんですか? リスクの極小化を図るのが主業務である警備員に多大なリスクを押し付ける気ですか?」



 月ヶ瀬の人を射殺そうとせんばかりの冷たい視線と、立て板に水ってこういう事を言うんだなと感心する程の理路整然とした物言いに、さしものヤジ記者も押し黙った。

 記者会見は完全にお通夜ムードだ。俺の隣にいる月島君も居た堪れない表情でおろおろしている。

 何なら朝倉支部長も後藤副支部長も口をポカーンと開けて月ヶ瀬の方を見ている。あれはどういう感情の顔なんだろうか。「そこまで言わんでも」だろうか?

 もはや誰も口を開こうとしない。シャッターを切る音さえ消えてしまった。司会のお姉さんが今が好機とばかりに風呂敷を畳む。



「それでは、只今を持ちましてドラゴン討伐の感謝状の贈呈、並びに特例甲種探索者許可証授与式を終了とさせて頂きます。それでは壇上の皆様は控え室へ──」



 その言葉を聞いて、俺はどっと力が抜けてしまった。




 § § §




「やーん先輩怖かったっスよー! いきなり変な質問飛んでくるんスもん、あたし怖くて泣いちゃいそ……うわ先輩どうしたんスかその制服、色が変わるくらいぐっちゃぐちゃですよ」



 月ヶ瀬が俺に駆け寄ろうとしたが、プールにでも飛び込んだかのような濡れ具合にビビったのか、一歩手前で立ち止まった。悪かったな、汗だよ汗。

 ここは控え室扱いになっている会議室だ。俺達の出番は終わりなので、後は帰るだけだ。

 月ヶ瀬は部屋の隅にある衝立の裏でさっさと着替えたのか、普段着に身を包んでいる。今日はトンチキな方の装いだ。

 「不幸中のタイ米」という文章と共に、細長い米を模したキャラクターが「ナマステー」と喋っている様が描かれたTシャツに黒いジーンズという出で立ちとなっている。……ナマステはインドじゃないか?



「しょうがないだろ、こういう場は初めてなんだから……生まれてこの方、新聞に載った事も表彰された事も無えよ」



 俺は月ヶ瀬に返事をしつつ、バッグから赤い無地のTシャツを取り出した後、ビニール袋に脱いだ制服を包んでバッグに入れた。雨が降った時の為の備えがこんな所で役に立つとは、世の中何があるか分からないモンだ。

 スラックスはそのままでいいだろう。どうせ乾く。実はパンツまで汗でびしょ濡れだが、そんな事言える訳がない。



「あ、じゃあ良かったですね。表彰されましたし多分新聞にも載りますよ。業界誌でしょうけど」


「あんまり嬉しくないな……しかしお前も役者だなあ、ドラゴンを蹴りで吹っ飛ばしといて力がある訳ではないとかよく言えたな」


「実際、あたしの力なんて大したモンじゃないっスよ。二人姉上がいますけど、あたしなんかとは比べ物にならないくらい強いし、父上に至っては史上最強っスよ。表に出ないだけで表に出たら世界が終わるっス」


「じゃあ何で表に出て来ないんだ? こんなウィズダンジョン時代、やる事は沢山あるだろうに」


「そりゃあダンジョンばかりが日本の危機って訳じゃないっスからねぇ……もっとやべーのも一杯いますよ。あのドラゴンなんて秒でひねり殺すようなバケモノも、山に行けばウジャウジャ出てきますし」



 なんだそれ怖い、一体どこの山なんだ。参考までに教えて欲しい、死んでも近づかないから。



「それよりも先輩、気をつけた方がいいっスよ。雪ヶ原のお陰で情報が統制されてるとは言え、変な奴に目をつけられたり私生活を付け狙われる可能性もありますからね。人の噂も七十五日、しばらくは目立たないようにしてください」


「……そんなに警戒しないといかんのか、特例甲種」


「そりゃあ史上初のランクっスから……広島どころか全国であたし達だけですよ。まあでも、そのうちみんな忘れますよ。新しい燃料が無ければ火は必ず消えます。現任教育で毎回やる燃焼の三要素を利用した消化活動と根っこは同じっスよ」



 そんなモンかねぇ? まあ、月ヶ瀬が言うならそうなんだろう。俺よりずっと修羅場に慣れてるだろうし、噂話に一家言ある知り合いもいるようだしな。



「あ、そうだ。ちっひーはどうしました?」


「着替えや荷物は車の中だし、寄る所があるからそのまま車で帰るって言ってたぞ」


「そっスか、もしかしたらモンスターテイマーのお師匠さんとこに行くのかも知れないっスね。何だかんだで忙しくて会いに行けないって言ってましたから。それじゃあ、あたし達も帰りましょうか」



 月ヶ瀬が自分の鞄を背負い、先導するように控え室を出る。俺はそのまま月ヶ瀬に付いていく。すれ違う職員への挨拶もそこそこに、俺達は出口へと向かう。

 探索者協会西支所の建物を出ると、梅雨の訪れを想起させるような曇天が俺達を出迎えた。

 薄暗くて見通しの悪い空模様は、まるで俺の今後を暗示しているかのように思えて仕方がなかった。

いつもご愛読頂きましてありがとうございます!

この話を持ちまして第一章完結とさせていただきます。

今後も続いていきますので、どうぞよろしくお願いします!


ブックマークやポイント評価もお待ちしております。

とうの昔にお済みの皆様方も、日頃の応援ありがとうございます!

Twitter(今はXとか名乗ってる謎のSNS)での感想や応援も

探し出してRPやいいねをつけておりますので、よろしくお願いします。


今後のスケジュールですが、明日はキャラ紹介、明後日はちょっとしたオマケとして

物語に登場する場所の大まかな座標をGoogle mapで表示出来るURL集を公開します。

その後、7/17(水)~8/4(日)まで隔日で幕間のお話を投稿しまして、

8/7(水)から第二章の始まりとさせていただきます。

変則的な日程となりますが、お付き合いいただければ幸いです。

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