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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第一章

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第24話

 ドラゴン事件から数日が経った。

 これまで会社からの査問……と言う程キツいものではないが、当時の状況説明を求められたり、探索者協会で事情を聞かれたりと警備業務に就けなかった。

 この間、給料が出るのかと言われたら、全く出ない。うちは一部の内勤以外はほぼパートやアルバイトであり、その給料は日給月給制だ。

 働かざるもの貰うべからず、現場に出るか法定の教育を受ける以外で給金が出る事はない。

 なので有給を使ってやった。二年分溜まっていたうちの一部だ、文句は言うまい。



 事情聴取が一段落付くと今度は会社からしばらく休みを言い渡されたが、別にこれは懲罰目的の自宅謹慎ではないとの事だった。

 買い物や近場の温泉に出かけたりして暇を潰そうか……と思っていた矢先、会社に呼び出されて東洋鉱業への出向が命じられた。しかも今日、これからだそうだ。急過ぎる。

 今回の装備破損の件について詳細な説明が必要らしく、先方が既に迎えの車を寄越してあるとの事だった。

 絶対責任追及してやるからな、逃さないぞ……と言う意思表示だろうか。正直怖い。いっそこのままバックレてしまいたい。



 東洋鉱業の本社所在地は、製造拠点のある広島県呉市だ。これが東京だったら泊りがけの旅行になる所だったが、呉なら日帰りが可能だ。

 呉は仕事で何度か行った事はあるが、業務が終わったら他の隊員が運転する車で寄り道もせずに帰社してばかりで、ゆっくり歩いた事が無い。

 東洋鉱業の査問会? が早めに終わったら、大和ミュージアムを見に行っても良いし、何なら呉の市街地で軍艦カレーを食べるのも良いかも知れない。確か有名なラムネの店もあったはずだ、まだやってるだろうか。

 スマホで検索しつつ呉観光の算段を立てながら栄光警備のビルを出ると、正面に高級そうな黒塗りの国産高級車が止まっていた。少なくともうちの重役連中の物では無い。

 車の外で待っていた初老の男性運転手が俺の姿を認めると、笑顔でこちらに歩み寄って尋ねてきた。



「失礼ですが、高坂渉様でいらっしゃいますか?」


「あ、はい。そうですが」


「私、東洋鉱業株式会社より高坂様をお迎えに上がるよう仰せつかっております、新庄と申します」



 新庄と名乗った男性は懐からカードケースを出し、名刺を渡して来た。どうやら東洋鉱業の直雇用運転手のようだ。

 こちらはアルバイトなので交換する名刺が無い。俺はお辞儀をしながら新庄さんの名刺を両手で受け取った。



「あ、すみません。俺はアルバイトでして、お渡しする名刺が無くてですね……」


「ああ、お気遣い頂かなくとも結構です。春川様を通してお話が届いているかとは存じますが、本日は高坂様に弊社までご足労頂きたく思います。ご都合はよろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫です。実は御社へ向かうのに呉線を使えばいいのかなと思ってました」



 その話を聞いたのもついさっきだが、問題無い。一昨日の時点で事務の合田さんから「近日中に東洋鉱業との話し合いがあるから、決まるまでは大きな予定を入れないように」とのお達しを聞いていたからだ。

 新庄さんは俺の返事に笑い声を上げた。



「ハッハッハ! 弊社の大事なお客様を電車で来させたとあっちゃ、私が上から怒られてしまいます。早めにお待ちしておりましたが正解でしたね。さあ、どうぞご乗車下さい」



 新庄さんが恭しく後部座席のドアを開けて、乗車を促す。俺はショルダーバッグを外して抱え、車に乗り込んだ。

 座席がふっかふかだ。うちのオンボロ社用車の硬くてツルッツルのビニールシートとは比べ物にならない。何ならタクシーより上等だ。

 車内の匂いも清潔そのもので、安物のタバコとケミカルな消臭剤の匂いが混ざりあった弊社の社用車とは雲泥の差だ。

 しかしこうも乗り心地が良いと、逆に落ち着かなくなってしまう。これも貧乏人の性だろうか? 悲しくなってくる。



 新庄さんが運転席に乗り込み、俺に「では、出発します」と声をかけてくれた。発進が余りにもスムーズで、目隠しで転がされていたら進んでいる事にも気づかなかっただろう。

 ブレーキングも完璧で、揺さぶられる感覚が全く無い。俺は乗り物に強い方だが、これは乗り物酔いしやすい奴でも酔わずに済むのではないだろうか。

 実は停止したままだったりしないかと錯覚するような走りを見せる車は、この間ドラゴンとの死闘を繰り広げた広島高速三号線に入り、仁保ジャンクションから広島大橋を通り、広島呉道路を抜けていく。

 栄光警備ビルから一時間もかからないうちに、俺は東洋鉱業株式会社広島本社に到着した。

 新庄さんによって開けられたドアから降り、案内されるがままに進んでいくと、新しく先進的なデザインの社屋が見えて来る。

 入口に着くと、既に待ち構えていたビジネススーツを着ている若い女性社員が俺にお辞儀をした。



「本日はご足労頂き、誠にありがとうございます。インタビューのセッティングは済んでおります、ご案内いたしますので……」


「え? インタビュー? 査問会とか事情聴取じゃなくて?」



 素っ頓狂な声を上げてしまったが、俺は決して悪くないはずだ。

 そもそも俺は会社から「東洋鉱業に行け」としか言われてないからだ。何するのかまで聞いてない。

 インタビュー? 何のインタビューだ? もしかして東洋鉱業は事情聴取をインタビューと呼称しているのか? 手酷いシゴキを日勤教育と呼ぶようなモンか?

 混乱する俺をにこやかに見つめたまま、女性社員は声をかけてきた。



「……なるほど、どこかで行き違いがあったようですね。本日は高坂様にご使用頂いた装備に関する使用感や改善点などをお聞きしたく、お越し頂いた次第でございます。決して破損した事に対しての問責ではございません」


「あ、そうだったんですか……てっきり弁償させられるのかとばかり」



 俺の弁明を聞いて女性社員はクスクスと笑った。ビジネス用ではない笑顔は結構かわいらしく、つられて笑ってしまう……何か妙に冷たい視線を感じて背筋が寒くなったので余計な事は考えない。ここは呉だ、月ヶ瀬が来ているはずがない。……だよな?



「誤解が解けたようで何よりです。ではこちらへどうぞ」



 女性社員は俺に背中を向けて社屋へと入っていく。俺はその後を追いかけて行った。 



 § § §



「……なるほど、弊社からお貸ししていたのはミドルシップモデルの『堅城』シリーズでしたが、ダンジョン警備ではオーバースペック気味だったと?」


「そうですね、我々の業務はゴブリンやコボルトと言った浅い層の巡回と討伐が主ですから……防具も強度が高いのに軽くて機動性が良いし、剣もよく切れるんで『こんな良い装備を使って本当にいいのか?』とは思いました」


「確かに、『堅城』シリーズは中難易度向けの装備ですからね。ゴブリン相手では役不足だと思います」


「しかし、ウチもそうですけど、五号警備……えーと、ダンジョン運営の警備員って自腹で装備を買う金が無いもんで、会社支給の装備が無ければ探索者協会のレンタル品を使うしかないんですよ。数打ちどころか使い古されたボロボロの装備を使うしかなくて……どの装備が良いとか相対的な判断が出来ないんですよ」


「なるほど……実は丁種探索者の装備の課題はこっちの業界でも度々話題に上がるんですよ。負傷率の高さをポーションの回復力で補おうとするのはどうなんだって感じでして。新しいレンタルの枠組みが出来れば皆さんも働きやすくなるんでしょうけど、向こうも営利で動いてますから、難しい所ですよね……さて、それでは——」



 インタビューはスムーズに行われている。インタビュアーが聞き上手と言うのもあってか、どんどん話が進んでいく。

 社屋の三階に位置するこの会議室には、俺を含めて四人の男性が居る。

 インタビュアーとして俺から話を聞いているのは広報担当の男性だ。名前は坂本さん。

 最近急に気温が上がり始めている事もあってか、クールビズを意識したビジネスカジュアルな服装の若いイケメンだ。

 少し離れた所でこちらの様子を伺っている、ワックスか何かで白髪混じりの髪の毛をツンツンに立てているアロハスタイルの老人は東洋鉱業の社長である中本さんだ。

 中本社長はニコニコ笑ったまま見ているだけで、話には加わらない。怒りに来た訳ではないとは聞いているが、どうにも怖い。

 残る一人は装備開発部門の総責任者であり、自身も類稀な技術力を持つ現代の名工として名を馳せている大河内さん。中本社長はヤスと呼んでいる。

 至る所が焦げたり汚れたりしている作業服に包まれたその体はやたらとデカく、さらにはスキンヘッドのせいでいかつく見える。そんな大河内さんも基本的に聞き専だ。



 インタビューは警備員としての経歴から始まり俺の私生活、学生時代の話、最近のダンジョンを取り巻く世間話、そしてダンジョンの実務経験と多岐に渡っている。

 しかし話がドラゴン騒動当日に及ぶと、場の空気が一変した。坂本さんの顔にも緊張感が浮かんでくる。

 傍で見ていた中本社長の視線が強くなった気がするし、大河内さんも腕を組み替えたり顔を掻いたりと動作が多くなる。やはり聞きたいのはここだったか。



 俺は警備員だ。講釈師や噺家みたい盛り上げて話すのは苦手だ。

 業務報告のように、起こった事を起こったように伝える事しか出来ない。

 ドラゴン戦で思い出せる範囲で、時系列に沿って説明していく。坂本さんが疑問に思った事を質問し、俺がそれに答える。そんな感じで説明をしていく。

 大河内さんは俺の話を聞きながら分厚い紙束をめくって各所を確認し、満足気に頷いている。

 多分材質の強度を計算した結果と俺の話を照らし合わせて整合性が取れていると判断したんだろう。変に話を盛らなくて良かった。



「……そんな訳で、アタッカーが優秀だったんで剣の出番はありませんでしたが、東洋鉱業さんの盾と防具には最後の最後まで命を救われました。実際、負傷した探索者から借りた盾はドラゴンの爪の一撃で引き裂かれましたからね。レンタル品を壊してしまったのは申し訳なく思っていますが、それ以上に感謝しています。ありがとうございました」



 俺が頭を下げると、中本社長はニッコニコでうんうんと頷き、大河内さんは後ろを向いて目元をしきりに作業服の袖で擦る動作をしていた。え、もしかして泣いてる……?



「高坂さん、実はですね……あの盾を作ったの、そこにいる大河内なんですよ。量産する直前のプロトタイプだったんで製品との性能差はさほど無いんですが、大河内の手製だったもので……」


「え、そうなんですか!? そんな大切な物を壊してしまって、申し開きのしようが……」


「ああ、大丈夫です! 当初大河内はプロトタイプ品を社外に出した事を問題視してて『何でそんな品質が確かじゃない物をレンタルに回した! 製品化されてる奴と取り換えて来い!』って怒ってたんですが、自分の作った盾がドラゴンの攻撃を何度も耐えて使用者を救ったってのが嬉しかったようで……最近はあんな感じでしょっちゅう泣いてるんですよ」


「やかましい! 泣いとらんわ! ちょっと……その……花粉症で涙と鼻水が止まらんだけじゃ!」



 鼻をぐすぐす鳴らして文句を言う大河内さんを坂本さんが笑っていた。さすがにもう花粉症を言い訳に使うには厳しい季節だ。



「あはは、普段は怖いオッサンなんですけどね。意外な一面が見放題って感じです。……さて、高坂さん。本日のインタビューはこれでおしまいです。貴重なお時間を頂戴しまして、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそありがとうございました。装備を壊した件についても重ねてお詫びを申し上げます」


「その件については春川さんにもお伝えしましたが、緊急避難による破損という事で不問としておりますのでお気になさらずに……そうそう、インタビューのお礼とご足労頂いたお車代替わりのお土産として、弊社の製品をお持ちしましたので、どうぞお持ち帰り下さい」



 そう言って坂本さんがこちらに差し出したのは……何だコレ、ハイテクっぽさを醸し出す用途不明の箱だった。

 どうぞと勧められたので手に持って見ると、金属の質感とは裏腹にやけに軽い。アルミか、それに近い物のように思える。

 大きさとしてはシガーケースが一番近いだろうか。俺はタバコは吸わないので、もしそうだとしたら無用の長物だ。



「ありがとうございます……これは?」


「そちらは弊社が開発しました、次世代型カードデバイス『神楽』です」


「カードデバイス……? 聞いた事が無いですけど……」


「普通、装備はカード化を解除した後、自分で着込みますよね? その手間を省略出来るようにしたのがそちらの『神楽』となっております。試しに立ち上がって、側面にあるボタンを長押しして頂けますか?」



 言われるままに立ち上がり、箱の側面にあるやや大きめのボタンを長押しする。すると一瞬のうちに俺の服がダンジョン用の防具に変わり、神楽が左腕に装着されていた。

 ハイテクなアーマーの胸には東洋鉱業のロゴマークが刻まれている。かなりの重装甲のようであるにも関わらずその重さはプラスチックよりも軽く、まるで素っ裸で立っているような錯覚に陥る。

 目の前には剣と盾が浮いており、それぞれ掴むと重量が……さほど無い。これもかなり軽量化されているのだろうか? 

 そもそも物が浮くってどんな技術が使われているのか。高度に発達した化学は魔法と見分けが付かないとは言うが、これは明らかに魔法の方だろう。



「そんな感じで、装備品をワンタッチで着脱出来るデバイスとなっています。もう一度ボタンを長押しすると、装備が勝手にカード化されて戻ります。神楽の上部を開けたらカードが30枚は入るカードケースとしても使えますよ」



 俺が左腕に移動した神楽のボタンをもう一度長押しすると、アーマーと剣と盾がいきなり消え、俺の手の中に神楽だけが残った。一瞬の出来事に面食らってしまう。

 念の為、もう一度神楽のボタンを長押しする。先程と全く同じように装備が切り替わり、剣と盾が中空で待機する。本当にどういう技術が使われているんだろうか。



「いや、このデバイスも凄いんですが……この装備は一体何なんですか? 明らかに高性能な装備の様に見えるんですけど……」


「そちらは来年のダンジョンエキスポで発表する予定の新型シリーズ『八重垣』です。富山の戸破(ひばり)ダンジョンで発見された新種の金属を弊社独自の技術で合金に仕立てた物を主材として採用し、艦船製造で培った強度を増す為のテクノロジーをふんだんに詰め込んだ弊社渾身の逸品です」


「え、このカードデバイスも装備も簡単に人の手に渡せないどえらい物のような気がするんですが……これ、明らかにお土産で頂いてしまっていい物ではないですよね?」



 確か、俺が壊してしまった装備が一式で三百万円する物だと吉崎係長が言っていた。中流の探索者が使うミドルシップ製品がそれくらいの価格帯だとすると、この装備はどうだろうか。

 エキスポや展示会に出す物は大体ハイエンド、もしくはフラグシップモデルだろう。つまり俺のような場末の警備員相手の安上がりなシロモノではない。

 甲種探索者の資格を持つ高レベルな探索者が高難易度ダンジョンに挑む際に使うようなプロ仕様であり、決して我々ダンジョン警備員が弱い魔物をぺちぺち倒す為に使って良い物では無いのだ。



 こんな物を渡されて「我が世の春が来た!」とばかりにゴブリン相手に無双する自身の姿を夢想出来る程の若者であれば気も楽だったろうが、俺は身の程を知るオッサンであり、メリットよりもデメリットやリスクが先に思い至る悲しき社畜だ。

 無くしたら億単位……いや、数十億、数百億単位の損失だって有り得る。未発表の品なんだから、この装備自体が機密の塊だ。

 それに、そうそう簡単に壊れるとは思えないが、破損時のメンテナンスはどうすればいいのか。

 確実に言えるのは、ホームセンターの材料で補修は出来ない事だ。この装備がガムテープと木の端材でベッタベタになっている姿は想像もしたくない。



 装備品を手に入れる言う事は、つまる所安全を手に入れる訳だ。いざと言う時が万が一にも起こらないように万全を期さなければ、高い装備を買う意味が無い。

 高級車なんかもそうだが、買う時だけでなくメンテナンスでも相当の金を食う。手に入ったらハイ終わりではない。

 ベストコンディションを維持する為には相応のコストを支払う必要がある事に留意しなければならない。この世界はRPGではないのだ。



 俺は薄給の警備員だ。無くした際の損害も、壊した時の修理も、万全に保つ為の維持費も払えない。生計のバランスが釣り合っていないのが最大のデメリットであり、リスクでもある。

 俺が相当不安そうな顔をしていたのか、中本社長が話に入ってきた。



「多分高坂さんは、この装備の価値をその身でもって理解しておられる……そして壊したり無くしたりした時の事を考えていらっしゃるんじゃアないですか?」


「はい、その通りです。見ての通り、私はしがない警備員ですので……正直持て余す事になると思います。それに維持コストを賄う事が出来ません」


「まず、しがない警備員はこんな所に呼び出されてインタビューされる事なんてありゃアしませんよ。丁種探索者に緊急出動がかかる事なんてあるわけがない。高坂さん、アンタ……自分から飛び込んで行ったな? 勝ち目があるか分からない、ドラゴンとの戦いに」



 中本社長の目が、真っ直ぐ俺の目を見据えていた。先程までのニコニコ笑顔ではなく、ギラギラした獣のような目だ。

 一瞬、心の底を見抜かれたような心地の悪さに心臓が跳ねたが、俺は落ち着いて返答する。



「そうですね、わざわざトラブルに飛び込んで行きました。無謀だったとは思います、俺も月ヶ瀬も丁種探索者ですし。でも同行していた月島君は違う。彼は乙種探索者、緊急出動に従う義務がある。……置いて行くなんて判断は出来ませんでしたよ」


「何故? アンタァ、ただの警備員でしょうが。レベルだって抜きん出て高い訳じゃない。装備でゲタ履かせたってタカが知れている。何故命を無駄に捨てるような真似をした?」



 何故……何故だろう。確かにアビリティや全体化と言った切り札の存在が無ければ、俺はあんな無茶はしなかっただろう。

 ドラゴンの恐ろしさを過小評価していたってのも全く無い訳ではない。実際に見た事なんてない魔物の戦力なんて分かるはずがない。

 だが、その暴威を実際に目の当たりにしたその時でさえ、逃げるつもりは全くなかった。

 一手間違えれば簡単に死んでしまいそうな極限の戦闘の中でも、俺の中に後悔は無かった。腕を切り裂かれ、盾を失っても身を挺して仲間を守る意思が残っていた。それは何故だろう?



「……繋ぎ止めたかった、ですかね」


「繋ぎ止めたかった?」



 ふと俺の口から漏れた言葉に、中本社長もオウム返しで尋ねた。



「月ヶ瀬や月島君の命を繋ぎ止めたかった。そりゃあ、二人とも長年の付き合いって訳じゃない。俺が出張った所で大した助けにならないかも知れない。それでも、俺の大事な仲間です。それが死地に行くってんなら……俺だって命くらい張りますよ」



 俺はしっかりと中本社長の目を見る。俺の中で再確認した気持ちを、まっすぐに伝える為に。



「どこかで暮らす誰かの為に……なんて曖昧な物の為に戦える程、俺は聖人君子でもありません。ただ、俺の盾で庇える範囲の仲間の命くらいは、身体張ってでも繋ぎ止めます。それが俺の仕事ですから」



 ドクンと心臓が跳ねた。胃の底から熱い物が溢れてくる。決して自分の言葉に酔っているとかそう言う事では無い。

 自分でもどこか曖昧だった方向性が定まったように思える。ただ盾を使って仲間を庇うだけくらいの意識が、もっと明確に「救える仲間を救いたい」と思えるようになっている事に気がついた。

 見つめ合う形になっていた中本社長が、ニイッと笑った。その風貌といい眼力といい、ヤクザのように思えてしまう。ちょっと怖い。



「それだよ」


「それ、とは……?」


「アンタは、やれ『自分はしがない警備員』だの『場末でゴブリン叩いてばかりの丁種探索者』だのと言ってたが、そんな訳がない。思い出してみろ、他の同業者を。いざって時に命張れる奴がどれだけいる? アンタは警備員だが、その前にナイトだ。ジョブじゃねェ、ナイトと言う生き様の人間だ」



 過分なお褒めの言葉のように思えるが、この人はお世辞を言うような性分ではない。

 どうにもくすぐったいが、黙って話を聞く事にする。



「あのズルズルに溶けちまった盾が証明してんだよ、アンタの生き様をよ。俺等ァ、その戦い方に、想いに惚れちまったのよ。俺の勘だが、アンタはこれから先、同じような事件に何度も巻き込まれるだろうよ。そん時に装備が悪かったからって死なれちゃ困るんだよ」


「中本社長……」


「それにウチは耳が早くてね。詳しい事は言えんが、アンタ、これから忙しくなるぞ。引っ張りダコ間違い無しだ。そん時にウチの新品の装備で活躍してもらえりゃア、宣伝効果抜群! ってな。アンタが気にしてるペイも、そっから捻出出来ると睨んでその装備を渡してんだ。気にすんな」



 中本社長が俺の肩をバンバン叩いている。ボディアーマーのおかげで痛くも痒くもないが、何とも言えない心地よさを感じた。



「……それじゃ、お気持ちと一緒にこの装備、ありがたく受け取っておきます。ありがとうございます」


「おう、貰っとけ貰っとけ! 今日はありがとな! 今後ともよろしく! 壊れたらメンテするから連絡しろよ、間違ってもガムテープで補修しようとすんじゃねェぞ!」



 ……あれ? 何でガムテープで直そうと思ってた事を知ってるんだ? もしかして顔に出てたか? それとも素人は皆同じような事を考える物なんだろうか?

 かくして、俺は警備員に分不相応な装備を手に入れる事になった。

 これから先いくつものトラブルに巻き込まれ、この装備で人を救い、この装備に命を救われるのだが、それはまた別の話だ。



 広島までの送迎を丁重に断って、いざ呉観光を楽しもうかと思っていた所に、時同じくして東洋鉱業のインタビューを受けていたと言う月ヶ瀬とばったり出くわした。

 どうやら月ヶ瀬も神楽と八重垣を受け取ったらしく、お揃いっスねー! とはしゃいでいた。もしかしてここに来た時に感じた冷たい視線は本当に月ヶ瀬の物だったんじゃなかろうか……?

 月ヶ瀬もせっかく呉まで来た事もあり遊んでから帰るつもりだったらしく、一緒に色々見て回る事になった。先んじて言っておくがデートでは無い。

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