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【コミカライズ始動】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第一章

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閑話4 栄光警備臨時会議 高坂隊員の装備破損について

【Side:栄光警備株式会社常務取締役 春川 正一】



 栄光警備、応接室。最近は面倒事ばかりが舞い込むこの部屋の机のど真ん中に鎮座する物体を前に、ワシと吉崎係長はため息をついた。



「春川さん、コレ……どうします?」


「どうするもこうするも、正直に言わにゃいけんじゃろ」


「ですよねぇ……借りモンですしね」



 ドロドロに溶解した金属の塊は、東洋鉱業から提供された探索者用の盾の成れの果て……買うたモンなら良かったが、これは借りモンじゃった。

 元々ちゃんとした五号警備用の装備を導入するつもりはあったが、使い勝手はワシらじゃよう分からん。

 装備を売り込みに来た東洋鉱業さんに「五号警備従事者にテストで使わせて、それから正式採用するかを判断したい」と申し出た所、それならこれをお貸ししますよと武器防具がワンセットになっとる装備を持ってきた。

 そこでメリケンサックのセットを嶋原君に、剣と盾のセットを高坂君に持たせてみた所、貸与した翌日の夜に、高坂君がこの残骸を引っ提げて壊したと報告してきた。

 いや、ナンボ何にも早すぎんか? どんな使い方したら一日で使い潰すんや? しかも完全に溶けとるとか、どがぁな(どんな)使い方したらこんな事になるんじゃ。

 あまりにも早すぎる損壊とその見事な壊れっぷりにどうしたらええか分からず、三日程放置してしもうた。

 こりゃあもう、どう東洋鉱業に申し開きすればええか、とんと見当が付かん。



「これっていくらぐらいする奴なんですかね? オレ、高坂と嶋原に無くしたら数ヶ月給料無くなるぞって脅しておいたんですけど」


「三百万くらい……っちゅーとったかなぁ」


「さんびゃ……! オレの車より高いじゃないですか! てっきりもっと安い物かと思ってましたよ! 年収レベルじゃないですか!」


「ほーよ、思ったより高いんよ。じゃが武器防具の一式で三百万じゃけぇ、盾だけじゃったらもーちょい安うなるとは思うが……いやー、じゃがこれどうするかなぁ……」


「いやー……謝るしかないでしょ。修理できるようには思えませんし、弁償は免れられませんよ」



 高坂君が装備を壊したと言うてきた日は休みじゃったと思うたが……こんな酷使するような所に出かけて一体何をしよったんじゃろうか? 休みの日に無断で会社の備品を使うたのも問題と言えば問題じゃ。



「なーんでこがぁな(こんな)事になっとんか……高坂君は何て?」


「非番だったので黒瀬のダンジョンに出向いて戦闘の練習した帰り道にドラゴンと鉢合わせて、戦うのに使ったと……実際、探索者協会からも同様の連絡が来ましたから間違いないです」


「はぁ? 何じゃドラゴンって……ああ、そういやテレビで言うとったな、広島高速三号の奴じゃろ? アイツもツイとらんのー」


「そうですね、本当に運が悪いと言うか何と言うか……とりあえず東洋鉱業さんにはドラゴンと戦ってこうなりました、緊急避難での行動でしたって言って免責を狙うしか……」


「それで許してくれたらええがなぁ……最悪の場合、高坂君の給料から天引きするしかないかのー……緊急避難ではあるが、会社の備品を許可なく使ったのは確かじゃけぇ……」


「社内留保分から補填したらどうです? 業績的には多少減っても問題は無いでしょう?」


「それもどうじゃろうか……最近雑踏警備の案件が減って来とるけぇ今期厳しいんよね……社長がええ言うか分からんし……」



 ワシらが今後の対応を話し合っとると、ノックも無しにドアが開いた。ワシらがそちらに目をやって確認すると、事務の合田さんが飛び込んで来た。

 普段はちゃんとノックをしてから入室する子のはずじゃが、何かあったんじゃろうか?



「た、たたたたたたた大変です春川常務!」


「どしたんな、こっちは今東洋鉱業さんに今回の件をどう説明するか話し合いを……」


「その! 東洋鉱業さんが! お越しなんですよ! 今!!」


「「はあああああああああ!?」」



 思わず吉崎係長と声がハモってしもうた。

 いや待った、それマジで言うとるん!? アポも何も無いじゃろ!? まだどうするか決めとらんのに!?



「合田さん、東洋鉱業さんはどちらに!?」


「今は下にいらっしゃいますけど、お待たせするのは失礼なので、お二人とも早めに——」


「すみませんね、声が聞こえたモンで失礼を承知でお邪魔してますよ。ウチの装備はこちらですかね?」



 合田さんの後ろの方から声がしたかと思うと、二人の男が部屋の外に立っとった。

 片方はこの間お会いした東洋鉱業の社長、中本隆一さんじゃった。

 ポマードで立たせた白髪混じりの髪に浅黒い肌、短パンにアロハシャツと言う出で立ちの爺さんで、社長と言う役職に似つかわしくない物じゃが、この人はこの格好でようテレビにも出とる。

 もう片方の男は見た事が無かった。真っ黒いサングラスを掛けたスキンヘッドに無精ヒゲ、社名の入ったベージュ色の作業服に身を包んだ二メートルはあろうかと言う大男じゃった。



「な……中本社長、ようお越しになられまして……お出迎え出来ませんで申し訳なく……あ、合田さん、お茶をお出しして……」


「いえいえ、大した用事じゃアないんでお茶は結構。……で、春川さん」



 貼り付けたような笑顔のままで、中本社長は部屋の中に入り、テーブルの上の金属塊を指差した。



「ソレですか? ウチの盾は」


「は、はい! この度はお借りした御社の商品をこのような形にしてしまった上、ご報告が遅くなり誠に申し訳ありませんでした!」



 ワシと吉崎係長は深く頭を下げて謝罪した。中本社長は何も言わない。怒るなら怒る、許すなら許すで早う言うて欲しかった。

 脂汗がだらだらと額から落ちる。無言の時間が恐ろしい。ワシがこの会社に入ってここまで緊張するのも久しぶりじゃった。

 チラリと顔を上げると、中本社長は盾だった物をじっくりと検分しとった。

 側に控える大男は拳を強く握り、ぶるぶると震えとる。まるで怒りを堪えているようなその姿に、一層肝が冷える。



 立っとるのに針のむしろに座らされとるような感覚に心が折れそうになったその時、中本社長が吼えた。



「素ンンンンン晴らしいッッッ!!」


「は、はい……?」



 中本社長からもたらされたのは、お叱りの言葉でも訴訟の通告でもなく賞賛じゃった。中本社長は戸惑うワシの手を取って、ブンブンと大きく振った。



「我々装備メーカーの願いは一つ、使用者が無事で生き残る事! しかも相手が高レベルでも分が悪いドラゴンとあっちゃア、死んじまう公算の方が大きい! 聞けば、この盾を使っていたナイトはドラゴン相手に立ち向かって生き残ったそうじゃアないですか! 装備メーカー冥利に尽きるってェモンですよ!」



 中本社長が喜ぶ様に混乱してしまい、もう一人の東洋鉱業関係者に目をやる。例の大男じゃ。

 大男がサングラスを取ると、その目はもう涙が溢れる寸前じゃった。装備が壊された事を怒っての涙かと思うたが、そうではなかった。



「大将……見てつかぁさいや、この盾……こいつ、最後の最後までドラゴンのブレスを受け切っとりますわ……使うとった奴もこの盾の性能を信じとらんと、こがぁな使い方は出来ん……ワシの作品を……こがぁに綺麗に使い切ってくれて……う……ググ……ダメじゃ、涙が止まらんわ……」



 大男は涙や鼻水が出るのも構わずに盾だった物体を撫でさすっては「お前もよう頑張ったのぉ、使い切って貰えて、主人を守れて良かったのぉ」と嗚咽混じりで声を掛けとる。もしかして、この盾の製作者じゃろうか。

 自分のこさえた盾を壊されたのに喜び、泣いている大男の姿にワシらがキョトンとしとると、中本社長が肩を叩いてきた。



「まあ、普通に考えりゃアそんな顔になりますか。物には物の役目ってのがありましてね。道具を大切にするってェのは、しまい込んで綺麗なまま保管する事じゃアない。最後の最後まで使い切って、道具としての天寿を全うさせる……これが最近じゃアなかなかお目にかかれないんですわ。職人としては嬉しくなっちまうんですよ、こう言うのを見るとね」


「は、はぁ……しかし弊社がお借りした物品を壊してしまったのは事実ですので……」


「ふむ……それじゃアこうしましょう。ウチがこの残骸を引き取って、宣伝に使わせて頂きます。『ドラゴンのブレスをも防ぎきった東洋一の装備』……とね。後はコイツの使い手だったナイトと、一緒に戦った魔剣士にインタビューさせて下さい。それで手打ちにしましょうや」


「そりゃあ構いませんが……そんなんでええんですか?」



 ワシの言葉に対して、中本社長は大声を上げて笑った。ワシと吉崎係長は中本社長のノリについていけず、アホみたいに口を開けてポカーンとしとった。



「そりゃアもちろん! むしろこちらが貰い過ぎなくらいですよ! 春川さんは『ドラゴンに負けない』って事がどれだけ凄い事かご存知ないからピンと来んのでしょうが、変な賞を貰うよりも断然価値がありますよ!」


「は、はぁ……東洋鉱業さんが納得されるんでしたら、ウチとしては特に申し上げる事はございません……この度は申し訳ありませんでした」


「いえいえ、今後ともウチの商品をよろしくお願いします。それじゃア失礼します……おい、ヤス! いつまで泣いてんだ! 早く帰るぞ! そいつも連れて帰ってやれ!」



 ヤスと呼ばれた大男は袖で顔を拭くと盾の残骸を抱え、ワシらに一礼して部屋を出て行った。中本社長も会釈をして出て行った。

 残されたワシと吉崎係長、合田さんは嵐が去った後の様な静けさの中で途方に暮れとった。



「これは……許されたって事なんですかね?」


「吉崎君……ワシも分からん……たちまち(とりあえず)後で電話してみるわ……」


「あ、そういえば、高坂さんから働いても良いって診断書をもらったってさっき連絡が来てましたけど……しばらく勤務から外した方がいいんじゃないですか? その……インタビュー? やるって言ってましたし……あと月ヶ瀬さんも」


「あー、高坂君と月ヶ瀬さんの二枚抜きかぁ……そんなら合田さんは三木君と一緒に配置を組み直して……いや、ワシがやろうか……なんか朝から疲れてしもうたわ……」



 ワシらは一つ、大きなため息をついた。五号警備を初めてから、ずっとこんな有様じゃ。

 ……もしかして、早まった選択をしてしもうたんじゃなかろうか? 



 § § §



 その後、改めて東洋鉱業に確認を取ってみた所、中本社長から話が通っとった。広報に協力する事で栄光警備の賠償責任を追及しないとの事で、後日正式に書面にした物を送るとの事じゃった。

 問題なのはその後じゃ。一ヶ月もせんうちに書類が来た。……確かに来たが、とんでもないオマケも付いてきた。



「春川さん……これ、何ですかね……?」



 栄光警備社屋ビルの前に停まったトラックから運び出され、事務所の中に置かれたのは、東洋鉱業のロゴの入ったスーツケース程の大きさのアタッシェケースが三個ほど。そして申し訳程度に添えられた茶封筒じゃった。



「何じゃろか? レンタル品が来るっちゅー話も聞いとらんし、こっちから発注した訳でも無いし……たちまち開けてみるかいね」




 かなり厳重な留め金を外してケースを開けると、金色に輝くショートソードと、栄光警備の社章と東洋鉱業のロゴが入ったアーマーが入っとった。

 全ての荷物を改めると、中に入っとる武器に差はあるが、全て新品のアーマーとセットになっとる。タグや製造番号から検索しとった吉崎係長が腰を抜かした。



「春川さん! これヤバいです! 東洋鉱業の最新鋭ハイエンドモデルです!」


「はぁ!? 何じゃって!? ハイエンドモデル!?」


「型番で検索しましたけどマジです、三ヶ月前パリでやってたダンジョンエキスポに出展してた奴で、武器とアーマーのセットで七千万する奴です!」



 思わずへっぴり腰でケースから距離を取ってしもうた。そんなモン、海外の高級車以上に高価な代物じゃろうが。傷でも付けたらえらい事になる。

 七千万が三つ……総額二億一千万の物品が無造作に置かれているのがあまりにも恐ろしい。



「何で……何でこがぁなモン送って来とんじゃ、中本社長……」


「春川さん、書類……書類の方に何か書いてないですか?」



 吉崎係長の提案にハッとしたワシは、デスクに置かれた茶封筒を取り、中身を確認した。

 ビジネス的なお約束の文言を省いて訳すと、次のような内容じゃった。



 貸出品の破損については、緊急避難の範囲内であった事を考慮し、栄光警備に責任を求めない物とする。

 貸与していた残り一セットも返還を求めず、栄光警備にその差配を一任する。

 今回の件を利用した広報によって国内外での知名度が急上昇し、受注件数も半期決算を待たずして既に前年比五倍の売り上げに達している。

 よってその協力に謝辞を述べると共に、栄光警備に東洋鉱業株式会社・装備製作部門謹製のハイエンドモデル「不抜(スポンサード仕様)」三セットを無償での無期限貸与・定期的メンテナンスサポートを行う物とする。

 このスポンサープログラムに関する詳細な契約内容は、別紙にて案内するので確認されたし。

 なお、広報に直接ご協力頂いた高坂渉・月ヶ瀬美沙(敬称略)両警備士には東洋鉱業より来年発表予定のフラグシップモデル「八重垣(仮名)」の無償提供を行なっている為、送付した装備は他警備士に回して頂きたい。



「……そんな感じの話らしいで」


「ふ……フラグシップモデル……しかも未発表……そんなのもう、いくらするか分かったモンじゃない……このハイエンドモデルですら五号警備にはオーバースペックなのに、東洋鉱業は高坂達に何をさせようって言うんだ……?」



 吉崎係長は床にへたり込んだまま虚空を見つめとるし、指導教育責任者の岡島課長は七千万の装備にビビり上げて事務所に入ろうともせん。合田さんは頭を抱えとる。

 中本社長が押しかけて来た時も言うとったが、東洋鉱業も装備を死蔵する事を望みはせんじゃろうし、何よりこがぁな高価なモンがウチにあったんじゃ、皆気が気でのうて仕事にならん。



「吉崎係長、ちょっと車回して中広ダンジョンにおる嶋原君にそっちのメリケンサックとセットになっとる奴持ってってやってくれん? 嶋原君に渡しとった借り物は回収して、田島君に渡しちゃってええよ。今日は田方ダンジョンにおるけぇ」


「は、はぁ……了解です」


「こっちの剣の奴は北川君でええじゃろ? 午後から日報出しに来て週払いを受け取るはずじゃけぇ、その時渡してやりんさい。ナイフが二本入っとる奴は……ワシがこれから矢野ダンジョン行くけぇ東山さんに渡しとこうか、何かいつも踊っとるし、それっぽいじゃろ」


「春川常務……そんな簡単に決めてしまっていいんですか……? 七千万ですよ、七千万……」


「ええよええよ、中本社長も言うとったじゃろ? 道具は使ってナンボよ。それにこがぁな高いモン置いとったら気になって仕事にならんじゃろ、ワシも嫌じゃ。社長と会長にはワシと専務から話しとくけぇ心配しんさんな。はい、動く!」



 ワシの柏手を合図に、吉崎係長はアタッシュケースと運転日報、それに社用車の鍵を引っ掴んで外に駆け出した。

 ワシも同じく社用車を出す準備を済ませてから、外回りを開始する。装備費が浮いたと思えばありがたいが、ありがた迷惑な部分も多少ある。

 栄光警備は今日も忙しい。隊員も内勤も、皆フルで働いとる。ワシもしっかり働くとするかいね。

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