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第21話

「美沙ねぇ、レーザー打つよー!」


「あいよー!」



 月島君から声がかかり、月ヶ瀬が後方に飛んで射線を開ける。閃光が走り、マックスくんのレーザーがドラゴンに直撃する。間髪入れずに月ヶ瀬が低めの飛び込みでドラゴンの懐に飛び込み、魔法をまとった細剣を振るう。俗に言う「パターンに入った」状況だ。

 派手ではないがジャンプを多用しつつ空中への立体的な機動を多用するアクロバティックなヒットアンドアウェイでドラゴンの気を引く月ヶ瀬。

 ほぼノータイムでファイナル・ストライクのレーザーを浴びせ続けるマックスくん。代償が武器破壊と重めである事の帳尻合わせなのか、クールタイムが存在しないのだ。

 その消し飛ばすための武器をマックスくんに手渡す月島君。クールタイムらしいクールタイムと言えばここだ。どうしても多少はラグが出る。

 うまい具合に噛み合っているお陰で、効率良くダメージを与えられている。



 うちのテイムモンスターも暇を持て余しているしている訳ではない。

 赤帽軍団とタゴサクはスマッシュ・ヒットでドラゴンの死角や背後からタコ殴りにしている。

 残念ながらダメージが通っているようには見えない。そりゃあ弱い魔物なんだから当然だ。

 ケラマはタゴサクの横で戦意を高めつつドラゴンを威嚇している。簡単に言うとふよふよ揺れては時折ドラゴンに体当たりしている。

 ……意欲は買うが、じっとしていて欲しい。どうにもヒヤヒヤする。



 そして最後に、味方目がけて飛んでくるファイアボールめいた小さなブレスをディフレクションで跳ね返したり、危なそうな物理攻撃をカバーリング・ムーブで庇ったりしている俺だ。

 一番地味な仕事だが、これが一番大事な仕事だ。戦力を維持する事は、味方のダメージを稼ぐ事と同義だ。俺がドラゴンの攻撃を一手に受ける事で、味方は攻撃に専念出来るのだ。

 例えばそう、こんな感じにドラゴンが大きく息を吸い込んで……いや待った、これまでこんなモーション取ったことが無いぞ?



「気をつけろ! 初見のブレスが来る!」



 俺は全員に注意を促す。月ヶ瀬は攻撃を止めて様子を見ている。月島君はマックスくんの後ろに控えてドラゴンの行動を注視している。

 赤帽軍団とタゴサク、ケラマも回避の準備万全だ。



 息を吸い切ったドラゴンが闇のように黒い炎を吐く。最初に見たブレスよりも温度が高い。俺達人間組&マックスくん方面に範囲を絞ったブレスのようで、俺のテイムモンスター達は範囲外なのが救いと言えば救いだ。

 カバーリング・ムーブを月ヶ瀬と月島君、マックスくんに限定する形で全体化を施す。三人に分裂した俺が庇っているように見えるだろう。

 本来だったら消し炭になるような高温の炎を辛うじて耐えられているのは非常に性能の良い防具と盾と全体化で施してあるエンデュランス・ペインによるダメージ総量の軽減化のおかげだ。



 とは言え、流石にそろそろキツくなってきた。肌が焼ける痛みと熱さのせいで気が狂いそうになる。

 後ろを見ると、俺達が来るまで持ち堪えていた探索者達がポーションで回復を図っているのが見えた。

 倒れていた奴も応急処置は済んでいるようだが、まだ寝転がったままだ。まだ戦列復帰には時間がかかりそうだ。俺一人で耐え凌ぐ時間が続きそうだ。



 ブレスの高温が収まるとともに、ゴロンと言う何とも言えない金属音が足下から響く。手元を見れば、俺と仲間の身を守ってくれていた盾が融け落ちていた。

 背筋が寒くなる。これでもし、ブレス攻撃が来たら俺が身を挺して庇う以外に炎から身を守る術がない。そうなると確実に死が待っている。



「ヤバい! 盾がダメになった! みんな避けて対処してくれ!」



 俺の声を聞いた月ヶ瀬が頷く。月島君からも返事が来た。そして何を思ったか七海が戦線を離脱し、傷ついた探索者達がいる方へ走っていく。何をする気だ?

 ドラゴンは月ヶ瀬にヘイトを向けており、七海の離脱に気がついていないようだ。たとえ気が付いていたとしても、月ヶ瀬がうまい具合に攻撃を逸らしていただろう。



 ドラゴンが月ヶ瀬を吹き飛ばすために尻尾で横薙ぎにしようとするのを剣を使ってのシールド・バッシュで跳ね上げる。

 流石にドラゴン自体は重く、俺の攻撃程度ではノックバックしないが、それでも尻尾のみで考えるとまだ軽い方なので、どうにか跳ね飛ばせる。

 結構なスピードの乗った尻尾は、俺達の頭上30センチ程を掠めるように通り過ぎて行った。

 しかしドラゴンの尻尾は往復ビンタの復路よろしく戻って来た。シールド・バッシュはクールタイムが残っているし、月ヶ瀬も反応し切れていない。

 俺は咄嗟に月ヶ瀬を抱きしめてカバーリング・ムーブを発動した。俺は腕の中の月ヶ瀬と共に対象に指定したマックスくんの前方に瞬間移動した。ドラゴンの尻尾は再び空を切る事になった。



「危ねえ、マジで死ぬとこだった……おい月ヶ瀬どうした、どっか打ったか?」



 月ヶ瀬は腕の中でぴくりとも動かない。もしかしてドラゴンの尻尾が頭を掠っていて脳震盪でも起こしたのか?



「だ、だだだ大丈夫っス! ちょっとびっくりしただけっスから!」



 軽く揺さぶると月ヶ瀬は再起動し、ギクシャクとした動作でドラゴンに接敵していった。大丈夫か?

 だが月ヶ瀬も大したモンで、ひとたび戦闘に戻ると先程までの攻撃のキレが戻っている。

 俺が一安心していると、服の裾がくいくいと引かれる。そちらを見ると七海がややひしゃげてはいるが、まだ十分機能しそうな盾を差し出していた。

 これは……どこかで見覚えがあるぞ。



「こんにちはっ!」



 俺が盾を受け取ると、七海が後方を指差す。そちらを見ると、態勢を整えている探索者達がこくこくと頭を縦に振っている。

 なるほど、ぶっ倒れてるナイトの盾を借りて来たのか。そしてあの反応は好きに使って良しと言う事か。

 この盾もどこまで保つか分からないが、それでもブレスの一回や二回はいけるだろう。まだ戦える。



「ありがとう! 使わせて貰う!」



 俺の声に手を挙げて答える探索者達に背を向け、再び戦況を確認する。ちょうどマックスくんのレーザーがドラゴンに直撃した所だ。

 ドラゴンの動きは最初に比べて大分緩慢になって来ている。そりゃあ常人が軽々しく消し飛ぶようなやべーレーザーを都合二十本以上は受けてるんだ。消耗してなければ嘘ってモンだ。

 月ヶ瀬の攻撃もレーザーの着弾跡を執拗に狙う物になっている。実際脆くなっているようで、目に見えて切り傷が増えている。 



「あっ、しまった……!」

 


 しかし状況が好転した事が油断を呼んでしまったのかも知れないが、月ヶ瀬がやらかした。

 斬る際に鱗と皮の隙間に剣が取られてしまい、抜けなくなったようだ。剣をこじってどうにか抜こうとする月ヶ瀬にドラゴンの爪が迫る。

 避けろと言っても間に合わない。俺はカバーリング・ムーブで月ヶ瀬の前に移動して盾を構え、ドラゴンの爪を——



「っぐ、あああああァァァ!?」



 受け切れなかった。借り物の盾の性能がそもそも悪かったのか、それとも強度がガタ落ちになっていたのかは分からない。

 盾はまるで段ボールを切るような軽い感触の後あっさり引き裂かれ、盾を持っていた俺の左腕にも深い爪痕を残した。感触からして、骨まで到達してるんじゃないかってくらいの酷い裂傷だ。

 戦闘中に出ているであろうアドレナリンでも痛みを隠すことは出来なかった。ぼたぼた流れる血に比例して痛みがぼんやりした曖昧な物から鋭く焼けるようなそれに変わる。

 赤帽軍団のうち一桜と三織がすぐさま俺の方に駆け寄ろうとしたが、ドラゴンの尻尾に打ち据えられた。

 光の粒子に変わった二体は、カードに姿を変えて俺の所に飛んで戻って来た。



 一瞬、二匹とも死んでしまったかと思ったが、致死量のダメージを受けるとカード化されて持ち主の元に戻るシステムになっているのだろうか?

 月島君がありえない物を見るような目をしていると言うことは、基本的にテイムモンスターの命は使い捨てなのかも知れない。後で聞く事にしよう、生きて帰れたらな。



 それよりも今は腕の傷と崩壊した士気の方がヤバい。俺の腕からは依然血が流れ続けてる状態だし、月ヶ瀬が完全にパニックに陥っている。

 口からは何か言葉が漏れ、俺の傷を虚ろな目で見つめながら小刻みに震えている。

 ダメージを肩代わりするタンク要員である俺とダメージディーラー兼ヘイト集めが今の役割である月ヶ瀬がこんな有様だ。ドラゴンの周囲でぺちぺちやってた赤帽軍団が各個撃破されていく。

 踏み潰され、爪で切り裂かれ、炎で焼かれた赤帽軍団が次々にカードに姿を変えて、俺の元に帰ってくる。

 突然ケラマをこちらに投げつけて来たタゴサクもドラゴンの尻尾で弾き飛ばされ、コンクリート製の壁高欄に叩きつけられてしまった。

 しばらくは息があったものの、ガクリと力なく崩れた後、カードに戻ったタゴサクも俺の手元まで帰って来た。



 これでケラマ以外は全滅してしまった。そのケラマは俺の体をよじ登り、うにょーんと伸びたかと思うと負傷した腕に張り付き、かすかに光り出す。……痛みが和らいでる?

 青い半透明なケラマの体越しに傷を見ると、流血が治っているように見える。何なら少しずつではあるが、動画を逆再生するように傷が塞がりつつある。



「もしかして回復系の魔法を使うスライム……ヒールスライムなんですか、この子!?」


「ヒールスライム……? 何だそれ、聞いた事がないが」


「めっちゃレアい子です、丸山ダンジョンに居るなんて思いませんでした。でも、たとえ高坂さんの腕が治っても、こんな有様じゃあ戦闘続行は不可能——ッ!?」



 ぞくりと背筋が粟立つような感覚が身を襲う。月島君も引きつった顔のまま背筋を伸ばしている。

 ドラゴンの攻撃が来るのかと思っていたが違った。当のドラゴンも同じく何か不吉な物を感じ取ったのか、動きをピタリと止めている。

 もしかして高レベル探索者の応援が間に合ったのか? と思い後方を確認してみるが、負傷した探索者達以外には誰もいない。

 何なら探索者達もこの異様な雰囲気に押されているようだ。遠目からでも怯えているのが分かる。



 この強烈なプレッシャーを一言で表すなら、「殺気」だろうか。俺も昔に一度だけ、これに近い感覚を味わった事がある。

 十年くらい前だろうか、一ヶ月程続いていた吉島かどっかの道路工事に伴う車両誘導業務の最中に、現場付近のダンジョンから魔物が出て来た事があった。

 今思えばアレは迷宮漏逸……ダンジョン・フラッドだったんだろうな。

 世間話をして仲良くなっていた中学生の女の子と魔物に遭遇し、どうにか女の子を逃がそうとしたが、俺がしくじったせいでゴブリンの体当たりを食らって骨折してしまった。

 その直後に骨折由来の痛みと体当たりの衝撃で意識を失ったからよく覚えていないが、かすかに残った意識の中で感じた殺気がこんな感じだったと思う。



 現場が終わって、あの時の女の子に会う事は無くなったが、元気にしているだろうか。

 みーちゃん……そう、みーちゃんだ。不本意だが身内にそんな呼ばれ方をしてるってぼやいていたな。猫じゃないんだからって怒っていた。

 あの子も月ヶ瀬のように黒髪を長く伸ばした女の子だった。みーちゃんは丸眼鏡を掛けてたが……いや、待て。

 昨日見た眼鏡を掛けた月ヶ瀬、みーちゃんに似ていなかったか? それに名前が……月ヶ瀬美沙……みさ……



「……みーちゃん?」



 不意に口を突いて出た呟きに、月ヶ瀬がハッと顔を上げる。今まで場を覆っていた凄まじい殺気が霧散した。

 え、もしかしてあのやべー殺気、お前のせいだったのか? そんでマジでお前がみーちゃんだったのか!?

 月ヶ瀬の目から一粒だけ涙がこぼれ落ちた。しかしすぐに表情を引き締め、ドラゴンに正対する。どこからかカードを一枚取り出し、カード化を解除した。



「……! 美沙ねぇ、そ、それ……」



 月島君の息を呑む音がした。月ヶ瀬の手には二メートルはあろうかと言う剥き身の日本刀が握られていた。カード化出来ると言うことはダンジョン産だろうか。

 しかし魔剣士のスキルは剣に乗る。刀は侍と言う別系統のジョブの領分であり、魔剣士のスキルが刀に乗るかどうかは分からない。多分乗らないんじゃないか?



「……千紘君」


「は、はいっ」



 月ヶ瀬が月島君に呼びかける。いつもの能天気そうな話し方は鳴りを潜め、どこか貫禄のある雰囲気を漂わせている。普段とはかけ離れているその様相に、少し戸惑ってしまう。



「お兄さんのこと、頼むね。私の大事な人だから」


「承知しました! お嬢様から拝命いたしました任務、我が命に代えましても遂行致します!」



 月島君がしゃっちょこばって答える。これまでの仲良しいとこコンビではなく、上下関係がしっかり分けられた組織の間柄のように感じる。

 月ヶ瀬が馬鹿みたいに長い刀を構えたかと思うと何かぼそりと呟き、ドラゴンに飛びかかって行った。

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