第20話
案の定と言うか何と言うか、吉島ランプの出入り口で一般車を下道へ迂回させる誘導をしていた高速道路の職員に捕まった。
黄色の大きいクッションドラムとA型バリケードで構成された通行規制の奥に駐車するように指示を受けた。
既に車が何台か駐まっており、俺達と同じように召集された探索者の存在を物語っている。
戦闘は既に始まっているようで、遠く離れたここまで爆発音や金属板を無理矢理引きちぎるような甲高い轟音が聞こえている。
月ヶ瀬も起こして事情を説明し、どうするか尋ねたら同行するとの事だった。俺達は車を降り、各々戦闘準備を整える。
月ヶ瀬は防具も含めた装備品を取り出した……けどそれ、会社貸与の装備品じゃないな? どこで買った奴なんだ、羨ましい。
月島君はマックスくんの召喚のみだ。基本後衛で魔物に指示を出すジョブなので、特に装備らしい装備が無いんだそうな。
俺は仕事で使う装備を出した。こっちは会社からの貸与品だ。防具は昨日の田方ダンジョンを下番して、日報を提出する為に帰社した際に渡された物だ。
これも東洋鉱業のバルクオーダー品だが、ミドルクラスの中では上位レベルの品だ。ミスリルが多分に含まれており、通常業務では明らかに過剰な性能な奴だ。
業務外で壊したりしたら弁償になるだろうかと言う疑問が脳裏を浮かぶあたり、社畜根性丸出しと言った感じだ。
「北朝鮮から来たって言ってましたっけ? 多分、十中八九やべー奴っスよ。中国韓国ロシアの混成団の包囲を抜けて日本海飛び越す奴っスから、かわいいとりちゃんって訳ではないはずっス」
「……ねえ、もしかして……対象の魔物って、アレかな……?」
月島君が指差した先に、夕闇に溶け込むような赤黒い巨体が宙を舞っていた。その体に相応しい翼を広げ、眼下に居並ぶであろう探索者達を睨め付ける爬虫類の顔にはねじくれた角が二本生えている。
ファンタジー作品にはお馴染みでも、現代社会には全く存在しない。同名の生物はインドネシアのコモド島にいる毒性の強いオオトカゲが有名だ。そう、つまり……
「ドラゴン……」
誰が呟いたか分からない一言に「はーい」とでも答えたかのように、けたたましい叫び声が響き渡る。
ドラゴンは俺達警備員が常駐するようなダンジョンには現れない。日本にあるダンジョンだと富士河口湖ダンジョンと阿蘇竹原ダンジョンくらいか。原爆ドームのダンジョンの下層にいるって話もチラッと聞いた。
そう言ったダンジョンは民間の警備員では危ないので自衛隊がダンジョン運営を取り仕切っている。俺達ではお目にかかる事は無い。
しかし、ドラゴンと言ってもRPGの様にレベルを上げて物理で倒したり、転生モノの主人公が俺なんかやっちゃいましたか? なんて言いながら瞬殺するようなヤワな魔物ではない。
高レベルな探索者でも単独遭遇は死を覚悟するレベルであり、低レベル探索者は束になっても敵わない。人海戦術が塵芥戦術と化してしまう恐ろしい相手だ。
そんな化け物とのバトルに乱入しようと言うのだ。役者不足も甚だしく、正直言って帰りたい。だが……
「こりゃあ逃げられないっスよね……あいつが無差別に市街地を襲ったら広島は一巻の終わりっス」
「とにかく戦闘を長引かせて、強い探索者が合流出来るように……言ってしまえば時間稼ぎの捨て駒ですよねー……」
そうだ。この状況は絶望的と言っていい。たかだか20レベルにも満たないナイトと魔剣士が一人ずつ、リビングアーマーにモンスターテイマー。この戦力が加わった所で焼け石に水だ。普通に考えたら。
「月ヶ瀬」
「なんスか」
「出し惜しみ無しだ。情報、抑えられるか?」
「うーん……あたしじゃちょっと……その筋に知り合いが居ますから、頼んでみます」
月ヶ瀬は俺が言いたい事を理解してくれたようだが、合点が行かないのは月島君だ。
「……? 高坂さんのトンチキなスキルって、使役数が無限になるって奴なんじゃ……? 今から手札増やせる訳じゃないし、コボルトとレッドキャップとスライムくらいじゃ全部一斉召喚してもどうにもならないと思うけど……」
「ちっひー、ごめんね。言ってない事沢山あるんだ。……とりあえず先輩が居てくれたらどうにかなるから」
「美沙ねぇがそう言うなら……高坂さん、良くわかんないですけど無理は禁物ですよ?」
俺は小さく頷いて、無人の高速道路を駆け足で進行した。
§ § §
現場は地獄と化していた。大破した車が道を完全に塞いでいる。その前に聳え立つドラゴンの凶悪さを際立たせる演出のように、車から黒煙と火の手が上がった。
道端には鎧に身を包んだ探索者が血を流して倒れている。ひしゃげた盾を見るにナイトかソードマンだろう。
立って応戦しているのは両手剣持ちの女性が一人、弓で矢を放つ男性が一人、魔法使いの格好をしている女性が一名、侍のような格好に日本刀を持っている女性が一名だ。
両手剣のジョブが分からないが、攻撃を受け流している所を見るにタンク職だろう。アーチャーであろう男性も矢が尽きそうだし、侍の女性も腕を片方だらりと下げ、片手でどうにか刀を持っている状態だ。
魔法使いの女性が火球を放ち、それで魔力切れになったのだろう。ふらりとアスファルトの上に倒れ込んだ。火球はドラゴンに命中したが焦げ一つ残っていない。
ドラゴンが中空でホバリングするように羽ばたき、大きく息を吸った。嫌な予感がする。
ドラゴンを実際に見た事がなくても、色んな作品に出てくる有名なトカゲだ。やる事は決まっている。属性は分からなくてもいわゆるブレスだ。
俺はエンデュランス・ペインとカバーリング・ムーブ二つのスキルの全体化を試みた。エンデュランス・ペインはパッシブスキルで、普段は発動を意識せずとも常に動いている。
このスキルを「この戦場にいる探索者全員」に付与する。するとダメージディーラー……攻撃を主体とするジョブもタンク同様の耐久力を得る事になる。
そしてカバーリング・ムーブはVoyageRを守った時のスキルだ。今回は戦闘陣形で散り散りに分散している探索者に加え、月ヶ瀬と月島君とマックスくんもいる。
とにかくブレスで倒れる事は防ぎたい。それ故の全体カバーリングだ。これをやると視界が激烈に気持ち悪くなるが根性で持ち堪える。
ドラゴンのブレスが俺達を包み込む。ドラゴンの口から直線上に飛んでくる黒い炎は俺の盾が防いでいるし、周囲全体を埋め尽くす熱と黒炎はエンデュランス・ペインで底上げされた耐久力を抜けてはいないようだ。
炎がおさまった所でカバーリング・ムーブを解除する。誰も欠けることなく健在だ。道路の端で転がっていた剣士や魔力切れで倒れた魔法使いも無事だ。
「助けが来た!? 今のは何!?」
「全然熱くなかった……高レベルのタンクが来たんだ!」
「良かった……俺達、生き残れるかも知れない!」
ところがぎっちょん、全然高レベルではない。何ならドラゴン討伐戦に行こうとしたら全力で引き止められるレベルだ。
とは言え、勘違いしてくれてるなら渡りに船だ。一旦下がってもらって態勢を立て直してもらっても良い。
俺はモンスターカードを取り出し、カード化を解除する。ヒロシマ・レッドキャップとヒロシマ・コボルトと一応スライムもだ。
「加勢する! 俺達で引きつけるから態勢を整えてくれ! 一桜、二葉、三織、四季は倒れてる奴の後方への搬送! 五月、六花、七海は彼らの撤退の手助け! 八宵と九音は適宜仲間のフォロー! タゴサクとスライム……えーと……ケラマは俺のサポートを頼む!」
スライムから「なまえは? なまえは?」と言う意思が飛んできたので即席で名前をつけてやる。青い体色が高校の修学旅行で行った慶良間の海に似ていたからだ。
名前を付けた瞬間スライムは小刻みに震え、その後並々ならぬ気合いとやる気が伝わってきた。お前、もしかして一匹だけ名前を貰えてなかった事を根に持ってたのか? 不思議な性分な生き物だ、スライムなのに。
『こんにちはー!』
ヒロシマ・レッドキャップの一糸乱れぬ元気なご挨拶に探索者達がびくっと警戒する。そりゃそうだよな、ダンジョン内で会ったら殺し合う間柄だもんな。
「こいつらは俺のテイムモンスターだ! 君達をサポートするよう言い付けてあるから後方へ下がってくれ!」
茶髪ロングヘアの一桜と金髪一つ結びの二葉が剣士を、灰色がかった軽いウェーブヘアの三織と黒髪セミロングの四季が魔法をそれぞれ落ちていたブルーシートとバットで即席の担架を作って運んでいる。あいつら、そんな事も出来るのか。
青いショートヘアの五月と肩までの銀髪に真っ赤な大きいリボンを付けた六花、そして散々月ヶ瀬に脅された黒髪で三つ編みカチューシャの七海の「野球帽被ってないトリオ」がドラゴンから三人の探索者を庇うようにして後退を促す。
腰まである紫髪の八宵は月島君に、夏の夕焼けのような赤紫のロングウルフカットの九音はタゴサクとケラマに付いている。なるほど、そこをネックと考えたのか。やるなぁ。
レッドキャップ達が引き連れる探索者達とすれ違うように月ヶ瀬が前に出たので、俺も前に出ようとしたが、月ヶ瀬がそれを咎める。
「先輩、危ないっスから前に出過ぎないで下さい」
「馬鹿野郎、前に出ないとお前を守れないだろうが」
戦略上当然の事を言っただけなのに何故惚けてこっちを見るんだ。前見ろ前、余所見してる余裕は無いぞ。
「美沙ねぇ、メスの顔になってる所申し訳ないけど来るよー! 構えてー!」
月島君の声の直後、ドラゴンが右腕を振り上げて、最前列にいる月ヶ瀬目掛けて振り下ろす。俺はカバーリング・ムーブで月ヶ瀬の前に出て盾で受け止める。
ダンプカーが全速力でぶつかって来たらこんな風になるんだろうなと思わせるような、とんでもない衝撃に肺が押されて空気が漏れる。月ヶ瀬の横を抜けて三メートル程後退させられた。
「これは……ヤバい! お前ら、なるべく物理は避けろ! 当たったらオダブツだぞ!」
「りょ、了解っス!」
「こんにちはー!」
「わんわん!」
マックスくんとケラマは……喋れないからな。しょうがない。
俺はベッコベコになったり所々融解しかかってる盾を構え直した。あと何発受けられるだろうか? ドラゴンの攻撃を厳選して受ける必要がある。
正直、ナイトの俺が攻撃した所でかすり傷も入らないだろう。月ヶ瀬の攻撃が頼りだが……いや、待てよ?
ダンジョンで話していた、リビングアーマーのスキルが使えるかも知れない。ファイナル・ストライク……武器を犠牲にレーザーを撃つ奴だ。
人間が使えたら最高に便利だが、スキルカードのドロップは今のところ報告が無い。スキル発動時の負荷があまりにも強く、リビングアーマーでは耐え切れるものの人体では受け止めきれないのではないかと推測されている。
「ハイ・フリーズ・エンチャント! 行くっスよ!」
月ヶ瀬が得物のエストックに氷の魔法を這わせながらドラゴンに斬り込んでいる隙に、俺はカードケースを月島君に放り投げる。
五十枚程だが、ゴブリンの棍棒とヒロシマ・レッドキャップの赤バットが混載になっている。彼ならこれを見て言わんとする事が分かるはずだ。
「高坂さん、これ何ですかー!? えっと……あー、そう言う事かー! わかりましたー! 助かったー、こんな事になると思ってなかったから補充まだだったんですよー!」
ほーら通じた。リビングアーマーは剣士を模しているので、剣しか使わない。ファイナル・ストライクは武器であれば何でもいいが、リビングアーマーの武器種が事実上の制約になっている。
しかしゴブリンの棍棒やヒロシマ・レッドキャップのバットは武器種制限に含まれない。これは魔物にも適用されるので、世にも奇妙な甲冑バッターが誕生するって寸法だ。
そしてファイナル・ストライクは武器の攻撃力に依存しない。
武器の破壊が条件ではあるが、武器が何であっても同じだ。それこそミスリルの大剣であろうと、ゴブリンの棍棒であろうと変わらないのだ。
ナイトの棍棒シールドバッシュに似た抜け道戦法であり、当然師匠のいる月島君が教わっていないはずが無い。
しかし壊れても良い武器を用意している様子がなかったのでもしや補充忘れか? と思ったが、やはりそうだったようだ。
「月ヶ瀬、離れろ! レーザー行くぞ!」
「了解っス!」
氷の魔法剣で撫で斬りにした直後、月ヶ瀬が飛び退く。すかさずバットを粉砕したリビングアーマーの胸元から黄色いビームが発射され、ドラゴンを焼く。
月ヶ瀬の魔法のこもった斬撃以上の負傷が見て取れる。貴重なダメージソースが確保できた、これならマックスくんも固定砲台として役に立ってくれるだろう。
探索者達の避難が終わったヒロシマ・レッドキャップ達……いい加減長いから呼び名決めるか、赤帽軍団も俺の下に戻って来た。
本来ならドラゴン相手に敵うはずが無いのでカードに戻すべきだが、こいつらにもレベルが存在する。強い敵の討伐に加担すればレベルが上がり強くなる。
本人達も「がんばります」「もどさないで」と意思を飛ばしてくるのでそのままにしておいてやる。
さあ、勝ちの目が出て来た事だし龍退治と行こうじゃないか。倒してしまっても構わんのだろう?
PV1.5万&週間ローファンタジーランキング64位(2024/06/16 13時現在)と
なんか凄い事になってて書いた本人が一番驚いてます。
何か今もいろいろ変わってて書いた本人が追いつけてない状況です……
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本当にありがとうございますー!
あと今回から試験的に投稿時間を18:10分に変更しております。
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