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第19話

 正午を少し過ぎた頃に俺達は一旦ダンジョンを出て、景色の良さそうな所にレジャーシートを広げて昼食を摂る事にした。

 ヒロシマ・レッドキャップはダンジョンを出る前に一旦カードに戻した。受付の警備員に怪しまれるのが確実だからだ。

 カード化しようとした当初は戻りたくないと駄々をこねていたが、月ヶ瀬の「キシャー!!!」が炸裂すると様相は一変した。

 意思疎通能力で「たすけて」「かえりたい」と言う気持ちを送ってきた。全く、話が通じない魔物を脅すなよ、可哀想に。



 月ヶ瀬が用意したお弁当だが、バスケットなんか持ってくるんだからサンドイッチか何かだろうと思っていたら、三段重ねの重箱だった。何故バスケット? 風呂敷とかでなく?

 唐揚げや小さいハンバーグ、タコさんウィンナーが所狭しと詰められている一段目、煮物が多めな二段目、三段目は……おにぎりが沢山入っている。

 おかずのカラーリングがやや茶色に偏っているのは「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」と言う偏見から献立を決めたそうだ。もちろん好きに決まってる。ありがとうございます。



 出来合いの惣菜を詰めただけかと思いきや、全部自分で作ったと言うんだから驚きだ。昨晩の話の後どっかに出かけて行ったようだったが、食料品店で材料を買ってたのか。

 こんだけしっかりと料理が出来るのに、何故いつも俺に飯をたかるのかと尋ねたが、しれっとノーコメントを貫いている。何なんだこいつは。

 月島君は俺と月ヶ瀬が弁当をつつきながら話している様をによによと笑みを浮かべながら見ていた。こいつもこいつで何なんだ。



 § § §



 食休みのお昼寝ののちに再開された午後の検証は、主に月島君の多大な協力によって進められた。

 月島君のテイムモンスターのカード化だが、意外な事に上手く行った。マックスくんはきちんとカード化され、月島君の持つカードの中で右往左往していた。



 だがマックスくんはリビングアーマーだ。生命ではなくモノ扱いでカード化されたのかも知れない。その疑問を解消すべく、月島君は適当なスライムをテイムした。

 結果、スライムもきちんとカード化出来た。何度もカードから出したり入れたりしていた月島君だったが、テンションが上がり俺に抱きつこうとした所に「キシャー!!!」が炸裂した。

 触るもの皆傷つけるキレた月ヶ瀬の出来上がりだ。どうどう、落ち着きなさい。何でお前は午前中からずっと喧嘩腰なんだ?



 検証を進めると、テイミングにおける使役数は「カード化していない支配下のモンスターの総数」であると判明した。

 つまり、テイムモンスターのカード化はいくらでも出来るが、カード化を解いて命令を下せるのは定められた使役数以下になると言う事だ。

 モンスターテイマーは魔物を引き連れるのが常識だ。使役数イコール手持ちの魔物の数と考えるのは当然の流れだろう。

 これが意味する所は魔物の省スペース化が可能になっただけではない。予備戦力の保持が可能になったのだ。

 あらかじめテイムしてカード化しておいた魔物を大量に用意すれば、使役数を超える手玉をストックする事が出来る。その有用性は計り知れない。

 俺だけに出来るチートかと思ったが、テイミングを持つ人間なら誰でも出来るのであれば誰でも出来る事ですよと言い張る事が可能だ。



 さらにはモンスターカードは譲渡されず、テイムした人間以外にはカード化の解除が出来ない事も確認した。

 ヒロシマ・レッドキャップやヒロシマ・コボルトのカードを実験に使って不具合が出てはいけない為、俺もテイミングの一時停止を解除して検証用のスライムをテイムして確かめたから間違いない。

 普通のカードは譲渡可能だし、他人のカードでもカード化を解除出来る事から考えて、テイミング側がカード化に関与影響を与えていると見ていいだろう。

 しかし昨日発生していた「倒した魔物が何故かテイミングされてしまう現象」は月島君には発現しなかった。

 今の所、殺しながらテイミングは俺だけに起こる特異な現象である事が判明した。

 


「こーれは……ヤバいねぇ……高坂さん、これモンスターテイマーの間で情報回しちゃって大丈夫な奴ですー?」


「別にいいぞ、むしろ積極的に広めてくれ。俺が目立たなくて済むからな」


「無欲と言うか何と言うか……情報料とか取ってもいいレベルのネタですよー? カード化のスキルカードの価値がまた跳ね上がっちゃう奴ですよー。インサイダー取引でガッポガポですよー」


「そうなると目立つだろ? 俺は目立ちたくないんだ。どうせテイミングは今後も活用する事になるだろうしな」


「んー……活用するにしても、あんまり女の子型の魔物はテイムしない方がいいですよー……主に美沙ねぇのメンタルの為にも」



 何故そこで月ヶ瀬が出てくる? まるで月ヶ瀬が俺に惚れてて俺に近付く魔物に嫉妬してるみたいな言い方をするじゃないか。

 よく考えて欲しい。俺はオッサンだ。若い子がオッサンに惚れるなんてフィクションみたいな展開がある訳がない。

 ……しかし今日の月ヶ瀬のリアクションはラブコメ作品に出てくるヒロインのそれに近似している。もしかして微レ存なのか……?

 いや、安易に恋愛脳で考えてはいけない。オッサンの勘違い程痛々しい物は無い。石橋を叩いた上で渡らないくらいの慎重さで丁度いいんだ、こういう話題への対処は。



「確約はしない……が、善処しよう」


「ホントお願いしますよー、ボクまで巻き添え食らっちゃう奴ですからー」


「正直ヒロシマ・レッドキャップだけで持て余しがちではあるからな。多分これ以上は増えんさ」


「そういや先輩、ずっとヒロシマ・レッドキャップの事種族名で呼んでるっスけど、テイムモンスターに名前は付けないんスか?」



 俺と月島君が話している所に月ヶ瀬が割り込んで来た。

 別に名前を付ける発想が無かった訳ではない。カード化とテイミングの相乗効果が普遍的であると確認するまでは、魔物に対して愛着が湧く行動を避けたかっただけだ。

 既に俺は十枚もモンスターカードを所持している。魔物のカード化が俺にしか出来ないコンボだったら、全てのカード化を解除して、二匹くらいをキープして残りを全部殺す必要がある。

 ヒロシマ・コボルトなんか実家の犬であるタゴサクにそっくりだから殺したくないし、こいつに二代目タゴサクを襲名させようモンなら殺した後泣いて後悔する自信がある。



「それは確かにー……いちいちヒロシマ・レッドキャップって呼ぶのめんどくさくないですかー?」


「面倒臭いは面倒臭いが……かと言って良い名前が思い浮かぶかと言うと……うーん」



 しかしいきなり名付けと言われてもピンと来ない。こいつらに相応しい名前か……



「ヤマモト」


「ヤマモトちゃんっスか。……何故に苗字……?」


「タカハシ」


「うんうんー、タカハシ……タカハシ……?」



 月ヶ瀬も月島君も首をかしげている。あれ? そんなに変か? まあいい、どんどん続けよう。



「コバヤカワ、ヤマザキ、タツカワ、キヌガサ、キタベップ……」


「待った待った待った! 何で昭和の黄金期メンバーの名前付けてんスか! 女の子なんスから!」



 月ヶ瀬から激しいツッコミと共に肩を掴まれた。え、ダメか? だってこいつら野球の民にしか見えないじゃないか。広島で野球と言ったら、これ以上ないくらいピッタリな名前だと思ったんだが……

 月島君も信じられない物を見るような目で俺を凝視している。二人してそんな反応をされると否が応でも傷付く。



「いくら野球ファンの格好してるからってそれはちょっとー……一応見た目女の子なのにー」


「そんなにダメか? 見た目が見た目だから寄せてみたんだが」


「せめてもう少し手心と言う物を……名前から来るイメージがプロ野球選手のそれなのでー」


「先輩がこんなにネーミングセンス死んでるとは思いもしなかったっス……」



 あまりにも酷い言われようだったので命名に関しては白紙に戻した上で三人で相談して決める事となった。

 野球のポジションで当てはめるのはどうかとの案が出たが、投手と捕手で詰まった。投と捕から始まる女子の名前なんてある訳がない。いや、広い日本のどっかには居るのかもしれないが。

 いっそ番号順で決めれば呼びやすいし区別も付きやすいだろうと思い提案したら、それが通った。



 三人での協議の結果、一桜、二葉、三織、四季、五月、六花、七海、八宵、九音とした。正直見分けは付かないが、カード化の際に名付けを意識すると、カード下部にちゃんと名前の記載が増えていた。便利だ。

 ちなみに、午前中に召喚した個体は七海だ。苗字は無し。うちのテイムモンスターだから高坂かな? と冗談めかして呟いた時の月ヶ瀬の視線が忘れられない。あれは人を殺す決意をしたアサシンの目だ。



 ヒロシマ・コボルトは正式にタゴサクと名付ける事にした。何故タゴサク? と二人とも首をかしげていたが、理由を説明したら納得されたと同時に、あまりお勧めしないとも言われた。

 テイムモンスターを呼び出す際の用途はほぼ確実に戦闘だ。怪我や死亡もあり得る修羅場において、判断が鈍る要素は極力少ない方がいいとの事だった。簡単に言えば、情が移るような名付けは控えろと。



 しかしそれなら、タゴサクがこの姿をしている時点で既に情が移っている。そもそもヒロシマ・コボルトの戦闘力はゴブリンとどっこいどっこいだ。呼び出してどうにかなる場面があるかどうかも分からない。

 使役枠は無限だし、そもそもカードにしている分には誰にも迷惑がかからない。ペット……と言う訳ではないが、こういう枠があってもいい。

 そう説明したら、思いの外あっさりと認められた。ダンジョンでの戦闘に影響しないのであれば問題ない、とにかく命のやり取りを行う場でコンディションが悪い方向に変動する要素とならなければ良いと重ねて釘を刺された。



 こうして俺に新しい家族……月ヶ瀬ステイ、勝手に俺の考えを読んで殺気を発するんじゃない。えー……その、新しい同僚? 仲間? ペット? とにかく、新しい「身内」が誕生したのだった。

 ……身内はいいんだ。判断基準が分からん。



 § § §



「今日は実りの多い一日でしたー」



 月島君はホクホク顔で帰り道を運転している。それはようござんした。貴重な休日を費やした甲斐があるってモンだ。

 行きは鈍重だった車の足取りも軽い。マックスくんをカード化した分の重量差は劇的な物で、加速も減速もとてもスムーズかつ迅速に行えている。物理的に軽いのだ。

 月ヶ瀬は助手席でぐっすり眠っている。何だかんだで気を揉ませてしまったし、弁当の為に早起きしたりと大変だっただろう。死ぬほど疲れてると思われるので寝かせておいてやろう。



「有益だったのはこちらもだ。検証は上手く行ったし、カード化の情報が広まれば俺もテイミングを活用しやすくなるからな」


「えへへー、じゃあWIN-WINってとこですねー」



 そこで会話が途切れ、ラジオくらいしか聞けないカーステレオの音声が耳に入る。

 朝方のニュースはやや思想の強めなコメンテーターが持論を展開していたりするが、この時間帯は起こった事だけを淡々と述べるニュースだ。語りが穏やかで眠くなる。

 その内容はいつもと大差無い。どこそこで事故が起こりましたとか、どこぞの国が遺憾の意を表しましたとか、そんなモンだ。



「……高坂さん」



 不意に月島君から声がかかる。ニュースに集中していたからやや反応が遅れてしまった。



「何だ?」


「美沙ねぇの事、よろしくお願いしますね。いろいろあって他人に馴染めない性格してるから、頼めそうなの高坂さんくらいなんですよね」



 実際、月ヶ瀬と組んだ隊員は皆口を揃えて「月ヶ瀬さんは無表情で超塩対応」と言う。俺はそれが不思議でしょうがない。

 今日一日見てきた表情豊かで口数が多い月ヶ瀬が俺にとっての月ヶ瀬だから、双子の姉妹でもいるような感覚だ。



「……普段の月ヶ瀬って、どんな感じなんだ?」


「え、普段ですか? 最近は会う機会が無かったんで少し前の話ですけど……人によるって感じですかね」


「人による……?」


「はい。月ヶ瀬本家ではご家族でもしっかりとした敬語で話してます。ボクら分家衆……ああ、えーと、遠縁の集まりとかあるんですけど、そこでたまーに会う時はフレンドリーではありますけど、よそよそしい感じは若干ありますよ。今日は本当にびっくりしたんですから……あんなにはしゃぐ美沙ねぇ初めて見ました」


「そんなにか……俺からしたら不思議なんだがな」


「ボクからしたら高坂さんの方が不思議の塊ですよ。美沙ねぇにとって、高坂さんは特別な人なんですよ。忘れないでおいて下さいね」



 そうは言っても同僚である。月島君に言われたからと言って無闇に構いすぎて嫌われでもしたら大問題に発展する。



「確約はしない……が、善処はしよう」


「それダンジョンでも聞きましたー。はぁ……美沙ねぇも難儀な人を選んだモンだなぁ」



 月島君の呟きの後半はあまり聞き取れなかった。鈍感系主人公を気取るつもりはないが、ラジオの音声で紛れてしまって聞けなかった。



《広島高速道路の状況です。広島高速三号線では事故の為、吉島・観音間の通行が出来ません。係員の指示に従って走行して下さい。続きまして——》



 広島高速三号線? 今走行中のこの道路じゃないか。国道二号線が時間帯によってとんでもなく時間がかかるから海田大橋から乗った所だったのに、何ともツイてない。



「珍しいですねー、あんな真っ直ぐの道で事故なんて」


「ぶっ飛ばして追突したか、はたまた酒酔い運転か……迷惑な話だ」


「そうですねー、しょうがないんで吉島で降りて霞庚午線通りますかー。混んでなきゃいいけど……」



 月島君は不服そうな表情で前方の道路を睨みつけながら、走行ルートの計画の変更に伴い車線変更する。

 ラジオからはしばらく道路交通情報センターの職員の冷静な声が流れていたが、アナウンサーの喋りに切り替わった。



《以上、交通情報でした。……あ、今情報が入りました。先程の交通情報にありました、広島高速三号線の事故ですが、旧北朝鮮方面から飛来した魔物による物との事です。付近の住民の方はお近くの学校や公民館等に避難して下さい。繰り返します、先程交通情報に——》



 俺と月島君の視線が車のルームミラー越しに交わされた。

 探索者は、迷宮新法によって魔物関連における緊急出動の義務を負う事になっている。

 スマホにインストール済みの探索者アプリ「シーカーズ」はGPSによって位置情報が探索者協会のサーバーに送られており、近場の探索者に応援要請が飛ぶ。

 やむを得ない用事や運転中であれば要請を受理出来なくても許されるが、その旨が官報に記載される。

 なお、この緊急出動の義務は丁種探索者には課されない。大した権利もないのに義務だけは一丁前に負わせるのか? とストライキをチラつかせて勝ち得た平穏だ。



 俺と月ヶ瀬は召集をかけられる事がない丁種だが、月島君は違う。れっきとした乙種探索者であり、緊急出動要請対象者だ。

 下手したら吉島ランプで止められて駆り出される事になる。下手しなくても逃げれば官報に名前が載る。自己破産者と同じような感じで緊急出動拒否者の欄に名前が載るのは不名誉極まりない。

 せっかく俺の検証に手伝ってもらったんだ。ここで俺らだけハイさよならとはいかんだろう。



「行こう。手を貸そう」


「いいんですか? 高坂さんも美沙ねぇと同じ丁種でしょ? 行く必要は無いのでは?」


「一宿一飯の恩って奴だな」


「……分かりました、無理だけはしないで下さい」



 月島君がアクセルを強く踏み、旧型のバンのエンジンが大きく吼えた。体にじんわりと圧力を感じる。

 こんな中でも月ヶ瀬は夢の中だ。起こすのは……可愛そうだから寝かせておくか。

 もうすぐ吉島ランプに到着する。俺達は車のほとんど居ない暮れなずむ広島高速三号線を駆け抜けて行った。


( ˃ ᗜ˂)ノ<こんにちはー!

【訳:こんにちはー! あとがきですけど失礼しまーす!】


( ・ᗜ・)<こんにちはー!

【訳:思ったよりおもろいやんと思ってもらえた方、いらっしゃいましたら

   この下のブックマークやいいね、ポイント評価をお願いしまーす!】


( >ᗜ<)<こんにちはー!

【訳:もうやっとるわいって皆様、ありがとうございまーす!

   めっちゃ励みになりまーす! まだの方もどうぞよろしくでーす!】

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