第18話
「マックスくん、ゴー! ぺちっとやっちゃえー!」
月島君の号令一下、リビングアーマーであるマックスくんの鋼の剛腕が振り下ろされる。青いスライムが弾け飛び、光の粒子に変わる。
マックスくんが戦闘終了後にやる、両腕を高く掲げる仕草は妙に愛嬌を感じさせる。あんな感じのガッツポーズをするという事は、相当に高度な知能があるって事になるんだろうか?
「凄いモンだが、これが敵として出て来ると思うと……流石にちょっと怖いな」
「そっスね、我々は業務でゴブリン倒すとかばっかっスもんね。……アレ、素手の攻撃だけじゃなくて剣と盾も装備出来るし、武器犠牲にしてダメージ固定のレーザーまで撃つんスよ」
スマホで調べてみると、どうやらファイナル・ストライクと言うスキルを有しているようだ。手持ちの武器を代償に高威力のレーザービームを撃てる奴だ。
こんなスライムしか湧かないダンジョンではオーバーキルも甚だしい為か、月島君も使わせていない。パンチや踏みつけで十分対処出来ているもんな。
「こっちに照準が向かないとは言え、おっかないなぁ……しかし、あんな勝利のポーズみたいな仕草を見ると忘れそうになるが、アイツも人類の敵なんだよなぁ」
「そっスけど、人類の敵っぽく見えない奴は先輩の手札も同じっスよね? どうせ誰も居ませんし、出してみません?」
月ヶ瀬が言及しているのは俺のモンスターカード、ヒロシマ・レッドキャップの事だ。家に置いておくのもなんか可哀想で、今日はモンスターカードや棍棒等もひっくるめてカード類は一ケース分持って来ている。
俺はチェストバッグからモンスターカード用に分けたカードケースを取り出して、一枚無作為に引き抜く。
カードの中にいるのは編んだ黒髪をカチューシャのようにしているロングヘアのヒロシマ・レッドキャップだ。どうやら今はカードの中でバットの素振りをしているようだ。野球帽を被っていないが、どこに置いてきたんだ?
「そうだな……よし、月島君! ちょっと戻ってくれ! 俺も出す!」
「はーい! それが美沙ねぇが言ってたトンチキなスキルかな? 楽しみだなあ、どんな感じになるんだろうねえー?」
俺の呼びかけを聞いた月島君はマックスくんに指示を出して後退。俺の手の中のカードを興味津々で覗き込んで来る。
だからそうやって俺に腕を絡めたりひっついて来ないようお願いしたい。男同士だったらセクハラにならないとは限らないんだぞ。あと月ヶ瀬の視線が痛いからマジで離れて欲しい。
「何が起こるか分からんから離れておいてくれると助かるんだが?」
「何か起こったらボクとマックスくんが助けるから大丈夫でーす。ほらほら、早く出してみてー」
グイグイ来やがるなこの男の娘。マジで勘弁してくれ、月ヶ瀬が握ってる細剣が俺に向かないとは限らないんだぞ。
月ヶ瀬のジョブである魔剣士は、魔法と剣のいいとこ取りのジョブだ。物理攻撃と魔法攻撃に適性があり、レベルが上がると武器に属性魔法を付与するスキルを覚える。
剣にスキルが乗る性質上、盾の類を使えない。防御にも属性による相乗・低減効果はあるので、片手にメインの剣、空いた手に防御用の短剣であるマンゴーシュやパリーイングダガーを用意して防御に使う戦闘スタイルが主流だ。
メイン武器は剣であれば何でもいいが、月ヶ瀬は普段やってるMMORPGでレイピア使いの魔法剣士をやってるとかでそのスタイルに倣い、細剣を装備している。
その月ヶ瀬が持つレイピアめいた鋭い剣が鞘の中でカタカタと音が鳴るほどに震えているのだ。振り向くのが怖い。どんな顔でこっち見てるか想像もしたくない。
「もうやだ、さっさと済まそう……カード化解除!」
俺は手の中のカードにカード化解除を念じる。もっとカッコいい決め台詞でも用意しておけば良かったのかも知れないが、もうそんな年でもないしな。
カードが白く発光し、光の玉が俺の一メートル程前方に着地する。光の玉は徐々に人の形を取る。
白いレプリカユニフォーム、膝丈のスカート、手には真っ赤な木製バット、そして特徴的な赤い野球帽……は、やはり被っていない。レッドキャップの概念が壊れそうだ。
意匠は違うものの広島の市民球団のファンのような出で立ちは、つい昨日殺したヒロシマ・レッドキャップの物だ。
「こんにちはー!!」
ヒロシマ・レッドキャップはくるりとこちらを向くと、てててっと駆け寄り、俺の胴体に抱きついた。
攻撃されるかと身構えたが、それがいけなかった。完全に虚をつかれた行動に回避が取れなかった。後ろでカラリンと音がした。月ヶ瀬がマンゴーシュか何かを取り落としたのだろうか? そんなにショックだったのか?
「あ、ああ……こんにちは。お前はあの時のヒロシマ・レッドキャップだな?」
「おまえー? ひろしー? ……こんにちはー!」
困った顔からのにっこにこの挨拶を見てると、人間の子供のように見える。
どうやらテイムしたからといって日本語を話せるようになる訳では無いようだ。だから知ってる鳴き声で意思疎通を取ろうとしたんだな。
この感じならもしや、ちゃんと教えたら話せるようになるのだろうか? そう言った研究は見た事が無いが、可能性を感じずにはいられない。
しかしこの個体からは「うれしい」と言う感情がダイレクトに伝わって来ているような気がする。これがテイミングの簡易な意思疎通って奴だろうか?
「うわあ、本当にヒロシマ・レッドキャップだ……確かにこれがカード化で可能だったらモンスターテイマーやテイミングに革命が起こっちゃいますねー」
月島君は俺に腕を絡めたままヒロシマ・レッドキャップのほっぺたをぷにぷに触ったり頭を撫でたりしている。
ヒロシマ・レッドキャップから伝わる「うれしい」の感情が強くなる。可愛がられて喜んでるのか、こいつ。
「どうやらこいつ、月島君に可愛がられて喜んでるみたいだ」
「お、それもう分かっちゃうんですかー。レベル上がんないと解放されないはずなんですけどねー。なるほど、確かにトンチキなスキルですねー、あははー」
「これが簡易的な意思疎通って奴か? もしかして、コイツに言葉を教えたら会話とか出来るように……」
俺の言葉を遮るように、月島君は俺の顔の前に手をかざす。一体何だ?
「高坂さん、それ以上はダメです。テイマーには暗黙の了解があるんです」
「暗黙の了解?」
「はい。魔物は不倶戴天の敵です。人類とは永遠に分かり合えない別種の存在です。その前提をボク達が覆してはいけないんです。高坂さんの言わんとすることはわかります。そして、それは可能です。ですが心の内に秘めておいてください。世間に知れたら大変な事になります」
月島君の今までの間伸びした喋り方でなく、どこか冷たさを感じる物言いに背筋が伸びる。
「例えば、ボクらが完全に意思疎通出来る魔物を調教したとします。すると敵と言うカテゴリーを外れた魔物を生み出してしまう。例外が発生するんです」
「例外……」
「はい。そうなると魔物を見る目が変わってしまう。もしかしたらダンジョンで遭遇する魔物も敵ではない生き方が出来るんじゃないか……そんな意識が芽生えた時、不幸な目に遭うのは一般の探索者です」
……言われてみれば、確かにそうかも知れない。
例えばこいつ、ヒロシマ・レッドキャップなんかもそうだ。油断を誘って探索者を謀殺する為の可愛さであり、コミュニケーションに似た鳴き声だ。俺もそれを知ってるから躊躇なく殺せた訳だ。
この認識に揺らぎが生じた時、探索者の剣筋が鈍ってしまうかも知れない。それで死んでしまったら誰のせいになるのか。油断した探索者が悪いのは当然だが、例外を生んでしまった者の責任も相応にあるのではないか。
それにきっと、世間からの目も変わるはずだ。
話せばわかるかも知れない生き物を殺す集団と目される事になれば、探索者の心労もさらに増す。ダンジョン発生前のハンターなんかと本質が似ている。
人里にクマが現れたのを地元の猟友会が駆除したと言うニュースが流れると「クマだって生きているんだ、なぜ殺す必要があるのか」と言った苦情が来ていたそうだ。それと同じだ。
魔物が人に仇なす存在である事は間違っていない。テイミングによって意思疎通が可能な仲間として扱う事が出来る、それも間違っていない。
だがしかし、その二つがめんどくさい噛み合い方をした結果悲劇を引き起こすのであれば、少数派であるテイマーが事実を黙殺するのが一番穏当な解決方法になる……そんな考え方なんだろう。
「まぁ、そうは言っても魔物ともっと意思疎通したいって言う魔物大好きテイマーも割といますけどねー。田方ダンジョンなんてかわいい魔物大好きテイマーにとっては天国ですしー。戦力にするには物足りないですけど」
「いやしかし、それは……いいのか?」
「いいんですー。テイミングは魔物を従属させるスキルで、魔物の行動はテイマーが制御している物であって、決して魔物の自由意志による物ではないって建前が守られていれば後はどうでもいいんですー。喋らせるのもそういう芸だって事にしたらごまかしが効きますねー。アレですよ、喋るインコみたいな?」
「何かパチンコ屋やソープみたいなこじつけ感があるが……そんなんでいいのか?」
「世間が納得してるって事実が重要なんですー。ボクらテイマーは他の人が知らない情報を知ってる、それは人類のためにならないから黙ってる、そこに説得力が乗りさえすれば問題なしですー。嘘も方便って奴ですねー」
モンスターテイマーというジョブが発見されて以降、彼らに関する悪評を全く聞いた事がないのがその証左と言える。母数が少ないからこそ統制が可能なのか。
道中で聞いたが、モンスターテイマーは師弟制らしい。モンスターテイマーのジョブ持ちであると判明出来次第、ベテランがメンターとして教育を行うそうだ。
メンターもメンティーもその根っこが同じ動物大好きマンであるならば、先述の「例外」が発生した際に肩身が狭い思いをする可能性もすぐに思い至るのだと思われる。飼育で近隣に誤解が生じる生き物もいるだろうし。
そしてネット小説にありがちな職業ごとのギルドが存在しないこの世界において、テイマーの師弟制を理解し、率先してメンターの手引きをしている探索者協会も危険性を把握しているはすだ。
「だが……ジョブとしてではなく、テイミングのスキルカードで取得した人間の場合はどうなんだ? モンスターテイマー界隈では制御出来ないだろう?」
「それも大丈夫ですー、モンスターテイマーよりも激レアなテイミングのスキルカードなんて滅多に出ませんから逆にわかりやすいですからねー。おいたが過ぎる子は速攻で消されますよー。そういう役割の人もいるんですー」
月島君が不意に月ヶ瀬の方を見る。そういやテイミングの話に集中していたから月ヶ瀬を完全に放置していた。
月ヶ瀬はまだ放心しているようだったが、俺達の視線に気づくと取り落とした細剣を拾い上げてゆらりゆらりとこっちに近づいて来た。黒いオーラが立ち上っているような気がする。とてもこわい。
「先輩その子カードに戻してくださいあたしでもまだ手すらつなげてないのに抱きついたりしやがってこのメス豚本当許せない何やってんだこいつブッ殺してやるちっひーもちっひーだよあたしの先輩取らないでって言ったのにベタベタひっついて何を企んでるのかな絶対に許さないよ覚えてろよ帰ったら道場でこれでもかってくらいに引っ叩いてドツキ回して二度と逆らえないようにしてやるからな泥棒猫めこの野郎」
小声かつ超早口のせいで何を言ってるのか判別つかないが、ところどころ物騒な単語が聞こえる。月島君も身の危険を覚えたのかすいーっと離れた。
ヒロシマ・レッドキャップは月ヶ瀬の迫力に恐れ慄き、俺に抱きつく腕に力を込める。やめてくれ、そろそろマジで痛い。痛いし、これから痛い事をしそうな奴の機嫌がさらに直滑降する事になる。
「こ、こ、こんにちはぁ……」
「キシャー!!!」
「ぴいいいいいい!!」
「たすけてー」と言う意志の籠もったヒロシマ・レッドキャップの「こんにちは」は月ヶ瀬の神経を逆撫でしたようだ。吠える月ヶ瀬、鳴きわめくヒロシマ・レッドキャップ、我関せずの月島君、ただただ困る俺。
駄目だ、これじゃあどっちが魔物か分かったモンじゃないぞ。誰か助けてくれ、ツッコミが不在過ぎて俺にはどうにも出来ん。
しかしここは極度な過疎地、丸山ダンジョン。巡回中の警備員でも通りかからない限り誰も助けに来てくれない。現実は非情である。
結果、マックスくんの能力と俺のテイミングとカード化のシナジーの確認が出来ただけで、後はごっちゃごちゃに混乱しきった月ヶ瀬のせいで午前中の検証は一旦打ち切り。昼食の後の再開と相成った。