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第17話

 翌日、俺と月ヶ瀬は徒歩で探索者協会へ向かった。装備品はカード化出来るので、そこまで大荷物にはならない。

 メーカー産のダンジョン用装備はどこかしらにダンジョン産の素材が微量に混ぜ込まれている。カード化の条件が「魔力を含む物品」となっているからだ。

 つまり微量にでも魔力を含んでいれば、カード化の対象に取れる訳だ。まるで法律の穴を抜けるような屁理屈じみた手法だが、上手く行ってるんだからしょうがない。



 そんな訳で、俺の荷物はチェストバッグ一個で済んでいるが……月ヶ瀬の持っている大きめのバスケットは一体何なんだろうか? 



「おい、その荷物は一体何なんだ?」


「お弁当に決まってるじゃないっスか、デートっスよデート! 二人でお昼にお弁当囲んであーん♡ って食べさせたりする奴っスよ!」



 重ねて言う。デートではない。そもそも恋人でも何でもない、先輩後輩の同僚関係だ。

 僻地の不人気ダンジョンでスキルの検証をする話だったはずなのに、淡い水色のカットソーに白いキャミソールワンピースを合わせ、足元はスニーカーと言う装いで来てるあたり本当にデートのつもりの可能性がある。舐めプか?

 くどいようだがこれから行くのはダンジョンだ。水族館や動物園ではない。汚れても良い適当なTシャツと履き古したジーンズの俺を見習うべきだと思う。



「そういや誰かアシスタント頼んだんじゃないのか? そもそも検証であってデートではないだろ」


「そうそう、うちの分家の子を呼んだんスよ。さっきスマホにもうすぐ着くよって連絡があったんで、多分あたし達と同着になるんじゃないっスかね?」



 デートについて言及する気はないようだ。まあいい、どうせダンジョンに着いたらそんな世迷言を吐く余裕は無いはずだ。

 うららかな日差しの中、ほぼほぼお散歩レベルののんびりペースで歩く事二十分。俺達は探索者協会の広島支所へ到着した。



 探索者協会の支所は、広島市内でも四箇所ある。

 その中でもここ、福島町にある広島西支所は隣が広島市役所と言う事もあり、各種申請や手続きも簡易に行える為に規模も大きい。

 三階建ての立体駐車場もあり、平日は本業に勤しみ休日にダンジョンへ赴く大勢のサンデー探索者が戦利品を捌く為に訪れる。



 今日は平日の朝っぱらだからか、立駐に駐まっている車もまばらだ。

 そんな中、一台の古びた大型のバンに寄りかかって手元のスマホを注視していた人物がこちらに視線を向け、小走りに駆け寄ってきた。

 黒地にマゼンタ色のアクセントがあしらわれたフード付きのぶかぶかジャージに膝丈のプリーツスカートを着た女性だ。

 ロングヘアの外側は黒、内側がピンク色のインナーカラーになっている。これがアレか、巷で流行ってる地雷系とか言う奴か? いや、それともバンギャファッションか? 知らんけど。

 しかしこの女性、何か違和感がある。どうにもしっくり来ないんだよな……



「美沙ねぇちっすー、いきなり呼びつけるモンだからびっくりしたよー」


「おひさおひさー、ちょっと色々あってね……あ、そうだ先輩。こちらあたしのいとこのちっひー……月島千紘ちゃんっス。ちっひー、こちらは高坂先輩」



 考え事をしていたら自己紹介フェーズに入っていた。俺は頭を下げて「高坂です」と名乗った。



「どもどもー、月島千紘(つきしまちひろ)ですー。美沙ねぇとは母親同士が姉妹のいとこですー。……あ、協会に用事なければもう行っちゃう? 午前中には入れるようにしたいでしょ?」


「そうだね、特に何も無いかな……先輩はどうっスか?」


「ああ、俺も特に用事は無い。……それでは月島さん、今日はよろしくお願いします」


「はーい、よろしくでーす」



 月島さんは運転席へと走っていき、軽やかに車に飛び乗った。



 § § §



「あ、先輩。先に言っとく事があります」



 広島高速三号線から矢野安浦線、広島熊野道路と経由してあと少しで黒瀬町と言う所で、助手席に座っている月ヶ瀬がセカンドシートに座る俺に声をかけた。



「どうした、いきなり」


「先輩のトンチキなアレ、あらかじめちっひーには今回関係しそうな点をかいつまんで説明してるっス」


「トンチキなアレ……ああ、アレか別に問題無いぞ。お前の人選だろうからな」


「で、お返しって訳じゃないっスけど、ちっひーのジョブをお伝えしとこうかと。……後部座席のカーテン、めくってみてください」



 俺が座る席のちょうど後ろから間仕切りのようにカーテンが敷かれている。俺はそれを少しはぐって後ろを覗く。

 そこには成人男性一人分よりも大分大きい全身甲冑がフラットシート寝かされていた。車が跳ねるたびにガランガランと音がしていたが、まさかこの鎧だったのか。

 しかし妙だ。装備品であればカード化してしまえばいい話だ。何故このままで輸送する必要があるんだ?

 俺が訝しんでいると、車が一際大きく跳ね、甲冑がガシャンと音を立てる。そして不自然な動き方で俺の方を向き、目の部分に紅色の輝きが宿った。



「……! こいつは……!」


「そっス、魔物っス。リビングアーマーは岡山に行かないと出ないっスから初見ですかね? ちっひーは全国的に見ても珍しいモンスターテイマーのジョブ持ちっス」


「モンスターテイマー……初めて聞いたな」



 俺がリビングアーマーに少しビビっていると、運転席の月島さんが笑う。



「あははー、そうですよねー。なんか広島だと三人しか居ないみたいで……そいつのせいでこんなバカでかい車乗るしかないんですよねー、公共交通機関とかで連れ歩けないんでー」


「確かにこんなのが闊歩してたらビビるな……ジョブは本人の資質が強く出るって話だが、月島さんの仕事は……?」


「ボクはもともとコンビニバイトでしたよー。こんなジョブになったのは多分普段の生活のせいかな? ペット沢山飼ってたんで。ハムスターにカメに金魚に犬、猫、インコ、ウサギにヘビ……あとは……」



 ちょっと待て、何だその一人動物園状態は。死後にペットが吉報を告げる守護天使として降臨するどこぞのアニメみたいな飼育歴じゃないか。主人公がムツゴロウみたいな名前の奴。

 しかしそうなると合点が行く。モンスターテイマーとしての素養を満たすのに沢山の動物を飼育している経歴が必要なのであれば、レアジョブ化するのは自明の理だ。



「ね? テイミングを買うよりは安上がりっスよね?」



 ドヤ顔で自慢する月ヶ瀬だが、凄いのは月島さんであって月ヶ瀬ではない。だがこの人を引っ張って来れた人脈は素直に褒めとこう。



「ああ、これなら検証出来そうだ。よく連れて来てくれたな」


「えへへー! そんな大したことでもねっスよー! あ、もう一つ伝えておくべき大事な事があります!」


「何だ、大事な事って」


「ちっひーは男の娘っスから狙っちゃダメっスよ」



 ああ、月島さん……月島君? から感じる違和感の正体はそこか。小柄で女顔で声も高めなのに骨格がやけにしっかりしてる気がしてたんだ。と言うか、いきなり何を言い出すんだこいつは?



「お前なあ……俺を一体何だと思ってんだ? 初対面の相手にいきなり好意を持つように見えるのか? それに俺はノーマルだ」


「あ、ちなみにボク性自認は男性の 自己女性化性愛症(オートガイネフィリア)ですけど、セクシャリティ的にはゲイ寄りのバイなんで全然イケますよー。高坂さん結構ボクの趣味なんですけど帰りにどうです? 有り体に言うとやらないか?」


「アンタもアンタで何言ってんだ! 多様性を否定するつもりはないけど俺はイケないの! やりません! 俺はノーマルだ! 女が好きなの!」


「ちっひーダメだからね! 先輩取っちゃダメだからね! 先輩、ちっひーに何言わせてんスか! このケダモノ! あたしと言う者がありながら堂々と浮気っスか! しかもそれが衆道とかどうなってんスか!」


「だから俺はノーマルだっつってんだろ! お前が始めた物語だぞ月ヶ瀬! 収拾つけろ! お前が率先して暴走してどうすんだ! あとどの立場からモノ言ってんだダメ後輩!」



 暴投から始まる大乱闘の様相を呈するパニック状態の車内とは裏腹に、車は順調に丸山ダンジョンへと向かって行った。



 § § §



 ダンジョンの発生原因は分かっていないが、ダンジョンの発生条件は少しだけ判明している。それは「人口」だ。

 ダンジョンが討伐された時、その地点を起点としてあまり遠くない範囲の「大体五百ヘクタールにつき約千人以上が生活する地域」に新しく生まれるのではないかとされている。



 この仮説はカナダのケベック州・モントリオール周辺の僻地めいた町々で実験が行われた事から名前が取られ、「モントリオール仮説」と呼ばれている。

 しかしこの条件に当てはまらない発生パターンが存在し、何なら新しく生まれたダンジョンの難易度がランダムな事もあり、試行回数が稼げておらず信憑性は微妙な所だ。

 とは言え、現状では他に有力な仮説もないため、多くのダンジョン研究者はモントリオール仮説を元に研究をしている。



 この日本においてもモントリオール仮説は大いに活用された。

 市街地から遠く離れており、限界集落と言うには人の多すぎる不便な土地から住民を一掃するのに格好の名目となった。

 政府は激しい抵抗を受けながらもモントリオール仮説に則った一部の過疎地からの立ち退き要請を迷宮新法により制定した。

 折りしも東京でのダンジョン警備ボイコット事件の真っ最中。ド田舎まで手が回らないから死にたくなかったらとっとと出ていけとの趣旨を極限までマイルドに伝えた結果とも言えよう。



 そんな立ち退きの対象にならなかった黒瀬町は広島からやや離れた山の町、世界的に有名になった熊野の化粧筆でお馴染みの熊野町より東進した先にある。

 人呼んで何も無い町。熊野のように筆も無く、西条のように酒も無い。竹原や尾道、三原や呉のような知名度も無い。

 そんな消極的ベッドタウンにダンジョンが生えて来た当初、不謹慎ながらも町おこしになるんじゃないかと言われていた。事実、町はPRするつもりで動いていた。

 そのダンジョンが大した資源も生産せず、探索者がこぞって来るわけでもなく、低難易度であるが故に攻略までも禁止されるハズレダンジョンだと発覚した町の衆の落胆っぷりと言ったら目も当てられなかったらしい。

 初心者教導用を謳っているが、わざわざこんな僻地に来る探索者は居ない。大きめの町にある適当なダンジョンで十分事足りる。

 ダンジョン警備員も貴重な休日を何の足しにもならないダンジョンに遠征するほどの意識の高さは無い。みんな休みは寝ていたいものだ。

 斯くして、町の期待を背負うはずだったダンジョンは誰にも望まれる事なく、放置に近い状態で運営されるに至った訳だ。



 そんな訳で、結構な距離を走ってたどり着いた丸山ダンジョンは人気もまばらと言うよりもほぼ皆無。遠目からでもわかるくらい警備員が暇そうにゲート前で立哨警備をしていた。

 よっぽど余計な金を使いたくなかったのか、宅地造成の成れの果てを想起させる臨時駐車場然とした砂利引きの駐車場に入り、ダンジョンゲートに一番近い区画に停まった。

 草ボーボーの寂れた野っ原に手付かずのままの山の遠景と言う何とも言えない展望は、原風景と呼ぶには甚だ殺風景だ。

 駐車場のあちこちに見受けられる「ようこそ! ダンジョンの町・黒瀬町へ」と書かれている薄汚れた幟旗が物悲しい。



「これが尾道新開ダンジョンみたいにミスリルが取れるーとかだったら盛り上がったのかもしんないけどねー、出て来るのがスライムばっかじゃこんなモンだよねー」



 車から降りた月島君が大きく背伸びをしてあたりを見まわしながら独りごちた。

 しかしスライムが出るならカード化なんかも出るはずだ。往時より値は落ちたが、それでも良い値段だ。



「でもスライムが出るならカード化のスキルカードが出るんじゃないのか?」


「あー、ここのスライムはドロ率腐ってるんですよねー。ここでカード化狙うとしたら毎日通って五年で一枚出たらいいなーくらいじゃないですかねー? 普通に他のダンジョン潜った方がマシですよ」



 何とも世知辛い話だ。この人気の無さが既にこのダンジョンに対する評価を如実に物語っている。

 とは言え、あまり検証中の様子を知られたくない俺達にとって、この過疎っぷりは願ってもない事だ。広島市内のダンジョンではこうはいかない。

 実際の話、探索者が不足しているのはよろしくない。ダンジョン内の探索者が少な過ぎると、トラブルに見舞われた時に助けが来なかったりする。

 こんな有様が許されるのはスライムしか出ないこのダンジョンくらいだ。油断すべき魔物ではないが、危険性はゴブリンよりも格段に劣る。



「よし、それじゃあ準備出来たら行くっスよー! あ、先輩。車に置いてたら腐っちゃうんでお弁当カード化してもらって良いっスか?」



 月ヶ瀬が俺にバスケットをずいと差し出して来る。先輩を荷物持ち扱いしよってからに……まあカード化してやる訳だが。

 


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