第15話
すみません、寝ぼけて予約投稿間違えました……
とりあえずこの話はそのままにしておいて、
日曜の投稿は次の話で投稿を行います。
ご迷惑をおかけしました事をお詫び致します。
嶋原さんと一緒に六階層へ降りる階段まで来た。ここで我々の仕事は完了だ。ルート通りに来れている。
ここ、五階層までは子供用の迷路を大きくしたようなビビッドでカオスな色使いのダンジョンだったが、この下は様子が一変する。
青い空に白い雲が浮かび、背の高い生垣によって区切られた迷路となっており、所々に噴水があったりする公園のようになっている……らしい。
伝聞形になってしまうのは、見た事がないからだ。ダンジョン警備員はこの先に立ち入る事が厳禁となっている。
もし気になったとしても、ここで回れ右をして帰らなければならない。好奇心は猫をも殺す。過去には秘密裏に始末された者もいるとか何とか。くわばらくわばら。
「よっしゃ、一階帰るで」
「はい」
俺達は踵を返し、受付へと帰る。道中無駄話をする事もなく、足早に来た道を引き返す。
……道中、六階層に降りるつもりであろう探索者とすれ違うが、ここでの暗黙のルールとしてジロジロ見たり話しかけてはならない事になっている。
この田方ダンジョンはある種の問題を抱えており、特殊なルールで運用されている。
田方ダンジョンは女人禁制である。女性はファンシーな生物や少女型の魔物を殺すのに抵抗があるだろうからとかそんな生優しい理由ではない。
六階層にはヒロシマ・エルフやヒロシマ・ウィッチと言った魔物が出る。他のダンジョンでもエルフやウィッチは出るが、その本来の姿はバタ臭いと言うか、オープンワールドな洋ゲーから引っ張って来ましたと言わんばかりの陰険なエイリアンみたいな見た目だったり、童話や知育菓子のCMに出て来そうな醜悪な老婆だったりする。
では、ここにしか現れない美しい女性型の魔物相手に男性探索者は何を求めるか。答えは非常に簡単、性の捌け口だ。
エルフもウィッチも身体能力はさほど高くない。一般人からしたら隔絶した物があるが、レベル二十もあればその攻撃はほぼ通らない。
彼女達の主な攻撃方法は魔法だが、その発動方法は詠唱だ。近づいて口を塞ぎ、縛り上げれば無力化出来る。その後はセーフハウスと化した袋小路に連れ込んで「ゆうべはお楽しみでしたね」と言う訳だ。
ひとしきり楽しんだ後は倒せば後腐れなし、何ならお土産も残してくれる。スッキリ出来る上に金が貰えるのだからこれに勝る娯楽もない。
女人禁制なのは女性探索者が不必要な性被害に巻き込まれるのを防ぐ為、警備員が六階層に踏み込まないのは万が一にもお楽しみの所を邪魔しない為だ。
では一階層から五階層までもルート通りの巡回を厳守させられるのは何か。
それはこの浅い階層でもヤってる奴がいるので、鉢合わせないようにする為だ。当然、わんちゃんやくまさんの方ではない。
いわゆる「異常な性癖」を持て余す方々がいらっしゃるので、過度に魔物を掃除してしまうと使う物がないとクレームになるのだ。
乱暴な物言いをすると、このダンジョンは風俗施設なのだ。我々はラブホのスタッフと言った所か。
ダンジョンに捨てられたり放置された物は誰も触れずに一時間も置いておけば消滅するので、そこは気楽な所だ。汚いティッシュを片付ける業務とか死んでも嫌だ。
このダンジョンを好んで利用する探索者のニーズが時間のかかる「作業」であり、進んで魔物を倒してくれる訳ではないので、討伐が間に合っていない。故に警備員がこうして巡回して間引く必要があるのだ。
「しかし何と言うか……ダンジョン業界の闇って感じですよね」
「まぁ……こんなダンジョンじゃけぇ、しゃあないわ」
「嶋原さんは嫌になりません? こういうの」
「どうでもええ。やれぇ言われりゃやるし、やるな言われりゃやらん。バケモンが女じゃろうが子供じゃろうが殺せぇ言われりゃ殺す。その理由は知らん。全部そういう仕事じゃけぇとしか思わんよ」
やはり仕事人と言うか、人間性が欠如していると言うか……嶋原さんは弊社でも「職人」と揶揄される程に仕事意識が高い。俺も入社したての頃は結構怒られたモンだ。
勤務が終われば相勤者を晩飯に誘うくらいには社会性があり、家ではハムスターを飼ったりしている気のいいおっちゃんなのだが、この仕事中のみオンになる「嶋原スイッチ」のせいで新人が寄りつかない。
慣れるまで怖いもんな、分かる。
嶋原さんが話は終わりとばかりに黙ってしまったので、俺も口を閉じて上を目指す。行きで結構間引いたはずなのに、ヒロシマ・レッドキャップを中心に魔物が再出現している。
俺は嶋原さんのように割り切る事が出来ずにいた。
RPGのように同じ姿のモンスターがハンコを押したように出てくるならまだやりやすい。だが小癪な事に、こいつらは個体ごとに個性がある。
例えば……ほら、今俺が一撃目で切り裂いたヒロシマ・レッドキャップはロングヘアーに垂れ目がちなはにかみ屋さん。
盾で弾き飛ばした所をスタン・コンカッションで頭を潰したのはボブカットで元気少女といった感じのにっこにこちゃん。
嶋原さんが今潰したのはサイドテールの……もう顔が判別付かない。確かこう、「ざぁこ♡ ざぁこ♡」とでも鳴きそうな勝ち気な感じだった……と思う。マジで容赦が無いな。
そんな感じで、たった一往復でも個人個人のカードケースが七割ほど埋まる程度には討伐業務を遂行出来た。
受付奥に作られた休憩スペースに置かれたソファにどっかり腰を下ろして、不織布のおしぼりを開けて顔を拭く。オッサンくさいと言う勿れ、自分自身が一番オッサンくささを認識してるんだから黙ってて欲しい。
嶋原さんは近くの椅子に腰掛け、今回の巡回で拾ったカードのチェックをしている。
危険を冒しているにも関わらず、貰いが不相応に少ないダンジョン警備員の数少ない収入源がこのドロップ品だ。
魔石やスキルカードは売ってもいいし使ってもいい。武器の類は丙種探索者は使えるが、警備員は無断では使えないのでほぼ売却一択だ。
他にも鉱石や布地や皮革等の素材にポーションやその他薬品類、肉や野菜と言った食材の類がドロップするダンジョンもある。
だが、そういう利用価値があるダンジョンは丙種以上の探索者に人気があり、わざわざ警備員が巡回せずとも討伐が間に合っているので、俺達にお鉢が回ってくる事は無い。
五号警備が制定された当初は、ダンジョンは探索者協会の管理施設である事から、ドロップ品も当然探索者協会に所有権があるとして全て提出するように求めた。
しかしそれを横暴だとして関東を中心に活動していた警備業者十数社がダンジョン関連業務の受注を拒否、既に従事していた会社もサボタージュを断行すると、途端にダンジョン運営が回らなくなった。
一時期はダンジョン・フラッド一歩手前にまで発展した事から政府は事態を重く受け止め、対策に動いた。
トカゲのシッポ切りめいた探索者協会責任者の解任が行われ、ドロップ品の収集を丁種探索者の権利として収集物の個人的保持と売却を認める事とした。
お陰様でこうして、俺達も自分が拾ってきたカードを嬉しい気持ちで確認が出来るって訳だ。他人の物になるなら適当にダンボールにでも投げ込む所だ。
さて、俺も楽しい楽しいドロップ確認の時間だ。俺もカードケースをベルトの結着から解き、カードを取り出して手の中で確認する。
バット、魔石、魔石、ハチミツ、女の子、バット、爪、女の子、女の……待った! 何だこれ!?
バットと爪とハチミツは分かる。バットはヒロシマ・レッドキャップだ。爪はヒロシマ・コボルト、ハチミツはヒロシマ・ハニーベアーだろう。それは良いとしよう。女の子? 女の子ナンデ???
女の子は、カードの中で自由に動いている。昔見た魔法使いの子供が魔法学校に行く映画にこんなのがあったな、動くカード。
とりあえず、女の子カードだけ選り分ける。当然全部俺の手の中でだ。こんなのをテーブルにぶちまけて嶋原さんに見られたらどう言い訳したらいいか分からない。
女の子カードは九枚あった。皆一様に赤い野球帽を被り、広島市が本拠地である野球チームのレプリカユニフォームに似た上っぱりを羽織っている。
……もしかしてこれ、全員ヒロシマ・レッドキャップなのか?
芝生の上で寝ている子やカードの中で走り回っている子、顔ほどもあろうかと言う程の特大おにぎりに齧り付いている子もいる。皆、とてもよく寛いでいるのが分かる。
寛げる程の好適な環境。カード。戦っていたのはヒロシマ・レッドキャップ。俺の中で全てが線で繋がった。
(もしかして倒した瞬間にドロップ品に対するカード化が発動して、処理のタイミングの関係上テイミングも同時に発動したとかそう言う奴か……?)
死んでからテイムと言う順番に疑問を抱かなくもないが、ダンジョン……ひいてはスキルはいまだに未知の部分が多い。そういうモンだと言われたら何も言えない。
検証が必要な案件ではあるが……これも例に漏れずバレたらヤバい奴だろう。月ヶ瀬くらいにしか話せそうになさそうだ。
何せあいつは俺がテイミングのスキルカードを持っているのを知っている。あの時カードを回収したのはあいつだからな。
それはそうとして、何故ヒロシマ・レッドキャップばかりなのかと言うと、多分俺と魔物のレベル差のせいだ。
ヒロシマ・レッドキャップはゴブリンより上位の種ではあるが、俺のレベルより少し低い程度だ。
比べて、ヒロシマ・コボルトは俺と同レベル帯だ。ヒロシマ・ハニーベアーはやや格上であり、テイミングは失敗しやすい状況だろう。
事実、ヒロシマ・ハニーベアーのカードは無かった。しかし一枚だけ、ヒロシマ・コボルトのカードがあった。
俺が今日一番やりにくかった奴だ。実家で飼っていた柴犬のタゴサクによく似ていたせいで、反応が鈍ってしまったのを嶋原さんに説教されたからよく覚えている。そうか、お前、俺のとこに来たのか。
ヒロシマ・コボルトはカードの中で骨をくわえたまま寝ていた。その姿が本当に生前のタゴサクそっくりで、涙が出そうになる。激務のせいで死に目に会えなかったから殊更メンタルに来る。
が、感傷に浸っている場合ではない。このままのべつまくなしにテイミングを施行されてしまっては収拾が付かなくなる。売るに売れないし、処分に困る。
俺はステータスを呼び出し、テイミングを自動的に施行しないように念じた。すると表記の横に(一時停止中)との追記が現れた。これで一安心だ。
俺はテイミングの産物であるカード……便宜上「モンスターカード」と呼ぶ事にするが、これらを資格証や免許を入れるカードケースに保管した。
他のドロップ品と混ざると見つかった時に困るので、不測の事態に備えて分けておくべきだと判断したからだ。
そして改めて、ドロップ品の確認に戻る。そのほとんどがバットと爪とハチミツと魔石だったが、モンスターカードの衝撃がヤバ過ぎてどうでも良くなる。
バットはゴブリンの棍棒の上位互換で、大量に出る上使い道が無いので十円にもならない。しかし質は悪くないので野球するのに丁度いい。
コボルトの爪は粉末レベルまで砕いて研磨剤として利用されるが、それでも百円に満たない。浅い階層のドロップなんてこんなモンだ。
ちなみに魔石は探索者協会が規定の価格で買い取るが、ハチミツは流通ルートが無い為、売る事が出来ない。
医薬品を厚生労働省が堰き止めたように、食品関係は既存の農畜産業を保護する目的で農林水産省が止めたからだ。
個人的な使用や売買は暗黙の了解として見逃されている為、探索者が自分で食べたり友人に振る舞ったりする事が多い。当然、食品衛生責任者を置く必要のある飲食店では使えない。
そもそも、わざわざドロップ品の食材を買ってくれる店は無いだろう。ドロップ品の食材をふんだんに使用している事を謳っていた飲食店が何故か開店からまもなく保健所に摘発され、寄生虫や細菌が見つかったと報道されたからだ。
後にアメリカのFDAが「ドロップ品の食材からは寄生虫や細菌、ウィルスが検出されず、むしろ既存の食品より安全である」との調査報告書をリリースしたが、日本では全く報道されなかった。「報道しない自由」と言う奴だ。
そんな訳で、法的にも心情的にもドロップ品で飯屋をやろうと言う店は日本においてはもう出てこないだろう。勿体無い話だ、めっちゃ旨いのに。
さて、カード整理も済んだ。今日はもう俺と嶋原さんは巡回をする必要が無い。受付業務とダンジョンゲートの見張りだけしていれば良い。
何事も無ければ、都合三時間ものんびりしていれば下番の十七時を迎えられる。帰りに広島市役所の隣にある探索者協会支所でドロップ品を売って、月ヶ瀬に食い出のありそうな食料品と一緒にハチミツを差し入れしてやるとしよう。
手ぶらで相談する訳にはいかないからな。頭を抱える月ヶ瀬の姿が脳裏に浮かぶようだ。……いや、本当に申し訳ない。