閑話21 アンチ・ヒーロー
【Side:嶋原 隆】
ワシには、兄貴がおった。優しくて頭がいい自慢の兄貴じゃった。
兄貴がおらんようになったのは、ワシが小学生の頃。六月の大雨の日じゃった。
太田川放水路で子供が溺れながら流れて来る所を、塾帰りのワシと兄貴が見つけた。
周囲には誰もおらん。雨足も強く、叫んだら誰かが来るような状況でもなかった。
ワシが止めるのも聞かずに、兄貴は直接助ける為に川に入ってしもうた。
ワシは兄貴と子供を助けてくれる人を探す為に、近所の民家に駆け込んだ。
ワシが大人を連れて戻ってきた時には、兄貴は子供を抱えて必死に岸に戻ろうと足掻いとった。
泳ぎが得意な兄貴でも、大荒れの川を泳ぐのは至難の業じゃ。救助者に死に物狂いでしがみつかれると、まともに泳げん。
上流から勢いよく流れてきた木の枝にぶちあたったり複雑な流れに翻弄されたりして、兄貴の体力はみるみる間に削られ、後少しって所で力尽きてしもうた。
子供はどうにか大人が保護したが……兄貴はそのまま流されてしもうた。
ワシは頭が真っ白になってしもうて……気がついたら家に居て、号泣するお袋に抱きしめられとった。
翌日、兄貴は草津港の沖の方で見つかった。
警察署の遺体安置所に寝かせられた、傷だらけで冷たくなっとる兄貴を見て、ワシは涙も流せんかった。
あの時助けを呼びに行かず、兄貴を留めとったら……もしかしたら、兄貴は死なんかったかも知れん。
もしそうなら……ワシが泣くのは、違うと思った。
テレビの人や偉い人や助かった子供の親がやってきては、兄貴はヒーローじゃったと褒めていく。人の気も知らんで。
親父からは顔の形が変わるほど殴られたが、ワシはずっとこう言い続けた。
兄貴はヒーローなんかにならなければ良かった。
見ず知らずのガキなんて死んでも良かったから、兄貴には生きて欲しかったと。
ワシは、警察官になりたかった。
誰かが犠牲になる事で新たなヒーローを作り出す前に、ワシが事を収める。そんな人間になりたかった。
じゃが、ワシは頭が悪かった。兄貴くらい地頭が良けりゃ良かったが、あいにく全く似んかった。
兄貴がいない世界でぼんやり生きて、ぼんやり警備員になって……客相手に喧嘩を売ってクビになったワシを拾うてくれたのが、春川さんじゃった。
……それで、栄光警備で長い事勤めたワシは、一人の新人の現地研修を受け持った。それが高坂じゃった。
それからどうにも高坂の事が気になって、度々仕事に口出しをしたり面倒を見たりしとったのは、もしかしたらその面影に兄貴を見たからかも知れん。
自分の命も悲しむ人の存在も顧みず、誰かの為に渦巻く危険へその身をポーンと放り投げる……そんな腹の立つ、ヒーローみたいな兄貴の面影を。
§ § §
四名でダンジョンに潜る事が決まってから、準備でてんてこ舞いじゃった。
具体的には装備類・携行品の確認や探索者協会への報告、後は霧ヶ峰CEOからNDA……秘密保持契約の書類へのサインを求められたり。
ちなみに、秘密保持契約の書類は探索者協会と霧ヶ峰ホールディングスの二枚分書かされた。
このダンジョンに一体何があるのか分からんが、そこまでして守りたい秘密があるんじゃろうか?
原爆ドームダンジョン第一階層は惨憺たる有様じゃった。
ここでダンジョン関連の企業がブースをこしらえて出し物をしとるのは聞いとった。
大体のブースは撤収が間に合っとるが、取り残されたいくつかのテントや展示物が派手に破壊されとる。
奥の方に並んでいたであろうキャンプサイトもグッチャグチャで見る影もない。
近接系の探索者数人が大きなトカゲ相手に立ち向かっとるが、それでも手が足りんようで難儀しとる。
「なんじゃこりゃ」
ワシは思わず呟いた。どうしてこがぁな事に?
聞いとった話じゃと、ここは安全地帯のはず……どうして魔物が出張っとる?
「今、このダンジョンの魔素の滞留は異常な状態になっています。本来魔物の出ない前室ですら、こんな状態ですからね。私達は出展していないので身一つで逃げられましたが、退避が間に合わなかったブースは……」
霧ヶ峰CEOが悲痛な表情で目を向けた先には、壊れた炉や騒動に巻き込まれて転がった金床、ベキベキに折られた装備品を飾るスタンドが散乱しているブースがあった。
ワシにも見覚えのあるロゴマーク……東洋鉱業に割り当てられたブースじゃった。
「……これ、誰か怪我したり死んじゃったり……してないよね?」
高坂の妹ちゃんが残骸から目を離せないまま、真っ青な顔で呟いた。
こんな事でもなければダンジョンに入る事もなさそうな線の細そうなお嬢さんじゃけぇ、この光景はさぞや堪える事じゃろう。
「いや、重軽傷含めて二十人くらいだけど、死傷者はいないみたいだよ。怪我人は近場の病院に担ぎ込まれてるから心配要らないよ。だいじょぶだいじょぶー」
神秘的な雰囲気の姉ちゃん……闇ヶ淵さんとか言うとったか? が、妹ちゃんの背中をさすりながら、感高くて軽い口調で落ち着かせている。
……何じゃろうか、このギャップの酷い姉ちゃんは。神官とか巫女さんみたいな雰囲気しといて、口を開くと雰囲気がぶっ壊れるようなアニメ声で喋りよる。
「……それは『視た』んですかな? それともスキルで?」
「うん、力の方で三十分後のニュースを覗き見してきたよ。原爆ドームダンジョンの内側に関しては……私達が干渉しちゃったから未来の予測値が読めなくなっちゃってて、ちょっと難しいかなぁ」
「なるほど……共有すべき事項はありますかな? 吐いとくなら今のうちにですぞ」
「いくつかあるけど、まあ追々話していくよ。多分私も下に行ったら『視』られなくなっちゃうだろうから、スキルは温存したいんだよね」
霧ヶ峰CEOと闇ヶ淵さんが何やら話しとるが、気安く話せる間柄なんじゃろうか?
霧ヶ峰CEOも妙に砕けた話し方をしとるし、そっちが地なんじゃろうか?
この三人は前々から付き合いがあるようで、どうにもアウェー感がある。
男がワシだけと言う点もあるかも知れんが。
「じゃ、りりぴょん。妖精さんの力を借りたいから頼んでもらっていーい? 私達をものっそい早く動けるようにしてくださいーって」
「はーい、ちょっと待ってねぇ……よーせーさんよーせーさん、私達をめっちゃ早く動けるようにしてください……なむなむなむ……」
ついには妹ちゃんが妖精さんとやらに拝み始めた。このパーティ大丈夫か?
タチの悪いドッキリとかじゃなかろうか? 妖精さんとか何を言っとる……?
モンスターテイマーならカードから出すはずじゃし、シャーマンとか言うジョブじゃったら妖精じゃのうて精霊じゃし……どうなっとる?
しかし、その眉唾物としか思えない妖精さんとやらは目に見える形で影響を及ぼした。
今まさに激しいバトルを繰り広げとる最中のデカいトカゲと探索者達の動きが急速に遅くなり、終いには完全に停止した。
飛びかかっとったソードマンなんて、空中で剣を振り下ろすポーズのまま止まっとる。
いかがわしいビデオの時間停止モノだとかだるまさんが転んだとかそんなチャチなモンじゃ断じてない、ガチの時間停止じゃ。
……マジで何なんじゃコレ、どうなっとんな?
闇ヶ淵さんの話から考えると、ワシらの時間をバチクソ早回しにした結果、相対的に時間が止まったように見えとるって事なんじゃろうか。
なるほど、日曜朝の特撮で見たわ。アクセルナントカやらトライアルナンチャラとかクロックナニガシ的な超高速機動な。分かる。
……じゃけど、そがぁな芸当をこなせるジョブなんかあったか? 聞いたことが無いぞ。
魔法やスキルなんて領域を飛び越して、もはや奇跡じゃろ、コレ。
ワシみたいな何の変哲もない警備員が触れていい話では……ないよな?
「うんうん、ちゃんと使えるみたいだね。りりぴょんえらーい! すばらし〜」
「えへへぇ、偉いのは妖精さんだから私はそんなでもないよー」
闇ヶ淵さんが妹ちゃんを後ろから抱きしめながら頭を撫で、妹ちゃんは照れながら喜んどる。
気軽なやり取りをしとるが、やらかした行為との釣り合いが取れとらん。
時間停止なんてチートを実現しておいて、この程度日常茶飯事ですみたいなツラしとるのはどういう事じゃろうか?
もしかして、ワシは深入りしたらいけん集まりに入り込んでしまったんじゃなかろうか……?
嫌な予感のせいで額に滲んできた脂汗を拭っていると、霧ヶ峰CEOがこれまでとは違うピリピリとした雰囲気を漂わせながらワシの前に歩み寄った。
「嶋原さん。我々は一般的な探索者とは一線を画する特殊能力を有しております」
「我々……? まさか、他にもヤバい奴がおるんですか? そんで、特殊能力ってのは……さっきの?」
「はい。今は詳細を差し控えますが、先程ご覧になった梨々香嬢の『妖精さん』もその一つです。実際の能力もそうですが、その情報も取り扱いを誤ると非常に危険なのはお分かりですね?」
「そりゃあもちろん、こがぁなモンがバレでもしたら嬢ちゃん本人も当然ながら、何なら兄貴の方もどエラい事になるでしょう」
「そうです。ですので、ダンジョンに入る前にNDAを締結しました。このパーティで見聞きした情報を、軽率に他人に漏洩しないようお願いします」
「了解しました。……まぁ、言うた所で誰も信じんでしょうけども」
「確かに、突拍子もありませんからね。ただ、高坂さんに不利益が生じる事を何よりも嫌う人が一枚噛んでいますので、情報漏洩が発生すると……」
「……ワシの身が危ないと?」
「嶋原さんもそうなんですが……トトちゃんファミリーも三枚におろされてチタタプされるでしょう」
待った、何でワシのかわいいハムスターのトトちゃんの事を知っとる!? SNSを浚ったんか!?
ついこの間産まれたばかりのチビちゃん達も一緒にしごうするなんて鬼や悪魔の類か!? 人の心はないんか!?
体温が一気に10℃は下がった気がする。ワシは出来るだけ表情を引き締めて挙手の敬礼と共に宣言する。
「……墓場まで持って行きます。妖精さんのよの字も漏らしません」
「そうして頂けると助かります。……まぁ、悪い話ばかりではないですよ。今回のアタックが終わったら、嶋原さんを霧ヶ峰ホールディングスの直雇用としてチームに編入する事になりますし、高坂さんや月ヶ瀬さんに近い待遇をご用意する予定です。チームで探索者をやりながら警備員を続けて頂く形ですね」
「いや……どちらにしても、ドラゴンをぶちのめすくらい強い高坂や月ヶ瀬が帰って来れんような難所から生還出来たら、でしょう?」
ワシが指摘すると霧ヶ峰CEOはキョトンとした顔をして、すぐに笑顔を浮かべた。
「ええ、嶋原さんの言う通りです。取らぬ狸の皮算用でしたね。まずは高坂さん達を救出する事に注力しましょう」
「了解です。とりあえず、あのトカゲから片付けたらええですか?」
「そうですね。でも、その前に……梨々香嬢ー! 入る前に渡したスティレットを出しといてもらえますかなー!? 梨々香嬢のレベルアップも一緒にやってしまいますぞー! ついでにバフ炊いちゃいますからみんな集合ー!」
ワシは思わずズッコケそうになった。アンタもギャップ激しすぎるじゃろうが!
今日日読み物の中にしかおらんようなオタクの喋り方する奴がどこにおるんじゃ、さっきまでのクールなお姉ちゃんはどこ行った!
テンションの差で風邪を引きそうなワシをよそに、霧ヶ峰CEOは攻撃力が上昇するバフを全員にかけた後、妹ちゃんに戦い方を教え始めた。
霧ヶ峰CEOが伝授しとるのは典型的なパワーレベリング方法、妹ちゃんが攻撃した魔物をワシが片付ける方式じゃ。
本来なら、レベルの低い妹ちゃんではトカゲに傷を付けられん。じゃが、今ワシらは超高速で動いとる。
普通の生物にも弱点があるように、魔物にも弱点はある。目、鼻、口、心臓、場合によっては生殖器なんかは弱点としてメジャーな部位と言える。
そう言った部位を攻撃することでダメージを稼ぎ、討伐時の魔素をええ具合に分配する。
ただし、パワーレベリング自体は結構面倒な上、成功率はあまり高くなく、あまり褒められた行為でもない。
敵の動きを完全に封じられる状況で、且つ急ぐ必要があるからこそ採用される手法じゃ。
で、このデカいトカゲ……グレーターサラマンダーとか言う体操な名前がついとるが、こいつの弱点になりそうな部位は、目じゃ。
つまり、妹ちゃんはこれから何体ものトカゲの目を串刺しにせんといかん。
動かなければ愛嬌が無くもないトカゲを前にして、スティレットを握りしめた妹ちゃんがオロオロしとる。
そりゃあそうか、探索者になったとは言え普通の女の子がいきなり生き物を殺せと言われても戸惑いはするか。
ワシらみたいにすぐに割り切れる方がおかしいと言やぁおかしいのかも知れん。
「うえー……ねね、綾乃さん、これやんなきゃダメ?」
「ダメだよ、高坂さんを助ける上で必要になるりりぴょんの力は妖精さんだけじゃないからねー。プリンセスのスキルでいくつか必要なものがあるんよ。頑張って目玉をぐりぐりしようねー」
闇ヶ淵さんが妹ちゃんを嗜めるが……プリンセス? これも聞いたことがないが、妹ちゃんのジョブじゃろうか?
霧ヶ峰CEOに視線を向けると、無言で頷いた。これも秘密保持契約の範囲内っちゅーことか。表沙汰に出来ない話を量産せんで欲しい。
「ううう……トカゲさんごめんね……えいっ」
妹ちゃんがぎゅっと目をつぶって、スティレットに体重をかけながらトカゲの目に思い切り体当たりした。
ゆっくりズブズブとスティレットが埋まっていき、ガードのあたりまで突き刺さった所で今度は引き抜かれた。思いの外、体液を吹き出したりはしなかった。超高速状態だからじゃろうか?
「はい、おっけー! じゃ、嶋原さん討伐よろー!」
闇ヶ淵さんから声をかけられて少し呆気に取られてしもうたが、気を引き締めて拳を握りしめて、トカゲに肉薄して渾身のストレートを一撃ぶち込んでやった。
これまで仕事で討伐巡回をしとった時はバフをかけるジョブと一緒に回る事はなかった。
じゃが、今回はバッファーのジョブ、ジェネラルの霧ヶ峰CEOがおる。タクティクス:オフェンスとか言うバフのおかげで、ワシの体は仄かに赤く光っとる。
この一撃が初めてのバフ込みの攻撃じゃが……これは凄い、手応えがまるで違う。
インパクト時に拳から感じる衝撃が段違いじゃ。これが普通の状況じゃったらトカゲもノックバックで少し浮くんじゃなかろうか?
とは言え、感心しとる場合ではない。
続けざまに連撃を叩き込みつつ、威力を底上げするスキル【マキシマイズ・ストライク】や、連撃の速度を上げる【チェイン・コンボ】を使いながらトカゲをタコ殴りにする。
体感八割増しの戦闘力がトカゲの生命力を奪い切り、トカゲがゆっくりと金色の粒子になる。
……魔物が死ぬ時のこの現象を、超高速の状態で見る事になるとは思っても見なかった。案外綺麗でビビる。
粒子がふわっと空気に溶けるように消滅する瞬間、ワシと妹ちゃんの方に飛んで来た。
この様子を見るに、これがレベルアップに必要な経験値的な要素、魔素なんじゃろう。
「よし、おっけー! ダメージ要員が一人だけってのがちょっと心配だったけど、全然大丈夫そうだね!」
闇ヶ淵さんがニッコニコで妹ちゃんをなでくり回した。妹ちゃんは複雑な心境なんじゃろう、戸惑っとる表情でされるがままになっとる。
「それでは、ここから先は探索者の障害になりそうな魔物に限って討伐し、下を目指して行きましょうか」
霧ヶ峰CEOの指示を聞いて、皆が頷く。ワシも同様に頷きを返して同意を示した。
§ § §
ワシらは道中のトカゲと適度に狩りつつ、下の階層を目指した。
最初は心底嫌そうじゃった妹ちゃんも流石に慣れてきたのか、五体目くらいからげんなりしてはいるものの戸惑わなくなった。
第五階層にはラーヴァ・ゴーレムがおるはずじゃが、恐らく高坂達が倒した後再出現しとらんのじゃろう。
現状の戦力じゃと攻撃手段が無いんで、戦わずに済むのはラッキーじゃった。
火山エリアを抜けると博物館のようなエリアに差し掛かった。
ここは事前情報じゃと巡回する魔物のみならず展示物に擬態して待ち伏せする魔物もおるはずじゃった。
じゃが、高速で通り抜けるワシらに待ち伏せもクソも無い。
巡回しとる魔物に妹ちゃんが一撃を入れた後、ワシが仕留めるパワーレベリングを続けていく。
このエリアは構造が不定期で変わるらしく、既存のマップが役に立たんようで無駄に時間がかかってしもうた。
探索者の邪魔になりそうな魔物を間引きつつ第十階層まで到達した所で、霧ヶ峰CEOが皆に停止を指示した。
「皆さん、ここまでお疲れ様でしたな。こっから先は探索者はおりませんから魔物は相手にせず一気に駆け下りますぞー」
「……あのど真ん中におるデカい骨は相手にせんのですか?」
ワシが質問すると、霧ヶ峰CEOは大きく頷いた。
「勿論です。ボス部屋はボスが存在する時に探索者が侵入すると下に向かうドアが閉まる仕組みです。とは言え、コンマ何秒で閉まる訳ではありませんから、今の私達なら歩いて通り抜ければ済む話です」
「はえー……異能封じなんて仕掛けられるのもやむなしって感じだねぇ。だってりりぴょんがいるだけでダンジョンほとんどフリーパスって訳でしょ?」
「恐らく、異能封じは高坂氏と月ヶ瀬氏の対策だと思うんですよなー。闇ヶ淵氏も言うように、梨々香嬢の能力はダンジョンにとっては特上の厄ネタでござろう? 攻略が遅れるもっとヤバいナーフをぶっ込んでくる可能性もあると睨んでおりますぞ。ですから今回のアタックで一気に救出を終わらせたい訳ですな」
霧ヶ峰CEOと闇ヶ淵さんが訳知り顔で話し合っとるが……ちょっと待ってくれ、高坂と月ヶ瀬もそっち側なんか!?
マジで引き返せないレベルで周囲がおかしな集団に巻き込まれとる訳じゃけど、これワシ帰った後どうなってしまうんじゃろうか? ちゃんと日常生活に戻れるんじゃろうか?
「そんな訳で、一気に駆け抜けますぞ! はい、ダッシュ!」
霧ヶ峰CEOが先陣を切って第十階層に降り、巨大なドラゴンの骨と思しき展示物の横を通り抜けた。
闇ヶ淵さんがすぐにその後を追い、妹ちゃんも少し戸惑いながらもぎこちなく走る。
ワシもこがぁな所で置いていかれたら困るので、全力で駆け抜けた。
太っとっても疲れ知らずで走れるのは探索者になって良かった事の一つじゃと、ワシは実感させられた。
§ § §
第十階層を通り抜け、第十一階層に降りるとそこは瓦礫の山じゃった。
広島市民は嫌になる程見せられる原爆投下後の広島の街を想起させるが、壊れた看板に書かれた日本語とは思えない文字や無惨にひん曲がっとる見たことのない標識が嫌な想像を否定する。
……原爆ドームのダンジョンで、こがぁなエリアが広がっとるとバレたら、ピースレイドの開催はもっと早まっていたかも知れんな。
ワシらが下に向かうにつれて、魔物が少しずつ動き出しているような気がしていた。
闇ヶ淵さんが言う事には、ダンジョンの妹ちゃんの妖精さんとやらの力が薄まって、ワシらの超高速モードが緩やかに消えかけているらしい。
焦る必要はないが、それでも時間があまり残されていない事には変わりない。
壊れた町を駆け抜け、魔物の巡回を突破し、第二十四階層へと辿り着いた。
最奥にはキャンプにうってつけの空き地があった。テント類は無いものの、焚き火をした形跡が残っとる。
高坂達が最後に泊まったのはここじゃろう。アイツらは今、この次の階層におるはずじゃ。
「……この下にいるんだよね、お兄ちゃん」
妹ちゃんがスティレットを握りしめながら、下に降りる階段を見つめとる。
自分の兄の危機と聞いて、冷静で居られる訳が無い。少し気負いを感じるが、妹ちゃんに出来る事は正直言うてあんまり無い。
ここまでの討伐で妹ちゃんのレベルもある程度上がったとは言え、普段から戦って来た高坂や月ヶ瀬がピンチに陥る程度の敵に敵うとは到底思えない。
霧ヶ峰CEOと闇ヶ淵さんはジョブが特殊じゃけぇ、直接的なダメージソースにはなり得ない。
……どちらにしても、これまで通りワシが戦わんといけんのは変わらん。
「うんうん、この下にいるはずだよ。でもりりぴょんのレベルが上がってるはずだから、必要なスキルが生えてると思うよ。ちょっと見てもらっていい?」
闇ヶ淵さんに言われて妹ちゃんがステータスを確認して、視線を中空に彷徨わせながら呟くように内容を伝える。
「んーとね、カリスマってパッシブスキルが強くなってる……のかな? 使ったスキルが近くにいる仲間にも効果が出るっぽいよー。あと敵の弱点が見えるようになるスキルもあるねー」
「ビンゴ! それ! 今のうちに使っといて! 大事な奴だから!」
闇ヶ淵さんが妹ちゃんの肩をバシバシ叩いて大喜びしている。
妹ちゃんは言われるがままにスキルを使ったようじゃが、特に何か変わったような感じはしない。まあ、この辺には魔物がおらんからしょうがない。
「それでは、準備はよろしいですかな? 恐らく第二十五階層に降りる途中で時間加速の効果は消えるでしょうから、嶋原さんは状況に応じて臨機応変な立ち回りをお願いします」
「了解です、それでは行きましょう」
ワシが先行して階段を降りると、そこは地獄絵図じゃった。
バチクソデカい火の鳥が一匹、威容を誇るように大きく反り返り、その周囲には探索者が何人も倒れとる。
その中には見知った顔……月ヶ瀬と高坂もおった。
高坂は剣を杖代わりにして辛うじて立っとるが、まともに戦えそうには見えない。
月ヶ瀬もボロボロで、所々火傷の後が見える。その側に居るのはアイドルの幸村灯里じゃろうか? こちらもやはり満身創痍じゃ。
そして……今にも大きな火の鳥についばまれようとしている女を見て、ワシは背筋が寒くなるのと同時に、頭の芯が爆発したような感覚に襲われた。
別に女がべっぴんさんだからって訳じゃない。その女はよく知っている空気を纏っていた。
誰かの為に命を投げ出した兄貴のような。ヒーローの匂いのする空気を。
「……ここ数日、とても楽しかったです。まるで普通の姉妹のようでした。これまで私は不甲斐ない姉でした。美沙さん、ごめんなさいね」
「やめて……やめて下さいよ! まるでもう会えなくなるような事言わないで下さいよ!」
「美沙さん、高坂さんと仲良くするのですよ。出来ればお二人が祝言を上げるのを見たかった所ですが……こんな姉ですから、仕方がありません」
女と月ヶ瀬が話す内容を聞いて、ワシは確信した。こいつは兄貴と同じ人種……ヒーローじゃ。
ワシの中でスイッチが入ったような音がして、胸に留めておけんモヤモヤした物が口を突いて出た。
「ォォォォオオオオオオ!」
ワシは思い切り地面を踏みしめて駆け出し、火の鳥へと肉薄する。
色と熱さと速さを取り戻した景色の中で、ワシはありったけの力を込めて火の鳥の中に見える「とりわけ濃い炎の部分」を殴りつけた。
火の鳥は天井を向いて火を吹いた。火炎袋でもぶっ叩いてしもうたんじゃろうか?
じゃがそんな事はどうでもええ。ワシは腹の底が煮えくり返るような怒りで全身が焼けてしまいそうじゃった。
それは他でもない、自分を犠牲にしようとしたこの女への怒りじゃった。
「……おどれらは、いつもそうじゃ」
「嶋原さん……?」
高坂がワシの方を見て、心底驚いた顔をした。
「おどれらは簡単に命を捨てよる! 残された奴がどんな思いで生きていかにゃならんかも知らん振りをして! おどれらにどれだけ生きていて欲しかったかなんて知りもせんで! そがぁに簡単に命を投げ捨てんなや! 生きろやァ!」
誰に言うでもなく、ワシは怒鳴り散らした。
……これは、本当じゃったら兄貴に聞いて欲しかった言葉じゃろう。
こんなオッサンになっても、ワシはずっと兄貴の事を引きずって来とった。情けない話じゃ。
「もう誰も犠牲になんてさせるか! この場に居る誰も! ヒーローなんかにさせたらんけぇのォ!」
腹の底から叫び声を上げると、頭の奥から脊髄を揺らすような声が響いた。
《英雄の素質を持つ怒れる闘士よ》
ワシはその声を無視した。それどころじゃないのは見たら分かるじゃろうが!
デカい火の鳥の脅威が依然と存在する以上、誰かが死ぬ可能性がある。
高坂も戦えん、負傷者が山ほどおる、こんな状態で妙な声に答えてやれるほど悠長ではいられん。
《迷宮の理によりて、汝に新たなる力の器を授けん。汝のジョブを【ヒーロー】と……》
「ワシの話を聞いとったんかァ! 誰もヒーローにさせんっちゅーたろうがァ!」
脳内の声にイラつきが止まらず、つい叫んでしもうた。今はヒーローのヒの字も聞きとうない。
八つ当たりとばかりに火の鳥の色が濃い部分を殴り飛ばしとると、火の鳥の行動パターンが変わった。
ワシをターゲットに定め、明らかに殺す為の動きをし始めた。何なら体色も赤から青白い色に変わり、目も金色に輝いとる。コイツ、一丁前に怒ったんか?
《……素質を持つ闘士よ。汝の想いを受け入れた。迷宮の理により、汝のジョブを【アンチ・ヒーロー】と改める物とする》
声が言い終わると、ワシの心臓が大きく跳ねた。まるで細胞の一つ一つが生まれ変わるような感覚が全身を駆け巡る。
突き出した拳が鋭さを増し、振り抜いた蹴りが重く素早く火の鳥を圧倒する。
明らかに能力が一段階上がった。これがアンチ・ヒーローとやらの力なんか?
じゃが、それもまたどうでもええ。ジョブだの何だのも関係ない。
ワシがやりたい事……ワシの生き方が、ようやっと分かった気がするけぇ。
「……もう、誰もワシの前で死なせん」
光を纏った拳を火の鳥に突きつけて、ワシはそう宣言した。




