閑話20 闇ヶ淵綾乃、臨場の視
雪ヶ原のヘリコプターで観音まで戻って来て、そこから黒塗りの高級車でファーマメント南観音まで戻って来た。
階段を一段飛ばしで駆け上がって、六階のドア横のインターホンを押してみる。……在宅のはずだけど、なかなか出ない。
私の「視」で、りりぴょんがここに居るのは知っている。今の時間が大体ざっくり十時頃、とっくに起きてるはずだ。
「りりぴょん、いるー? 綾乃さんだよー、起きてるー?」
もう一度呼び鈴を鳴らしてみたが、やっぱり出ない。おっかしーなー? 起きてるはずなんだけどなー?
これはもう仕方がない。人道に悖る卑劣な行為でもってりりぴょんを呼ぶしかないけど超法規的措置ってことにしよう。
私はインターホンのボタンにそっと指を添えて……爆速で連打した。
こう見えても私、連打でスイカを割るどこぞの名人程ではないけど連打は得意なんだ。
クリッカー系のゲームっていいよね、友達いなくてもずっと連打してるだけでいいし。
連打してる間は世の中の嫌なあれこれを考えずに済む。あれは福祉に含まれると思う。
「りりぴょんりりぴょんりりぴょーん! 起きて起きて起きてー! ほらもうすっごい朝! マジでもうヤバいくらい朝でーす! なんならもう昼って言ってもいいんじゃないかなー!? いやもうマジでヤバいんで早く出て来てー!!」
ドアの向こうからくぐもったピンポンの音が途切れる事無く鳴り響く。今日も絶好調だ。
三十秒程ピンポン爆撃を続けていよいよ私の連打が本調子を取り戻し始めた頃に、部屋の中から近づいてくる足音がした。
私はドアの前から離れつつもピンポン連打を辞めない。多少体勢が変わったとて連打力は変わらない。
やがて勢いよくドアが開け放たれ、怒った顔のかわいいりりぴょんが姿を見せた。このドアを回避するために少し離れる必要があったんですね。
「やかましいー! 一体誰……って、綾乃さん?」
ピンポン爆撃の下手人が私だと分かったりりぴょんが戸惑いの表情を浮かべている。
「おはよー! そだよ、綾乃さんだよ!」
「おはようございます……というか、お久しぶりです……? もうおばあちゃんの看病は大丈夫なんですか?」
ああ、そうか。最後に会ったのはりりぴょんにステータスを取らせようって話をしてた頃だっけか。
高坂さんからメッセージが来てたけど、ばっちゃまの容態が入院してすぐに悪化したから返信出来なかったんだよね。
スマホ使用禁止だったし、それどころじゃないってのもあったけど……一言現状を伝えるくらいはしても良かったなぁ。
「うん、もう大丈夫。……で、りりぴょん。ちょっとマジで急を要する話なんだけど、高坂さんがちょっとヤバくてさ」
「……お兄ちゃんが? お兄ちゃん、今はヒロシマピースレイドとかってイベントで原爆ドームのダンジョンにいるんですけど……何かあったんですか?」
「その原爆ドームダンジョンにいる高坂さんがヤバいんよ。探索者じゃないりりぴょんを連れてくのは色々問題はあるけど、ちょっと緊急だから……」
「あ、そうだ! 綾乃さんが居ない間に私、探索者の試験に受かったんですよ!」
りりぴょんが胸を逸らして自慢する。え、そんなことになってんの? 私がいない間何があったの??
私の「視」は未来方面には滅法強いけど、過去の出来事を見る事は出来ない。
だから、私が島根にいた頃にこっちで何があったのかを知るには人から聞いたりしないと分からない。
でもまあ、広島に戻って初めて聞かされる現状がめでたい話なのはいいことだ。
「えー!? マジで!? よく頑張ったねぇ! えらいえらい!」
「えへへー! でしょー? 教科書の漢字読むのすっごい大変だったけど、お兄ちゃんが買ってくれたスマホのお陰でどうにか覚えられました!」
「そっかそっか、スマホ買ったんだ! そんで探索者って事はシーカーズも入れたんだよね? 後で友達登録しようねー!」
さらにふんぞり返って鼻を高くしているりりぴょんの頭を撫で回す。
……りりぴょんの方が私より遥かに年上なんだけど、まあ、うん。かわいいからいっか。
「そう言えば、お兄ちゃんが大変って話は……?」
「あ、そうそう。今高坂さんダンジョン最下層にいるんだけど、今のままだと負けちゃうんだよ。みさっちもあかりんも死んじゃうかも知れない。だからりりぴょんに助けて欲しいんだ」
「でも、お兄ちゃんから勝手にダンジョンに潜っちゃダメだって……」
「だーいじょびだいじょび! 私が引率するから! それに他にも手助けしてくれる人がいる未来が視えてるから!」
「未来が視えてる……?」
あ、いけね。まだりりぴょんには闇ヶ淵の異能の話はしてないんだった。もしかして原初の種子の話もまだだったりしてんのかな?
「もしかして綾乃さんも、妖精さんがいるんですか?」
「よーせーさん?」
「はい、トーカちゃん……ええと、お兄ちゃんの妖精さんからそう聞きました」
なるほどね、原初の種子の力を妖精の仕業って事にしたのか。
いきなり原初の種子がどうとか言われても困るもんね。さすトーさすトー、いい仕事です。
「まあ、うん、似たようなモノかなー。それで高坂さんが危ないって分かった訳だよ。だからりりぴょん、一緒に行こう!」
「わかりました……けど、それってすぐじゃないとダメですか?」
「え? いや、そりゃすぐに越した事はないけど……どうかした?」
私が尋ねると、りりぴょんが露骨に視線を逸らした。何だ何だ? 何か問題があったんかな?
「あの……綾乃さん、シャワー浴びた方がいいかなって……その、すごく失礼だとは思うんですけど、ちょっと……うん、ほんのちょっとなんだけど、匂うかなって……」
りりぴょんの指摘に頭が一気に冷えた。冷静になって考えれば、至極ごもっともな話だ。
数日間山を彷徨い歩いたおもらし女子の匂いがどうなってるかなんて想像に難くない。案外、人間は自分自身の匂いに無頓着だったりするもんだ。
匂いに意識を向けてひと嗅ぎふた嗅ぎする。……あー、これダメな奴だ。軽率に人前に出ていい訳がない。
「じ、十分後! 十分後に出るから用意しといてね!!」
私は恥ずかしくてまともにりりぴょんの顔を見られないので一言だけ予定を告げ、ポケットから部屋の鍵を取り出して、急いで階下の自室へと飛び込んで身だしなみを整えるのだった。
§ § §
ネットの動画で見た「髪を爆速で乾かす方法」が役に立つ日が来ようとは思わなかった。
タオルで髪を包んで、タオルにドライヤーを当てると凄いスピードで乾くんだそうな。
へー! すげー! いつかやろー! と思いはしても、何だかんだで試すのを忘れていた。
実際試すと本当にすぐ乾いてびっくりした。ありがとう、見知らぬ美容系チャンネルのお姉さん。名前覚えてないけど。
身だしなみをバッチリ……ではないか、八割くらい整えて装備品を着込んでからりりぴょんと合流し、マンション外に待たせてある雪ヶ原の高級車に乗り込んで原爆ドームに向かった。
道中、私がいなかった間の出来事をりりぴょんから確認した。
栄光警備の買収案件は私が帰郷する前に話があったから知ってるけど、それ以外については全く聞いてない。スマホも電源落ちちゃったからね。
……え!? りりぴょんのジョブがプリンセス!? 聞いたことないけど多分相当レアいジョブだよね?
いいなー! 私も胡散臭いフォーチュンテラーじゃなくてプリンセスが良かったよー!
えー!? サンブリンガーズ広島って何それ、いいないいなー!すごい面白そうなんだけど!? 私も混ぜてよ暇だからー!
七階を勉強部屋にして制服着て一桜ちゃん達と授業ー!? すっごくいいなー! 私も混ぜてよー! まだJKの服装イケるはずだし暇だからー!
「なんか知らんうちに色々すごい事になってる……うらやましい……」
「しょうがないですよ、ご家族の一大事だったんですから……あれ?」
車が平和大通りから北上する形で原爆ドーム近辺に差し掛かると、りりぴょんが外を気にし始めた。
私も車窓から外を眺めたが、なんだか少し様子がおかしい。
このあたりはダンジョンの発生以来一般人の往来が制限されている関係上、あまり人が通らないはずだ。
それなのに、今は規制の仮囲いの前に大勢の人がわらわらとたむろしている。
何ならゲートが設置されている規制の出入り口からも人がぞろぞろと出てきている。皆一様に不安そうな顔をしており、妙な雰囲気だ。
職業探索者とは思えない格好の人もいるけど、これはヒロシマピースレイドとか言うイベントの出展者だろうか?
中には負傷している人もいて、ただ事ではない何かが起こったのは一目瞭然だった。
しまったな、これなら先にダンジョンの「視」をやっとけばよかった。
謎のでっかい火の鳥に気を取られてて、この人達が何でダンジョンから脱出しているのか原因が分からない。
私が少し後悔しながら外を眺めていると、りりぴょんが緊張した様子で呟くように尋ねた。
「アレって、何かあったんでしょうか……?」
「ちょっと気になるよね。……よし、じゃあ降りて調べてみよっか。しずかちゃんの電話番号とか分かる? 私のスマホまだ充電出来てなくてさ」
「はい、大丈夫です。電話してみますね」
私は雪ヶ原の運転手さんに停車を指示して、りりぴょんを伴って車を降りた。
原爆ドームダンジョンの入口近くに避難しているとの事で、しずかちゃんとはすぐに合流出来た。
しずかちゃんはパッと見では怪我をしている様子はなさそうだが、浮かない顔をしている。
「しずかちゃん、だいじょび? 何があったの?」
「闇ヶ淵氏! 久しぶりですぞ! こちらは見ての通り無事ですぞ! ……ところで、台長殿は……?」
「うん、私」
あんまり暗い雰囲気にしたくなかったから、おちゃらけた感じで言ってみたけど……やっぱりしずかちゃんは真面目だ。
しずかちゃんは沈痛な面持ちを私に向けて、手を合わせながら頭を下げた。
「ああ……お悔やみを申し上げます」
「いやいや、ばっちゃまも最期はおだやかだったし、ちゃんとお別れ出来たし、闇ヶ淵の異能も完全に引き継げたからね。で、この騒動は何?」
私が尋ねると、しずかちゃんの沈痛な表情がさらに曇る。
「……ナオビの魔素タンクが破損して、浅い階層に魔物が出現しました」
「ナオビ……って、魔素を収集する奴だよね? 何でそんな事に?」
しずかちゃんの説明によると、ナオビでもって下層から上がってくる魔素を吸収する事で魔物の再発生を防いでいたそうな。
しかしナオビは魔素を吸収するだけで消滅させる訳ではないので、魔素をためておくタンクを定期的に交換する必要がある。
それで、魔素で満タンになったタンクを第一階層に保管する際、搬送要員の探索者が誤ってタンクを破損してしまった。
それが第一階層の前室だったのでさあ大変、本来魔物が発生しないはずの場所で魔物が出現した。
出展者はいざって時の為に撤収するノウハウがあったので、魔物の討伐は探索者に任せてテントやら展示品を即座にカードにして回収して逃げ出した。
しかし、廃棄物の仮保管所に置いてあった、今晩処理施設へ搬送予定だった分のナオビのタンクはすっかり忘れ去られた。
特濃の魔素を魔物たちが見逃す訳もなく、タンクが一気に壊され、第一階層から魔素が下層に向かって逆流。
魔物が出ないからとのんびりしていた探索者達がまだ中で脱出出来ない状態になっている……らしい。
「なるほどなぁ……私たち、一番下まで行かなきゃいけないんだよね」
「最下層まで? もしかして、台長の力で何か視たんですかな?」
「そうなんだよ、このままだと高坂さん達が全滅するんよ。だからりりぴょんの力を使って下まで行かなきゃなんだけど」
「梨々香嬢の……闇ヶ淵氏は梨々香嬢の力をご存知で?」
「うん、『視』たからね」
りりぴょんがレーフクヴィスト症候群を発症したのは、不完全な形で原初の種子を取り込んだせいだ。
ステータスを取得させる事で原初の種子をアクティベートし、コントロール可能な状態に持って行く。
私はちょうどその時島根に居たので実際にどんな様子だったのかは見ていないけど、元気そうなりりぴょんがその成果を物語っている。
そしてイレギュラーな方法とは言え、原初の種子が宿っているのであれば、当然異能相当の特殊能力を持っている。
私が視た未来では、りりぴょんが時間を早めたり遅くしたり、時間停止に近い異能を使っていた。
恐らく、これがりりぴょんの原初の種子の力だろう。
現代社会に戻りたて、探索者なりたてのりりぴょんには原初の種子の力を十全に使えるとは思えないが、そこは誘導次第だろう。
「……しかし、今の原爆ドームダンジョンに入っても大丈夫なんでしょうかな? 闇ヶ淵氏はフォーチュンテラー、梨々香嬢は正体不明のジョブ・プリンセス、拙者はバフ撒き専門のジェネラルでござるから……」
「そうだよね、念の為に戦力が欲しいよね。逃げそびれた探索者の為にも道中の魔物を間引いておきたいし……」
私達が今後の話し合いをしている間、りりぴょんが不安そうにあちこち見渡していたが、急に目を見開いてある方向を指差した。
人を指差しちゃだめだよ、りりぴょん。
「あ! お兄ちゃんの会社の偉い人!」
そちらを見やると、スーツ姿のおじさん……いや半分以上おじいちゃんに突入してそうな人と、ガチムチ……いや、ムチムチ……? 体格のいい警備員さんがいた。
向こうもこちらに気がついて、スーツのおじさんが小走りで近づいて来た。
「お、高坂君の妹ちゃん! どしたんな? まだ高難易度ダンジョンに入れるようなレベルじゃないじゃろ? ……っと、霧ヶ峰CEOもご一緒でしたか」
「はい。実はちょっと問題が発生していまして、ダンジョン最下層にいる高坂さん達の救出に向かう算段を立てている所なんですが、戦力が……足り……」
しずかちゃんがスーツのおじさんの隣に立っている警備員さんを見て、ポンと手を打った。
「栄光警備・警備部、五号警備課及び一般警備課所属のマーシャルアーティスト、嶋原隆さん!」
「お、おう……? 親会社のバチクソ偉い人が何でまたワシの事を……?」
嶋原さんと呼ばれた警備員さんは目を白黒させている。そらまあそうよ、そうなるわ。
しずかちゃん……と言うか、霧ヶ峰一族の記憶力はズバ抜けている。一考に値する従業員は関連会社のアルバイトですら把握済みだもんなぁ。
月ヶ瀬や闇ヶ淵みたいな現実離れした異能は無いが、その経営手腕や社会的な能力は十分異能と呼べるレベルだ。
まだまだ新参の立場である霧ヶ峰も、天地六家として組み込まれるだけの理由があるのだ。
「嶋原さんは先々週、有給を使って丙種探索者の資格を取りに行きましたね!?」
「え、何でそれを……? まだ誰にも話してないのに……シーカーズの方も隠す設定にしとったのに……」
「嶋原君!? マジでワシ何も聞いとらんのんじゃけど!? まあ個人的な資格取得について上長に報告する義務は無いけぇ別にええんじゃけど! 丙種は統括責任者やれるけぇ、ちゃんと言うて欲しかったなぁ!?」
スーツのおじさん……春川さんも、嶋原さんと呼ばれた警備員さんも慌てふためいている。
これまでは細かい情報は雪ヶ原にお金を払って揃えてもらっていたけど、雪ヶ原のトップがとある警備員にメロついているの関連情報は採算度外視でしずかちゃんに垂れ流されている。
特に所属社員の情報なんてすべて筒抜けになっている事だろう。
「春川次長は……確か私と同じジェネラルでしたよね。今は直接的な戦闘力が欲しいので、嶋原さんにご協力を賜りたいのですが……」
「……普通じゃない高難易度ダンジョンを、丙種なりたてのウチの隊員に降りろと……? その、大丈夫なんでしょうか? 危険なのでは?」
春川さんは渋面を隠そうともしない。
何だろう、保身の為とかじゃなくて本当にこの嶋原さんの事を心配しているんだろう。
それと同時に、高坂さんの身も案じている。だからこそ無理だと突っぱねずに、しずかちゃんから話を聞こうとしているんだろう。
うーん……前に高坂さんから聞いた上司の評判とは違うなあ。いい上司さんじゃんね。悪い方はミンチになったんだっけか?
「その点につきましては大丈夫です、ちょっと秘策があるんです。……どうでしょう、嶋原さん?」
嶋原さんは少し俯いて顎をさすりながら勘案していたけど、すぐに顔を上げてしずかちゃんに返事をした。
「……高坂は、ワシの後輩です。アイツにはワシが色々叩き込みました。じゃけぇ、こがぁな所で死なれたら困ります。ワシで良ければ力を貸しますよ」
「ありがとうございます! 事態は急を要します、早速ですが嶋原さんの準備が整い次第、ダンジョンに参りましょう!」
しずかちゃんが皆に呼びかけ、私やりりぴょん、嶋原さんが頷く。
私達は嶋原さんがカード化していた装備を着込んだり、春川さんが運営からポーション一式を借り受けたりして準備を整えるのを待ってから、原爆ドームダンジョンのゲートをくぐるのだった。




