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【コミカライズ連載中】アラフォー警備員の迷宮警備 ~【アビリティ】の力でウィズダンジョン時代を生き抜く~  作者: 日南 佳
第四章

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第85話

 片翼だけでも十五メートルはありそうな巨大な燃える鳥……フェニックスと思われるそれが、悠然と地面に降り立つ。

 塵埃を焼く匂いと一際強い強い熱風が、探索者達の間を駆け抜ける。

 俺達は皆、フェニックスから漂う強者のオーラに緊張して冷や汗を流していたが、一人だけ事情の違う汗を流す者がいた。千沙さんだ。



 ステータス持ちは環境への耐性が付与されている。多少の暑さ寒さでは負担にすらならない。

 千沙さんも普段であれば月ヶ瀬の異能によって多少の物理法則を無視している。ステータス持ちと同様……いや、それ以上の環境耐性を持っているはずだった。

 しかし、千沙さんは今、俺や美沙と同様に異能封じのデバフを受けている。

 生身の一般人と同程度まで弱体化してしまっている今、千沙さんはフェニックスが生み出す熱波に耐えられないのだ。



「ちー姉様、これ結構ヤバい熱さじゃないですか? 下手したら焼き殺されるかも知れないんで、階段まで下がって下さい」


「……分かりました。美沙さんも無理をなさいませんように」



 千沙さんはほんの少しの間、悔しそうなやるせない表情を浮かべて言い淀んでいたが、素直に美沙の指示に従って後退した。

 ……よくよく考えると、フェニックスの羽ばたき程熱い訳ではないが、火山エリアも結構な高温地帯を通過する必要がある。

 普通の人間では戦闘はおろか、徒歩で通り抜けるのも無理だ。

 気温が高いのもそうだが、溶岩に不用意に近付けば普通の服も燃えるし、火傷も負う。

 結局千沙さんは往こうが退こうが、熱い何かに阻まれて逃げられなかった訳だ。



「しかし……これ、どうしたモンっスかね」



 レイピアをフェニックスに向けて臨戦態勢を取ったまま、美沙が呟く。他の探索者もどうしていいか悩んでいるようだ。



「そこらの雑魚と違って、出現後すぐに俺達に襲いかかってくる訳じゃないから……一旦逃げられるかも知れないな」


「そっスね、ちー姉様も無事に階段まで逃げられたって事は戦闘判定は発生してないって事っスから……」



 ダンジョンのボス部屋……出現する魔物は多種多様だが、だだっ広い一部屋だけが存在する階層をボス階層、またはボス部屋と呼ぶ。

 ボス部屋はダンジョンにとって特別な場所なようで、ルールが存在する。

 それは「戦闘が始まってしまえば、ボス部屋から逃げ出す事は出来ない」という物だ。

 ボスとの戦闘が始まってしまうと扉が開かなくなったり、通行を阻害する目的と思われる半透明の障壁が階段の手前に発生したりする。

 逆に言えば、魔物が発生していたとしても扉が開いたり障壁が無い間は階段を上がって逃げられる。

 その逃走の可否から判断出来る戦闘状況を「戦闘判定」と呼ぶ。……基本的にボス部屋に関わらない五号警備員には無縁な話だ。俺もさっきまで失念していた。



 ここに至るまでの二箇所のボス部屋……ラーヴァ・ゴーレムとドラゴンスケルトンの出現階層も同様だ。

 千沙さんがラーヴァ・ゴーレムに攻撃をした時やシャンデリアをドラゴンスケルトンにぶちかました瞬間、俺達は逃げる選択肢が消滅していた訳だ。

 結果的に無事討伐出来たから良かったが、コンカラーに煽られて俺だけでラーヴァ・ゴーレムに挑んだり、シャンデリア作戦が失敗したらもっと早くに戦闘判定を思い出す羽目になっただろう。

 ちなみに、ボス部屋から逃げられなくなるが外からの乱入は可能だ。

 救出目的の戦力の逐次投入もよく見られる光景なんだそうな。



 ……それはともかくとして。

 フェニックスの方もこちらを意識しているが、明確な敵意を向けている訳でもなく、争う構えも見せていない。

 美沙が言うように、千沙さんも撤退出来ているので戦闘判定は発生していない。

 しかしこの先の部屋にダンジョンコアが鎮座しており、それを守護するように現れた事から、このフェニックスがこのダンジョンの最後のボスなのは疑いようもない事実だ。

 そうなると、今は敵対状態ではないにしても、こちらが敵意を見せたりダンジョンコアを害そうとすれば直ちに戦闘が始まるだろう。



「皆さん、ゆっくり下がりましょう。一旦戻って対策を考えましょう」



 樫原さんが極めて冷静に指示を出す。誰からともなく後退が始まる。

 決してフェニックスに背中を見せずに、ゆっくりと後退りする。……それがいけなかった。

 混成パーティの女性アーチャーがフェニックスに狙いを付けて弓を引いてまま後ろに下がっていたが、足元の段差にひっかかって転び、尻もちをついてしまった。

 その拍子に矢から手が離れ、フェニックスの方へ飛んでいく。数名の聡い探索者が階段へと一目散に駆け出したが、遅かった。

 過失や故意の区別なく飛来した矢にフェニックスが反応した結果、どうやら戦闘判定が取られてしまったようで、階段への入り口が障壁で閉ざされた。

 フェニックスは顔を掠めて飛んだ矢に怯む事なく、けたたましい鳴き声を上げた。

 ドーム状の天井から石の欠片や土埃が落ちるほどの大音量の高周波に鼓膜がイカれてしまいそうだ。



「ご、ごめんなさい!」



 やらかしたアーチャーが謝るが、皆それどころではない。後退の足を止めて臨戦体制を整えるので必死だ。

 この状態になると、もはや戦闘は避けられない。ボスが倒れるか、俺達が骸になってダンジョンに吸収されるかの二者択一だ。

 顔面蒼白になっているアーチャーに田町さんがフォローを入れる。樫原さんは……もはやそれどころではなさそうだ。



「全員散開! 何をしてくるか分かりません、とにかく距離を取って! タンクは構えて前進!」



 間髪入れずに飛ばした樫原さんの指示に従って、俺や数名の盾持ちや高耐久ジョブがフェニックスとの距離をジリジリと詰める。

 フェニックスが胸を張るように両翼を逸らして思い切り羽ばたくと、凄まじい熱風が炎を撒き散らしながら俺達に叩きつけられた。

 間一髪で間に合ったあかりの防御力上昇のバフと魔法職による魔力障壁によって、俺達盾持ちジョブの後ろにいる探索者達にまで熱風や炎は届いていない。その代わり、盾がとんでもなく熱くなっている。

 ヘビーウォリアーも重量のある大剣をスキルを発動させながら振り上げて発生させた剣風で相殺しているが、大剣の先が赤熱化している。



「うお、やっべぇ……俺の大剣ミスリル製なのにこんなに赤くなってら……アーマーも結構熱くなってるし、あんま受けらんねーぞ」


「こっちの盾もステーキが焼けそうなくらい熱くなってんぜ……参ったな、こりゃあ」



 俺と一緒に前進したタンク二名が高熱を発する自分の得物を見てゾッとした顔をする。

 気持ちは分かる。フェニックスの羽ばたきが魔力障壁を貫通した上で大剣や盾を溶融寸前まで熱する程の威力を持っていたのを身を持って理解した訳だからな。

 タイミングが間違っていたら俺達は皆消し炭になっていた所だ。

 俺の盾も……いや、俺の盾は全然熱くなっていないし赤く焼けてもいない。いつも通りの盾だ。

 恐らく東洋工業の最新鋭装備だからという訳ではなく、あかりのアビリティで底上げされたステータスの基礎能力のおかげだろう。



 ナイトは本来、筋力や体力が他の能力よりも上がりやすい脳筋タイプのジョブだ。魔力の運用に関わる魔力や魔技の能力は上がりにくい。

 しかし、あかりのアビリティによる支援効果によって今の俺の魔力はSランク、魔技もSまで上がっている。

 魔力運用とフィジカルのどちらも伸びるダークナイトのベテランでもBまで行けば強い部類に入る魔力関連の能力値が、上記を逸した高水準に押し上げられている。

 異能封じのデバフで原初の種子の力は使えずとも、ステータスに組み込まれているアビリティに影響を及ぼしていないのは不幸中の幸いだった。



 まだ満足に動けそうにない他のタンクに余裕を持たせる為に、俺が先駆けてフェニックスに攻撃を仕掛けて注意を引く。

 近付くとフェニックスの超高温の体温で息が詰まりそうになるし、剣で切った部分から炎が噴き出すしで対処に難儀する。まるで溶鉱炉の真横で我慢大会をしてるような気分になる。

 それでも火傷一つ負わずにいられるのは高い魔力と魔技のおかげだ。物理的な攻撃を受け流すように、魔力由来の炎熱を感覚的に受け流せている。



 しかし、フェニックスもただ黙って斬られている訳じゃない。俺の顔面を狙って嘴でついばみ、鋭い爪で引き裂こうとしてくる。

 それらを盾や剣でいなし、返す刀で斬り返し、ダメージ箇所から噴き出す炎を避ける。

 俺が一旦距離を取ると、遠距離職の飛び道具の一斉射撃がフェニックスに襲いかかる。接近によるリスクを嫌った美沙の攻撃魔法もそこに乗っかっている。

 決定打にはなっていないが、それでもフェニックスに対して一定のダメージを与えられているようではある。



「すげえ、高坂さんどうなってんだ? 全然ダメージ受けてないぞ」


「東洋鉱業の強力な装備を供与されてるって話だが、それにしてもノーダメージにも程があんだろ……涼しそうなツラしてるぞ」


「個人の技量のお陰だろうな。さすがドラゴンキラー、この程度屁でもねえってか」



 後方で装備を冷やしているタンク勢がひそひそと話している。

 おいお前ら、喋ってる暇があるなら手伝ってくれ。一人でフェニックスのヘイト取るの大変なんだぞ。

 いっそ呉で作ったあかりのアビリティの効果を全体配布するスキルを使ってしまいたくなる。

 ……とは言え、アビリティ自体は異能ではないが原初の種子の力で作ったスキルは異能扱いのようで発動しないのは確認済みだ。残念極まりない。



「はわわわー! あかりんの生歌ー! もはや処刑ソングの趣きを多分に含んだ素晴らしきボス戦BGMー! アツい! 激アツだよー!!」



 少し離れた所ではガリンペイロの柿崎さんが別の意味で熱くなっている。ヘビーウォリアーである彼女もまたタンク職であり、フェニックスの熱風から皆を守っていた。

 しかし他のタンクとは違う点が一つある。ハンマーが赤熱していようが、アーマーから湯気が立ち上っていようがお構いなしにフェニックスにハンマーを叩きつけている。

 その理由は単純明快、あかりによって限界を越える力を発揮している。言い方を変えると推しの歌でラリってリミッターがぶっ壊れている。

 大の男がなかなか戦線復帰出来ない高熱を物ともせず暴れ回っている柿崎さんの勇猛な姿は、ヘビーウォリアーよりもバーサーカーとでも呼んだ方がしっくり来る。

 笠木さんもそのヤバさに若干引いている。長岡さんも止めに入りたそうにしているが、アーチャーはあまり頑強ではないので近づく事すら出来ずにいる。



「何やってんだ馬鹿野郎! いい加減下がれっ!」


「ふきゅーーーーーーー!」



 琉輝彌君がややキレ気味に柿崎さんを後方へと蹴飛ばすと、柿崎さんは奇声を上げながら長岡さんの近くに転がっていった。

 女性に対して乱暴な対処にも思えるが、これが一番安全な交代方法だ。

 今や柿崎さんのテンション以上に熱くなっている柿崎さんのアーマーは、何も対策せずに触れば火傷してしまう。

 そうなると、接触時間が極力少なく、手袋よりも分厚いソールで守られている足による蹴りは、確実に後方へ下がらせる方法として非常に有用な手段となる。



「ふええ……酷いよぉ、蹴らなくたってもいいのに……」


「いや、あれはちゆちゃんが悪いよ。調子乗りすぎ、ここラスボス部屋なんだからね」



 長岡さんが熱でのぼせている柿崎さんに水と冷たい言葉を浴びせてクールダウンを図っている。

 あちらは長岡さんがいる限り大丈夫だろう。柿崎さんもシュンとしているが、落ち着きを取り戻したようだ。

 損耗がややキツいように思えるが、想像した以上に皆戦えているようだ。だが……



(効いてる感じが全然しないな)



 どうにも、フェニックスにダメージが入っている感じがしない。手応えがどことなくふんわりしている。

 斬りつけた部分から吹き出すのが血ではなく炎だし、肉を斬っている手応えが薄い。

 柿崎さんのハンマーもしっかり命中しているはずだが、骨が折れたり肉が潰れてるように見えない。

 他の探索者の攻撃も……何なら美沙達魔法使い系のジョブの魔法の弾幕もあまり効いていないように見える。



 そもそも、フェニックスは燃える鳥ではあるが、肉体を持つ普通の鳥の魔物ではないのかも知れない。

 炎の概念の集合体……一種の精霊と同じで、物理攻撃に対する耐性を獲得していると考えられなくもない。

 もしかしたら不死鳥って事で、負ったダメージを凄まじいスピードで回復している可能性もある。

 少なくとも、いつものようにただ闇雲に敵をシバけば倒せる類の魔物ではないんじゃないか?



「これは……マズいかも知れんな」



 俺は一旦下がって他のタンクにフェニックスの相手を任せ、あかりの側へと駆け寄る。



「あかり、どう思う?」


「どうって、攻撃が効いてるかって事ですよね? 全然効いてないと思いますよ、めっちゃ涼しい顔してますもん。火の鳥のくせに」


「あたしの魔法も蛙の面に水って感じですしね、鳥のくせに」



 さっきから魔法で氷の礫をぶつけていた美沙もこちらに合流して、愚痴をこぼす。

 俺達の全力の攻撃は痛手を与えられていなかったようだ。俺の予想が当たってしまった形だ。



「どうする……?」


「どうするもこうするも、攻撃するしか無いっスよね……この中じゃ渉さんが一番継戦力高い訳ですし」


「そうですね、私のアビ……ええと、支援スキルの効果もあって、鳥の熱も抑えられてるみたいですしね。高坂さんが引っ張るのが生存確率が高いと思います」



 やっぱりそうなるよなぁ、たった一度の羽ばたきで下がらなければ殆どのタンクが下がらなきゃならないのであれば、俺がやるしかない。

 軽くため息をついて戦線に戻ろうとした時、一桜達に目がいった。

 召喚しっぱなしにしていたが、一桜達やタゴサクやケラマはかなり熱さに辟易としているようだ。ラピスはさすがドラゴン、平気な顔をしている。

 タゴサク・ケラマコンビは回復の役目があるので多少無理してもらう必要があるが、一桜達は……これ以上無理をさせられない。



「一桜、三織、四季、六花。お前達は一旦カードに戻ってくれ」


「えっ……お、おとーさん! 一桜、がんばれるよ! 一緒に戦わせて!」



 俺がヒロシマ・レッドキャップの四人を呼び寄せると、一桜が表情に戸惑いの色を強く滲ませて俺に懇願する。

 俺としても、一桜の願いは叶えてやりたい。

 だが、いくらダンジョンを徘徊している野良のレッドキャップ種と比べて多少マシとは言え、到底フェニックスに太刀打ち出来る訳がない。。

 現にこうして戦闘エリアにいるだけで辛そうにしているんだ、フェニックスの攻撃の余波を受けて壊滅しかねない。

 今ここで一桜達が傷ついて倒れたら、ギリギリ保っている士気が激減するだろう。

 それならいっそ、大怪我を追わせる前に送還してしまった方がいい。



「……悪いな、俺はお前達が傷つく姿を見たくない。今度ちゃんと魔素を吸収出来るようなダンジョンに連れてって、強くなれるようにしてやるから」


「やだ! おとーさんだって危ないのに頑張ってるもん! 一桜だっておとーさんの役に……」



 一桜が言い終わる前に俺は四人をカードに戻し、罪悪感と一緒に神楽の中にしまいこんだ。



「タゴサクとケラマはいつも通り負傷者の治療だ。あの鳥に近づくなよ、ヤバくなったら美沙かあかりにポーションをもらうように」



 改めてタゴサク達に指示を出して、俺は戦線に戻る。今度はラピスが俺の横で拳を振るっている。

 ここまで進軍する間にダンジョン内の魔素を蓄えたようで、腰と魔力がしっかり入った正拳突きが鳥の細い足を砕いた……ように見えたが、やはりすぐに回復している。



「うーむ、こやつはやはりフェニックスじゃな……なかなか泥仕合になりそうじゃのう」


「やっぱりフェニックスで間違いないんだな?」


「うむ……じゃが、そうなるとこの手勢ではちと不安じゃの。こやつらの命はワタルが握っている物と覚悟せよ。兵の損耗が避けられぬ長丁場になるじゃろうからな」



 俺はラピスの言葉に不安を感じつつ、フェニックスのヘイトを取り戻す為に熱さをこらえて斬り掛かった。

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