閑話19 闇ヶ淵綾乃、継承の視
【Side:闇ヶ淵 綾乃】
——島根県益田市、恐羅漢山。……多分。
多分と言うのは、自分がどこにいるか正確には分からないからだ。
奥出雲のばっちゃまの家から長いこと車に乗せられて恐羅漢山まで来て、山を登った所までは覚えてるんだけど……マジで分からんのよ、ここどこ?
私は今、訳あって広島との県境のあたりから入山して、わざと遭難しているのだ。
高坂さんのかわいい妹ちゃんであるりりぴょんを救出した後、ばっちゃまが病に倒れた。
急いで島根の実家に戻ったが、容体は思った以上に悪かった。多臓器不全だってさ。
せっかく孫が久々に会いに来たってのに、意識が無いから話す事も出来ない。報告したい事が沢山あるのに。
生死の境を反復横跳びするばっちゃまを看病する事半月程。ばっちゃまは暁光を受けて輝く朝露が零れ落ちるように旅立った。
苦しかっただろうに、穏やかな死に顔だった。……最期を看取ったのは私だ。
葬儀だ何だと「人間らしい」お別れを済ませた私は、「人間らしからぬ」お別れの方も任される事になった。
闇ヶ淵は日本開闢より連綿と繋がる卜占と未来予知を生業とする家だ。
他の天地六家と同様に数えられた時代もあれば、陰陽双家と言う天地六家とは別口の括りで分けられていた時代もある。
今の時代においては闇ヶ淵は天地六家扱いだけど……まぁ、それはいいんよ。どっちでも。
大事なのは、うちの血筋が特殊能力を子や孫に継承している家系だって事だ。
みさっちみたいに血に力が宿っているパターンや、あかりんやしずかちゃんみたいに権力と言う形で家を受け継ぐパターン、他にも一子相伝の奥義伝授みたいなパターンもあったりする。
闇ヶ淵家の場合は半分だけ血に力が宿っていて、完全に開眼する方法が一子相伝の奥義伝授……みたいなパターンだ。
月ヶ瀬の筆頭、雪ヶ原の惣領、霧ヶ峰の社主みたいに、うちのトップにも役職名がある。それが台長だ。
闇ヶ淵の家は「星見台」と呼ばれていたようで、その長って事で台長らしい。……実際の所はよく分かんないけどね。
闇ヶ淵台長の代替わりは、台長の死と同時に行われる。後継者をあらかじめ決めておいて、実質的な交代は葬儀が終わってからだ。
で、台長の占いパワーを継承する方法が令和の時代には考えられないようなトンチキな儀式だ。
まず、火葬したばっちゃまの骨を右半分と左半分に分ける。右半分は骨壷に入れてお墓に埋葬する分だ。左半分を儀式に使う。
丁寧にはんぶんこした骨を先祖伝来のすり鉢とすりこぎ棒でもって粉々に砕いて、鞣した蛇皮で丁寧に包む。
それをピカピカに磨いたミズナラの材木で拵えた寄木細工の秘密箱に入れて、簡単には開けられないようにする。
継承者はその秘密箱を誰にも見つけられないような山の奥地に埋め、その上で三日三晩飲まず食わずで瞑想をする。
すると霊験あらたかな謎現象が起きて、先代台長の持つ神通力をそっくりそのまま授かるんだそうな。ほんとぉ?
しかし、これが紛れもなく闇ヶ淵家で言い伝えられてきた継承の儀式だ。信じようと信じまいと、私がやらないといけない。
で、その場所がここでございます、と。
生半可な場所では誰かに見つかってしまう可能性があるので、それはもう徹底的に遭難しましたともさ。
これ、一応呪術の類に含まれるからね。人に見つかっちゃうと呪詛返し的なあれやこれやで大惨事が引き起こされるので、念には念を入れる必要があるんですわ、これが。
情報収集の名家の雪ヶ原がわざわざ探りを入れないのは、そのあたりも事情もあるって訳だね。
「ここらならいっかなー? 誰かいるー? 居ないよねー? 居たら困るんだけどなー?」
山に入って一週間くらい彷徨っている訳だから、こんな所に人がいるなんて信じたくない。
もし現地人と出くわせば、また別の場所を探さないといけない。現代っ子にはハード通り越してルナティックなこの回峰行を続行させないで欲しい。
スマホの電波はもはやミリ程にも届かないし、事前にデータを読み込ませておいた地図アプリを見ても近隣には民家どころか道路すら存在しない。
「もういいや、ここにしよーっと!」
ひとりぼっちのエクストリームハイキングが続くと独り言が多くなる。だってしょうがないじゃんね、寂しいんだもん。
りりぴょんはもう退院して社会復帰を始めた頃かな? 帰ったら一杯お話したいなー。
みさっちのご飯もご相伴に預かりたいし、あかりんやしずかちゃんとも遊びに行きたいなー。
いっそみんなでキャンプとか……いや、今やってるのもキャンプみたいなモンだしな。しばらく山とかはいいや、うん。
高坂さん……高坂さんは、私の事心配してるかな? うるさいのが居なくなったって喜んでたりして。それはそれで寂しいなあ、帰ったら構ってもらおう。
そんなことを考えながら園芸用のスコップで硬い地面を掘り、一メートル程の縦穴を作ってばっちゃまの骨粉入りボックスを埋める。
今は苔や草が掘り返されて土が剥き出しになっているけど、やがてまた苔むし草覆う山肌へと戻るだろう。あーもー疲れたー。
「よーし終わった終わった、後は瞑想だっけ? その前に……っと」
私はリュックから錦を折り畳んだような仰々しい封筒を取り出し、中に入っていた便箋を開いた。
遺言……なんてしっかりした書類ではないが、私宛のメッセージが残されているとの事だった。
ばっちゃまの意識がかろうじて残っていた時に「儀式の場所の選定が終わったら読むように」と言いつけられていた。
「えーと、なになに……? ……達筆過ぎてよう読めんよぉ……」
ミミズがのたくったような字とは言わないけど、今時の若者に行書や草書は読めないと思うよ、ばっちゃま……
とは言え、ちっちゃな頃から古文書の類を原文ママで読まされた私だ。全く読めない訳じゃない。
どうにかこうにか解読をした結果は、だいたいこんな感じだ。
本来なら澄香……あ、澄香ってのは私の母様ね。……澄香が継ぐべき闇ヶ淵の神通力を、綾乃に継がせるのには理由がある。
元より澄香に素質が無く、綾乃に素質があったのもそうだが、もっと大事な理由がある。
それは、私が先代の台長から力を受け継いだ時に見た幻視と、無意識のうちに書き留めた託宣が指し示した結果だ。
私が高次的な何かから受け取ったメッセージは、「闇ヶ淵の血を後世へと繋ぎなさい」「子ではなく孫に力を譲る事」「お前の孫が世界を救う一助となる」だった。
故に、綾乃に力を譲るものとする。私自ら鍛えた自慢の孫だ、卜占と予知の力を日本の未来の為に使いなさい。
力の継承を終えた後の綾乃は、これから成すべきことが分かるはず。闇ヶ淵の託宣をゆめゆめ疑わないように。
……とまあ、端折ったり適当に訳したが大体こんな具合だ。
ばっちゃまはユーモアのある人だったけど、闇ヶ淵の「おつとめ」に関してはクソ真面目だったので、恐らく手紙の内容は本心だろう。
母様は確かに闇ヶ淵的なパワーが弱い人だ。予知や占いの類は一切できないから、翻訳家として稼ぎながら絵本作家やってるよ。
母様は闇ヶ淵台長の座に未練も何もない人だし、何なら私達の力を胡散臭そうな目で見ている時もあったくらいだから、後継問題の確執はさっぱりない。
ばっちゃま直々のご指名だから、心置きなく受け継げるってモンだ。母様も程のいい厄介払いとばかりに私にお役目を押し付けた訳だし。
「さーてと……瞑想は明日からでもいいかなー? ちょっとお腹空いちゃったしねー」
野生の動物と遭遇を恐れて夜にぐっすり眠れなかったり、手持ちの食糧をケチってあまり食べなかったりしたから既に疲労困憊だ。
せめてしっかり食べてきちんと寝て、多少なりともベストコンディションに近づけてから……と思っていたが、さっき箱を埋めた辺りからめっちゃ冷たい空気が立ち上り、全身を冷やす。
まるでさっき埋めたばっちゃまに怒られているような感覚に、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「アッハイすぐやります! ばっちゃま存命の頃からそうだったよね! 私がサボってるとめっちゃ怒ったもんね!? 大丈夫大丈夫すぐやるから!」
昔からそうだ、私が修行をサボって遊びたがるとすぐに怒るんだ。
私はため息をついて坐禅を組み、深く呼吸を繰り返した。
§ § §
「三日三晩飲まず食わず」を大袈裟な比喩表現だと思った? 残念! マジもマジ、大マジだよ!
ばっちゃま入りボックスを埋めた上で坐禅を組んで、もう三日になる。
一日目は「こんな無茶なファスティングやってたらバストがしぼんじゃうよー」とか「そろそろ鍋とかシチューとかがおいしい季節がやって来ますねー」とか無駄な事を考えていたけど、二日目にもなるとそんな余裕も消える。
絶え間ない空腹感と喉の渇きが心を蝕んでいく。こんな状況で無の境地なんて辿り着ける訳がない。
……しかし、三日目の終盤に至ると世界が様変わりする。
元々、闇ヶ淵の家の人間には最低限の神通力を持っている。
これは普通にのんべんだらりと暮らしているより、危機的状況に陥った時が一番強く発揮される。
死に際して分泌されるβエンドルフィンでトリップするような感じと説明するのが一番近いだろうか。
極限の疲労と飢えの中、身の危険を感じた私の闇ヶ淵の血の力と脳内麻薬の相乗効果で五感がぶっ壊れていた。
目を開けても閉じてもサイケデリックな極彩色のフラクタルが万華鏡のように千変万化し、沢山のカトラリーをぶちまけたようなけたたましい金属音が鼓膜を突き刺している。
ミンチにした生魚に古い獣脂を混ぜたような味がずっと舌の上で盆踊りを踊っていて吐き気がする。
あと、占いの時に炊く臭い薬草を目の前にぶら下げられているような感じがして、鼻が曲がりそうだ。
心臓の脈動に合わせるように規則的に響く偏頭痛も相まって、段々意識が遠のいていく。
後少しで意識が完全に途絶しそうな程に悪化して……いきなり偏頭痛が止まり、全ての感覚がクリアになる。
サイケな色彩の暴力は雲散霧消し、全ての音が消える。先程までの嫌な味も消え、微かに花の香りがする。
目の前には一面の花畑が広がっていた。色とりどりの花々が地平線の先まで埋め尽くしている。
私はそんな花畑の上をふわふわと浮いていた。平泳ぎの感覚で移動を試みていたが、急激に体が引っ張られた。
花畑の上を引っ張られるまま飛んで、飛んで……地平線の向こうから現れた人影の真正面まで飛んで、止まった。
ああ、うん。見間違えるはずもない。つい先日まで付きっきりだったんだから。
「ばっちゃま……?」
闇ヶ淵先代台長、闇ヶ淵絹江。
科学の進歩目覚ましい昭和の時代にあって、様々な危難から日本を守るべく力を存分に発揮した希代の預言者。
戦前からの因縁でやや険悪だった天地六家同志の連携を呼びかけ、結束を強めた影のリーダー。
……そして、私にとっては、時々怖いけど優しくて強い祖母。
そんなばっちゃまが全身に光を纏いながら、ニコニコ笑顔で私を出迎えた。
「え、じゃあここ天国!? 私生きたまま天国来たの!? それにしてはばっちゃましか居ないのどうなってんの!?」
私がどんなにテンパっても、ばっちゃまはニコニコしたまま一言も喋らない。
……そっか、これか。昔教えてもらった予知の原理は。
死んだ人間の魂は肉体との繋がりが外れる事で言葉を失う。言葉を紡ぐ脳みそがないからだ。
その代わり、魂の目で見た未来の映像を直接送ったり、受け取る側の脳みそを使って言葉を紡ぐ。
なので、受け取る側の人間が心に受信機を持っていないと、せっかくの電波を受け取れない。
闇ヶ淵とは、その血に宿る超強力な受信機でもって巨大なサーバーと化した魂の集合体からの送信を受け取り、大切な情報を他者に伝える翻訳家だ……と、ばっちゃまから聞かされていた。
「……もう喋れなくなっちゃったんだね」
私の呟きに、ばっちゃまは穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。
ばっちゃまが祈るように両手を合わせると、花畑のあちこちから光のオーブが浮かび上がり、私の体に集まって来る。
やがてばっちゃまの纏っていた光も私の胸に飛び込み、私の体が強く輝いて……すぐに光が消えた。
これで継承終わりなんかな? と思っていると、これまでの人生でついぞ感じたことのない凄まじい何かが全身を駆け巡った。
そして、ずっと中途半端だった予知が完成した、と朧げながらに悟った。
闇ヶ淵の台長が受け継ぐ力……これは多分、演算能力みたいな物だ。
私達が受け取る予知の情報は、言ってしまえばフォルダ分けされていないデータが垂れ流しになっている状態に近い。
例えば、これからあさっての私が何をしているかと言う情報を知りたいとする。
まず、地球のデータと言うのは膨大だ。人間は現時点でも八十億人近くいる。そこに加えて動物や昆虫、草木やきのこ、細菌やウィルス……生き物やそれに近い物に限ってもとんでもない数になる。
それらの混ざり合ったカオスなデータ群が、あさってまでに様々な要因で分岐し、千々に枝分かれしていく……つまり、「起こりうる未来の数」だけ存在している。
そんな気が狂いそうな量のデータ中からピンポイントに欲しい情報だけをピックアップするのは、生身の人間では無理な話だ。
だからこそ、私の予知は中途半端だったし、予知しようとする度に頭痛に苛まれていた。いわば過負荷状態だった訳だ。
でも、ばっちゃまの力を受け継いだ今の私は、あんなに混沌としていた未来視をきちんと理解できる……そんな気がする。
どうもここは私の体と切り離された空間のようだから、まだ現世の予知は出来ないが、何となくそんな風に感じていた。
そして、予知ができないのは現世の話。今の私にはばっちゃまのほんの少し先が、しっかりと見えていた。
この力を私に遺したことで、ばっちゃまのおつとめ……闇ヶ淵台長としての役目は、完全に終わった。
後はここに生えている無数の花と同じように、その魂は花に変わり、今を生きる人達の為によき未来を祈る一つの集合体に合流するんだ。
「……あ、あのね! 私ね、救い主様に会えたよ! 私が先走ったせいで迷惑かけちゃったけど、許してくれたよ! みんなの為に頑張るって言ってくれたんだ!」
私は少しでも長くばっちゃまがその姿のままでいられるように喋りかける。
……分かってる。そんなことしたって、未来は変わらないのは。
「友達だって出来たんだよ! 同じ天地六家の子だけど、雪ヶ原のあかりんと霧ヶ峰のしずかちゃん! ひいばあちゃんが生きてたら、高潔な陰陽双家の跡取りが低俗な天地六家なんかとつるむなって怒られてたかもしんないけど……でも、もう私ひとりぼっちじゃないんだよ! いじめられる事もないんだ!」
懐かしいなあ、思い出すなあ。
小学校の頃、力が変なタイミングで目覚めちゃって、同級生が死んじゃう未来が見えたから「車に気をつけてね」って忠告したのに、トラックに轢かれて死んじゃって。
それからずっと、死神とか疫病神って呼ばれていじめられた。
母上は忙しかったから私の話を聞いてくれなくて、ばっちゃまに泣きついたっけ。
「転校したい」って泣き言を言った私を、ばっちゃまは優しく抱きしめて、なだめてくれた。
……ばっちゃまって逃げ道があったから、私はいじめられても、ひとりぼっちでも、なんとか生きて来られたんだ。
「救い主様の妹ちゃんを助ける為に頑張ったんだよ! 悪い未来にならないよう、私めっちゃ頑張ったんだ! だから、だからね!」
ああ、ダメだ。言葉と涙が止まらないや。
もうじき、ばっちゃまはばっちゃまじゃなくなる。
でも、最後にこれだけは伝えないと。
「……だから、もう私の事、心配しなくていいからね。ちゃんと一人で、おつとめ、できるからね」
ばっちゃまは一度、大きく頷いて、光に包まれた。
光がどんどん小さくなり、ばっちゃまが居た所には一輪のカキツバタが咲いていた。
ばっちゃまが生前好きだった花だ。その花言葉は……「幸せは必ず来る」。
それはきっと、言葉を話せなくなったばっちゃまからの、最期のメッセージだと思う。
私は袖で涙を拭って、笑顔を作って別れを告げる。
「さよなら、ばっちゃま」
私の体が空へと引っ張られる。ばっちゃまのカキツバタが、花畑が遠くなる。やがて、その花畑が一つの惑星だったと分かる。
さらに引っ張られる。その花畑の惑星すらも、数多に輝く星の一粒だった事に気付かされる。
……闇ヶ淵が星見台と呼ばれるのは、この星空を視る一族だから。そんな由縁も、ストンと腑に落ちた。
まだまだ引っ張られる。星空が銀河となり、銀河の集合体となり、それすらどんどん遠くなる。
遠くなる。遠くなる。遠く、遠く。
遠く。
遠
§ § §
目を開く。そこは宇宙ではなく、私が瞑想を始めた広島なのか島根なのか判別の付かない山林だった。
死者の行き着く先から帰って来た……ようやくその実感が湧いた私は、まずは冷静に服を着替えつつ、大判の除菌シートで体を拭いた。
この三日間、瞑想していた以外の記憶がなかったから恐らくそうなってるだろうとは思ってたけど……ここが誰も来ないような山奥で良かった。人としての尊厳を失う所だった。
このズボンと下着はもう使えないなぁ、厚手のゴミ袋に入れてしっかりと口を縛り、念のため二重にゴミ袋でコーティングする。ちゃんと持って帰って処理するとしよう。
山でのポイ捨てダメ絶対、ポリエステルはそうそう簡単に自然に還りません。何かの折に発見されでもしたら事件性が疑われてしまいそうだし。
着替えを終えてスッキリした今の私を支配していたのは闇ヶ淵の完全体となった全能感……ではなく、空腹と渇きだった。そりゃそうだ、三日間何も口にしてないんだもん。
こんな状態で固形物と水を飲み込もう物なら胃がびっくりしてひっくり返ってしまいそうだ。
リュックの中から非常用に持って来たアルミパウチのゼリー飲料を取り出して、キャップを外して一気に握り潰して飲む。腰に手を当ててしまうのは何でだろうね? 銭湯の牛乳じゃあるまいし。
「あ゛ー、染みるわぁ……帰ったらおいしい物たっぷり食べてやる……」
とりあえず死なない程度にお腹に栄養を入れた事で余裕が出来た。
すると気になるのが、ばっちゃまの手紙に書いてあった「私がこれから成すべきこと」だ。
手始めに、来年の私を視てみたが……地球が滅亡していた。全世界がダンジョンに飲み込まれ、魔物があちこちを闊歩しており、何なら人間は私を含めて誰もいない。
「は? ちょっと待って、何で?」
対象時間を巻き戻して、地球が滅亡した理由を探る。
……以前の私なら、五秒で鼻血を噴いて倒れるレベルの超高負荷な作業だ。頭痛も引き起こさずにスムーズに視られるなんて、まさに台長の力様々だ。
戻して、戻して……広島のど真ん中、原爆ドームから火を纏った鳥が飛び出しているのを確認した。
確かここにはダンジョンがあったはず……ダンジョン・フラッドかな?
じゃあ、何でこの鳥が地上に出てしまう事になったのか? その原因を探るべく、視点をダンジョン内に移す。
「ん? 高坂さんとみさっちとあかりんと……こんな所に月ヶ瀬最終兵器? にしてはみんな死んでる……? これ、どゆこと?」
原爆ドームのダンジョンの最下層。沢山の探索者達に混じって、見知った仲間達の焼け焦げた死体が転がっていた。
おかしな話だ。りりぴょんを助ける前にみさっちは修行の甲斐あってパーフェクト月ヶ瀬になったはずだし、高坂さんも原初の種子を使いこなせるようになっていたはずだ。
そこに加えて月ヶ瀬最強のおねーさまがいるのに、たかだか燃えてる鳥ごときに遅れを取り、ウルトラ上手に焼かれて死んでるなんて合点がいかない。
時間をさらに巻き戻して、死因を探る。
どうやら、皆が「異能封じ」と言うデバフをしこたま食らっていた事が分かった。
なるほど、これのせいでみさっちとおねーさまは力が出せず、高坂さんも原初の種子の力が出せなかった訳か。
「じゃあ、この惨劇を回避するにはどうしたらいい……?」
私は可能性の分岐の先にあるパラレルワールドをいくつか確認し、皆が助かる道を模索する。
ハイ出ました。ネクスト綾乃ズヒーント! りりぴょん! あの子の力がとても必要です。
「……ああ、その手があったか。よしよし……そしたら、いつまでに私が広島に戻れば、みんな助かるかな?」
限界まで時間を巻き戻し、パラレルワールドを覗く。
高坂さん達が最下層のキャンプ地で自衛隊員? と話している時にりりぴょんを回収出来れば、かなりの時間的なマージンを残した状態で間に合うと思う。
その時、私はどこで何をしてるかと言うと……広島県の山中で、汚れた服を惨めに着替え終えた所だった。
「あれ? ちょっと待って? もしかしてこれ、現在進行形で起こってる事……?」
なるほど。だからいくつものパラレルワールドを覗いても、半数以上の世界が私が間に合わずに滅びてたのか。納得納得。
「やっばーーーーーーい!!」
私の絶叫が山々にこだまする。いやマジでヤバいって! ここからえっちらおっちら徒歩で下山してたら間に合わないよ!
せめて進軍を取りやめるよう高坂さん達に連絡を取ろうとしてスマホをポケットから出すも、完全に沈黙している。充電切れだ。
モバイルバッテリーも持って来てないから完全に詰んでいる。
「……しょうがない、最後の手段だ」
私は発煙筒を取り出して、リュックを背負ってこの場を離れる。
少し開けた場所で発煙筒を焚き、発煙筒のフタに付いている押しボタンを押す。
これは発煙筒を焚いた場所に雪ヶ原所属のヘリを呼ぶビーコンだ。実はばっちゃまの容態が良くないって話をした時にあかりんから預かっていたんだ。
まあ、雪ヶ原だもんね。儀式の場所の詳細は知らなくても、闇ヶ淵の力の継承が「人の来ない山奥で穴掘って先代の骨を埋めて飲まず食わずで瞑想する儀式」だと知ってれば、こんな便利グッズも用意出来るんだろう。
数分後、南東からヘリのローターが空気を切り裂く音が近付いてきた。めっちゃ早くない? ドクターヘリじゃあるまいに。
私は雪ヶ原の人達に救助されるような格好でヘリに乗った。
事情を伝えると、このまま観音新町にある広島ヘリポートに着陸し、最速でファーマメント南観音へ行けるように手筈を整えておくとの事だった。
……ついでに心苦しいけど、他人に任せるのは本当に心苦しいけど、汚れた荷物の処理をお願いした。
燃えるゴミに出せばいいんだろうけど、本当に今は余裕が無いので……
雪ヶ原の分家の女の人が、苦笑いをしながら了承してくれた。ちくしょー、紙おむつでも履いとけばよかった……!




