第84話
ドラゴンスケルトン再出現に伴い救出部隊の派遣が難しい旨の連絡を受け、それでも前進する判断を下したAチームは戦場エリアを進む。
樫原さん曰く「キリのいい階数」の第二十階層は特にこれまでと大差無く、群れるタイプの魔物が巡回している。キリのいい階数とは一体何だったのか。
特に変わり映えのしない戦場エリアを作業的な雰囲気で突破し、今は午後三時頃。第二十四階層あたりまで降りて来た。
そもそも五階層毎や十階層毎をキリがいいと考えるのは人間側の都合だ。
もし指の数が八本で、十六進法をデフォルトとする生き物が地球の支配者だったとすれば、キリのいい数字は変わるんじゃないだろうか?
……などと下らない事を考えられる程度には余裕がある。
出て来るのはほぼ変わらない敵だし、ほぼ変わらない戦法で対処出来ている事もあり、やや中弛みしつつある。
殺伐とした雰囲気の戦場エリアにも慣れてきたのか、初めて来た時と比べて、皆落ち着きを取り戻しているように思う。
「しかし長いなぁ、火山が五階層で博物館が五階層だろ? この瓦礫の山がもう十四階層だぜ……いつ終わるんだよコレ」
先程Aパーティとの入れ替わりで戻ってきた混成Bパーティの男性探索者が不満を漏らす。
「ダンジョンを作ってる神様みたいな存在がいるなら、何らかの意図があってここを長くしてるんだろうけど……そもそも自然発生みたいな物に整合性を求めるのもねぇ」
同じ混成Bパーティの女性が合いの手を入れる。この二人は元々同じパーティを組んでいたのか、一緒にいる姿をよく見かける。
てっきりカップルか何かだと思っていたのだが、美沙やあかりが言うにはそういった雰囲気ではないとの事だ。……よく分からん。判別が付かん。
ペア探索者から目を外し、他の探索者の様子を見回してみる。
前衛職は大分くたびれていて、何なら魔物の返り血を浴びて汚れている。ダメージを負う事はあまり無いが、汚ればかりはどうしようもない。
魔物の血自体は腐食性の毒も無く、重篤な血液感染症が危ぶまれる訳でもない。ただただ血生臭くて不快だ。
とは言え、放置しても武器や防具が錆びる原因にもなる。適当なタイミングで装備の手入れがてら濡らしたタオルで体を拭きたくなる。
かく言う俺も、先程オークの返り血を浴びてしまったので気持ちが悪い。装備を外して体を拭ける休憩時間が待ち遠しい。
「でも確かに、この戦場エリアはちょっと長いですよね。まるで昔あった讃岐ダンジョンみたいです」
あかりが不意にそんな事を言い出した。讃岐ダンジョン? 讃岐と言うとうどん県として名高い香川か?
俺が探索者になったのは今年の三月中旬だし、五号警備で働いたのは広島のダンジョンだけだ。他県の話はさっぱりだ。
少し興味が出た俺は、あかりに尋ねた。
「讃岐ダンジョン? 香川の讃岐か?」
「はい、攻略されちゃったんで今はもう無いんですけど……第三階層までは洞窟エリアで、そこから第三十二階層まで御殿エリア……ええと、めっちゃ豪華な日本のお屋敷みたいなエリアだったんです」
「よく知ってるな、行った事あるのか?」
「実はPVの撮影で行った事があるんです。和風な曲があって、讃岐ダンジョンの御殿エリアがイメージに合うって——」
「2ndアルバムの雲蒸竜変ですねっ!? 和風の楽器で構成されたロック調の曲はVoyageRの中でもかなり珍しくて、それ故にファンの間でも好みが別れる曲です! もちろん私は大好きですけど! あかりんの伸びやかなハイトーンボイスと華やかな声質のさくらちゃんのツインボーカルにさやかちゃんのハモリの下支えがたまらないんで高坂さんも是非聞いて欲し待ってしずくちゃん布教のチャンスなの! お願いだから! アレンジバージョンも含めてあと四十曲くらいオススメしたい曲があるんだからーー!!」
あかりの話を遮るように突如現れてオタク特有の早口でもって解説を挟み込もうとした柿崎さんは、にこにこ笑顔の長岡さんに首根っこを掴まれ引きずられるようにしてガリンペイロの皆の下へ戻っていった。
俺は柿崎さんを見なかった事にして、話を本筋に戻す。
「……で、讃岐ダンジョンの話だが」
「はい。ぶっちゃけどこで撮っても同じだろうと思ってたんですけど、ディレクターが異様にこだわりの強い人で……結局、最下層の第三十二階層で撮影したんですよ。撮影が終わってちょっと休んでから帰ろうかーって時に、いきなり地面が大きく揺れて、周囲が魔物を倒した時みたく金色に光り初めたから慌てて荷物を回収して……気がついたらダンジョンの外でした」
「それは……ダンジョンが攻略されたって事か?」
「そうなんです、私達がPVを撮影していた一つ下の階層では探索者がダンジョンボスと死闘を繰り広げていたみたいでして……あの時はびっくりしちゃいましたねー。で、ここからが本題なんですけど」
あかりがスマホを取り出して操作すると、俺のスマホが鳴動する。どうやら何か送りつけたようだ。
確認しようとする間にも、あかりは話を続ける。
「同一エリアが十階層以上続いた後って、ダンジョンの大ボスとダンジョンコアがあるパターンが多いんですよ。統計的には大体七割くらいかな?」
あかりから送信されたのは長いURLだった。タップすると勝手にシーカーズが立ち上がり、ダンジョン情報を表示する。
これまで攻略されたダンジョンを含めた全ダンジョンの中で十階層以上同一エリアが続いた物をリスト化した物だ。先程の話にあった讃岐ダンジョンも、このリストに含まれていた。
こうして見ると、攻略禁止・推奨のどちらも結構な頻度で十階層以上続くエリアが発生している。
「七割か……思ったより高いな」
「必然と呼ぶには弱いけど、偶然では片付けられない微妙な数字ですよね? もしかしたらここもそんなダンジョンの可能性も……」
あかりの言葉を遮るかのように、混成Aパーティが戻って来た。皆血相を変えて駆け足だ。……何かあったのか?
他の探索者より一際顔を青くしている樫原さんが皆に呼びかける。
「皆さん、次へ向かう階段を見つけました。……ですが、様子がこれまでと違います。階段前に前室があります。恐らくですが……」
躊躇いがちに言い淀む樫原さんの言葉の続きを俺達が固唾を飲んで待つ。やがて決心したように前を向いて、告げた。
「ダンジョンコアとその守護者……ダンジョンボスがいる物と思われます」
§ § §
混成Aパーティの先導で先に進むと、コンクリート製のような質感のブロック塀で囲まれた三百平米程の空き地の向こうに、古い隧道の入り口に似た建物が見える。あれが下に降りる階段だろう。
空き地に足を踏み入れると、肌に感じる空気がガラッと変わった。嫌な匂いのしない、澄んだ空気だ。
こんな地下の、しかも戦場エリアでありながら涼やかで心地のよい風が吹いていると、否が応でも「安全地帯」と言う言葉が脳裏に浮かんで来る。
事実、俺達がこの空き地に入り込んだ後に通りがかった徘徊中の魔物は、俺達の存在を認知しながらも空き地に進入する事はなかった。
「これは今日は何も気にせず休めそうっスねー、よきかなよきかなー」
美沙が神楽のスイッチを操作して装備を格納し、大きく背伸びした。
汗で濡れたTシャツがぴっちりと美沙の身体に張り付いているせいで、下着が透けて見えそうになっているのが心臓に悪いし、何より目のやりどころに困る。
急いで個人用のリュックをカードから戻して、長袖のカジュアルシャツを渡してやる。「彼シャツだー!」と喜ぶ暇があるならさっさと着て欲しい。
……応援団長は透けるような服を着てる訳じゃないから上着は要らないだろう? 物欲しそうな目でこちらを見ても何も出ないぞ。
落ち着いた頃合いに、俺も美沙に倣って装備を脱いだ。
蒸れた体を吹き抜ける風が爽快だ。地上では間も無く冬に突入しそうな季節なのを忘れてしまいそうになる。
これまでロクに休憩を取れなかった他の探索者も、樫原さんの判断を待たずして装備を脱いでくつろぎモードに入っている。何ならお茶の準備を始めている奴までいる始末だ。
……それがガリンペイロのリーダーである笠木さんで、しかも結構お高そうなコーヒーを焙煎する所から始めている点には目を瞑ろう。いつも苦労してそうだしな。
もはや学級崩壊レベルで好き勝手に休んでいる皆へ、聞いているかどうかは別として、樫原さんが皆に呼びかけた。
「えーと……私から言うまでもなく皆さん休憩に入っているようですから、少し早いですが今日はここまでにしましょう。……高坂さん、とりあえず見張りを置かないことには不安なので……」
また手勢をお借りできませんかと言いたそうな樫原さんの言葉を遮って、ラピスが割り込む。
「それについてじゃが、見張りは要らんと思うぞ。ここには魔素が無い故、魔物も入りたがらんじゃろ」
「そうなのか?」
「うむうむ。妾達テイムモンスターはヴェルアーク……ええと、魔素を主から供給されとるから別に心配はいらんが、魔物は事情が違うからの。魔物からしたらここは酸素がない真空みたいな場所じゃから、わざわざ危険を冒して入ってくる事はないぞ。みんなでゆっくり休むとよいぞー、妾も久々にミサのオムライスが食べたーい」
去り際に難易度の高い要求を残して、ラピスはタゴサク・ケラマコンビと一緒に周囲の散歩に出掛けていった。
……キッチンはあるが、炊飯器が無いからチキンライスを作る所から難しいんじゃないか?
そもそもダンジョンにわざわざ炊かないと食べられない生米を持ち込んでいるかどうかも分からない。
食材の選定は美沙と静香が行っていたので、その内訳を俺が知る由もない。
承認されるかどうかは別の話だが、一応ラピスの要望は美沙に伝えるとして……目の前で所在無さげに立っている樫原さんに声をかけた。
「見張り、要らないらしいですが……」
「そう……ですね、魔素の話になると我々ではさっぱりですし、次の階層は大変な事になりそうですから、助言に従って今日はしっかり休んで英気を養ってもらいましょう。もちろん、高坂さんのテイムモンスターにも」
樫原さんはそう言い残すと軽く頭を下げて、混成パーティに合流してテントを建てるためにこの場を離れた。
俺もうちの女性陣用と自分の寝床用のテントを建てる為に、美沙達の下へと駆け足で移動した。
今日は大分早い時間に進軍を取りやめた事もあり、皆余裕を持ってキャンプの設営を終える事が出来たようだ。
我々も二日目ともなると勝手が分かってきたのか、俺だけでなく美沙やあかり、そして千沙さんも手際良く作業をこなしていく。
張り終わった女性陣用のテントの横に笠木さんから借りた俺用のテントを展開すると、美沙から「まーたそっちで寝るんスか」と言わんばかりのジトッとした視線を投げかけられた。しょうがないだろ。
美沙にラピスがオムライスを所望していた旨を伝えはしたが、やはり自宅で作るクオリティの物は難しいとの返答だった。
特に米は湯煎で調理可能なパックご飯しか持って来ていないんだそうな。
東洋鉱業から携帯用のキッチンと冷蔵庫の供与があったとは言え、戦場エリア突入前の準備期間は取材ばかりわざわざ米を買う為に外に出かける暇が無かったから仕方ないと言えば仕方ない。
とは言え、ご飯に卵に鶏肉に玉ねぎにニンジン、後は各種調味料があればどうにかなるらしく、冷蔵庫を確認してみたら必要量ありそうだったので、本日のサンブリンガーズのお夕飯はオムライスとなった。
ラピスはもちろん、召喚状態だった他のテイムモンスターも小躍りして喜んでいた。特に三織は調理中の美沙から片時も離れないくらい大興奮だ。
他のパーティがカセットコンロにスキレットだったり焚き火に鉄板だったりとキャンプ飯めいた調理器具なのに対し、携帯用とは言えちゃんとしたキッチンと冷蔵庫を使って調理を行う我々に対して羨望の眼差しが集中する。
俺は多少居心地の悪さを感じていたが、美沙は「羨ましいって気持ちは購買意欲に繋がるんスから、存分に使って羨ましがらせればいいんスよ」などとどこ吹く風だ。
東洋鉱業が貸与してくれたのも俺達が使う事で探索者に対して宣伝効果が発生するのを見越した物だろうし、そう考えると目立たない所でこっそり使うのは意味が無い。
良くも悪くもスポンサーの付いたプロ探索者の宿命と言った所だろうか。
早めに慣れた方がいいのは分かるが、俺は根が小心者の貧乏人だからまだまだ時間がかかりそうだ。
各々食事を終えていく、他のパーティーと合流したり、自分の趣味に没頭したりして時間が過ぎて行く。
ベースキャンプでは何だかんだで慌ただしく過ごしていたからかも知れないが、このレイドが始まって一番ゆったりとしている気がする。
それがダンジョンの奥地ってのが何とも言えない所だが、五号警備をやっていた時はダンジョン内でくつろぐなんて事は考えた事もなかったから新鮮だ。
混成パーティの中でギターを取り出した男性探索者が何やら演奏を始めると、あかりがそこに混じって歌い出した。
案の定柿崎さんが誘導灯を短く切り詰めたようなぶっといペンライトを振りながらギャン泣きし、長岡さんが柿崎さんを宥め、琉輝彌君が体幹の強さを見せつけるようなブレイクダンスを披露する。
やがて楽しそうな雰囲気が空き地全体に波及し、Aチームを呑み込むようなどんちゃん騒ぎに発展していった。
中には付き合いきれないとばかりに早々にテントに退散する探索者もいるが……まあ、こればかりは個人のスタンスだ。宴会に加わるよう無理強いする者もいない。
俺と美沙は一団から少し離れた所で、眠気が訪れるまで大騒ぎの様相を眺めていた。
§ § §
俺と美沙は割と早い段階で眠ったが、あかり達は結構遅い時間まで楽しく騒いでいたようだ。
酒を飲むような奴はいなかったが、結局全員が起きて出発の支度が済んだのは午前十時半だった。
予定時刻を大幅にずれ込んでしまったが、せっかくのリフレッシュの機会だった事もあり、樫原さんは咎めるつもりはないようだ。
下へ降りる階段となっているみすぼらしい構造物の前に集合した俺達は朝礼を行い、攻略を再開する。
「では、下に降ります。何が出るか分かりませんので、慎重に行きましょう」
樫原さんが先頭となり、階段を一歩一歩確実に降りて行く。混成パーティから先に降り、次にガリンペイロ、そして俺達サンブリンガーズwith千沙さんが殿を務める形だ。
長い長い階段を降りていたが、突然皆の足が止まる。何かマズい物が見つかったのだろうか?
美沙と顔を見合わせていると、前方に動きがあった。ゆっくりとだが前進している。俺達もそれに合わせて追従する。
やがて第二十五階層に辿り着いた俺達は、その光景に言葉を失った。
そこはドーム球場のような広い空間で、天井が淡い燐光を放つ微細な何かで埋め尽くされて輝いている。まるで満天の星空を仰いでいるようだ。
主だった光源が無く、周囲は薄暗いはずにもかかわらず、皆の顔や辺りを見渡せる程に明るい。
地面には石畳が規則正しく敷かれており、空間のど真ん中にうず高く灰色の何かが積もっている。
そして灰色の何かを挟んだ反対側の壁面には穴が空いており、その奥に光り輝く結晶体が見える。
俺も一度だけ見た事がある。呉を襲った巨大なゴーレムの額に張り付いていた結晶……ダンジョンコアだ。
「……間違いないですね。ここが原爆ドームダンジョンの最奥です。あそこにある穴の奥に見える奴がダンジョンコアです」
樫原さんの断定に探索者達がざわつく。無理もない、普通の探索者ならダンジョンコアを見る機会は無いはずだ。
火山エリアで探索者協会にドナドナされてしまって今はもう居ないコンカラーであれば話は別だが、ドロップ品目当てで潜る探索者はコスパの関係上最下層まで降りたりはしない。
初めて見るダンジョンコアと……初めて対峙するであろうダンジョンボスに緊張感を隠しきれない。
「しかし妙ですね。ダンジョンコアはあるのにボスの姿は見えませんね。あるのは中央にある、あの謎の灰だけ……」
笠木さんが周囲を見渡しながら一歩踏み込むと、灰の山に動きがあった。
灰の山の中央から段々と赤熱し始め、全体が真っ赤に染まると辺りに熱を孕んだ風を巻き起こす。
やがて赫赫と焼ける灰の中から、一羽の巨大な鳥が天井近くまで舞い上がり、ゆっくりと降下した。
皆が武器を構えて臨戦体制を取る中、悠然と着陸したその鳥は全身が燃え盛っている。
「燃える鳥……? 鳳凰……ではないですよね」
樫原さんが鳥を見つめながらその正体を推し量ろうとする。
ダンジョンの魔物は地球に存在する神話や伝承や生き物を模している物が多い。この燃える鳥も、何かモチーフがあるはずだ。
燃える鳥と言えば中国の鳳凰や朱雀、オーストラリアのファイアホーク、エジプトのベンヌなんかもそうだ。しかし、どれも当てはまりそうもない。
……しかし、こと広島の地において強く結びつく幻獣が一体だけ存在する。
太平洋戦争末期、アメリカの投下した原子爆弾……その核の炎に焼き尽くされた絶望の中より立ち上がり、見事に復興を果たしたこの街を例える時に称される幻獣。
その名は広島国際会議場の一番上等なホールの名に使われる程だ。
灰より生まれ出で、死して灰より蘇る不死の火の鳥。燃える鳥の中では最大手のメジャー格。つまり……
「——フェニックス」
誰かがそう、呟いた。
復活を司る不死の鳥が、応えるように翼を広げ、長く啼いた。




