第83話
これまでの様子を見て分かる通り、混成パーティはAとBに分かれている。
これは樫原さん……と言うよりも、探索者協会が各員のジョブや実力を加味して均等になるよう振り分けたものだ。
しかし、これが野営時となるとその分別方法が変わる。その区別はシンプルに、男か女かだ。
いくら同じパーティだからと言って、男女が同じテントで一夜を過ごす事はしない。見ず知らずの寄せ集めである混成パーティなら尚更だ。
男性用、女性用と二張りのテントを設営した後、混成パーティは性別に分かれて荷物を置きに行った。
ガリンペイロも笠木さんと琉輝彌君、長岡さんと柿崎さんのペアで一張りずつテントを用意するようだ。
男女七歳にして席を同じゅうせず……などと言えばまるで年寄りのようだが、今の時代はコンプライアンス第一の考え方が浸透している。
何でもハラスメントになり得る昨今、危険と隣り合わせのダンジョンの中にあってもリスクの極小化は喫緊の課題だ。
ベースキャンプでは魔物は出ないし、スペースも余裕があったのだ多少ルーズでも許されていたが、ここはダンジョンの深層だ。
何かあっても外部からの救助が望めない場所であり、様々なリスクを考慮しなければならない……はずなのだが。
「何でここで寝ないんスか! いーじゃないっスか広いんだし!」
「良くないわ! 他の探索者の目があるだろうが! あのオッサン女の子ばかりの狭いテントに泊まるんだーって白い目で見られるに決まってるだろ!」
「別にいいじゃないっスか! あたしの旦那様になる人なんスからあたしと一緒に寝るのが当然でしょうが! ほら、ちー姉様もそうだそうだと言っているはずっスよ!」
「美沙さん、寝袋とは言え未婚の男女の同衾はちょっと……私も父上以外の男性と同じ床で寝るのは……万沙さんもそうですけど、貴女達は少し奔放が過ぎます。はしたないです」
混成パーティか笠木さん達の所にお邪魔しようとする俺とどうにかして一緒に寝ようと引き留める美沙、顔を真っ赤にしてあわあわしている千沙さんと引っ掻き回す気満々のあかりでてんやわんやになっている。
「えー? ベースキャンプでも一緒のテントで寝たんですから、別に良くないですか? 私は全然バッチ来いなんですけど?」
「ベースキャンプのテントはちゃんと間仕切りのあるでっかい奴だっただろ! 聞いてないぞ、持ってきたのがこんな普通のドーム型だなんて! それにお前はアイドルだろ、こんなのスキャンダル待った無しだぞ!」
案の定口を挟んできたあかりに反論する。
今回のレイドの準備として資機材を仕入れたのは美沙と静香だ。品物の選別は美沙が、決済の許可は静香が担っている。
全部任せっきりにしていた俺にも非があると言われればそうなのだが、まさか普通のテントを一張りしか用意していないとは思わなかった。
てっきり間仕切りがあり男女間のプライバシーを保てるようにしてあるテントか、もしくは二張り持ってきている物とばかり思っていた。
これではマトモに寝泊まりは出来ない。だから俺が男性陣が複数人いるテントに合流すると提案したら、美沙が猛反発した。
それなら千沙さんとあかりを混成パーティの女性用テントで面倒見てもらったらどうだと提案したが、現状戦力外になっている千沙さんを他所に預けるのは無責任だと指摘され、あかりは見ず知らずの人と寝るのはリスクがあると拒否した。
……俺と寝るのはリスクじゃないのか?
侃侃諤諤の大議論が繰り広げられたが、ちょうど通りかかった笠木さんが使っていない一人用の折り畳みテントを貸してくれる事で事なきを得た。
ありがたい話だ。寝袋一個置くのが精一杯の小さい奴だが、この陰鬱とした戦場エリアの風景を遮る壁と天井があればしっかり眠れる。
美沙から「余計な事をしてくれやがったな」といった感じのジトッとした視線を向けられてタジタジになっている笠木さんに、俺は頭を下げて感謝を伝える。
「笠木さん、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、いいんですよ。高坂さんのテイムモンスターが夜間の見張りをしてくださるお陰で、皆ゆっくり眠れますからね。テントくらいで良ければ喜んでお貸ししますよ」
笠木さんがにこやかに答えて、自分たちのテントへ帰っていった。そう、今回の野営の見張りはうちの子達が行う事になっている。
テイムモンスターも生き物である以上睡眠や食事が必要だが、ダンジョン内においては魔素を吸収する事でその代用とする事が出来る。
一桜達は俺が指示した事をちゃんと守るだけの知性があるので、見張りとして運用するには全く問題ない。
この袋小路になっている広間の入り口で立哨させておけば、徘徊する魔物の侵入を知らせてくれるだろう。
オークやオーガを相手出来る戦力はラピスくらいだ。だが、召喚中のテイムモンスターが全滅したとしても俺達が戦闘準備を整えるための時間稼ぎが出来たらそれでいい。
……などと言うと俺がまるで人手なしのように見えるが、この提案は樫原さんが野営の指示を出す前に、ラピスが率先して言い出した話だ。
人間は死んだら終わりだが、テイムモンスターはいくら傷ついても限界を迎えた時点でカード化するから死ぬことは無い。
取り返しがつかない物の為に取り返しがつく物を惜しみなく使うのが戦術の基本だから気にするな、との事だった。
まるで決死隊のようなセリフを平然と言い放つラピス達に、大きなショックを受けたのが田町さんだ。
田町さんはマリンフォートレス坂での一桜の試合の動画を何度となく見ている。当然、一桜がいたぶられてカードに戻る姿もその度に目にしている。
その痛ましい姿が脳裏にフラッシュバックしたのだろう、田町さんは一桜をぎゅっと抱きしめて泣いていた。
肝心の一桜はとっくにあの時の反省を済ませている。何なら田町さんに抱きしめられてちょっと嬉しそうにしていた。
逆に田町さんを慰めるように背中を軽く叩く姿は紛れもなくお姉さんだ。ああ見えてしっかりと成長している。
徘徊する魔物による襲撃の危険から身を守る為には必ずやらなければならない見張り番だが、誰だって好き好んでやりたい訳ではない。
途中で起こされたり、睡眠時間を削らされるのだからたまったものではない。出来る事なら、休める時間は気兼ねせず休みたいものだ。
起こるかどうか分からない危難に対して備えるコストは、往々にして軽視されがちだ。普段警備業界が直面している問題がこんな所で見られるとは、なんとも慨深い。
そんな中、一晩を完全にカバー出来るだけの見張り要員を工面した我々サンブリンガーズへの評価は大いに上がった。
少し物憂げだった探索者達も心なしかほっとしており、俺達とすれ違う時には感謝の言葉をかけられたりもした。
……こういう言い方は良くないが、戦闘力として数えられない千沙さんを抱えている以上、今のうちに周囲の好感度を稼いでおくのはとても大事だ。
「さて、チキってあたしとの添い寝を回避するような甲斐性なしの旦那様は置いといて……目下の問題はちー姉様です」
なんだか妙なディスられ方をしたような気がするが、それよりも気にするべきは千沙さんの弱体化だ。
これが多少鈍くなった程度であれば許容も出来ようが、ほぼ一般人レベルまで弱体化してしまっている。
もしかしたらうちのタゴサクに負けるんじゃないかというレベルだ。これでは戦闘要員として組み込めない。
「……申し訳ありません、よもやこのような事になるなんて……」
「いや、これはウチの情報網を持ってしても分かんない奴なんで気にしなくていいですよ。異能封じなんて聞いたこともありませんもん」
あかりがお手上げとばかりに両手を天に伸ばして背伸びをし、寝袋の上にどさっと寝転がった。美沙もうんうんと首肯する。
「そもそも異能封じってのが完全にあたし達を狙い撃ちしてんスからしょーがないっスよ。制限時間のあるデバフなんスから耐えればいいだけっスから、我慢我慢」
美沙がフォローを入れるが、千沙さんは浮かない顔のままだ。
俺達の原初の種子や美沙や千沙さんの月ヶ瀬の力を封じる異能封じのデバフには消滅までの残り時間が記載されている。
今だと残り時間が五時間十二分三十秒ほど残っている。日付が変わったら消滅する算段だ。
「そう……ですね、明日はしっかりお役目を果たすつもりです」
「うんうん、とりあえず終礼みたいな奴も終わってますし、適当になにか食べて体を拭いて、歯磨きしてから寝ましょうね」
美沙が千沙さんの背中をさすりながらカードケースを取り出し、おでかけセットや菓子パン等を準備していく。
話が終わったと分かるや否や、いきなり服を脱ぎだそうとするあかりを静止して、俺はいそいそとテントを後にした。
俺も自分の寝る支度をしなければならない。俺はガリンペイロのテントに向かい、笠木さんから一人用のテントを借り受けるのだった。
§ § §
結論から言うと、異能封じのデバフは日付を跨いだら新しく更新されていた。
俺もあかりも原初の種子の力が使えないままだし、美沙も千沙さんも力が封じられたままだ。
力が戻っていないと気付いた千沙さんの落ち込みっぷりが凄まじい。かつて失意のどん底で雨に打たれていた美沙と雰囲気が似ているのはさすが姉妹と言うべきか。
朝イチで様子を見に来た樫原さんにデバフが引き続き付きっぱなしになっている旨を報告すると、暗い顔のまま腕を組んで唸り声を上げていた。
今は午前六時、昨日は早い時間に休む事が出来たのでこんな早い時間でもスッキリ起きる事ができたし、Aチームの集合時間もやや早めの七時となっている。
既に俺も身支度を整え、美沙達と合流して朝食を摂っていた所に樫原さんがやってきた次第だ。
樫原さんによると、千沙さんの現状は昨日のうちにレイド本部であるベースキャンプの探索者協会に連絡済みで、救助隊を送れるかどうかを協議しているらしい。
第十一階層以降の戦場エリアの情報は、探索者協会を始めとするお上によって統制されている。
人を多く動かせば動かすほど、情報漏洩のリスクが高くなる。そうそう簡単にゴーサインを出すわけにはいかないのだろう。
それに、探索者の練度の問題もある。レイド参加者であるBチーム・Cチームもいるにはいるが、無策に突っ込ませて無事解決とはならない。
博物館エリアの擬態する魔物の対処は、不慣れな新人には難しい。
それに、万が一ドラゴンスケルトンがリスポーンしていた場合救援部隊を送る事は実質不可能となる。
どちらにせよ、探索者協会もすぐさま人材を送れる状況にはない。
どんな判断が下されるにせよ、連絡があるまでは千沙さんを守りながら進軍せざるを得ない。
……だが、これ以上サンブリンガーズを働けない状態にしておくのはローテーションや士気に悪影響を及ぼす事になる。
「……という事ですので、恐縮ですが本日からサンブリンガーズの皆さんにもローテーションに入って頂きます。千沙さんはローテーション外のパーティで守ることになります」
なんともバツの悪そうな顔で、樫原さんが頭を下げる。頭を下げないといけないのはこっちの方だってのに、律儀な人だ。
「もちろんです、俺達だけ楽をする訳にもいきませんからね」
「申し訳ありません、私のせいで……」
千沙さんも深々と頭を下げている。
千沙さんだって別に自ら望んでサボってる訳ではなく、デバフのせいで戦えなくなっているだけの被害者だ。
ここまで頭を下げている千沙さんを見ていると、どうにも申し訳なく思えて来る。実際、共闘しないかと誘ったのは俺達だからな。
「いえ、デバフのせいなら仕方がありませんよ。無茶をして怪我でもされたら大変ですから、後詰めの部隊から離れないようにお願いします。では、七時には移動出来るように準備を済ませておいて下さい」
俺達への伝達を終えた樫原さんは再度頭を下げ、他のチームメンバーのテントへと向かっていった。
話の間放置されっぱなしで冷めてしまったトーストを無言で齧りながら、居心地の悪い朝食を済ませる。
「いっそ皆で上に戻って仕切り直しってのは……無理なんですかね?」
美沙が思いつきを口にするが、あかりが首を横に振る。
「無理だと思いますよ。一旦ベースキャンプに上がってここまで戻るとしたら、ドラゴンスケルトンがリスポーンしてる可能性がありますもん」
「もしリスポーンしてたとしても、倒せば良くないっスかね? 」
「うーん……でも高坂さんもデバフがかかってて、原初の種子の能力が死んでる訳ですよね? シャンデリア爆殺作戦の再現性が怪しいですから、もっかい戦うとしたら今度こそ負傷者が出ますよ。下手したら死傷者も……」
「なら、BチームやCチームに頼んで第十階層にナオビを配置してもらって、ドラゴンスケルトンのリスポーンを防いだら……」
「それもマズいかもですよ、このデバフは私達が『やりすぎた』ペナルティの可能性があるってラピスちゃんが言ってましたよね? 今は力が使えない程度ですけど、満足に戦えないレベルの弱体化や異能の永続的封印なんて方向にデバフが強化されたらそれこそ終わりですよ」
美沙の提案とあかりの懸念点の突き合わせが続くが、話し合えば話し合うほど「現状のまま千沙さんを守りながら下を目指すしかない」という結論に辿り着いてしまう。
俺はその様子を見守る事しか出来なかったが、千沙さんが拳を握りしめて、絞り出すように議論に割り込んだ。
「……心配は不要です。これでも月ヶ瀬の長姉ですから、危険には慣れています。もし命尽きようとも、魔を討つ者として生きると決めた時から畳の上で死ぬ事はないと覚悟していますので、いざと言う時には見捨てて頂いて……」
「うっさい! あたしが嫌なんスよ! せっかく腹割って話せるようになったちー姉様をこんな所で危険に晒す訳にはいかないでしょうが!」
「美沙さん、こればかりは仕方がありません。貴女も武門の娘なら、我儘を言わずに聞き分けなさい」
「こちとら武門の娘じゃないって言われて育ったんスよ! 末っ子はワガママ言ってナンボなんスからちー姉様は黙ってて!」
もはや問答の内容が千沙さんが死ぬのを既定路線とし始めている。俺は強めに一つ柏手を打って、皆の気を引いた。
「話が逸れてるぞ。確かに千沙さんが一般人並みになったのはキツいし、今の段階では救助も期待も出来ないし、命の危険だってあるが……まだ千沙さんが大怪我したり死んだりするって決まった訳じゃないだろ?」
「それはそうっスけど……」
「後衛は三パーティもいるんだし、ポーションの備蓄もたっぷりあるし、何ならケラマを預けておけば怪我は治してくれる。それでも心配ならラピスも残しておけば防衛戦力の足しになるだろうし、そうそう簡単に危機に陥ったりはしないはずだ。……心配になる気持ちは分かるが、やるべき事に全力で当たるのが千沙さんの無事に繋がると思うぞ」
俺の指摘にあかりがうんうんと頷く。
「そうですね。ここであーでもないこーでもないって悩むより、実際にやってみるのが一番ですね。そもそも千沙さんがやられる状況は後衛の壊滅……つまりAチーム全滅の憂き目ですからね」
「ああ、まずは異能に頼らずとも誰も損耗しない戦い方を確立してからだ。……異能に頼らないとは言え、アビリティには何のペナルティも発生していない訳だから、これをある程度有効活用していこう」
皆が頷いて理解を示してくれたのを確認して、俺は立ち上がった。そろそろ片付けを始めてもいい時間だ。
「じゃ、今日も一日頑張ろうな。こっちの片付けは皆に任せるぞ」
「はーい、チャチャっと済ませますよー」
各々が自分の私物をカード化し始めるのを見届けて、俺は自分のテントを片付けに戻った。
このレイドが終わるまで貸しておいてくれるらしいので、笠木さんのご厚意に甘える事にしよう。
§ § §
時間になり、朝礼が始まった。
樫原さんから連絡事項が伝えられる。主に千沙さん関連の話だ。
救助の判断については探索者協会でただ今絶賛審議中である件、我々Aチームはこのまま攻略を続行する件、サンブリンガーズがローテーションに組み込まれる件が軽く説明された。
続いて一桜達夜警版から徘徊する魔物の姿も無く、特に異常も無かった旨の報告を受け、今日の攻略方針が伝えられる。
樫原さん曰く、戦場エリアはマップが変わったりする事もなさそうだし、一度魔物を全滅させれば当日中の再出現はなさそうとの事だ。
加えて、探索者協会の救助が派遣された場合、あまり深くに潜っていると救助が追いつけない可能性がある。
なので今日からしばらくはペース調整とバックアタックを警戒するのを念頭に置いて、マップを全部埋める勢いで探索し、魔物を全滅させていく方針となった。
戦場エリア二日目の攻略は順調だ。
第十七階層の終盤から再開し、すぐに階段を降りて戦闘ローテーション通りにバトルをこなす。
まだ出現する魔物に大きな変化は無く、群れで行動する魔物がほとんどだ。ゴブリン、オーク、コボルト、たまに思い出したように現れるオーガが数体といった所だ。
攻略ペースが昨日よりゆっくり目になった事もあり、皆落ち着いて魔物に対処出来ている。
怪我を負う探索者もいたが、タゴサクとケラマが回復魔法を使って癒していく。
かわいいいきものコンビにメンタルも癒されて一石二鳥だ。二匹とも撫でられたりおやつをもらったりして上機嫌だ。
ただ、別種とは言えコボルトを斬殺しまくっている点に罪悪感を覚える女性探索者がいたのが気になった。
魔物は魔物、テイムモンスターはテイムモンスターと割り切っておかないと辛い事になる。
それを危惧して、月島君達モンスターテイマーや探索者協会は魔物を徹底的に敵に仕立て上げていた訳だが……その横紙を破ったのは紛れもなく、俺だ。
女性探索者には俺の方からフォローを入れておいた。このチームにはモンスターテイマーも居ないし、テイミング持ちも俺だけだからな。啓蒙活動も俺の役目だ。
……だから浮気じゃないんですよ美沙さん、昨日別のテントで寝たのも累積点なんですか? 今はそれどころじゃないんだから頑張って魔物を倒していこうな。話を逸らしてる訳じゃないぞ。
攻略を続ける事数時間。
階段の先に広がる第二十階層がボス部屋でなかった事に落胆していたちょうどその時、樫原さんのスマホが鳴った。
階段で進軍を停止し、連絡の内容を確認した樫原さんが地獄の底から湧き出たような深いため息を漏らす。
「すみません、皆さん。探索者協会から連絡がありました。良くない知らせです」
「良くない知らせとは……?」
笠木さんがオウム返しに聞くと、樫原さんが淡々と説明を始めた。
「第十階層にてドラゴンスケルトンがリスポーンしました。Bチーム・Cチーム合同で討伐に当たりましたが失敗、八人が重軽傷を受けて撤退しました」
「まさか……そんな!? 」
笠木さんが狼狽の声を漏らし、あちこちで戸惑いの声が上がり、そこまで広くない階段がざわつく。
皆が動揺するのも当然の話だ。ドラゴンスケルトンが再出現したのであれば非常にマズい。
千沙さんの救助隊が来られないのもそうだが、もし俺達が攻略に失敗し、撤退する事になっても退路が塞がれている。
進むも地獄、退くも地獄の八方塞がりの状態に叩き込まれたと言っても過言ではないのだ。
「……幸村さん、ドラゴンスケルトンを倒した時のあのコインって……」
田町さんが俺達の所にやってきて、あかりに尋ねた。
あかりが申し訳なさそうに首を横を振ると、田町さんは「そうですか……」と呟き、頭を下げて混成パーティのもとに戻っていった。
確かに事情を知らない人間からしたら、あのおみやげコインがあればどうにかなると考えるのは当然だろう。
しかし残念ながら、シャンデリアにバカみたいな光属性を付与したのはあかりが買ってきたコインのおかげではなく、俺の原初の種子の力だ。
それが頼りにならない以上、シャンデリア戦法のキーアイテムは在庫切れであると主張するしかない。
「探索者協会からは、進軍・撤退共に判断は現場に任せるとの事です。……ですが、私としては進軍を提案します」
「その理由は?」
美沙のややトゲを感じる問いと鋭い視線を受けて少し言い淀んだが、樫原さんが論拠を提示する。
「まず、今から戻ったとしてもドラゴンスケルトンと戦う事になります。練度の高いAチームと言えども負傷者が出る事は想像に難くありません。それなら、降りられる所まで降りて情報を集めておいた方が次につながります。これまでの戦闘を見ても分かる通り、千沙さんも無事ですし」
樫原さんの意見ももっともだ。
この戦場エリアの情報は統制されていたのもそうだが、そもそも情報が足りていなかった。
ドラゴンスケルトンを対処するのも一苦労だし、その先を探索する戦力も足りていなかった。
今回のレイドでようやく最深到達階層が更新された訳だ。情報を持ち帰りたい自衛隊や探索者協会の気持ちも分かる。
……それと同時に身内を危険に晒し続ける美沙のストレスも理解出来るだけに、いかんともしがたい所だ。
誰も意見を差し挟めない微妙な空気が場を支配する中、あかりがよく通る声が響いた。
「進みましょう。今戻って被害を出しながらドラゴンスケルトンを倒して千沙さんを地上に送り届けたとしても、フルメンバーでここに戻って来られるかどうか分かりません。それなら今のうちにいける所まで行った方が、ダンジョンコアを破壊出来たら魔物も全滅しますから帰りの心配もいりませんよ」
「でも……この先も無事とは限りませんし……」
美沙がチラチラと千沙さんを見ながら歯切れの悪い反論をする。
そんな美沙の頭に手を当てて、千沙さんが口を開く。
「もとより覚悟は出来ています、進みましょう。私の身の心配は不要です」
樫原さんと千沙さんの間で視線が交わされ、お互いに小さく頷いた。
「他にご異議はありませんか? 無ければ引き続き攻略を進めますが……」
樫原さんがAチームメンバーに問いかけるが、返答は無い。
たっぷりと時間をかけてリアクションを待ったが、特に何も無いのを見て樫原さんは先陣を切って第二十階層へ足を踏み入れた。
「それでは、ご異議ない物と判断します。キリのいい階層数ですし、何か変化があるかも知れません。索敵をしっかりお願いします」
各々深呼吸したり頬をぺちぺち叩いたりして気持ちを新たにしている間に、今回の戦闘担当のガリンペイロの四名が先行する。
俺達も気を引き締め、千沙さんの身の安全を意識しつつ第二十階層へと降り立った。




