第74話
受け持ち分最後の区画の討伐を終えた俺達は、地図に示された下層に降りる階段へと向かった。
道中、笠木さんがAチームのチャットルームに割り当て区画の討伐を完了した旨を投稿した。その数分後に樫原さん達混成グループの討伐完了報告が上がる。
しかし、コンカラーのメンバーからの報告はいつまで経っても上がってこない。
「コンカラーさん、随分と時間がかかってますね……不測の事態でも起こりましたかね?」
笠木さんがスマホをいじりながら、俯きながら呟く。
「報告忘れとかじゃない? なんかルーズそうな面構えだったし、あれはゴミ捨ての曜日にも頓着しないタイプだと思うよー」
「ルート的には俺達が調査に行くより、階段手前で混成グループと合流してからコンカラーの区画に行く方が安全だよなぁ……どうする、リーダー?」
長岡さんと琉輝彌君が笠木さんの呟きに反応する。……柿崎さんはもうダメかも知れない。完全に疲れ果てている。
「Aチームに配属されてるんだから、コンカラーも実力を認められているはずだ。手傷を負わされてるなら救援要請が飛ぶはずだし……とりあえず、急いで混成グループと合流してコンカラーの様子を見に行こう」
「それじゃあ、そろそろ私は姿を隠しますね。またお会いしましょう!」
あかりが皆に手を振って、カード化していた隠形のルーンを実物に戻す。
すると途端にあかりの気配が希薄になり、どこにいるのかも分からなくなってしまった。意識して見ようとするとかろうじて居場所が分かる程度だ。
なるほど、カード化してる間は効果が出ないのか。そういうオン・オフの管理が出来るのは便利だな。
俺にも一個欲しい……いや、ベルギーにまで出張らなければならない上に何億もするんだったか。やっぱりいらないな。
「あかりん居なくなっちゃった……ライブ良かった……すごく楽しかった……おうた一杯聞けて嬉しかった……ファンサすごかった……尊かった……またお金貯めなきゃ……物販、物販どこぉ……?」
あかりが見えなくなった事で柿崎さんが正常に戻るかと思ったが、今度はべそべそと泣き出した。誰がどう見ても完全に取り乱している。
確かにあかりがバフを撒くために歌いはしたが、ここはVoyageRのライブ会場ではない。原爆ドームダンジョン第四階層だ。
アカリウムの欠乏に伴う一時的な幻覚症状と情緒不安定だろうか? アイドルは違法薬物の類ではないはずだが……
今にも存在しない物販ブースを求めて徘徊しかねない柿崎さんを長岡さんが優しく宥める。
「うんうん、ちゆちゃんVoyageRのライブ行くといつもこうなっちゃうもんね。今日はライブじゃないから物販は無いよ、ここどこか分かる?」
「ひろしまぁ……グリーンアリーナ……?」
「うんうん、違うねー。ここ原爆ドームダンジョンだよー。魔物はもう出てこないはずだけどしっかりしようねー」
「うん、しっかりしないとあかりんに……あかりん……やだぁ、寂しいよぉ……ぴぇぇ……」
またぞろぴえんぴえんと泣き出した柿崎さんをあやしながら、長岡さんが笠木さんを手招きする。
「かさっち、みんなと一緒に先行っててくんない? ちゆちゃんこうなっちゃったらしばらくダメだからさー」
「つっても、女二人ここに残す訳にはいかねーだろ……リーダー、俺も一応残っとくぜ。魔物は出ないだろうが、万が一の事もあるかも知れねーしな」
琉輝彌君が呆れたようにため息をついて、居残りを提案する。笠木さんはしばらく煩悶して、いつものように胸をさすりながら答えた。
「……分かった。この後はボス戦だから、間に合わなかったら階段で待機するように。高坂さん、月ヶ瀬さん。先に階段に向かいましょう」
俺と美沙は笠木さんと共に、下層に向かう階段へと急いだ。
§ § §
別の区画で討伐を行なっていた樫原さん率いる混成グループのと合流を果たし、下層への階段の手前まで行くと……
「おう、遅かったじゃねえか」
下卑た笑みを浮かべる六人組の男が待ち構えていた。コンカラーの面々だ。あれ? なんでこいつらここにいるんだ?
討伐完了の連絡が無かった訳だからまだ戦ってるとばかり思っていたが、こうなると報告忘れのセンが強くなる。
「コンカラーさん、討伐は完了しているのですか?」
樫原さんが少しムッとした表情でコンカラーに尋ねた。そりゃそうだ、ここは遊びで来るような場所じゃない。報連相も出来ない人間がいては事故の元だ。
……遊びに来たような取り乱し方をした女の子を置いて来た事に関しては、見なかった扱いにしようと思う。
「当然だろ、オレ達を誰だと思ってる」
「討伐報告がありませんでしたが?」
「お? そういやそんなモンもあったな。悪ぃ悪ぃ」
ニヤニヤ笑いながら軽く流すコンカラーのリーダーの物言いに、樫原さんは苛立ちを隠しきれないようだ。
「ここは攻略推奨ダンジョンです。過去に何度も攻略推奨ダンジョンを踏破したコンカラーの出向者なら、その意味はご存知でしょう? 一つの気の緩みから全滅する可能性があるのが攻略推奨ダンジョンです。今後は報告をしっかり行うようお願いします」
樫原さんがコンカラーに向けて述べた訓示が胃に突き刺さった人がここにいる。笠木さんだ。
気の緩みの権化みたいなパーティだもんな、分かる。樫原さんがこっちの受け持ちでなくて本当によかった。
ダメージを受けなくていい人は胃を痛めてるのに、コンカラーの連中は全く意に介さない。何なら舌打ちをしたり「自衛隊風情が」と息巻いてる奴もいる。
樫原さんもコンカラーを諌める事を諦めたらしく、眉間を揉みながら大きくため息をついた。
「……そう言えば、ガリンペイロのメンバーはどうされたんですか?」
「一名、体調を崩したメンバーがおりましたので介抱させています。復調出来次第ここに来るよう伝えてあります」
笠木さんが樫原さんに報告すると、コンカラーのメンバーが一斉に大声を上げて笑い出した。
「おい! どうなってんだ! ここは攻略推奨ダンジョンだろうが! 体調不良者連れ込んでるとかナメてんのか!」
「お前らのとこ女がいたよな! もしかして生理か!」
下品で野卑なヤジを投げかけるコンカラーの面々に、樫原さんが引率してきた混合グループの皆が眉を顰めた。
四名の男性探索者も良い目では見ていないが、特に女性探索者五名は彼らを汚物を見るような目で見ている。
「……体調不良者が出たのであれば仕方がありません。第五階層のラーヴァ・ゴーレムは現時点の戦力で討伐出来ます。皆で降りて──」
「いや、待て」
樫原さんの提案を遮り、コンカラーの中で一番デカい男が俺の方に歩み寄ってきた。
「オレはガリンペイロを知ってる。まあまあやるヤツらだってな。他の連中も名前は知ってる。だが、お前ら……サンブリンガーズだったか? お前らの事は知らねぇ」
「だろうな、俺達のチームは結成して一ヶ月も経ってないからな」
「つまり、オレらはお前らを信用してねぇ訳なんだな。これが」
「……何が言いたいんだ?」
俺は結論を催促した。俺の横で殺気が異常な程に膨れ上がってるからだ。
話の途中で刃傷沙汰にでもなったら言い逃れ出来ない。せめて全部言わせてやらなければ。
「オッサン、お前一人で下に行ってラーヴァ・ゴーレムを倒してこい。そこの女は置いていけよ」
俺は今にもレイピアを引き抜こうとしている美沙の肩に手を置いた。ステイステイ、まだだぞ。
「何でだ?」
「あん? 察しが悪いな。コンビに見せかけてどうせ女におんぶにだっこなんだろ? お前の実力を見せて見ろって言ってんだよ」
「なるほど」
俺が結論を出そうとしている所に、樫原さんが割って入る。
「勝手な仕切りはやめて頂いたい。このレイドは探索者協会が主催した物であり、探索方針は私が協会より一任されています。指揮系統は私にあります」
「うっせぇんだよ! 役に立たねえ自衛隊風情が! 俺等くらいのレベルになってから言いやがれ! こちとらレベル八十だぞ!? あぁ!?」
コンカラーの大男が樫原さんに向かって啖呵を切った。樫原さんもレベルの話を持ち出されてたじろいでいる。
……そういや俺のレベルっていくつだっけかな? 確か宮島ダンジョンで田島さんと働いた時で五十半ば……くらいだった気がする。
あかりのバフのお陰で能力値表記はぶっ壊れっぱなしだし、スキルも勝手に生やし放題だからステータスをいちいち確認する意味が無くなってしまっている。
後でちょっと確認しておこう。普通の探索者の能力と齟齬が出たら厄介だもんな。主にスキル関係で。
丁種探索者はランクとしては一番下、権限も一番少ない原付免許みたいな扱いだ。
しかし、人によってはそこいらの探索者よりも長時間ダンジョンを巡回し、魔物を倒している。
浅い層の魔物ばかり討伐するからいずれレベルの上昇は伸び悩むが、それを補って余りあるだけの討伐数を稼ぐ事になる。
おいしくないからと探索者が来ないダンジョンで魔物を倒してはや数年、週六日の八時間勤務で延々と働く……なんて五号警備員の中には、甲種探索者とタメを張れる奴もいたりする。
初期位置の拠点の周りでスライム相手にレベル上げをしているような物だ。カンストとまでは言わないがレベルやステータスは高いので、決してナメてはいけない。
当然、ダンジョン警備を任される事が多い自衛隊員もレベルが高い。迷宮漏逸したらマズい高難易度ダンジョンの警備をするのは漏れなく自衛隊員だからだ。
だから樫原さんもレベルが高いんじゃないかと踏んでいたんだが……この様子だとそうでもないんだろうか?
「樫原さん、ちょっといいですか」
「……何でしょうか?」
「出てくるのはラーヴァ・ゴーレムで間違いないですよね?」
「はい。ここ二ヶ月の記録では全てラーヴァ・ゴーレムです」
「なるほど、分かりました」
俺は美沙の手を取った。美沙のコンカラーの面々を射殺さんとするような目から一気に毒気が抜け、俺をキョトンと見上げる。
「じゃ、美沙。一緒に行こう。たまにはストレス発散しよう」
「え……いいんスか?」
「別にいいだろ、ラーヴァ・ゴーレムだろ? 推奨レベルだと江田島のサメ戦士より数段強い程度なんだし、二人でいけるだろ。……じゃ、樫原さん。ちょっと行ってきます」
俺が美沙の手を引いて階段を降りようとすると、コンカラーの大男に肩を掴まれた。
「おい、待てよ! 女を置いてけっつったろ!」
「何でだ?」
「お前が信用ならねえから力を見せろって言ってんだ! 認められたけりゃ力を示してみろよ!」
「いや、違う。俺が何でだって言ったのは……」
俺はスマホを取り出し、今しがた届いたメールを開いた。
実はさっきから視界の端であかりがスマホを振っていたのを見ていた。何らかの情報を送ったんだと思うが……うわぁ、こいつはひどい。
「性犯罪者の集団に認められて得する事があるのか? って事なんだが」
「あぁ……?」
怪訝そうな顔をする大男の手を強めに跳ね除け、メールの内容を音読してやる。
「片岡剛三。三年前に留萌ダンジョンでキャンプ中だった女性探索者のテントに押し入り婦女暴行。強制わいせつ罪で執行猶予判決、探索者協会により懲罰討伐を言い渡され、先月ようやく懲罰期間が明けた」
「お前……何でそれを……!」
「柳秀平。ダンジョン関連での犯罪は無いが、五年前に未成年者略取の容疑で逮捕されてるな。田方ダンジョンは公安と探索者協会の浄化作戦で使えなくなったから、結構困ったんじゃないか?」
片岡の後ろでネズミ顔の男がビクッと跳ねる。お前が柳か。イエスロリータノータッチって名セリフを知らんのか?
……大丈夫だ。美沙一筋です。一桜達は庇護対象。オッケー? よし。美沙はその思考を読んでるかのような厳しい視線はやめような。
「橋爪二郎、酒井遼一、佐々木勇人……反社会勢力って探索者になれないんじゃなかったか? まさか代紋を背負った暴力団員がこんな所にいるとは思わなかったな。違法風俗店経営……って、お前らも同じ穴のムジナだな」
「一体誰だ、バラしやがったのは……!」
柳の横にいた三名が額に青筋を立てている。残る一名の情報は……何も書かれていない。
こいつだけ身綺麗なのは逆に怪しいが、雪ヶ原の情報網に引っかからないのであればシロなんだろう。
何も知らされていなかったのか、今回初めて誘われたのか……どちらにしても運の無い話だ。
そもそも、こいつらが美沙を置いていけって言い出した時点で目的は丸分かりだ。美沙をコマすのに俺が邪魔だったって訳だ。
俺が一人でラーヴァ・ゴーレムと戦ってる間に何かしらの理由をつけて美沙を誘い出して……という作戦だろう。
しかし、それは美沙が見た目通りのか弱い乙女であると仮定して立てられた作戦だ。
本気を出した美沙は甲種探索者を百人用意したとて勝てないくらいに凶暴だ。だから、そういう点で心配はしていない。
だが、ここには自衛隊員の樫原さんだけでなく、ただの探索者である笠木さんや混合グループの皆さんがいらっしゃる。
俺がいない時の美沙は、おそらく歯止めが効かない。絶対にやりすぎる。殺すだけでは飽き足らないだろう。
メンタルが荒れている所に八つ当たり用のサンドバッグが飛び込んで来たとあれば尚更だ。鴨がネギと出汁と醤油を背負って火にかかった鍋に飛び込むような物だ。
コンカラー六人分のミンチを目の当たりにして一般人が正気を保っていられるとは思えないし、どう言い繕っても過剰防衛だ。
それなら美沙を連れて第五階層に降りて、一緒にラーヴァ・ゴーレムをしばき回す方が平和に決まっている。
俺はお前らの為を思ってやってるんだぞ? 分かるか?
「いやあ、コンカラーってのは犯罪者の隠れ蓑だったみたいだな。で? 性犯罪者どもにうちの可愛い彼女を預けろって? 冗談は顔と経歴だけにしといてくれないか」
「か、かわっ!? 渉さんいきなり何言ってるんスか!? でもあたしの事そんな風に守ってくれるのすごい新鮮で嬉しいっスよ! しゅき! さあ行きましょ行きましょ! ケーキ入刀ならぬゴーレム斬首っスよ!」
美沙が唐突に俺の腕を引っ掴み、階段へとグイグイ引っ張る。
相変わらず力が強い。本当にどうなってるんだ、これまだ力解放してないんだよな?
「待った待った、やめろ! 階段で引っ張るな! 危ないから! 落ちるから! あとそれだと結婚式のアレだから! そんな物騒な共同作業俺は嫌だぞ!」
せっかく格好良くキメたのに美沙のせいで台無しだ。コンカラーの面々だけでなく、樫原さんや笠木さんもポカーンとしている。
俺は美沙に手を引っ張られ、第五階層に至る長めの階段を降りさせられた。
§ § §
第五階層に到着してすぐに美沙は俺の手を離し、ボス部屋に続く大きな扉に歩み寄ると、こちらに振り返った。
美沙は穏やかな笑みを浮かべてはいるが、さっきのあかりの話が本当なら、今も心中は穏やかではないはずだ。
「……ボス討伐に誘ったのって、あたしをあそこに置いとくと暴走しちゃうからっスよね? あたし、明らかにイライラしてましたもんね。……心配かけてごめんなさい」
「いや、大丈夫だ。話もしたかったしな」
「……話っスか? 一体何の事ですかね」
美沙の視線が泳ぎ、俺から目を逸らした。態度もどこかぎこちない。
まるで怒られると分かっている子供みたいな挙動だ。
「さっきから気になってたんだが、何でうちのチームに他の人が入って来るのが嫌なんだ?」
「……だって、渉さんを誰かに取られちゃうかもって……」
「さっきも言ったが、チームで働く以上は仕事だ。俺は公私を混同するつもりは無いし、もし女性のメンバーが増えたとしても美沙よりも仲が良くなる事はないぞ。……一体、何をそんなに怖がってるんだ?」
俺は少しかがんで美沙と視線を合わせて尋ねた。美沙は俯いたまま何も答えなかったが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「これまでは、あんまり団体で戦うって事を意識して来ませんでした。五号警備も大体ペアでしたし、今のチームも渉さんとあたしだけですし。……でも、ガリンペイロはあれだけ戦える人間が、他にもいる訳ですよね?」
「ああ、今回は実力で選抜したって言ってたし、大勢で来ても邪魔になるって言ってたもんな。詳しくは調べてないが、結構な大所帯なんだろうな」
「……それで、考えちゃったんです。もし、広島サンブリンガーズがガリンペイロみたいに沢山の探索者を抱えるようになったら、あたしはどうなっちゃうんだろうって」
「どうなるって……楽になるんじゃないか? 美沙以外にも戦える人間が増えたら美沙の負担が減るだろ」
「……それはつまり、あたしが渉さんの隣で戦える機会が減っちゃうんですよ。役に立てなくなるんです」
美沙がおずおずと手を伸ばし、俺の手を握る。手だけでなく、全身が軽く震えているのが分かる。
「あたしは……戦う以外に能がない女です。あかりさんみたいに情報の扱いに長けている訳でもありません。霧ヶ峰みたいにお金や商売の知識もありません。闇ヶ淵みたいに未来予知もできません。戦えなかったら役立たずなんです」
「……美沙はいつも俺の事を助けてくれてただろ? 戦う以外に能がないなんて事は……」
「あたしが役に立てたのは! ……この世界にダンジョンが沢山出来たからですよ。渉さんが五号警備員になったから、原初の種子を取り込んだから、結果的にあたしの戦う力が役に立ったってだけです。それに、渉さんももうズブの素人って訳じゃないですからね」
美沙の言わんとする事も分からないでもない。
美沙……いや、月ヶ瀬家の在り方は専業的であり属人的だ。
日本開闢以来、魔を討つ者として日本中を駆け回っていた月ヶ瀬はいわば「近接個人戦のプロ」だ。しかも対人ではなく、対魔物の専門家だ。
武士の時代や戦争のあった頃ならともかく、天下泰平の今の浮世に近接個人戦のプロの居場所なんて存在しない。
大体の現象が科学で説明がつくこの現代日本において、魔物なんて存在をまことしやかに語っていては何らかの精神的疾患を疑われるだろう。
だからこそ、美沙と俺の間に縁が出来る事はあり得なかった。
だが、この世界にはダンジョンが出来てしまった。
美沙は力を目覚めさせるために中学生の時分にダンジョンで修行をし、その行き帰りの道で俺と出会い、俺はダンジョンから出てきた魔物から美沙をかばって負傷した。
戦う専門家の美沙と戦わない一般人の俺が出会い、これまで一緒の道を歩いてこられたのは、ひとえに戦闘が必須なダンジョンという存在があったからだ。
しかし悲しいかな、そのダンジョンでの魔物討伐から生まれた集団戦闘による分業が、美沙の属人性を陳腐化させる要因にもなってしまう。
チームで戦うという戦法は属人化の真反対、標準化そのものだ。
誰か一人に負担を押し付ける訳ではなく、皆で分担するやり方であり、これまでの俺達のスタイルとは全くの別物だ。
俺達が自由に動けるようにする為のチームだと静香は言っていたが、栄光警備の説明会で「有用な人材はチームに登用する」と名言していたので、今後どうなるかは不明だ。
美沙からすれば自分の縄張りに一般人がずけずけと押し入って来るような物であり、お株を奪われかねない一大事だ。
俺との接点も減る訳だし、そりゃあ抵抗したくもなるだろう。
「もし、もしチームに人が増えて……あたしが頑張らなくて良くなったら……戦えないあたしなんて、使い所がないから……何も出来ないお荷物になっちゃう……」
「美沙……」
「不安なんです、心配なんです! 人が増えて、別に誰が戦ってもいいようになったらって考えたら! 渉さんの横にいるのがあたしじゃなくても良くなったらって考えたら! もしそうなったら、あたし……あたし、どんな顔をして渉さんの側に居ればいいの……?」
美沙はついにぽろりと大粒の涙をこぼし始めた。
……美沙は真面目だ。俺が「明日は戦わなくていい」と言われたら、急に湧いた休みをどこのスーパー銭湯に費やすかでウキウキだろうに。
真面目と言うより、俺の側で自分の得意分野を披露するのが一番好きなことであり、存在意義と感じているんだろう。
趣味と実益を兼ね備えた仕事、それが俺とのダンジョン警備であり、ダンジョン・アタックだ。
だからこそ、俺と一緒に戦えない事を何よりも恐れている。……自己表現の場や存在意義が失われてしまうから。
きっと、美沙の心の大半は「みーちゃん」のまま大人になってしまったんだろう。
身内にも否定され、友達もなく、たった一つの特技とたまたま話しかけてきた俺を心の支えにして生きてきた「みーちゃん」のままで。
力に目覚めて認められて、ご家族や月島君と仲良くなれても、そうそう簡単に心根が変わる訳がない。
「美沙」
俺が声をかけると、美沙の全身がびくっと跳ねた。目をぎゅっと瞑り、俺の手を強く握りしめてふるふると震えている。
別に怒る訳ではないんだから、もっと気楽に構えて欲しい。……いや、それは無理な相談か。
「勘違いしてるようだから、しっかりと言っておくぞ。俺は戦う美沙が好きって訳じゃないんだ」
「そんな……! あたしの事、最初から好きじゃなかったって事ですか……!?」
手に込められた力が更に強くなり、ギリギリと嫌な音がボス部屋前の狭い空間に響く。
ヤバい音はしているが、あかりのバフと装備品の性能、俺自身のレベルのおかげでそれほど痛くはない。
手に異常な負荷が掛かっているからだろうか、スマホとアーマーの首あたりにあるスピーカーから警告音が鳴っている。
「違う違う、俺が好きなのは美沙そのものだ。戦う美沙はそのうちの一部分だ。戦闘以外では案外そそっかしい美沙も、妄想が暴走しがちな美沙も、凝り性な美沙も、料理のうまい美沙も、平常心をあっさり手放す美沙も好きだって事だ」
「……ほんとぉ? ほんとにほんと?」
「本当本当。だから戦えなかったら役に立てないとか考えなくていいんだ」
「でも……ううん、わかりました。あたし疑り深いですから、渉さんが本当にあたしの事好きでいてくれてるか分かりません。どうやってあたしに信じさせてくれるんですか?」
少しだけ元気が出てきたのか、美沙が意地の悪そうなニヤついた笑顔を浮かべて俺に問う。そういうのは目を真っ赤に腫らして涙を浮かべながら言うモンじゃないぞ。
とは言え、これまで「戦わない美沙でも大丈夫」と信じさせられるような言動を心がけて来たか? と言われると困る部分もある。
デートらしいデートも出来てないし、一緒に出掛ける用事はダンジョン関連か警備の仕事だ。
田島さんの一件以降、会社は営業停止になるわ、梨々香の身柄が狙われるわ、宗教を一つ潰す事になるわ、梨々香の生活支援でてんてこ舞いになるわ、チームに在籍する事になるわと大忙しで、美沙をかまってやる余裕が無かったのは事実だ。
「そうだな……じゃあ、このダンジョン・アタックが終わったら旅行に行くか? 島根の玉造温泉とか行ってみたかったし」
「むむむ……温泉旅行……とても気になります……でももう一声! あとちょっと! 何か一押し足りないっス!」
まだ欲しがるのか、欲張りだなあ。
それなら……いずれ必要になるだろうとは思っていたが、少し予定を先取りしてしまおうか。
「それなら、今度美沙のご実家に挨拶しに行こうか。空也さんや坂本さんにはお世話になったけど、お義母さんとかやべーお姉さんとも話をしといた方がいいだろ?」
「そっスね、ちー姉様はあの広島城近辺の魔物騒ぎの時にギリニアミスでしたけど母上は渉さんを見た事……え、ちょい待ち、渉さん、それってつまりあの、けっけっけっけけけ……」
「結婚するなら両家の顔合わせが必要だろ? うちは梨々香しか居ないから合わせる親がいないけど」
「こけーーーーーーー!!!」
美沙がニワトリみたいな甲高い鳴き声を上げた。びっくりするから急に鳴くのは勘弁してくれ。
手を掴まれている状態だったので耳を塞ぐ事も出来ず、若干怯んでしまった。
「ほんまに!? 嘘ついとらんよね!? 嘘じゃったらうち許さんけぇね!?」
「いや待て、お前そんな広島弁丸出しキャラじゃないだろ!? ちょっと落ち着け!」
「ええけぇはよ答えんさいや! どうなんね!? うちがはぶてとるけぇ言うて適当な事言いよったらぴしゃげるけぇね!?」
「嘘じゃない! 本当だって! ちゃんと先の事を考えての事だから!」
「むむむむむ……分かりました、信じます! 言質取りましたからね!?」
ようやく美沙が手を離してくれた。ずっと鳴り響いていたアラートが解除され、首元のやかましさから解放された。
「でも実家に来るなら事前に連絡する必要がありますからね。父上は最近御山で慣らし運転感覚で修行してるんで連絡つきますけど、ちー姉様はスマホ持ってないしどこに出張ってるかよく分かんないっスから」
「魔物退治で日本中を飛び回ってるんだっけか? スマホが無いんじゃ、なかなか捕まらなさそうだな」
「それでしたら、こちらに赴いたのは好都合でしたね。山深い魔の巣窟には伝書鳩も届かない事がままありますから」
唐突に階段の方から女性の声が聞こえ、俺と美沙は階段に顔を向けて凝視した。
ちりん、ちりんと軽やかな鈴の音と共に降りて来たのは、白鞘の刀を佩いた着物姿の美しい女性だった。
突然の見知らぬ人間の登場に俺が戸惑っていると、美沙が女性に呼びかけた。
「ちー姉様!」
言われてみれば、長い黒髪といい、顔の造りといい、雰囲気といい、どことなく美沙に似ている気がする。
俺よりちょっと年下と聞いていたが、美沙とほぼ変わらないくらいの若々しい姿をしている。
月ヶ瀬家は空也さんを筆頭に見た目で年齢を判断出来ないびっくり集団だ。こりゃあお袋さんもどうなってるか分からんぞ。
「あれが、美沙のお姉さん……月ヶ瀬最強、魔を討つ者の最終兵器……?」
徐々に美沙のお姉さん……千沙さんの髪の毛が黒から銀色に染まっていく。それと同時に強いプレッシャーを身体中に感じる。
これは美沙がラピスに対してブチ切れたときのオーラに近い。いや、それよりも大分キツい。空気がゆらいで見えるほどの強い圧力が全身に叩きつけられている。
これが御山で空也さんから聞いた、第二相や第三相だろうか?
「あいにく、その二つ名は先日返上したばかりです。──お初にお目にかかります、美沙さんの芒の君。月ヶ瀬家長姉、月ヶ瀬千沙。罷り越してございます」
氷のように冷たい表情のまま、千沙さんは優雅に頭を垂れた。




