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第73話

 ガリンペイロと合流した時に「ご迷惑をおかけしたお詫び」との名目で、しばらく戦闘を任せて貰いたいとの申し出を笠木さんから受けた。

 二束三文の素人集団ならいざ知らず、ガリンペイロは各種ダンジョンで腕を鳴らした配信者集団だ。強さもさることながら、魅せ方もまた心得ている……はずだ。

 彼らの戦い方から学べる事もあるかも知れない。安全第一で事に当たるのを条件に、俺は承諾した。



 以前、江田島ダンジョンであかりが使っていた球状の空飛ぶカメラがここでも大活躍だ。……とは言え、これはガリンペイロの所有物だ。俺達は配信用のカメラを持って来ていない。

 俺達広島サンブリンガーズは配信者ではないので、魔物を討伐出来たらそれでいいと言うスタンスだ。

 こんな事になると分かっていたら静香あたりが用意したかも知れないが、残念ながら持ち込んでいない。

 逆に言えば、うちの運営がチェックしなくてはならない映像が少なくて済む。余計な仕事は増やさないに限る。



「柿崎さん、右のサラマンダー頼みます! 俺は左行きます! 琉輝彌はラーヴァスライムの掃討!」


「了解! アニキの目の前で無様なバトルは出来ねぇぜ!」


「りょ、りょりょりょ了解でっす! あかりんが見てるあかりんが見てるぴゃーーーー!!!」


「ちゆちゃん落ち着いて行きなー、こんなとこで怪我でもしたらあかりんどころか視聴者に笑われるよー」



 左右それぞれ一匹ずつ、一口を開いて火球を飛ばす準備をしているサラマンダーに笠木さんと柿崎さんが分担して立ち向かう。

 柿崎さんはやる気が完全に空回りしているが、それでもジャンプしながら馬鹿でかいハンマーを大上段から振り下ろしてサラマンダーの頭部をぶっ叩く。

 おおよそもって人間の武器が放っていい物ではない轟音が周囲の岩肌を揺らし、酩酊状態になった右のサラマンダーがぐらりと揺れる。



「入った! しずくちゃん!」


「任せんしゃーい!」



 長岡さんののんびりした声とは裏腹に、長弓から放たれた矢が鋭い風切り音を残してサラマンダーに飛び掛かる。

 何らかのスキルが乗っているであろう矢がサラマンダーの目を射抜き、羽根どころか矢筈すら見えない程に深く突き刺さった。

 長岡さんは放った矢がもたらした結果に頓着する事なく、次の矢を素早くつがえて放つ。



「こっちは終わった! 加勢するぜ、リーダー!」



 ラーヴァスライムの処理が終わった琉輝彌君が行く手を遮る溶岩流を見事な跳躍で飛び越し、笠木さんが組みついているサラマンダーの側面へと踊り出る。

 一瞬サラマンダーが琉輝彌君に気を取られるが、笠木さんが片手剣と盾を打ち鳴らして注意を引く。

 ナイトが使うウォー・クライも敵の注意を引くスキルだが、笠木さんが使ったのはソードマンのスキル、シールド・タウントだ。

 効果範囲がウォー・クライよりも狭いのが難点だが、戦闘中のソードマンは基本的に接敵状態がデフォルトだし、自分の獲物がよそに気を逸らさないためのスキルだから問題無い。



「こっちも終わりましたー! お手伝いします! どうしましょう!」



 笠木さん側の戦いに気を取られていて見ていなかったが、柿崎さんが受け持っていたサラマンダーは金色の粒子を撒き散らして消えつつあった。

 先程までのテンパり具合はどこへやら。完全に立ち直った柿崎さんが笠木さんに指示を仰いだ。



「では側面から琉輝彌と一緒に援護を! ヘイトを稼ぎ過ぎない程度に!」


「そんじゃあたしもちくちくぬいぬいしますかねーっと! こっちに来ないようにうまい具合ヘイト管理してよねー!」



 近接組の総攻撃に合わせて、長岡さんも弓の援護射撃を行う。狙いはサラマンダー……ではなく、その遥か上だ。

 天井まで飛んでいった矢が数十本に分かれて落下し、縫い止めるようにサラマンダーの体を上から貫く。

 たまらず叫び声を上げるサラマンダーの胴体を柿崎さんのハンマーが打ち据える。



 さっきの降り注ぐ矢の雨は高レベルアーチャーの範囲攻撃スキル、アロー・レインだ。ネットの動画で見た事は何度かあったが、実際に見るのは初めてだ。

 必要レベルが高い事もさることながら、使い所をミスるとフレンドリーファイアでお味方総崩れとなりかねない博打スキルで、これを十全に使いこなせるアーチャーは間違いなく熟練者と言える。



「よーし、上手くいったー! かさっち、あとよろー!」


「任せろ!」



 笠木さんが飛び上がり、サラマンダーの頭上に乗って剣を突き刺す。

 アロー・レインを受けた時点でかなり疲弊していたサラマンダーは笠木さんの一撃で抵抗する力を完全に失い、息絶えた。

 金色の粒子の舞い散る中、剣を振るって血を払う笠木さんの姿はまるで勇者のようにも見える。



「なかなかやるモンっスね」


「ああ、しっかり連携が取れてるし、動画映えする戦い方を心得てるな。俺には出来ない芸当だ」



 俺と美沙は、ガリンペイロの戦い方を少し離れた所で見ていた。

 俺の中での配信者と言えば動画配信サービスが出始めた頃の「何でもアリのカオスな配信者」のイメージが強かった。

 見栄えばかりに気を使って討伐に時間がかかるんじゃないかと危惧していたが、ガリンペイロは決してそんな事はなかった。

 流石、これまで有名配信者としてやって来れているベテラン探索者達だ。俺の心配は杞憂だったようだ。



「アニキーー!! どうでしたか、俺の戦い!」


「ああ、ラーヴァスライム討伐の様子は遠過ぎて見えなかったが、あの跳躍や連撃は大したモンだ」


「ヒャッホー! アニキに褒められたー!」



 大喜びする琉輝彌君の様子を見ていると、犬か何かのように見えてくる。まるでタゴサクのようだ。

 タゴサク……ヒロシマ・コボルトの方じゃなく、江波のおうちで飼ってた柴犬も人懐っこい犬で、同じアパートの住人によく遊んでもらっていた。

 特に隣の部屋に住んでいたキャバレー勤めのお姉さんに懐いていて、俺や梨々香には見せないような芸をしては撫でられたり肉の切れ端を貰ったりしていた。今思えば、なんとも現金な犬だった。

 ……あのお姉さんは、今頃どこで何をしているだろう。名前は確か……そうそう、三沢さんだ。梨々香が倒れた翌月くらいに実家の宮城に帰ったんだよな。

 俺らがガキの頃にピチピチギャルだったんだから、ギリギリ還暦くらいだろうか? 時間の流れは残酷なものだ。



「ぴぇぇ……普段より力入っちゃうぅ……あかりんが見てる……幸せで胃が痛い……死んじゃう……」



 柿崎さんが心底疲れた顔をしてハンマーを背中に背負う。戦闘中の様子からあかりが観戦している事を気にしていないとばかり思っていたが、そんな事は無かったようだ。



「そんなに大きなハンマーでサラマンダー相手にあそこまで戦えるなんて、柿崎さんは凄いですね! うちの動画撮影スタッフでもこれほどの使い手はいませんよ」



 複雑な面持ちの柿崎さんにあかりが声をかけている。

 あかりとしては笠木さんと琉輝彌君は男だから話しかけにくく、長岡さんは冗談とは言え俺を誘惑しようとしたから絡むつもりはないだろうし、消去法で柿崎さんに話しかけたんだろうが……話しかけられた側はたまったものではない。



「はぴゃっ!? あ、いや、そのっ、が、頑張りました!」


「うんうん、えらいえらい」



 十八歳のあかりからすれば柿崎さんの方が確実に年上なはずだが、柿崎さんが小さいせいで完全に子供扱いだ。

 あかりに兜の上から頭を撫でられ、柿崎さんがヒートアップしていく。



「あああ、ああああ、アカリウムが入ってくる! ライブの時とかに空中散布されてるアカリウムの原液が! 兜越しにいっぱい入ってくりゅうううう!」



 ……何だそのアカリウムなる物質は、手から出てるのか? 原液って事は液体なのか? 

 俺があかりに視線を送ると「ないない」とかぶりを振っている。何なら軽く引いている。

 もしかしたらファンの間で通じてるスラングの一種なんだろうか? スマホを取り出して「幸村灯里 アカリウム」と検索していると……



「こーさかさんっ」



 長岡さんが俺とスマホの間に割り込んできた。近い。



「あたしの活躍、見てくれたー? あたしの弓の腕、どうかな?」


「あ、ああ。アロー・レインは事故が多いと聞いていたが、あれだけ狙って撃てるんだったら凄いな」


「ねね、こーさかさん。とってもかわいくて狙い違わず敵を撃ち貫く遠距離のスペシャリスト、今なら超お買い得だけど……どう? 欲しくない?」



 長岡さんがにまにまと笑みを浮かべながら顔を近づけてくる。それと時同じくして、左腕が軋みを上げて締め上げられている。

 下手人は確認するまでもない。分かってる、分かってるから今は勘弁してくれ。武器が持てなくなる。

 あかりもハイライトが消えた目でこちらをガン見したまま柿崎さんを撫でくりまわすのはやめなさい、手元のもちもちがアカリウムとやらの過剰摂取で昇天しそうになってるぞ。



「人事権や編成の権限は監督兼社長にあるから、俺は何とも言えないな」


「つれないなー。まあでもしゃーなしだよねー。あたしはいつでもオファー待ってるからねっ」



 長岡さんがウインクを一つ残してカードを拾いに行くと、左腕の圧迫感がおさまった。チラッと見てみれば、腕にしがみついたままの美沙が俺の顔を心配そうに見上げていた。



「……ダメっスからね」


「そうは言うが、人事権や編成の権限は監督兼社長にあるからな」



 俺が長岡さんに対しての返答をそのまま流用して言い返すと、美沙は頬を膨らませた。気に入らないだろうが、こればかりはどうしようもない。

 実際、俺の周囲の探索者はかなり偏っている。かろうじて美沙が攻撃魔法を使えるが、武器にエンチャントして物理でドツいた方が早いし強い。

 バッファーもあかりのアイドルと静香のジェネラルがいるし、何なら梨々香のスキルもバフ向きだ。

 栄光警備の五号隊員も見事に近接職一辺倒だし、純然たる遠距離職が存在しないのは問題だ。

 とは言え、遠距離攻撃の手段が全くない訳ではない。

 一桜達ヒロシマ・レッドキャップにはティーバッティングよろしく魔力球を叩きつけるスキル・ファンゴブラストがある。

 だが、これは俺が原初の種子の力で作った実在しないスキルだ。

 広島城近辺の魔物討伐の時は混乱のどさくさに紛れて使わせていたが、冷静に観察されたら魔法攻撃を行うレッドキャップ種という異常性に思い至るはずだ。

 痛い腹を探られずに済む遠距離職がチームに在籍しててもいいとは思う。二人くらい居ると火力の担保が容易になるだろう。



「遠距離攻撃職が足りてないのは事実だから、静香が補充するって決めたらチームに増えるかも知れないぞ?」


「……それでも、嫌です」


「別に長岡さんがウチに来るかもって話だけじゃないぞ。栄光警備の面々も合流するかも知れないし、他のグループ会社から引っ張って来るかも知れない。……このチームは霧ヶ峰ホールディングスの物であって、俺達の個人的なチームではないからな」



 美沙にそう諭すが、美沙は俯いたままで返事をしなかった。……不貞腐れてしまっただろうか。

 美沙と一緒の現場になった事は沢山あるが、それは恋人同士になるより前の話だ。恋人になってからは数える程度しか同じ現場で働いていない。

 美沙は公私混同するタイプではないと思っていたが、こうして同じチームに入る事になり、接点が増えた事でメリハリを付けにくくなってしまったのかも知れない。

 俺にも落ち度が全く無いとは言えない。関係性が変わったのに、独り身の時と変わらない態度で接してきた。

 ハッキリと分かる形で特別扱いをしてこなかったツケがここに来て押し寄せてきた……と言えなくもないだろう。



(本当、彼氏彼女ってのは難しいな)



 戦闘後の処理が終わり、次の区画を目指して移動を始めたガリンペイロの皆のもとへ、俺から離れようとしない美沙と一緒にゆっくりと合流した。



 § § §



 残りの区画での戦闘は色々試す時間となった。

 あかりがバフを撒いてみたり、わざと敵意をバラけさせてみたりと様々な戦法を取ってみた。

 俺と笠木さんがタンク役となって魔物の攻撃を一手に引き受け、美沙や琉輝彌君が火力役として大暴れする作戦は美沙があまりにも火力を出し過ぎたせいで琉輝彌君の出番がほとんど無かった。



 これは琉輝彌君を始めとするガリンペイロのダメージディーラーが弱いからと言う訳ではない。むしろ良くやっている。問題なのは美沙が強すぎる事だ。

 早く敵を片付けるのは悪い事ではない。連戦を強いられる場面が多いダンジョンにおいて殲滅力は大事なファクターだ。

 だが……どうにも頑張りすぎている。月ヶ瀬の血の力に頼っているようには見えないが、何となく焦りのような物を表情に滲ませている。



《高坂さん、月ヶ瀬さんの事なんですけど……》



 脳裏に響くのはあかりの声だ。

 あかりは今、柿崎さんと手を繋いで俺の前にいる。にこやかに談笑しながらこちらに念話を送っている。器用だな。

 ちなみに談笑しているのはあかりだけで、柿崎さんは心ここに在らずといった表情で生返事を繰り返している。



《美沙がどうした? 何かあったか?》


《あまり放ったらかしにしないであげて下さいね、今の月ヶ瀬さん、ちょっと危ういです》


《危ういとは?》


《ソウル・リンカーで覗いてみたんですけど、心の中が焦りや嫉妬や怒りが入り混じって大荒れなんですよ。かなりフラストレーションも溜まってるようですし、ちょっとした事で爆発しかねないです。……もしかして、喧嘩でもしましたか?》


《いや、喧嘩はしてないが……このチームで動いている間は霧ヶ峰ホールディングスの従業員として仕事中って事になるだろ? あまり私情を挟まないようにと注意はしたが、その程度だぞ》


《うーん……高坂さんの言い分は間違ってはないんですけど……暴力の化身みたいな月ヶ瀬さんと言えども、中身はちゃんと女の子ですからね。女の子の心は複雑なんですよ》



 そんなモン……なんだろうか? 美沙はさっぱりした性格だと思っていたからなぁ。



《高坂さん、さっぱりした性格の女の子が十年かけて一人の男を追いかけ回したり同じ会社に就職したり好きな人のスマホのアカウントをサブ機にこっそり同期させて着信やメールや検索の履歴を調べたりすると思います? 月ヶ瀬さんはサバサバしてるように見えて、一皮剥いたらねっちょねちょの湿度モンスターですよ。もはやモンスーンが服を着て歩いてるような物です》


《えっ待った最後の奴俺知らない、スマホのアカウント? 同期? 何だそれ?》


《あ、知らなかったんですね。じゃあ聞かなかった事にしてください》



 とんでもない情報がサラッと飛び出てきて面食らってしまった。

 あかりやVoyageRの動画を見た翌日、美沙がすこぶる不機嫌そうだったのはそういうカラクリだったのか。そしてそれを知ってるあかりも同じ穴のムジナじゃないか。

 ……帰ったらスマホのアカウントを取り直そう。おちおちエロ動画も探せないじゃないか。



《ちなみに、高坂さんの様々な趣味嗜好は既にプロファイリング済みですし、私も月ヶ瀬さんも事細かに把握してますのでこれから対策しても無駄ですよ。諦めて下さい》


《……なあ、プライバシーって知ってるか?》


《勿論です。売ったら高い情報を丁寧にくるんでる包装紙の事ですね》



 悪意を感じさせない口調であっけらかんと言い放つあかりに少し肝が冷える。そうだった、あかりもそっち側の人間……むしろスペシャリストだった。



《とにかく、月ヶ瀬さんをかまってあげて下さい。私の恋のライバルですからね》


《意外だな。ほっとけば勝手に自滅して順位が繰り上げになるはずなのに、わざわざ美沙の心配をするんだな》


《私、ライバルが派手にすっ転んでる所を出し抜く勝ち方って好きじゃないんです。全力を出しても勝てない敗北感を相手に植え付けないと本当の勝ちにならないじゃないですか》



 あかりがチラッとこちらに振り返り、微笑んだ。百点満点のスマイルだが、どこか心胆寒からしめる気迫を感じる。……随分と血の気の多いアイドルだ。

 いや、お茶の間で見てる分には美しく煌びやかだが、裏では強い闘争心を武器にバチバチにやり合うのが芸能人という物なのかも知れない。



《とりあえず、美沙の事はしっかり構うよ》


《そうして下さい。ああ、そうだ。私からの情報料も結構大きなツケになってるんで、早めのお支払いお願いしますね。……言ってる意味、分かりますよね?》


《……美沙がどう言うか次第だが、何か考えとく》


《はい。よしなに》



 あかりは言いたい事を言い切ったのか、それから念話が飛んでくる事はなかった。

 俺は美沙が機嫌を損ねないように構ったりだとか、あかりへのツケの支払い……具体的にはデートのお誘いだとかをどうするかを頭の中で考えていた。



(女ってのは、なかなか大変な生き物だなぁ)



 俺が一つ大きなため息をついていると、その大変な生き物その一が駆け足で寄ってきて、もはや定位置と化しつつある俺の真横に陣取った。



「どしたんスか、なんかでっかいため息ついてましたけど」


「いや、部隊を預かる隊長ってのも大変だなーって思い知らされてただけだよ」


「……これ以上増えたらもっと大変だから、増やさないようにしましょ。あたし、もっと頑張りますから」



 美沙が上目遣いで提案してくるが、美沙のわがままが大変な理由のうちの一つである事を早いとこ認識してもらいたい。

 しかし正論を言った所で美沙は聞き分けてくれないだろう。あかりも言っていたように、今の美沙はメンタルが荒れ模様だ。

 前にどこかで聞いた事がある。「仕事と私、どっちが大事なの!?」と聞かれた場合の最善手は「そんな質問をさせてごめんな」と謝る事らしい。

 つまり質問に対する明言を避け、しかし謝罪をする事で相手の溜飲を下げ、質問をうやむやにして棚に上げると言う事だ。

 今回、俺はそれに倣う事にした。



「美沙、そんなに頑張らせてごめんな」


「ううん、いいんスよ。あたしはあたしの為に頑張ってるようなモンっスから……」


「ああ、ありがとうな。どちらにしても、今は原爆ドームダンジョンを無事に攻略出来ないと、今後の話も出来なくなる。だから今だけはこらえてくれ、頼む」


「……はい、わかりました。渉さんにメスブ……女が擦り寄ってくるのはとても業腹っスけど……ほんとにほんとに嫌っスけど! 今回だけは我慢します! だから……頑張った分は、褒めてください」



 美沙が俺の腕にコンコンと頭を軽くぶつけて報酬を要求してくるので、俺は美沙の頭に手を置いてわしわしと撫でてやる。

 恐らくアカリウムに似た物質が俺の手からも出ているんだと思うが、美沙が相好を崩して喜んでいる。

 長岡さんのちょっかいやメンバー増員の可能性でペースを崩すくらい心を乱されるのに、頭を撫でられただけでこんなに喜ぶんだから、適切な扱い方が本当に分からない。



(……マジで大変な生き物だなぁ)



 俺はこの可愛い生き物の気難しさに少しだけ苦悩しながら、それでも悪い気はしなかった。

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