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第71話

 東洋鉱業ブースで受け取った八重垣を装備し、Aチームの集合場所となっている前室の出口……魔物のいるエリアへ抜ける門のあたりで待機していたら、Cチームが帰って来た。

 教導役の探索者も若手達も疲弊している。命に別状のある程ではなさそうだが、怪我をしている奴も結構いる。

 彼らはこれから大本営である本部ブースに向かい、指揮役である探索者協会の朝倉さんに戦果を報告する。

 そしてその報告を元に、俺たちAチームやBチームにどんな指示を出すか決定するのだ。



 つまり、俺たちの出撃はまだもう少し待たされる事になる。

 こればかりはしょうがない、大規模な団体戦となると足並みを揃える事が重要になる。個々人が勝手に動く訳にはいかない。

 俺がシーカーズの情報を漁っていると、唐突に後ろから何者かに抱きつかれた。



「だーれだっ」


「そう言うのは普通目を隠すんじゃないか?」


「だってわざわざ目を隠したって、高坂さんはすぐに分かっちゃうでしょう? だったらこっちの方が私が嬉しいじゃないですか」



 俺は胴体に回された手をほどき、バックアタックを仕掛けた人物……あかりに向き直った。

 あかりはこれからステージに立ちますと言わんばかりの煌びやかな衣装を着て、旅の疲れを感じさせない元気な笑顔を浮かべていた。

 フリルの多い公演用の衣装のように思えたが、先程抱きつかれた時の生地の感触は少しゴワゴワした物だった。おそらく防刃性の高い繊維を編み上げた布地を仕立てた物なのかも知れない。

 それにしても、派手だ。あかりのイメージカラーである青色をメインとしたドレスの随所にラメやスパンコールが用いられ、金色の刺繍まで施されている。

 これでは魔物に狙って下さいと言ってるような物だ。



「おかえり、ベルギーはどうだった?」


「向こう半年はワッフルとフライドポテトを食べなくてもいいかなって感じです。お土産のチョコは雪沢に頼んでうちの冷蔵庫に入れてもらってますから、帰ったらみんなで食べましょうね」



 弾丸海外ロケの疲れも見せずに、あかりは笑顔を見せている。

 何だかんだ言ってタフな子だ、これから高難易度のダンジョンを探索しようって人間のスケジュールではない。多少休んだ方がいいんじゃないか?



「元気そうで何よりですけど、旅の疲れが出てるんじゃないですか? 休んだ方が良くないですか?」



 美沙があかりに労いと配慮を投げかけるが、その魂胆は分かってる。あかりが同行していると二人きりでのデートじゃなくなるからだ。

 ……ダンジョンアタックはデート気分でやる物ではない。真面目にやらないと怪我をするぞ。



「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫ですよ。私はまだ若いんで、元気は有り余ってます。月ヶ瀬さんこそお疲れではありませんか? 高坂さんのサポートは私にお任せ頂いても結構ですよ?」


「はーー!? 何なんスかねー!? あたしが年食ったババアとでも言いたいんスかねー!? ご心配頂かなくてもバリバリ戦えるんで大丈夫っスけどねー!?」



 あかりの煽りにまんまと乗せられた美沙がこめかみに青筋を立てそうな勢いで食ってかかる。騒がしいことこの上ないが、何だか妙だ。

 仮にも売れっ子アイドル幸村灯里が登場したと言うのに、周囲の反応が皆無だ。

 写真を撮られたり騒がれたりしてもいいはずなのに、誰もこちらを気にするそぶりを見せないのはどうもおかしい。



「……なあ、何で誰もお前に気付かないんだ? 別に変装してる訳でもないのに、ここまで無反応なのはおかしくないか?」


「おー、そこに気がつくなんてさすが私の高坂さん! 実はベルギーにまで行って来たのは撮影の為だけじゃないんですよ」



 あかりがスカートの裏側に手を突っ込んでゴソゴソと探り、何かを俺に差し出した。

 それは青く透き通った小石で、表面に何やら紋様が描かれていた。



「オーバンジュって町にダンジョンがありまして、この石はそこのドロップ品なんですよ。鑑定によると隠形のルーンって言うらしいです」


「ルーン……って言うと、古代ゲルマンのアレっスか? 占いで使ったり、オーディンがユグドラシルでハングドマンになって会得したって言う、あの?」



 美沙があかりの手の上に乗った小石をまじまじと見つめながら尋ねる。



「はい。でも広く知られるルーンとは明らかに紋様が違うんですよね。ダンジョンのドロップ品なので、我々の知る物とは別物なのかも知れませんけど……とにかくこれを持ってると存在感が薄くなって、軽い認識阻害状態になるみたいです。事実、お二人以外には誰も私の事を気にしてないですよね? 他の人には私がただの影の薄いモブのように見えているはずです……おっと、あげませんよ」



 隠形のルーンをひったくろうとした美沙の手は空振った。あかりがそそくさとスカートの中に手を入れてルーンを隠す。……どっかにポケットでもあるのか?



「じゃあ、ベルギーにはそれを探しに行ってたのか? ベルギーって外国人でもダンジョンに潜れるのか?」



 基本的に、探索者は自国のダンジョンにしか潜れない。これはどこの国も法律で規制されていて、ステータス持ちの渡航・入国は厳格に管理されている。

 ダンジョンの自国運営はどこにおいても国是だ。資源調達のみならず探索者の配分、難易度の管理まで計算で動いている。

 例えば外国人が低難易度のダンジョンを攻略しまくって高難易度のダンジョンばかりが再出現したら、その国は破綻する。

 高難易度に対応出来る探索者の数はそう多くないし、育成するにも時間がかかる。

 なので、法整備が追いついていない後進国や迷宮漏逸によって国家が崩壊して無政府状態になった場所ならともかく、外国人探索者を受け入れる国はほとんど無い。

 現に、このヒロシマピースレイドも100%日本国籍の日本国民のみで構成されている。企業参加者も例外ではない。



「いいえ、ベルギーも外国人はダンジョンには潜れませんよ。ガッチガチに規制されてます。でもドロップ品のマーケットやオークションがありますので、そこで購入してきました。足元見られた感はありましたけど効果もレアリティも折り紙付きなもんで、かなりのお値段になりました」


「……いくらくらいしたんだ? わざわざ買いに行って数百円って事はないだろ?」


「高坂さんの情報を隠匿する時の費用とどっこいどっこいです。末端の人間に決済させるような額ではないので、私が自ら赴いたって訳です」



 うふふと可愛らしく笑うあかりに美沙がドン引きしている。



「うへー、そんな小石が百億以上一兆未満っスか……」


「は、え、嘘だろ? 広島のボンクラ警備員の情報がそんなにするもんかよ」


「するんスよ……渉さんはそろそろ自身の価値の感覚をアジャストしてもらわないと困ります、マジで値が付けられないんスから……」



 美沙が心底げんなりした顔を見せる。

 ……いや、いかし、そうか。空を自由に飛べて、いくらでも魔物を召喚出来て、何でもカードに出来て、無限に使えるエリクサーが服着て歩いてると考えたら確かに値がつけられないか。



「とにかく、これさえあれば皆さんと一緒にダンジョンに行けますからね。遠路はるばる買い付けに出たって訳です」


「……絶対ダンジョンの為だけじゃないっスよね? それがあると街中を男と一緒に歩いてもバレませんもんね?」


「なんのことだか分かりませんなー」



 睨みつける美沙の視線をあかりは涼しい顔でかわし、俺の右腕にしがみつく。原爆ドームまでの道すがら美沙がひっついてた方とは逆側だ。

 だからこれから出撃を控えているのにはしゃがないで欲しい。

 誰もあかりだと気付いていないが、出撃待機中なのに女を侍らせて遊んでいるスットコドッコイがいるって方向で人目を引きつつある事に早く思い至ってくれ。頼むから。



「アニキ! こちらにいらしたんですね!」



 ……さらに人目を引きそうな奴がやってきた。琉輝彌君だ。どうやら今回は仲間を引き連れてのご挨拶のようだ。

 あかりは琉輝彌君の登場と共に俺の腕から離れ、後方へ退避した。ただのモブに徹するつもりのようだ。

 俺としてはそちらの方がありがたい。ここで大騒ぎになっても困る。

 琉輝彌君と一緒に来たパッと見潜入アクションゲームのサイボーグ忍者っぽい近未来のフォルムのアーマーを付けた男性がヘルメットを外して、頭を下げながら挨拶した。



「お初にお目にかかります、琉輝彌がお世話になっております。私、ガリンペイロと言う配信者グループのリーダーを務めております、笠木と申します。ジョブは侍です」



 さっき見かけた時にはスーツ姿だった苦労人風の男性だ。やっぱりリーダーだったか。



「ご丁寧な挨拶痛み入ります、広島サンブリンガーズのリーダーを務めております、高坂です」


「いやはや、うちの琉輝彌がすみません。矢野ダンジョンで突っかかった事から始まって色々ご迷惑をおかけしていると聞きまして……こいつ、考えナシに突っ走る悪癖がありまして……配慮が足りませんで、申し訳ありません」


「いえいえ、若気の至りや反抗期は誰にでもありますから、お気になさらず。幸いこちらは怪我もしておりませんので……」



 フル装備のオッサン探索者二人がダンジョンで頭を下げ合いながら名刺を交換する光景は異質という他無い。



「今回コラボさせて頂けると聞いておりますが、よろしいんでしょうか? 企業チームとなりますと事前の申請や打ち合わせが必要になると思いますが……」


「うちの監督兼社長がゴーサイン出してるんで大丈夫ですよ。ただ、今回はうちの美沙が見切り発車でお誘いしたってのもありますんで、今後は正式な申し込みが必要になるかと思います」


「なるほどですね、それでは今回はお言葉に甘えてご厄介になります。ウチとしては浅い階層やちょっとした小ネタなんかを生配信しつつ、全体的な動画を後日編集して投稿する計画なんですが、いかがしましょうか?」


「それなら投稿する動画に関しては、念の為うちの広報に送って頂いて、軽くチェックさせて頂いた方が良いかと思います。映るとマズい物があるかも知れませんし」



 即興の打ち合わせが凄い勢いで進んでいく。世間ズレした中年の打ち合わせなんてそんなもんと言えばそんなもんだが、打てば響くやり取りが快い。



「ねーねーかさっちー、オトナの話ばっかしてないであたし達のこと紹介してよー」



 痺れを切らしたガリンペイロのメンバーの一人が話に割り込んできた。ゆるふわウェーブの銀髪に黒いエクステを付けた色白のギャルだ。

 どこかの高校の制服のようなリボンのついたスクールシャツにチェック柄のスカートを着て、その上に胸当てを付けている。

 弓を背負っている事から遠距離ジョブ、恐らくアーチャーだと思われる。……アーチャーと言えば、江田島ダンジョンで俺を襲ったあかりの元マネージャーである氷川さんを思い出す。



「ああ、悪い。……高坂さん、紹介します。こいつは長岡雫、アーチャーです」


「どもどもー、しずくちゃんでーす。仲良くしてねー」



 長岡さんが一歩進み出て、俺に握手を求めてきた。気軽に応じてしまったが、これがいけなかった。

 瞬時に背中の汗腺と毛穴が全開になるほどの強烈な威圧感が全身を襲う。

 ユーバーセンスが使えるようになったせいで威圧感が二種類ある事に気がついた。片方は全身が燃えるような激しい憤怒のオーラ、そしてもう片方は肺の奥まで凍りつきそうな深い殺意のオーラだ。

 振り向けない。振り向いたら死ぬ。出所は分かってるが確認出来ないし、したくない。

 ……と言うか、ただの握手だぞ? 何でこんな大事になってるんだ?



「こーさかさんずっとあたしの手ぇ握ってるけどどしたのー? まさかあたしに惚れちゃったー? えへへ、あたしは別にいいけどー?」


「あ、いや、申し訳ない、ちょっとダンジョンの雰囲気に当てられてしまって」



 慌てて手を離すが、背後の気配はさらに増している。一瞬だけチラッと背後を見たが、美沙もあかりも不気味な程に無表情だった。恐ろしい。



「いいっていいって、ちゃんと分かってるかんねー。彼女さんきびしー、あたしならそんな事で怒らないのになー」


「いや、マジでうちの美沙を煽るのやめてくれないか? 無事に帰れるかどうかも怪しくなる」


「だよねー、さっきからすっごい睨んでるからちょっとからかってみただけだよー。じょーだん、じょーだん」



 長岡さんはけらけらと笑っているが、冗談では済まない。無事に帰れるかどうか怪しくなるのは俺だけに限った話ではない。

 ……しかし美沙の方はともかくもして、もう一つの殺気の出所であるあかりについては全く言及しない辺り、隠形のルーンがしっかり機能しているという事なんだろう。

 あんな心胆を寒からしめる強烈な殺気を放つ派手な衣装を着た全国区アイドルを完全無視とは普通ではありえないもんな。

 しかし、美沙の怒気に当てられる事もなくのほほんとしたままの長岡さんも肝が据わっているというか、怖いもの知らずだ。



「あ、あの……えと……あの、私、柿崎ちゆりですっ、へ、へ、ヘビーウォリアーやってますっ」



 長岡さんの横で、金属製の全身鎧を着た一際小さな女の子がぴょんこぴょんこ跳ねながら自己紹介する。むしろ音的にはガシャンガシャンといった感じではあるが。

 背中の特大ハンマーよりも小さく、130センチくらいの背丈だ。少し長めのマッシュルームヘアに揃えた栗色の髪の毛が幼さを一層引き立てている。

 小さい女の子がデカい武器をブン回すのはロマンがあるとは思うが、それは結局の所フィクションの話だ。

 これから臨むのは広島でも最高難易度のダンジョンだ。こう言っては何だが……子供が挑んでいいダンジョンではない。



「……申し訳ない、その……笠木さん。彼女は大丈夫なんですか? 見た目で判断するのは良くないと分かってはいるんですが……子供では?」


「ああ、それよく言われるんですけど大丈夫ですよ。柿崎はちゃんと成人してますから」


「そうですよぅ! ちゃんと大型自動車免許や大型自動二輪免許だって持ってるんですからね! ただちょーっと背丈の成長が間に合わなかっただけです! もっとレベルが上がったらそりゃあもう高身長でグラマラスなレディに大変身しますとも!」



 柿崎さんはぷんぷんと擬態語が飛び出て来そうなポーズで怒りを表す。……いや、そういう態度が幼さを助長させているのでは? あとやたらと大型の免許にこだわる理由は何なんだ……?

 とにかく、この見た目だからと言って子供と決めつけたのは俺の落ち度だ。そこはしっかり謝罪しておく必要がある。



「……それは大変失礼しました。よろしくお願いします」


「ぴゃっ!? あ、ああああの、後ろの方が般若の面のような表情でこちらを見ていらっしゃるので握手は結構ですはい! 私はしずくちゃんみたいに心臓に毛が生えてるわけではありませんので!!」



 柿崎さんは半泣きになりながら長岡さんの背後に隠れて顔だけ覗かせている。

 俺はため息をついて、背後で殺気を飛ばしている美沙にデコピンをした。



「いい加減にしろ、共闘相手を脅してどうするんだ」


「だって、渉さんを取られない心配で……」


「これは仕事なんだから、そんな色気のある話になる訳がないだろ。そろそろシャンとしてくれ」


「……はい、すみませんでした」



 美沙がこれまで見た事ないくらいにしょげてしまった。でも仕方が無い、ヒロシマピースレイドが始まってから、どうにも美沙が浮ついている。

 御山での修行をノーカンとしていいなら、仕事以外で一緒にダンジョンに潜ったのは江田島ダンジョンが最後だ。浮かれる気持ちは分からんでもない。

 しかし仕事は仕事、公私はきちんと分けてもらいたい。栄光警備の制服こそ着ていないが俺達は勤め人、一挙手一投足に会社の評判がかかっている。

 ……若干一名、存在感を殺してモブに徹している霧ヶ峰ホールディングスとは関係のない応援団長が不機嫌そうな雰囲気を発しているが、モブなので無視しておく。



「せっかくなのでこちらの自己紹介を……霧ヶ峰ホールディングス広島サンブリンガーズのリーダー、高坂渉です。ジョブはナイトです。こっちは……」


「月ヶ瀬美沙です。魔剣士やってます」



 美沙が俺の横に並び出て、塩対応の時によくやるぶっきらぼう且つ抑揚の無い挨拶をした。

 これは仕方がない、いつもの事だ。別に俺が叱ったからとかじゃなくて、美沙が元来人嫌いというか……有り体に言って、コミュ障だからだ。



「あとはテイムモンスター以外にも同行者が一人いるんですが、今はちょっと……もう少し人が減ったら紹介します。どうぞよろしくお願いします」



 何だかんだ言って、美沙は態度が軟化している。俺と一緒に頭をしっかり下げてるからな。

 普段は人でも殺しそうな目つきで会釈するのがやっとだから、まだ良い方だ。……これを良い方と解釈しないといけないレベルの人見知りだからしょうがない。



「こちらこそ、よろしくお願いします。……ああ、そうそう。琉輝彌の紹介は別にいいですよね? 知らない仲ではないようですし」


「えー!? そりゃないぜリーダー、俺だけ仲間外れかよ! いいもんね、勝手に自己紹介するもんね! ガリンペイロの斬り込み隊長、虎林琉輝彌! ジョブはデュアルブレーダー! アニキにはデコピン一発でのされたけど、魔物相手にゃ負け無しだぜ!」


「馬鹿野郎、負けたら死ぬから負け無しに決まってんだろ! ……高坂さん、こいつとんでもない調子乗りで無策で突撃する癖があるんで巻き込まれないように気をつけて下さい」



 無駄にカッコいいポーズで自己紹介を終えた琉輝彌君の後頭部を引っ叩きながら笠木さんが頭を下げる。

 こうして見ると、ガリンペイロの面々は個性的と言うか……結構クセモノ揃いだ。音頭を取るリーダーの心労を思うと同情の念を禁じ得ない。



「……そちらも大変ですね、皆さん個性的な方々ですし」


「そうなんですよ。うちのメンバーは他にもいるんですが、大勢で来ても邪魔になるだけなんで今回に限っては実力で選抜したんです。そうしたらこんな面子になってしまって……」



 笠木さんが肺の底まで空にするような深い深いため息を吐く。



「ちょっとかさっちー、問題児なのはるっきーだけでしょ? あたしやちゆちゃんは常識人枠だよー」


「そうです! 虎林君と長岡さんはちょっとアレですけど私はちゃんとした真っ当な社会人ですっ!」


「俺が変だったら二人はもっと変じゃねえか! 自分自身の事もよく分かってねえのかよ!」



 言い合いの喧嘩を始めた三人を横目に、笠木さんが腹をさする。ストレス性の胃炎だろうか? 心中お察しせざるを得ない。

 笠木さんが三人に声をかけようとした時、唐突に聞き覚えのある男性の声が響いた。



「お静かに! Aチームの出撃前ブリーフィングを開始します!」



 声の方向を見ると、迷彩服に身を包んだ自衛隊員がクリップボードを片手に、もう片方に肩掛け式のメガホンから伸びているマイクを握って立っていた。

 確かあれは、馬鹿でかいゴーレムが呉を襲った時に東洋鉱業に駆けつけた自衛隊のリーダーだ。樫原さん……だったか?



「私がAチームの伝令ならびにスケジュール管理を行います、樫原です。早速ですが手短に状況を説明します」



 樫原さんがクリップボードに目を通しながら、手元のハンドマイクに喋りかける。やや音割れの目立つメガホンの音が岩壁に反響する。

 さっきまで喧嘩していたガリンペイロの面々は、さすが高レベル探索者と言うべきか。樫原さんが静かにするよう促す前に喧嘩をやめ、しっかり顔を向けて傾聴していた。



「まず、Cチームは第三階層までの探索を完了しています。東洋鉱業からご提供頂いた魔素を吸収する装置を階段前に設置する事で、下の階層から上がってくる魔素を第三階層に貯めない処置を行っています。このおかげ……かどうかはまだ判断が微妙な所ですが、魔物のリスポーンは起こっていません」



 魔素はダンジョン・コアより出でて、深い階層を満たし、溜まったらまるで火災の煙のように階段を伝って浅い階層に登っていく。

 今この原爆ドームダンジョンは、第三階層の下り階段で魔素が止まっている状態だ。つまり、そこまでは魔物を構成する魔素が供給されないので魔物が湧かない。

 理論的に言えば、さらに下の階層に降りて魔物を根絶やしにし、東洋鉱業謹製の貯留型魔素吸引機「ナオビ」を階段前に設置すれば余計な戦闘をしなくて済む。

 行き帰りが安全になるし、何より時間短縮になる。



「我々は第四階層から攻略を開始、魔物を殲滅して魔素吸引機を階段前に設置……というルーチンで階層を降りていきます。途中、討伐後のボス部屋等安全地帯で野営を行う予定ですので、キャンプ資材を忘れないようにお願いします。BチームとCチームの混合編成は物資の運搬魔素吸引機に溜まった魔素の回収、討ち漏らしの魔物の討伐を担う予定になっています。Aチームの奮戦が攻略のカギになります、どうぞよろしくお願いします!」



 樫原さんが頭を下げると、笠木さんやガリンペイロの面々が率先して拍手をする。

 俺達も同様に拍手をしていたが、二十数名からなるAチームの探索者の半分程はノーリアクションだった。緊張しているのか、それともノリが悪いのかは分からない。



「それでは十五分後に点呼を取って出発します。今のうちに準備を済ませておいてください。では、解散!」



 樫原さんが号令をかけると、集まっていたAチームの探索者達がバラバラと動き出す。

 集合地点を離れたのは六名程度で、他は樫原さんが現れる前と同様に知り合い同士で話し合いをしている。

 俺達は十五分の自由時間をガリンペイロのメンバー達との連携の確認に費やした。

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