第69話
記者会見が終わってからヒロシマピースレイドが始まるまで、怒涛のような日々が続いた。
とは言え、メディア対応や関係各社との顔合わせ等、ダンジョンアタックに直接関わる用事は少なかった。
最近なかなか顔を出せずにいた東洋鉱業にも出向いたり、広島サンブリンガーズの制服を担当してくれる外国人デザイナーとも意見交換をした。
探索者協会へ表敬訪問したり、霧ヶ峰ホールディングスの子会社であるダンジョン関連用品を取り扱う商社に出向いて、仕入れるポーションや食材を吟味したり……これはどちらかと言えば美沙がかなりこだわっていた。
とにかく、俺達は入念な準備を重ねて来るべき日に備えていた。
その結果、俺達はあまり梨々香を構ってやる事が出来なかった。
俺と美沙は言わずもがな、静香は輪をかけて多忙だったし、あかりも精力的に仕事をしていた。綾乃からはまだ連絡が来ない。
しかし梨々香はひとりぼっちではない。氷谷さんやトーカ、ラピスや一桜達テイムモンスター勢と楽しく過ごしている。
俺は少しでも時間を割き、梨々香から今日一日何があったか聞くようにしている。せめて放ったらかしにしている訳じゃないんだぞというポーズだ。
……そう言えば俺達が子供の頃、親父も多忙だったのに色々話を聞いてくれてたっけな。
もしかしたら、親父も俺達に対して無関心ではないぞという姿を見せたかったのかも知れない。
そんな忙しい毎日をどうにか切り抜け、ヒロシマピースレイド開催の日を迎えた。
§ § §
広島市のど真ん中と呼んで差し支えない、本川と元安川の三角州に作られた平和記念公園。
五月の祭りや八月の原爆記念式典に前後する季節には大勢の訪問者で賑わう所だが、今日は探索者と探索者協会のお偉いさん、それから数名の来賓とメディア陣で占められていた。後は野次馬がちらほらと言った所か?
これから始まるのは、ヒロシマピースレイド開催に伴う開会式……つまり、壮行会だ。
今回のレイドの参加探索者は総勢百名超、支援企業は二十社を越す大規模レイドとなった。
最初は現地となる原爆ドーム近辺で壮行会を行う予定だったらしいが、あのあたりはそもそも大人数が集まれるように出来ていない。とても狭いのだ。
それに、今はあの辺りは非常に見通しが悪い。
かつての原爆ドーム周辺は通り抜けも自由で、原爆ドーム周辺では自作のフリップを自転車に積んで観光客に原爆の悲惨さを語るボランティアの人達も大勢いた。
しかし、ダンジョンが発生してからは原爆ドームの区域を大きく囲むように鉄板の仮囲いが出来、歯抜けのように仮囲いの一部に設けられたアクリル板からでないと原爆ドームを見る事が出来ない。
原爆ドームダンジョンは非常に危険なダンジョンだ。万が一にも一般人が紛れ込んではいけない。
仮囲いの外だけでなく中も自衛隊員が巡回し、ダンジョンの警備も全て自衛隊員が賄っている。無論、探索者以外は通り抜けも立ち入りも禁止だし、探索者も立ち入るには面倒な手続きがいる。
「これから頑張ってダンジョン攻略をやりますよ」アピールをするにしても、一般人からよく見えない場所では壮行会をする意味もない。
そこで開催三日前にして壮行会の会場を変更、平和記念公園の記念碑横の広場に集合……となった訳だ。
平和記念公園は祈りの場と言うこともあり、探索者は武器や装備を外した状態で集まっている。
その周囲をカラーコーンとバーで仕切り、数社の警備会社が合同で取り囲み、壮行会への乱入者を阻止するために立哨警戒を行なっている。
栄光警備の隊員の姿も見える……東山さんがこっちを見ながらニヤニヤしている。何やってるんですか、仕事してください。
……ほら言わんこっちゃない、嶋原さんがお怒りだ。
「渉さん、そろそろ始まりますよ。よそ見しない」
「へいへい」
俺がキョロキョロと周囲を見ていると、美沙に脇腹を肘でつつかれた。
前方では、今回のレイドの総指揮を任された探索者協会広島支部長の朝倉さんが司会の男性から紹介を受け、マイクを手に何か喋ろうとしている所だった。
俺は正面に向き直り、傾聴する。スピーカーからは軽いハウリング音の後、朝倉さんの声が流れた。
『皆さん、この度はヒロシマピースレイドにご参加頂きまして、ありがとうございます。先程紹介に預かりました、探索者協会広島支部長、朝倉と申します』
朝倉さんが深々と頭を下げる。俺のいる位置からは多少見えるが、後ろの方には見えてるかどうか分からない。
お立ち台のような物がないので、朝倉さん姿がイマイチ見えにくい。台の設置の許可が降りなかったのだろうか?
『私は子供の頃、広島に住んでいました。夏休みの登校日に暑い体育館に集まって、平和学習をしたのを今でも覚えています。高校の頃に東京に移住して、五年前に探索者協会広島支部の責任者となって広島に戻って来て……やはりショックだったのは、鉄板で囲われて、容易に近寄れなくなった原爆ドームの姿であります』
朝倉さん、元々広島の人だったんだな。知らなかった。
俺の通っていた小学校でも、夏休み期間中の八月六日は登校日だった。クーラーのない体育館で被爆者による講演が行われていた。
小学生の頃から大したオツムではなかった俺は平和教育に対して「戦争はよくない」「核兵器はよくない」くらいの薄っぺらい認識しか持っておらず、戦争の話より帰ったら用意されているであろう昼飯のそうめんの事ばかり考えていたのを覚えている。
『平和を希求する建物を解放する為に、力を持った探索者達が武器を振るって魔物を殺す……その矛盾に思う所が無いと言えば、嘘になります。しかし、そもそも平和でなければ、平和を祈る事もままならないと私は思います。今の原爆ドームの警備体制がその証左であります』
力で解決するのではなく、対話で世界平和を追求していく……広島の平和主義が求めている事と、俺達がこれから為そうとしている事は正反対だ。
ダンジョンの魔物は不倶戴天の怨敵……そこに「テイムしなければ」と言う但し書きがついてしまった。対話が完全に不可能な純粋なエネミーではなくなってしまった。
その片棒を担いだ俺としても、思うところは無くもない。薄っぺらい平和意識しか持っていなくても、突きつけられた矛盾に心がさざなみを立てる。
『探索者は自衛隊や警察のような国を守る公務員ではありません。魔物を倒し、ドロップ品を得て、日々の暮らしの糧としている労働者です。このような事を我々が言える立場ではありません……ですが、言わせて下さい。原爆ドームをダンジョンから奪還して頂きたい。祈りの場を再び広島の人々の手に取り戻して頂きたい。協力企業の皆様とも、その為の準備を今日まで進めて来ました。あとは探索者の皆様方の手腕にかかっています。どうぞ、よろしくお願いします!』
朝倉さんが深く頭を下げた。どこからともなく拍手が聞こえ、皆が釣られるように拍手する。
朝倉さんがマイクを司会に返し、続いて広島県知事、広島市長と来賓挨拶が続いていく。
三十分程度の壮行会は特に混乱もなく終了し、俺達探索者は原爆ドームへと向かう事になった。
§ § §
「あたしは別に平和とかどうだっていいんですけどね」
原爆ドームへの道すがら、美沙がぽつりと呟いた。
おいおい、勘弁してくれ。俺達はその平和の象徴みたいな場所に向かってるんだぞ。
「随分な言い方だなぁ」
「だってそうじゃないスか、あたし達は一般人っスよ? 世界平和ー! とか全人類仲良くー! っつった所であたし達に出来るのは広島の現場や道路で旗振って車の誘導をしたり、施設の詰め所で監視カメラを見たり、魔物を倒したりってなモンでしょ。世界規模の話をしがない民草に任されてもどうしようもないっスよ」
美沙がぼやくように持論を展開するが、「それを言っちゃあおしめえよ」という奴だ。
俺も昔「どうすれば世界が平和になるか考えてみましょう」と先生に言われて「偉い人に丸投げする」と答えて怒られた事がある。
出来るかどうかはともあれ、世界を平和にするぞと言う気概を見せろって話だったんだと俺は解釈している。……それで合ってるかどうかは知らないが。
「ぶっちゃけ、渉さんとあたしさえ幸せならどこでドンパチやろうが誰が死のうが知ったこっちゃないっスからね。渉さんと出会ってからずっと、この考えが変わった事なんてないですよ」
「カノジョの愛が重すぎるなぁ」
「そりゃそうっスよ、この年まで大切に育て上げて来ましたもん。今更返品は効きませんからね?」
「返品するつもりもないけどな。後生大事にとっとくよ」
俺がそう答えると、美沙は俺の左腕にしがみついて頬擦りし始めた。周囲の視線が痛い。
「……渉さんはどうしたいですか?」
「どうしたいとは?」
「世界の平和のために頑張りたいタイプなのかなって」
そんな訳がない。もしそうならもっと高尚な仕事についてるはずだ。
俺は梨々香の入院費を工面するだけで手一杯の警備員だ、世界平和なんて荷が重すぎる。
「多分平和なんてのは、限られた少数がしゃかりきになって維持する物じゃないと思うんだよな。一人一人がズルせず真面目に日々を生きて、手の届く範囲を平和にして……その結果としてたくさんの小さな平和が集まって世界の平和になるんじゃないかな」
「つまり?」
「美沙とあんま変わらないな、とりあえず手の届く範囲を幸せにする事しか出来ない」
トーカが目をつけ、綾乃やあかりが見出だし、静香がお膳立てした英雄候補がそんな事を言ってるようではダメなんだろうが、仕方がない。俺の本性は小市民だ。
とりあえず美沙や梨々香が無事でいてくれたら……毎日楽しく暮らしてくれたら、それでいい。
「渉さんはやっぱり卑屈っスねぇ」
「どこがだよ」
「身近な人間をちゃんと幸せにするのってそんな簡単な話じゃないっスよ。あの人類最強の父上だって、うっかりあたしの幸せを取りこぼしたんスから……手の届く範囲の幸せ、上等じゃないっスか。やっぱり渉さんはあたしの自慢の彼氏っスよ」
美沙が眩いほどの笑顔を向けてくる。この笑顔も俺が守ってやらないといけないんだなあと改めて自覚する。
……俺から言わせれば他人が守る必要なんてこれっぽっちもないくらい美沙は強い訳だが、それは言いっこなしだ。美沙の機嫌も悪くなるし。
それはそれとして、周囲から舌打ちが聞こえたりして居心地が悪い。立ち聞きは良い趣味とは言えないぞ?
「そうですよね、近場の平和も守れない人間に世界なんて守れる訳がない……流石アニキ! 金言、心に染みます!」
美沙がくっついてるのとは反対側……俺から見て右側から聞き覚えのある声がしたのでそちらを見ると、先日レストのフードコートで遭遇した虎林 琉輝彌君が腕を組んで深く頷いていた。
……いつからそこに居たんだ? 全然気づかなかったぞ?
「琉輝彌君じゃないか。えーと……ガリンペイロだったっけか? チームメンバーと一緒じゃなくていいのか?」
「いいんですいいんです! アイツら後ろの方で最終確認してるとこですから! 後で改めて全員でご挨拶に伺います! そういや会見見ましたよ! レストでお会いした時に参加しないかもみたいな事おっしゃってたのは公表出来ないタイミングだったからですよね、失礼しました! 高坂さんは最終兵器みたいなとこありますから、迂闊にベラベラ喋れませんもんね!」
揉み手でもせんばかりの三下トークに頭が少し痛くなる。悪い子ではないんだろうが、ノリが少し合わない。
「お、おう……まあ、うん、そんなトコだな」
「それに姐さん、てっきり高坂さんの奥さんかと思ったらまだご結婚なされていなかったんですね! おしどり夫婦かなってくらい仲が良さそうだったんで勘違いしてしまって申し訳ないです!」
琉輝彌君が美沙に頭を下げると、美沙はニヤニヤ笑いを隠そうともせずに俺の手を引っ張った。聞いてる聞いてる、ちゃんと聞いてるから。
「うん、まあ、美沙とは仲良くしてるよ。頼りになるしな」
「ですよね、強者のオーラが凄いですもんね! 鬼強い高坂さんに綺麗でお強い奥さん……いけね、また奥さんって言っちゃった……彼女さんとか最強のカップルですよねー!」
美沙の機嫌が有頂天だ。さっきから抱きしめられてる左腕の感覚がだんだん無くなってきた。ちょっと力を緩めてもらっていいかな?
俺が腕の血流を心配しているのをよそに、美沙が一つ咳払いをしてから琉輝彌君に話しかけた。
「琉輝彌君、でしたっけ?」
「はい! 虎林 琉輝彌と申します!」
「琉輝彌君は見どころがありますね。今回は我々広島サンブリンガーズは他チームと絡むつもりはありませんでしたが、ご希望であれば一緒に行動してもいいですよ」
「え、マジっスか!? コラボの許可って事ですよね!? あざーっす! うちのチームのメンバーと相談して来るんで、また後でお声がけさせてください!」
琉輝彌君は立位体前屈のように大きくお辞儀をして、ダッシュで後方へと走って行った。
行き先を目で追いかけると、琉輝彌君は数名の男女混合グループに戻っていき、激しい身振り手振りを加えて何やら説得しているようだった。
……あれがダンジョン配信者グループ、ガリンペイロか。琉輝彌君がヤンキーめいた格好だからアナーキーでパンキッシュな集団かと思いきや、割とそうでもなさそうだ。
二名ほどイカつい格好をしている奴がいるが、リーダーと思われるスーツ姿の男性なんかは社畜のオーラを感じる。琉輝彌君に説教をしている様から結構苦労人なんじゃなかろうか。
……あ、そうだ。こっちの跳ねっ返りにも説教しとかないとな。
「コラボ……と言うか、チーム間のジョイントとか俺達が勝手に決めたらダメだろ、うちの大将に相談しないと」
「でも渉さん、あの子絶対良い子っスよ!?」
「そりゃあ美沙がおだてられて良い気になっただけだろ? 出会った当初喧嘩売られてるんだから100%良い奴って訳じゃないぞ。……少しは落ち着け、せっかく静香が窓口を絞ってくれてるのに裏口から入り放題じゃ意味がないぞ」
「はーい……すみませんでした。以後気をつけます」
シュンとなった美沙が俺の腕から離れた事によって腕に血流が戻り、ビリビリと痺れ始める。どんだけ強く締め上げてたんだ。
俺は半ば感覚の無い左手を操り、美沙の手を握る。
「気をつけるのはいいが、離れろとは言ってないぞ」
「……えへへ」
美沙が照れくさそうに笑い、俺の手を握り返す。
そうした所で原爆ドームのある区域に到着した。
人通りの多い場所を避けて元安川沿いに設けられた鉄扉の前では自衛隊員が立哨していた。
俺達はスマホを取り出し、探索者証を表示させて封鎖エリアへと進入した。
§ § §
封鎖エリア内は巡回中の自衛隊員以外に人影はなく、閑散としていた。
二十を超す協力企業は、恐らくダンジョン内にブースを設営しているのだろう。このエリアは狭いから当然とも言える。
今にも崩れそうな見た目の原爆ドームの周りを黒い鉄柵が取り囲み、真っ白なダンジョンゲートが噴水の遺構の側に聳え立っている。
ちなみに原爆ドームは幾度にも渡る耐震補強工事が施されており、南海トラフ地震が来たとしても耐えうる強靭さを手に入れている。
簡単には壊れない廃墟と言うのもなかなかに不思議な話だ。存在自体が矛盾しているようにも思えるが、それほど広島市民にとっての重要なシンボルという事でもあるのだ。
「……まさかあの鉄柵の内側に入る事になるとは思いませんでした」
「俺もだよ。こんな事でもなければ来られないからな」
原爆ドーム周辺をぐるっと取り囲む肩くらいの高さの鉄柵とフェンスゲートは、通常であれば施錠の上で閉鎖されている。
テレビの撮影なんかがあると警備員が開錠しているが、用事のない一般人は原爆ドームの近くに立ち入る事が出来ない。
しかし今はそもそもこのエリア自体が関係者以外立ち入り禁止と言う事もあるのか、それとも今回のレイドの為の特別な措置かはわからないが、フェンスゲートは開けっぱなしになっている。
警備員をやっていてもなかなか訪れる物ではない原爆ドームに最接近する機会に、不謹慎ながら少しワクワクする。
俺と美沙がこそこそと話していると、ダンジョンゲート前で立哨警備をしている自衛隊員が探索者を案内した。
「足元に気をつけて、ゆっくりお入りください。……ご健闘をお祈りします」
俺達は敬礼をする自衛隊員に頭を下げて、ダンジョンゲートの内側へと足を踏み入れる。広島最難関ダンジョンの攻略が、これから始まるのだ。
俺も美沙も体を震わせながら、足を先へと進ませた。




