表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天人伝承  作者: 安芸
第七章 己の使命をまっとうするということ
81/82

妻の遺言

 不定期更新中。

 ダリーは血の気の失せた顔で虚ろな声を紡いだ。


「遺……言……? 俺に……?」

「そう。息子の俺には一言もなく、十八年も前に別れたあなただけが気懸りだったみたいでさ。人の親としては失格だと思うけど、妻としては泣かせるよね。あ、元妻か」

「元妻じゃない。俺の妻はイヴリンだけだ」

「……ふーん」


 アルマディオはなんの感慨もなさそうな冷めた眼を細めて相槌を打つと、額を指で掻いた。


「それで、遺言の内容は」


 焦らされて気が急いたダリーがせっつく。


「『アルダ・ヴィラ・セラ・ローチェ』」

「……アルダ・ヴィラ・セラ・ローチェ……」

「『再会を願う心』つまり『あなたに会いたいわ』かな」

「……」


 ダリーは表情を凍らせてその場に立ち尽くした。誰もが息を詰めて見守る中、ややあってアルマディオはくたびれた様子で立ち上がり、襟元を正した。


「じゃ、間違いなく伝えたから」

「待て。どこに行く」


 咄嗟に手が出たのだろう。ダリーはアルマディオの手首を掴んで引き止めていた。


「どこって……」


 アルマディオはまさか引き止められると思わなかったためか、きょとんとして掴まれたままの手首に視線を落としながら答えた。


「帰るんだよ。これでも暇じゃないんだよね」

「帰るだと?」


 ダリーは自分の耳を疑って訊き返した。


「どこの国の裏組織か知らんが、俺が自分の息子をそんなところへ帰すわけがないだろうが」

「ははっ」


 アルマディオは噴き出した。ケラケラとさもおかしそうに笑う。


「なにそれ、十八年目の父親面ってやつ? うーん、悪いけど、俺、人情沙汰って苦手なんだよね。あなたのことも、母さんから話には聞いていたから一応知ってはいるし、これだけ顔が似ていれば本当に肉親なんだなーとは思うけど、それだけだな。あいにくだけど、俺は帰るよ。離してくれないかな」

「待て、アルマ」

「へぇ、俺のことそう呼ぶんだ。母さんと一緒だね。もっとも、もう二度とその名前では呼ばれることなんてないと思っていたけど。――あのさ」


 屈託なくダリーに笑いかけながらアルマディオは続きを口にした。


「俺、家がないんだ。組織の他に帰るあてもないし、組織のために生きるよう徹底されてきたから、他に生き方も知らない。だから、あなたに引き止められても本当に困るんだよ」


 ダリーは堰を切ったように矢継ぎ早に訴えた。


「俺が守る。悪かった。知らないとはいえ、十八年もおまえを――おまえとイヴリンを放置して――苦労をかけた。なあ、組織って、どこの組織だ。戻ることはない、俺が話をつけてやる。どんな手を使っても身受けしてやるから、組織名を教えてくれ」

「ふっ。あっははははははははは! なに言ってるの、あなた、俺の組織を舐めてるよ。そんな簡単に足抜けできるようなら、母さんだってそうしていたさ。ムリムリ、組織の洗礼を受けた奴は、一生組織の犬さ。他の道なんてない」

「諦めるな! 俺はおまえを諦めないぞ。絶対に、おまえを救ってやる」


 だが食い下がるダリーの必死の説得もアルマディオには届かず、彼は呆れたように流した。


「だーかーらーぁ、救ってやるとか、そういう偽善的なことを押しつけるの、やめてくれないかな。俺はこれでいいの。組織の中で育った犬は組織の飯しか食えないの。わかる? 余計なことするのは勘弁してちょーだいな、っと。はい、わかったら、離した離した」


 とぼけた口調ながら、アルマディオの反応は冷めていて、それがいっそうダリーの焦燥を掻きたてた。


「偽善でもなんでも、おまえが生きていると知った以上、俺はおまえを放ってはおけない」

「いや、放っておいた方がいいと思うよ。俺、ここから出たら最後、あなたの敵にまわるし」


 瞬間、空気に亀裂が入った。

 ダリーは茫然と呟いた。


「……敵、だと?」

「そりゃそうさ。俺の所属する組織はこの国のものじゃないし、それどころか、これからケンカを吹っかけようとする相手だしね。だから、ケンカになってからだと来られなくなると思ったから、忙しーい間を縫って、俺がわざわざ足を運んだの」


 言いながら、アルマディオは終始笑っていた。笑いながら、眼はまるで笑っていなかった。


「俺は死ぬまで組織の犬だよ。母さんと同じくね。ただ、どうしてもあなたが俺を放っておけないと言うなら、そのときは、あなたがなにもかも捨てて俺と同じ穴まで落ちるしかない。――地獄と言う名の、奈落にね」


 アルマディオはいつまでたっても離そうとしないダリーの指を一本ずつ外し、自由になると踵を返した。一度も振り返らずに出て行こうとした彼の名をダリーが叫ぶ。


「アルマ!」

「さよなら」


 一言だけ別れを告げてアルマディオは去った。

 キルヴァの命令でただちに尾行がついたが、瞬く間に撒かれしまったと報告がもたらされた。

 残されたのは、指輪のみ。

 キルヴァはこれをダリーの手に戻した――かける言葉も見つからないまま。


 まもなくXmasですね。街中が華やかで好きなシーズンです。

 拙宅ブログ 安芸物語も冬仕様中。お気に入りです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ