時の流れとともに
キルヴァとステラの間にも、若干の変化が。
「私が後を継ぐのはいい。問題は、私の後なのだ。私の異母弟キャスザインか、はたまた私の子供か」
「おまえの子供だと?」
珍しく、動揺したようである。
キルヴァは小さく笑ってステラの想像を否定した。
「まだいない。当面、先の話だよ。でも、即位したならばすぐにでももうけなければならない。だが、どちらが私の後を継ぐ第一後継者となるか、いまから決めておくべきだと譲らない一派がいる」
「あててやろうじゃないか。弟王子の後援者だ」
見え透いている、とステラが鼻を鳴らした。
キルヴァは頷く。
「実権を欲しがる、ね。私に万が一『なにか』があった場合、第一位と第二位では権力に雲泥の差が出るゆえ、私に子供がいないいまのうちに決めておきたいのだ」
「なるほど。子供ができてからでは反対派の擁立は避けられないからな」
「うん、そういうこと」
「面倒なことだ」
「加えてサルドニーク国と開戦になれば武器がいる。鉄がいる。採掘を進めるために金がいる。糧食も必要となるから麦もいる。どれも一日や二日で片付く問題じゃない。もっぱらの噂ではサルドニーク国が天人兵の更なる強化に乗り出し、中でも、火の天人(ラーク・シャ-サ)に十翼天がいるらしい」
同胞の話に、ステラがピクリと反応した。
「十翼天、だと? 名は?」
「わからない」
「十翼天……」
ステラは眉根を寄せ、美しい顔を硬く強張らせ、考え込む。
キルヴァは肘をついて身を起こし、ステラの手触りのいい髪に指を潜らせて頭部を軽く引き寄せた。
「そんな顔をしないでくれ。君が苦しむと、私も苦しい」
「……おまえこそ、そんな顔をするな。私はただ、懸念しただけだ。十翼天が戦線に出てくれば、必然、荒れる。こちらに火の十翼天はいない。抑えには私の力が必要となるだろう」
「いいや、必要となるのは君じゃない。守りの天人――水の天人だ」
キルヴァはステラを見つめた。
「なれど、私は新たな天人狩りには反対だ」
「キルヴァ」
「このまま各国が先を争い天人狩りを強行すれば、どうなる。遠からず、第二次天人戦争が勃発し世界は荒れ果てよう。それだけではない。万が一、天人対人間となれば、どちらか絶滅するまで戦いは続くだろう。そうなる前に――止めないと……」
「おまえが、止めるのか」
「私ひとりでできることではないが、止めたいとは、思う。そのためにこの三年を費やしてきた」
ステラが小さく微笑する。
「……人間が天人を育成するなど正気の沙汰ではないと思ったが、まあ、よくやったものだ」
「褒められることではないよ」
「褒めているわけじゃない、が、感心はする。矜持が高く誇りにかけて滅多に人間に屈しない我ら種族を、いったいどう懐柔し成長させたのか……私のように個に執着したゆえの変化というならば、話はわからないでもないのだが」
個、という表現でわずかに瞳を甘くする。
キルヴァはその視線を受け、こくりと咽喉を鳴らした。
ステラがキルヴァのために一族のもとを離れ、単身彼のものとなった日のことはいまでもはっきり憶えている。
戦場に舞い降りた、白い影。
十二翼を広げたその神々しい美しさは、眼に焼きついている。
キルヴァは黙ったままステラの髪に口づけた。
「しかし、十翼天か。いったい誰が堕ちたのか……気になるな」
「調べさせよう」
そこへ、いままで気配を消していたアズガルから声がかかった。
彼は相変わらず、黒一色を身に纏い、ひっそりと影のように従っている。
「セグラン様より知らせです。ただちにお戻りをとのこと」
「わかった」
キルヴァは先に腰を上げ、ステラに、す、と手を差し伸べて言った。
「参ろう」
次話、セグラン登場。
招かれざる来客です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。