スザン戦争・二十一
これにて、ようやくスザン戦終結です。
だが、ここからではなにも見えない。
「来い。見せてやろう」
セグランが制止しかけて躊躇し、珍しく判断しあぐねている様子だった。
ゲオルグとアレンジーは互いに視線を交え、興味深げに成り行きを見守っている。
止められないのをいいことに、キルヴァは眼の前に降下してきたステラの細い腰に腕をまわし、片腕で抱き寄せた。ふわりと臭う戦火の名残。ステラもまた、先遣隊として上空より戦局を眺め、把握し、誰よりも詳細な報告を重ねていたひとりだ。
長い金の髪が悩ましげにたなびく。白い翼が次々に広がる。蒼い一条の傷を持った翼も伸ばされ、風を起こす。その残酷な傷を眼にするたびに、キルヴァは決して公言できないステラとの邂逅を思い出す。眼に見えない絆の存在になんとも言えない心地になる。
ステラはキルヴァの髪に指を潜らせると、顔を上向かせ、「命令を」と低く囁いた。
おそらくゲオルグやアレンジーの手前、キルヴァの立場を慮ったゆえだろう。キルヴァは頷き、セグランに一時待機を命じてから言った。
「飛べ」
合図を待ちかねていたかの勢いで、ステラはキルヴァと二人、一気に上昇した。
ステラの白い指が示す方角には暗雲が立ち込めていた。雲がかかり、時折白い閃光が奔っている様子が窺える。
猛々しく聳えるオーラン山脈の山裾、イシュリー国第一領地。
王宮があり、そこには父ディレクと義母エリフェアがいる。
「天人の襲撃だ」
ステラの抑揚のない声が耳に届く。
「四翼天が八、六翼天が三、八翼天が一……八翼天は雷の天人だな」
キルヴァは衝撃を受けた。
予期せぬ天人兵の襲来だけでも一大事だが、八翼天の、それも雷の天人が率いているとは想像するのも恐ろしいくらいの攻撃力だ。下手をすれば、いや、下手をしなくても時間の問題ですべてが壊滅するだろう。
「どうする?」
「食い止めなければ」
「誰が?」
キルヴァは躊躇した。
このスザン戦がはじまる前に明らかになった自国の天人兵団の存在だが、その登用に軍議にて待ったをかけたのは他ならぬ己だ。そしてそれは最善策であったと自負もある。しかしいま、この危機を回避できるだけの力が他にあるだろうか?
天人には天人を。
より大きな力を。
そうとわかっていても、キルヴァはどうしてもステラを戦線に送り込みたくはなかった。危険だからという理由だけではない。愛情や独占欲、そういったものとは別に、言葉では言い尽くせない、とても大切ななにかが失われる気がしたのだ。
だがそれでも。
キルヴァはとうとう意を決した。
「行ってくれるか」
「おまえの望みのままに」
「頼む。だが、ひとつの怪我もするな。必ず無傷で私のもとに戻ってきてくれ」
必死すぎるキルヴァの様子にステラはおかしそうに微笑した。
「わかった。そうしよう」
リアストン歴九百九十三年、ノーレッサの月、第二十九日目。
空に巨大な光の矢が出現し、彗星の如く流れて、オーラン山脈のほぼ麓で炸裂した。
これを境に、スザン戦争は終結を迎える。
第六章終了です。
ここまでお付き合いいただけました皆様、ありがとうございました!
ゆっくりめ更新の天人ですが、どうか引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。