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天人伝承  作者: 安芸
第六章 喪失の意味を知るということ
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スザン戦争・十九

 連載再開です。


 お付き合いいただけるすべての皆さまに感謝を込めて


「王子!」


 いまにも加勢したい勢いでかろうじて静観していたセグランが、堪らず叫んだ。

 下方から掬い上げるように滑らかに振り斬ったアボルトの渾身の一撃は、まっすぐにキルヴァの首を狙い、そして、硬質の音を鳴らして弾かれた。キルヴァの逆手にした剣によって。

 くるくると回転しながらアボルトの長剣はだいぶ遠くの地面に突き立った。

 アボルトは唖然としながら呟いた。


「……左……?」

 

 いつのまにか、キルヴァは左手に剣を所有していた。


「両利きか!」


 感嘆の声がゲオルグの口から洩れる。

 それがどれほどの鍛錬の末習得したものなのか、推し量るべくもない。

 キルヴァは手ぶらになったアボルトへ向かい、無言で馬を進めた。

 アレンジーが慌てる。ゲオルグの肩を掴んで揺らす。

 ゲオルグは厳しい表情で微動もせず、眼を凝らす。

 勝負は、勝負だ。


「参りました」


 潔くアボルトは降参した。

 馬を降り、兜を脱いで脇に抱え、膝をつく。


 

「どうぞご処断を――将軍、お守りできず、申し訳ありません」

 

 首を垂れたアボルトを見下ろして、キルヴァは口をひらいた。


「いま一度訊こう。そなたの大事である両将軍を私の大事としては、いけないか」


 困惑したどよめきがスザン軍にひろがっていく。ギャザリング騒ぎで疲弊した顔にあらたな驚愕が奔った。


「面を上げよ」


 アボルトは顎を持ち上げ、夕映えに照るキルヴァを見つめた。逆光を浴び、陰影の射した顔は汗にまみれていたが、とても美しかった。年齢に見合わぬ落ち着いたまなざしに、心を射貫かれた。

 偽りなき瞳。真摯さと公正さが、深く静かにきらめいている。

 涙が溢れた。理屈ではないなにかに衝き動かされて、自分でもわからないまま、アボルトは地面に額を押しつけて平伏した。


「両将軍をお頼み申し上げます」


 キルヴァは剣を鞘に収めた。ひらりと飛び降り、すたすたとゲオルグ・ニーゼンとアレンジー・ルドルのもとへいって、邪気のない顔で笑う。


「頼みがあるのだが」

 

 ゲオルグとアレンジーは撤退の機を逸したことを今更ながらに悔いていた。


「あの者が欲しい。アボルト・ブロナンディスを私の配下に引き入れたいのだ」

「――はあ?」

「武勇もさることながら、心映えのなんと優れていることか。なにかと保身に走るものが多いこの世の中で、あのように我が身を省みず、国家のため、ひいては傾倒する上官のため、捨て身で戦うとは得難い人材だ。私のカドゥサを射た罪のため一度死んでもらわねばならないが――そののちは私の傍におきたい。よいだろうか」


 とんとん拍子にことを進めるキルヴァに、アレンジーが話を止める。


「ちょっと待て、ちょっと待て。死んだあとの雇用契約もばかばかしいが、その前に、だな。いやいやいや、人選違いだろう。王子殿が欲しいのは俺たちじゃあなかったのか」

「無論、あなたがたも欲しい」


 アレンジーは絶句した。空いた口が塞がらない。


「スザンという国名は今日を限りになくなるが、国民には一切非道を働かないと約束する。人命、爵位、名前、財産を守り、地名もそのままにしよう。一部変更せねばならないものもあるだろうが、悪いようにはしない。私の名で誓おう。但し、そのためには然るべき地位にある方の名前をもって全面降伏いただかねばならない。スザン王の後継にあたられるは、どなただろうか」


 ゲオルグとアレンジーは目配せした。先に口をひらいたのはゲオルグだった。


 ああ、やっと天人に戻ってこられた……。

 甘い物語ばかりを書いていると、硬質な物語が書けなくなりそうでコワイです。

 天人は他にもまして手強いだけに、やりがいのあること、あること。

 はは。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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