スザン戦争・十八
またまた一ヶ月ぶり更新です。
「いざ、参る!」
どちらともなく、戦いの火蓋は切って落とされた。
双方まっすぐに突撃し、音を立てて斬り結ぶ。弾く。白刃に残照がきらめき、興奮した馬の甲高い嘶きが風に乗る。馬首を返す。蹄が土を蹴る。交錯。また一閃。重い鋼が擦れる。土埃が舞う。手綱をうち、反転。今度は握りを変えて姿勢を低く、互いに刺突の攻撃に出た。
「はっ」
アボルトの渾身の突きをキルヴァは見事に受け、力の方向性を変えて流す。そのまま、肘を引き、斜め上から反撃に転じる。無駄のない、速い一撃。
だが、アボルトもこれを難なく交わし、圧し離れた。
「おおおおお」
腹の底から唸り声を上げ、アボルトは攻勢に出た。勝負を長引かせるつもりはなかった。時間が経てば経つだけ、状況は不利になることは明白だった。いまは傍観している天人らも、痺れを切らせば、或いは王子に疲労が見えれば、容赦なく介入してくるだろう。
「はあ――っ」
キルヴァはしばらく防戦一方に徹した。
嵐のような斬撃をことごとく受けていった。
その様子は鮮やかで、躁馬術も武芸の力量も口で言うほど脆弱でないことを示していた。
ゲオルグ・ニーゼンとアレンジー・ルドルはこの隙に、と密かに残った兵を取りまとめ、撤収の構えを整えていたのだが、どうにもこの一戦から眼が離せなかった。事実上勝敗の決した戦時にありながら、一対一の対決、それも相手が敵軍の総大将と一兵士。
「……しっかし、わからねぇ御仁だな。王の首級が奪われた以上、こっちの負け戦が確定しているんだぜ? 俺たちが欲しけりゃ、直接そう命令すりゃいいだろうに」
アレンジーがぶつぶつ言い、ゲオルグが首を振る。
「命じられて、唯々諾々と従う従順さが俺たちにあればな」
「だけどよぅ、俺たちのために命懸けで戦うかぁ? 敗北したら首が飛ぶんだぜぇ? いくらなんでも一国の跡取りが浅はかすぎるっつの。見ろ、取り巻き連中、顔面蒼白。上の天人様は殺気立ってやがるし、こりゃあ、アボルトが勝ったって無事にすまないぜ」
「ああ」
ゲオルグは短く肯定し、眉根をぎゅっと寄せたまま勝負の行方を見定めている。
「それにしても、いい腕だ」
「まあな。柔くねぇわ。剣筋が俺らに通じるものがあるな――なんとなくだけど」
「指南役は実践向きの戦法を授けたんだろう。無駄のない、いい動きだ」
剣戟戦になった。両者立ち位置を目まぐるしく移動しながら、押し合い、へしあい、弾き、弾かれ、突き、突かれ、身体ごとぶちあたっては甲冑が鳴った。
キルヴァは防戦から攻勢へ転じた。手首の返しが効いた、細やかで鋭い突きの連続にアボルトは気圧された。
「そなたに問う!」
騒音の最中でも、キルヴァの声はよく通った。
「そなたの大事である両将軍を私の大事としては、いけないか」
「命乞いですか」
「そうではない」
激しく、五十合、六十合、七十合と連続で打ちあえばさすがに腕が痺れ、重い。喉が渇き、息苦しい。汗が眼に入り、視界も悪い。
だが、ここで攻撃の手を緩めては、相手に反撃の余地を与えてしまうということを、互いに承知していた。
そんなときに言葉をかけられ、アボルトは無礼を承知で怒鳴った。
「そんなことが信じられるものか!」
白刃が火花を散らして打ち合う。
弾いた拍子にキルヴァの剣の切っ先がアボルトの跨る馬の耳を掠め、痛みに馬が暴れた。アボルトが思わず振り落とされそうになる。歯を食いしばり、手綱をぐっと手前に引き寄せ、重心を固定、どうにか態勢を持ち直す。
「……はっ……はっ……っは……」
なぜ攻撃しない……?
アボルトは不可解な表情を浮かべた。ほんの僅かだが、決定的に無防備だった。
しかしその一瞬、キルヴァの剣が動きを止め、退いたのを見た。
アボルトは呼吸を浅く整えながら、半円を描くようにゆっくりと間合いを詰めていった。
汗が滴る。皮膚が焼けそうに熱い。腕が、重い。身体が、軋む。なれど不思議と――頭は冴えていく。集中力が外部を遮断し、互いに互いしか映らない。眼の端に爛々と紅色に輝く太陽とたなびく紫の雲片。風が螺旋を描く気配。黴臭い土の匂い。鼓動。破裂しそうに膨れ上がる、心臓。
「うおおおおおおっ」
雄叫びを上げながら猛進したアボルトと真っ向からぶつかったキルヴァは、衝撃に耐えきれなかった。愛馬の足が乱れた拍子にずるりと鞍上で滑る。落馬しかけたキルヴァの頭上から容赦なくアボルトの両刃の剣が迫る。
「くっ……」
キルヴァが紙一重の差で躱す。
しかし相手の剣のナックルガードにバイザーの金具が引っ掛かり、兜が引っ張られ、そのまま地面に打ち捨てられた。金髪がさらけ出され、首があらわになる。アボルトの眼は一点をとらえた。
首を――!
スザン戦、間もなく終了。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。