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天人伝承  作者: 安芸
第六章 喪失の意味を知るということ
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スザン戦争・九

 遅々として、でも進んでいます。



 キルヴァ・ダルトワ・イシュリー王子がスザン軍に対して「全軍突撃!」の号令をかけ、夜明けとともにリビラ・イドゥライコスが千名の仲間とせっせと食糧の搬出に勤しんでいる頃、極秘の特命を請け負ったカーチス・ゴートは遊撃隊第一副隊長アシュランス・ベントラと他百名と共に夜を徹して疾駆し、いまようやく、スザン国首都カルバルスキーへの到着を目前としていた。


 一味は山道から続く裏街道を風と馬と一体となってひた走っていた。

 道は整備されておらず、砂利と土が剥き出しのままでならされてもいない。アシュランスは幅の広い凸凹道をほとんど均衡を崩すことなく、カーチスと馬首を並べて走っていた。


「おまえは俺と同じ人種だと思っていた」

 

 ここまで無言で走り通していたアシュランスが馬蹄音に消されることも辞さず、口を切った。


「なにが」と、訝しげにカーチス。

「戦場に生きて戦場に死せれば本望じゃないかとな。だが違った」

 

 アシュランスは前を向いたままぼそりと呟いた。


「難攻不落のミシカに求婚したというのは、本当か」

「ああ、それか。まあな……まったく不思議でならん。この俺が、まさか女の膝が恋しくなるとはな。それも、他の男を愛している女に惚れるなんて我ながら正気の沙汰とも思えん」

「……なんだって? じゃ、おまえの出る幕なんてないだろう」

「だが、ミシカの惚れた相手が悪い。あの男ではミシカはシアワセになどなれん。俺の方がマシさ。傍にいてやれるし、少なくとも、俺だったら抱いてやれる」


 アシュランスは、ノロケはよせ、というしぐさをして、唇の端を僅かに釣り上げた。


「……女に骨を抜かれるようではカーチス・ゴートの名が泣くな。いいぜ、この一戦が片づいたら遊撃隊は俺に任せておまえは配置換えでもなんでも希望して近衛にでもなっちまえ」

「……いいのか?」

「仕方ねぇさ」

「おまえは?」

「俺?」


 アシュランスは相好を崩して笑みを浮かべた。


「俺はこれでいい。戦いの場があれば俺はどこでも生きていけるんでね」

 

 それから四十ナハトも駆けた頃、首都カルバルスキーが見えてきた。

 だが近づくにつれ、どうも様子がおかしい。ただならぬ喧騒に包まれている。カーチスの指示で皆馬を下りた。

 街道から逸れ、目立たぬよう山林の中を進んでいった。

 いまにもひと雨やってきそうな気配の中、ふとなにかの気配を感じてカーチスは足を止め、上を見やった。直後、なんの前触れもなく烏の糞の如く突然に、ぐるぐると四肢を捩じられた変死体がぼとぼとと空から降って来た。

 戦場では百戦錬磨のつわものどもだったが、これは予期せぬ遭遇だった。

 皆奇声と悲鳴を上げて飛び退いた。中にはあまりの凄惨さに吐いて具合の悪くなったものも出た。それからほとんどすぐに、都からの決死の逃亡者の群れがわっと押し寄せたが、一味などまるで目にも入らぬ様子で脇目も振らずにいってしまった。あとには押し合いへしあいの爪痕がくっきりとぬかるんだ泥道に残っている。


「いったいどうなってんだ……?」

「見ろよ、あれを」

 

 硬く強張ったアシュランスの声がカーチスの注意をひいて振り向くと、首都の上空に舞う翼をいくつも捉えた。


「――風の天人(ソレイア・シャーサ)

 

 アシュランスが遠見の筒を用意し、これを覗き、しばらく検分したあとで言った。


「なぜか王宮が見あたらない。いま奴らがたかっているのが後宮だ。続々と集まってくるぞ……凄い数の天人だ。どうする?」

「近くまで行く」

 

 カーチスは不吉な予感を覚えた。このときはそれがなにを暗示しているものかまではわからなかった。


「風の天人(ソレイア・シャーサ)がどれだけいようがいまいが関係ない。俺たちの目的はただひとつ。ドロモス・ヨーデル・スザン王の首だ」


 首都カルバルスキーは殲滅していた。

 風の天人の猛威の前に成すすべなく陥落、建造物という建造物は孔だらけ、舗装道路は寸断、橋は落ち、樹木は根こそぎ倒れていた。あちこちに犠牲者が溢れ、逃げ遅れた群衆が、阿鼻叫喚の絵図を描いている。

 ただ唯一、後宮のみが無事であった。

 遠目にも壮麗にして優美、青と白のモザイク模様が印象的である。

 カーチスとアシュランスは首都の門前に続く街道脇の木陰にて、様子を窺いながら、額を集めた。


「どう思う」

「王がいるかという意味なら、いるだろうな」

「風の天人を盾にしてか」

「そんなところだろう」

「しかし、それならばなぜスザンの天人兵は反撃しないんだ?」

「想像してみろよ。決着をつけようってここ一番の戦を臣下に任せて自分は後宮の奥に引きこもるような男だぜ? 一番強い天人兵も当然傍に侍らせているさ」

「じゃあなにか? スザン王が引きこもっている間、俺たちゃこのまま待機ってわけか?」

「そこまで暇じゃない」

 

 言って、カーチスは小袋から黒い粉を手に振って、飲料用の水を数滴落とした。これを擦り合わせたものを、顔に塗る。唐突な奇行に、アシュランスは、


「それなに」

「秘密兵器。おまえもやれ」


 カーチスはアシュランスの掌にも同じように粉を振った。

 経験上、逆らっても無駄なので、アシュランスは言われた通りにした。他の仲間は事態を静観している。カーチスが言葉より行動を重視するのはいつものことなのだ。


「王子から頂いた魔法の粉だ。なんでも、天人避けに使われる薬だそうだ」

「それで、こんなもので顔を黒くして、どうするんだ」

「一曲歌う」

「殴っていいか」

「うるせぇ。四の五言わず、歌え。俺たちの中じゃあおまえの歌が一番ましだろう」

「本気か」

「さっさと来い。てめぇらは、ここで待ってろ」

 

 カーチスはアシュランスを引き連れて木陰から首都の門前に向かって大股に、ゆっくりと歩きだした。表門は影も形も見る影もなく、 崩落している。

 アシュランスはやけくそ気味にぶつくさ唱えた。


「死んだら祟ってやる」

「死んだら祟られてやる」

 

 平然と嘯くカーチスを罵って、アシュランスは“飲めや歌え、この命があるいまは”を声高に陽気に歌いはじめた。その声は豊かでひろがりがあり、正しい韻を踏んで空に吸い込まれていく。

 次第に、風の天人が上空に集って来た。


 カーチスとアシュランスでした~。

 彼らの本気で間の抜けた会話は書くのが好きです。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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