スザン戦争・六
この回は、数ある戦闘場面のなかでも、とても絵になる戦いでした。とはいえ、どこまで描写が追いついたのかは、不明ですが。
前方ではスザン軍二万の重装兵とイシュリー軍二万の軽歩兵が熾烈な戦いを極めていた。
はじめ善戦していたイシュリー軍軽歩兵隊は、しかし徐々におされはじめ、装備の優劣が力の差となってあらわれはじめた機を、スザン軍三万の騎兵を預かるアレンジー・ルドルは見逃さなかった。
「イシュリー軍、崩れた模様!」
「よーし、一気に潰せ! 俺の隊は左右二手に分かれて囲い込みをかけるぞー、って、なんだ?」
俄かに、雨に混じって石礫が降ってきた。同時に大量の土砂と天を衝く雄叫びがまっしぐらに、真っ逆さまにスザン軍めがけて襲い来る。逃げる間もなく、次の瞬間、イシュリー軍の奇襲隊が雪崩を打って押し寄せた。
「敵軍奇襲――! 敵軍奇襲――!」
到底通行不可能と思われた左右の断崖絶壁から上がった鬨の声に、勇猛果敢を誇るスザン軍の騎兵隊も混乱に陥った。
間一髪でこの襲撃を逃れたアレンジーは己の失態を呪った。
断崖からの攻撃を警戒はしていても、まさかこの峻嶮な崖を馬で駆け下る暴挙を犯す者がいるとはさすがに読み切れなかったのだ。
形勢逆転のつもりが更にひっくり返された。
奇襲隊は少数だったが、効果は劇的だった。
それはジェミス・ウィルゴーの功績によるものだった。
先頭をきって駆け下った彼の手綱捌きが手本となったおかげで、あとに続く者がこれを真似、大きな犠牲もなく任務を遂行できたのだ。
アレンジーはほとんど時間差なく左右から合流した二人の男に眼をつけた。奇襲の要となっていた二人だ。おそらくどちらも奇襲隊を率いた指揮官だろう。
見たところ、抜きんでた力量がものをいっていた。
人馬もろとも転げるように突進してきたあと、見事な体捌き、手綱捌きで転倒を免れ、剣を振りかざし、突破口を開いていた。その武勇は他を凌駕し、圧倒的強さを見せつけた。
そこへたたみかけるように、一度は退いたイシュリー軍の重装兵が軽装兵の後方より突撃してきた。
「迎撃用意!迎撃用意!来るぞー」
アレンジーは剣を抜いた。
愛馬が甲高く嘶く。
これを合図としたかの如く、両軍激突した。
大胆不敵なイシュリー軍の策にスザン軍は翻弄された格好となった。統率力では群を抜いて秀でているアレンジーであっても、もはや陣の立て直しは困難だった。
いかんせん、兵の数に対して戦場が狭すぎた。そこを見抜かれていたのだ。
大軍は機動性に欠ける。故に策を練り、兵を分け、機動性を持って攪乱するというイシュリー軍の攻勢は徹底していた。
「軍師の出来の違いが災いしたな」
アレンジーは誰にも聞こえない声で呟いた。群がるイシュリー兵をほとんど一閃で薙ぎ払い、周りを見渡した。
既に敗走がはじまっている。そのほとんどが海岸線に向かっていた。まだ戦う気概のあるものは戦場に踏みとどまり、泥にまみれた乱戦を繰り広げていた。
後方からの連絡も途絶えていた。さきほどから大喚声が絶えないことを考慮に加えると、状況はおもわしくない。
「……やってくれるなぁ。ゲオルグの奴、死んでねぇだろうな。俺、あいつには借りがあるんだよな。っと、ひとのこと心配している場合じゃねぇか」
「その通りです」
副将のネイサン・ベンレーヴァが長槍を手にしつこく戦いを挑んできた者らを文字通り蹴散らして、アレンジーのすぐ傍に戻ってきて言った。
「ここは私が引き受けます。どうかお逃げください、将軍」
「ばっかやろう。手下を盾にしてトンズラこくほど落ちぶれてねぇぞ。おまえらこそ逃げろ、逃げろー。この戦は仕切り直すぞ、給料欲しい奴は逃げろー」
だが、アレンジー・ルドル麾下の者は一兵たりとも逃げなかった。
動ける者は、まるで示し合わせたように、アレンジーの周囲を何層にも守る陣形を固めた。
「おいおいおい、俺の命令だぞ、ちゃんと聞けっての」
「あなたさまが逃げるなら、私たちも逃げます」
「そうそう。俺たちゃあなたについていくンだ」
「……俺をおだてても給料は増えんぞー」
「それはもういいです。囲まれる前にとっとと逃げてください」
「いや、首をひとつもらう」
「どの首です」
「あれだ」
二週間に一度の更新が定着してきた感じ……。
いやいや、ガンバレ、私。
スザン戦争もひと山越えた感じです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。