スザン戦争・三
スザン側とイシュリー側の両方から描いています。
そして、更に、両軍のあちこちから。
現在は、スザン側です。
スザン重装兵六万の行動は素早かった。
伝令が巡るやすぐに各小隊の隊長がその場にて足踏みを号令し、全体が揃うのを待って、気合いのいった掛け声とともに一斉反転した。
ビョルセンはすっと腕を上げ、足の速い伝令を二人呼びつけた。
「左翼右翼のアレンジー・ルドル将軍とゲオルグ・ニーゼン将軍に急ぎ申し伝えよ。左翼騎兵は前線の後詰めに就き、右翼騎兵は後方の後詰めに就くようにと。前後とも中央突破したのちはそのまま両極から囲い込みをかける。あの者たちはどうも遅参を好む故、くれぐれも後れを取るなと念を押すのだ。よいな」
この伝令を受けたアレンジー・ルドルとゲオルグ・ニーゼンの両将軍は左右に分たれて三万ずつの騎兵隊を統率していたが、咄嗟に、二人揃って左右の断崖絶壁を見上げた。
濡れた岩肌は黒ずみ、凸凹加減によっては不気味に人面相にも見えた。
事実、この戦いの後には“嘆きの人面岩”の異名をとることになるのだが、いまのところ危険の芽はない。
左翼騎兵隊を率いるアレンジー・ルドルがぶつぶつ言った。
「杞憂にすぎんのか。けどなあ、前が陽動で後ろから挟み討ちかよ。まだなにかありそうだがなあ……」
副将を務めるネイサン・ベンレーヴァが報告を兼ねて言った。
「第一陣は目下交戦中ですが、撃破するに至らず、苦戦しております」
「は? なぜだ。相手は軽装兵に変わったんだろう?」
「敵の装備する長槍が通常の三倍の長さがあり、それを二人一組で支え、隊列に隙なく一列で突進を繰り返しては次と交代という戦法を繰り返しているようです。重装兵の装備である長剣では間合いが開き、槍先を叩き折ってからでなければ身動きがとれず反撃もままならないと。いかがしましょう」
「やるなあ。動きの鈍い重装兵相手ならではの戦法だ。しかし長くはもたねぇよ。仕方ねぇ、遅れるなとの仰せだし、行くか。後詰めがなけりゃ囲い込みなんぞ出来ねぇからな。よーし、総員用意! 俺の隊は俺に続け。頑張ったら報償やるぞー。気前よくやるぞー。だから誰も命を粗末にするんじゃねぇぞー。わかったなー」
まず動いたのは左翼騎兵だった。
右翼騎兵隊を率いるゲオルグ・ニーゼンは前回の戦で終始翻弄されたこともあり、慎重を期して行動すべきだと、すぐに命に従わずにいた。
相手がキルヴァ王子であることも複雑であった。
あのとき曙光の中で見た、翡翠の瞳が忘れられない……。
ゲオルグ・ニーゼンは顔を顰めた。
討つべきはキルヴァ・ダルトワ・イシュリー王子で、己の立場では、そこにためらう余地はない。
「尻尾を切ろう」
不意にそんなことを言い出したので、副将であるアボルト・ブロナンディスは訊き返した。
「尻尾、ですか」
「五千ほどでいいか。おまえに任せるからな。不測の事態に陥った場合は勘で動け。正攻法でものを考えるな。キルヴァ王子は手強いぞ。まともにやりあったら奥の手が二つ三つ出てくるからな、そのとき思い浮かんだ策で一番尋常じゃない手を使うんだ」
「尻尾ってまさか勝手に隊をわけるということですか。そしてその指揮を私に? しかし私は将軍の補佐を――」
「俺の隊だ、俺が好きにしてどこが悪い。いいからやれ。えーと、そうだな、ダリエロ・アイアンの小隊をやる。じゃあな、頑張れよ。頑張らなかったら減給するぞー。あー、第五小隊を除いた総員に告ぐ。俺のあとについて来ーい。遅れたら減給するぞー。無謀に戦ってもだめだぞー。死んだ奴に給料は払えんぞー。よし、いくぞー」
そして間延びした命を下し、愛馬を軽く棹立たせ、馬首を返した。
蹄鉄を打った前足が泥に沈み、泥水がばしゃっと飛び散った。
掲載仕様を変更中、その2。といっても、改行を挟んでみただけですが……少しは見やすくなったかな??
次、イシュリー側、キルヴァに視点が戻ります。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。