表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天人伝承  作者: 安芸
第六章 喪失の意味を知るということ
54/82

小さな嘘

 ジェミスとエディニィです。

 一応注釈をいれると、ジェミスは次軍師セグランの護衛、エディニィはキルヴァ王子の護衛です。

 珍しく手伝いを申し出たジェミス・ウィルゴーと共に夕食の片づけを終えてエディニィは一息ついた。

「意外に使えるのね。助かったわ」

「いえいえ、どういたしまして」

「結構時間を食ったけど、セグラン様をおひとりにして大丈夫なの?」

「お宅の近衛副兵長殿と歓談中なんでね、邪魔しないように出て来たんだ。もう少しここにいるよ。それとも、俺がいては迷惑かい? 誰か誤解されたくない男でもいるのかなー?」

 からかうようににやにやするジェミスにはまったくとりあわず、エディニィは王子の天幕に隣接した近衛待機用の天幕内を忙しそうに行き来し、縫製箱を前にして座った。手元に青角灯を引き寄せ、針に糸を通す。

「アズガルが隣で寝ているから静かにしてちょうだい」

「あれ、それだけ?」

 エディニィは眉一筋動かさず、手は優雅に忙しい。顔色に動揺は一片もなく、しれっとしている。

「あんたと二人きりでいたからってなんだっていうの? 別に誰もなんとも思わないわよ。クレイとダリーは留守だからお相手できないし、私はこれからちょっと繕いものをするからなにもおかまいできないけど、居場所がないならいればいいわ」

 ジェミスはしばらくおとなしくしていた。足を崩して楽に座り、エディニィの針仕事の様子をじっと眺めている。

 黙っているのに飽きたように、ジェミスは口を利いた。

「それ、キルヴァ王子の皮手袋かい?」

「ええ、そう。指先に穴が開きそうなの。本当は新しいものをお使いになればいいと思うのだけれど、王子がこれの方が慣れて使いやすいっておっしゃるから」

「で、一生懸命補強縫製しているわけだ」

「ちょっと繕っているだけよ」

「王子に惚れてるのかい」

 無分別で唐突な指摘にも、エディニィはびくともしなかった。

「そんなわけがないでしょう」

「本当に?」

「私は身の程を知っているわ。だいたい、王子は先達てライヒェン国の末姫君とご婚約されたばかりでしょう。他の女の出る幕なんてない――ああ、いまの内緒ね。まだ公にはされていないんだったわ」

「……泣くなら、胸を貸そうか?」

「だから、どうして」

「いや、悲しそうな顔をしているから」

 エディニィは震えまいとして、縫物を中断し、太腿に手を休めた。目元が緩まないよう緊張させ、ジェミスを軽く睨みつける。

「……あまり察しのいい男は嫌われるわよ? 私はひとりで平気だから、放っておいて」

 ジェミスは諸手を差し上げて反意のないことを示した。

「はいはい、余計なおせっかいはしませんよ。でも――」

 骨ばった腕が伸びて、エディニィの肩を抱えるようにさらう。慰めるようにおかれた手は思いのほか温かく、嫌味がなく、思いやりに満ちていた。

「女をひとりで泣かせるのは俺の主義じゃないんでね」

「……変な恰好しているくせに」

「個性的と言え」

「……奇抜な恰好しているくせに、意外に騎士道精神旺盛なのね? 驚いたわ」

 エディニィはそっとジェミスの胸に掌をついて、離れた。

「一応お礼を言っておくわ。気にかけてくれてありがとう。でも、大丈夫よ。私は泣かない。だってはじめからわかりきっていたことだもの。この思いは報われることのないもの、非生産的で、身分違い。だから、いいのよ。ただ、最期までお傍にいられればそれで……」

「俺がよくない」

 怪訝そうにエディニィが眼をしばたたく。

「あんた関係ないじゃない」

「……この流れでどうしてそうつれないことを言うかな。あのなあ、どうでもいいと思っている女に男が優しくするわけがないだろうが」

「……あんた、まさか、私に気があるの?」

「その、嫌そうな顔はよせ。いいだろ、別に。俺は気丈な女が好きなんだ。男の隣で平気で戦場を駆けていくような女は特に、な。それに美人で脚がきれいで気が利いて料理がうまくて健気な女なんて言うことない。どうしてもものにしたいね。王子のことはとっとと諦めて、俺にしておけ」

 エディニィは取り合わず、繕いものを済ませた。

「返事は?」

「お断り」

「どうして」

「気が向かないわ。自分の心に正直でいたいの。だいたい、明日にもスザンと一戦交えるっていうになんでそんなに呑気なの。仕事しなさいよ。それか、そんなに暇なら、私とちょっと仕合してよ。新しいナイフを手に入れたの。重みと使い勝手の感触を確かめたいから相手になってくれたら助かるわ」

「ひとが口説いてる真っ最中だってのに、ほんっと、冷たい女だね」

「あら、なにか言った?」

「いいや」

 ジェミスは拗ねたように悪態をつきつつも、振られたことがまるで嬉しいように口辺を綻ばせていた。

「外はもう真っ暗だぜ?」

 エディニィはさっと辺りを片づけて、身支度を整えた。髪を高く結いあげる。気乗りしなさそうなジェミスを外に追いたてながら言った。

「暗いからいいのよ。夜目にならさなきゃ。緒戦はたぶん、闇の中よ」

 深夜、各部隊に号令がかかり軽装歩兵を先頭に電撃的な夜間進軍が開始された。


 ずいぶんと間が空いてしまいました。の割に、短め。だって区切りがよかったんです。

 目下、私生活が滅茶苦茶に忙しく、思うままに更新がはかどらない……。

 じりじりと、進めていきたく思っておりますので、どうか、たまに覗いてやってください。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ