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天人伝承  作者: 安芸
第六章 喪失の意味を知るということ
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月が昇る

 なんとも半端な区切りですが。細い、つたない、伏線を張り巡らせ中です。

 キルヴァの天幕ではエディニィ・ローパスの手による炊き出しの準備がほぼ整ったところであった。

「味、どう?」

 休息していたクレイ・シュナルツァーがちょうどよいところに顔を出したので、エディニィは味見役に手招きした。

「申し分ないですねぇ」

「本当?」

「ええ、鶏ガラだしのすごくおいしいスープです。ところで、スザンでダリーの血縁者らしき男を拾ったとか」

「他人の空似かもしれないからまだダリーには言わないでよ。って言うか、なんであんたが知っているの。私、王子にしか報告してないのに」

「私の地獄耳をなめてはいけません」

 得意げに胸を張るクレイをエディニィは抑えた口調で諌めた。

「……あちこち首突っ込むのもほどほどにしておきなさいよね。いつか仇になるわよ」

「はいはいはい、ご忠告いたみいります。さて、ではスープも完成、肉もこんがりと旨そうに焼けましたので、そろそろ王子をお呼びしましょうか。ああいいですよ、私が行きます。あなたはスープが焦げないように火加減でも見ていてください」

 夜が間近に迫っていた。

 空は藍色と紺青に染まり、その中で肋骨のごとく広がる湾曲した雲陰が鈍く浮き上がっている。

 既にどの天幕にも青角灯が下げられ、薄暗闇の中でぼうっと灯っていた。あちこちで夕餉のための白い煙が上がっている。喧騒とさざめきの中、クレイは夕食時の喧騒と音程の狂った鼻歌をうたいながら、すぐ斜め前方に張った軍議専用天幕へと向かった。

 軍議は大詰めだった。

 エディニィのもたらしたスザンの新たな情報を取り入れたセグランの軍略をもとに、作戦の概要はほぼ決定されつつあった。

 天幕内には大きな円卓が中央に据えられ、二十余名がキルヴァを中心に円卓を囲っていた。円卓にはスザンの国土地図がひろげられ、キルヴァの眼が指が地図上を這う。

「スザンの糧道は八箇所。だがその中でも重要拠点がこの二箇所。まずここを押さえる。地方から首都に物資が運び込まれないようにするのだ」

「押さえた糧食はいかがしますか。確保ですか、燃やしますか」

「燃やさぬ。せっかくの貴重な食べ物を粗末にするなど罰があたるぞ」

「しかし、運搬するには人手が足りません。兵を余分に割くのならば人員の割り当てを見直さねばなりません」

「見直さずともよい。それは別の手立てを考えている。それよりも、気がかりなのはスザンの“天人兵”だ。我らとライヒェンが同盟を結んだ以上、スザンは窮地に追い込まれた。戦力は出し惜しみせぬに違いない。だが我々は極力天人との衝突を回避せねばならぬ――セグラン、なにか策はないのか」

「天人は揉めて勝てる相手ではございません。相手にせぬことが肝要です。ならば、いまこちらからは仕掛けず、しばしお待ちください」

「どの程度“待つ”?」

「あと数日中には」

「その前に攻撃があったときは?」

「戦略的撤退です」

 不満と不平が口々にもれる。険悪になりかけたところを、キルヴァが手を上げて場を制した。

「参謀がこう申すのだ、万が一のときにはとにかく逃げるとしよう。皆には急な進軍と急な撤退があるやも知れぬ旨を説明し、備えさせよ。以上、本日は解散」

 言ってキルヴァは表に出た。迎えに来たクレイと鉢合わせする。用心のためすぐ傍に控えていたアズガルとステラが後に続き、間をおかず、セグランとジェミスも退出してきた。

 キルヴァの天幕に戻ると、全員が揃った。

「おかえりなさいませ」

 エディニィが微笑み出迎えて、皆を席に着かせ、さっそくてきぱきと配膳をはじめる。

 夕食はにぎやかなものになった。雑談と笑話、それぞれの思いを胸に秘めながら、ひとときの平安を噛みしめた。

 まもなく戦の火蓋が切って落とされる。生と死と、紙一重での命のやり取り。敗北は死を意味するならば、勝たねばならない――。

 やがて月が昇り、戦場の夜が更けてゆく。

 次話、ステラとキルヴァのエピソードです。

 こうして少しずつ、進展させていくのはだるいような、温いような、いいような、悪いような、快感なような。笑。いくつもの伏線がいつか消化されるとき、それはとても気持ちがいいものですよね。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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