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天人伝承  作者: 安芸
第五章 戦場に咲き狂うということ
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二ヶ国会談

 いざ、ステラを従えて、静かなる戦場へ。

 武器なき戦争、頼りは己ひとりのみ。

「王子はまだか」

「まだにございます」

「時間は」

「正午まであと十ハイトほどです」

「やはり来るつもりなどないのではないか」

「いましばしお待ちを」

「どこにも姿形が見えんぞ」

 イシュリーとライヒェンの国境、岩石砂漠に僅かな植生、生き物は少なく、見通しだけはよい。会談のためにならされた土地に緑と金糸で密に織られた豪奢な敷物が敷かれ、その上に、椅子が二脚と、小卓、小卓の上には塗りを重ねた朱色の箱、そして筆記用具。日除け幕は風が若干強いためかえって危険とみなされて撤去された。

 ウージン王がパドゥニーとの会話にも飽いて黙りこみ、苛々が頂点に達したそのとき、一羽のギィ大鷹のオスが突如飛来したのを眼に捉えた。太陽を背に、疾風の如く現れたそれは、黒い頭部をぐっと伸ばし、灰色の翼を力強くひろげたまま、大きく宙返りを打った。

 その更に上空から――雲を突き抜け―一一気下降してくる白い影。

 ウージン王もパドゥニーも、待機する五万の軍勢も、度肝を抜かれて一点を凝視した。

 幾重もの純白の翼で垂直に風を切り裂き、腕にはひとを掻き抱き、金色の髪を帯のようにゆらめかせている。勢いは途中翼を抑揚させたことで失速し、地上が間近に迫る頃にはその姿形がくっきりと見分けられた。

 十二翼天。

 最強の称号を有する天人。

 そして傾国の美を、それも絶世の美を併せ持つ――静かなる来臨であった。

 風が逆巻き土埃が立つ。地上より拳ひとつぶんも浮いたまま、ひろげた翼はそのままに、天人の腕がゆるりと解かれる。天人の背にまわされていたひとの腕も名残惜しげに解かれる。ひとの爪先が大地を踏みしめる。

 どちらもゆっくりと互いの距離をとって、いっとき見つめあったあと、ライヒェン側へと身体をひらく。毅然たる態度で爪先の向きを変える。

 午後の光を燦々とその身に浴びながら、まっすぐにこちらにむかってくる青年。清冽な白い軍服に白帽、白い手袋、白い徽章、白い履物。踝まで届くほどの長い白いゆったりとしたマントをふわっと風にたなびかせた姿は気高く清々しい。その背後には、翼に蒼い一条の傷を負った世にも稀有な十二翼の蒼い甲冑を纏った天人を従えている。

 正午よりちょうど五ハイト前に、青年は国境線へと到着した。

 ウージン王の真向かい、手を伸ばせば届く距離ながら、イシュリーとライヒェン、国土は別である。

 ウージン王は一目見て、シュリトゥの面影を見出した。柔和で控えめ、万人に優しくも、心根は頑固でいったんこうと決めたら一歩も退かぬ強さがあった。強いものより、弱いものに惹かれる傾向があって、それゆえディレクを選んだとウージンはみている。眼を離し、手を放せば、いつでもどこかへ行ってしまう。物怖じせぬ代りに、自分の命も省みぬ。シュリトゥがいなければ、即位はおろか、とっくにどこかで無駄死にしているに違いない。

 同じ眼をしている、と思った。シュリトゥにも、ディレクにも通じる。善悪はどうあれ、自分の心を曲げない眼だ。

 青年は翡翠の眼を伏せて控えめにお辞儀して訊ねた。

「ウージン王でいらっしゃいますか」

「そうだ」

「はじめまして。キルヴァ・ダルトワ・イシュリーでございます」

「ウージン・マルスカーヤ・ライヒェンだ」

「お待たせしたようで申しわけございません」

「それよりも、なにゆえこんな突拍子もない方法で参ったのだ。危うく天人の襲撃かと思い、天人諸共撃ち落とすところであったぞ」

 実際のところは、待機させた弓矢部隊も茫然としていたため対処は間に合わなかったに違いないが、そこはそれ、威信にかけても馬鹿正直に打ち明けるつもりなど毛頭ない。

 青年の答えは簡潔だった。

「お急ぎとのことでしたので、最速最短距離で参りました」

「他意はないと、申すのか?」

「はい」

「……左様か」

「はい」

「座らぬか」

「せっかくですが、我が国土より一歩たりとも出ること罷りならぬ身でございます」

「なればそのまま立っているがよい。私は座る」

 ウージンはどっかと椅子に腰かけた。腕を組み、背もたれに横柄に寄りかかる。もったいぶって口を開きかけたとき、キルヴァが機先を制して言った。

「早速ですがあまり時間もございませんので、お話を伺いたく存じます」

「麗しい姿に似合わず、せっかちだの。まあよい、時は金なりだ。話を進めるとしよう。スザンに同盟協定を持ちかけられているそうだな」

「これは異なことです。スザンが休戦の締結を求めているのはライヒェンだと聞き及んでおりますが。なにぶん、タルダム・ヨーデル・スザン王子を死に至らしめた罪により我が国は相当スザン王には恨まれておりますことは、周知の事実。その我が方と同盟など、あり得ますまい」

「だがタルダム王子は国きっての浪費家で国庫の金を湯水のように使い果たし、おまけに女好きがたたって揉め事が絶えず、スザン王も近従たちも手を焼いていたというではないか。跡取り王子とはいえ眼の上の瘤、然らずんば、王子の仇であると見せかけて、その真意は、秘密裏に二国間同盟を結び、我が国ライヒェンに左右挟み打ちをしかけて一気に攻め滅ぼす魂胆なのであろう? もしこの申し出をイシュリー側が受け入れぬ場合は、全国土に天人を用いた攻撃をも辞さぬと、脅迫もあったはず。どうだ、違うか?」

 ウージン王はキルヴァ王子からひた、と眼を離さずに一気にたたみかけた。その間、王子の眼は急速に温もりを失い、あとには感情を排した冷然たるまなざしが残った。

「……それだけおわかりで、私になんの御用なのです?」

 ウージン王の眼が光る。獲物の喉笛に食らいついた蛇の眼さながら。

「そなたを呼び立てたはほかでもない。スザン王の一方的な申し出などに耳を貸さず、我がライヒェンと手を結ぼうではないか」

 キルヴァ王子の冷めた眼に炎が点ったのを、ウージン王は見た。驚きと警戒、打算と計算の感情がめまぐるしく踊っている。これをつぶさに眺めながら、ウージン王は待った。

 だが、返ってきた答えは望ましいものではなかった。

「ありがたいお言葉なれど、お断り申し上げます」

「なんだと」

 ウージン王は呆気にとられた。

 キルヴァ王子は非の打ちどころのない一礼をして、踵を返した。

「お話が以上であれば、私はこれにて失礼させていただきます。御免」

「いやいやいやいや、待て、待てというのに!」

 慌ててウージン王は椅子から立ち上がりキルヴァ王子を引き留めた。

「なぜだ。なにゆえじゃ。なぜ我が手を払いスザンに就こうというのだ。答えよ王子」

 キルヴァ王子は振り返り、またも簡潔に述べた。

「見返りがあるからです」

「……見返りだと?」

「はい。スザン王の申し出は一方的なものではございませんでした。二国間の戦果の利益は等分配分、それどころか、過去我が国に与えた被害損益の全額を負担、また戦死者については見舞金を給付、更に、これより先十年の不可侵条約の締結が条件として提示されたのです」

「そんなうまい話があるか!」

「と、私どももはじめは信じませんでした。ですが、スザン側の要求はそれだけではなかったのです」

「……というと?」

「十年の不可侵条約の期間、我が国の農耕技術、土木建築技術の伝授をということでした。つまり、双方に利のある契約を申し入れられたのです。ご承知の通り、我がイシュリーは小麦とトウモロコシと大豆の生産・出荷においては大陸随一、過去五十年、旱魃や水害などの飢饉にあっても蓄えにより国民が飢えたことはありません。スザン王は、そこに眼をつけられたのです」

 ウージン王は言葉を失った。

 キルヴァ王子の口調は淡々としていたが、舌鋒鋭く続いた。

「一方的である申し入れは、ウージン王よ、あなたさまの方です。目先の危機に怯んで、なんの具体的な休戦条件も示さずこの七年に及ぶ戦に終止符を打とうとは、虫がよすぎやしませんか。そもそもこの戦は、ライヒェンとスザンの開戦に我が国が巻き込まれたのです。スザン王の申し入れは妥当なものであり、また、国の未来を考えたものでもあります。我が国に支払う金は莫大な金額でしょうが、我が国の技術がもたらす利益もまたそれを上回るほど価値があります」

 いまや立場が逆転し、ウージン王はさきほどのキルヴァ王子より忙しく思考を回転させた。

 キルヴァ王子は再び背を返した。

「近く、我がイシュリーはスザンと正式に同盟を結ぶでしょう」


 一対一の激突は、まだ続きます。

 この会談が済み次第、また戦場へ。そう、またまた戦闘場面です。頭いたっ……。なぜに戦記ものなぞに手を出したのか。それはある意味ファンタジーでは避けて通れない道ゆえに。そして自分の限界にチャレンジーなんて大げさな。ま、書くのは好きなんですけど。戦略も謀略も伏線も好きなんですけど。でも、うまく書けるかどうかはまた別の話でして。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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