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天人伝承  作者: 安芸
第五章 戦場に咲き狂うということ
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風雲急を告げる使者

 カーチス・ゴート登場。

 実のところ、だらけきった、ものぐさな、やる気なさそうな彼のような男を描くのも楽しい。特にキルヴァの周りにはいないタイプでしたので。

 エディニィは、即、キルヴァのもとに帰還した。

 入れ違いになってしまったものの、アズガルを除く全員がスザンに潜入して自分を捜索してくれているのだと聞いたときは、不覚にも涙が出た。その涙をキルヴァの指が拭い、そっと抱き寄せられ、強く抱きしめられてはじめて、自分がどれほど心配をかけてしまっていたのか思い知った。

「君が無事でよかった」

「申し訳ありませんでした……」

「よい。無事ならばよいのだ。なにか相応の理由があるのだろう?」

「はい」

 エディニィはスザンでの数奇な邂逅を思い巡らせ、言うならばいましかないと思った。

 アルマディオ・ベルシアーノと名乗った男。

 ダリー・スエンディーによく似たおもざし、よく似た声、よく似た体格、笑い方。

 そして、ダリーが肌身離さず嵌めている指輪と同じ細工の指輪を所持していた――。

「内密のご報告があります」

 エディニィはスザンであったことのすべてを子細漏らさず話した。

 聞き終えたあとのキルヴァの行動は素早かった。

「次軍師近衛兵長ルゲル・エギーユを呼べ」

 ルゲル・エギーユがただちに参上した。

 キルヴァは一般兵の中でも腕が立ち、隠密行動に長けた人選をさせ、医学の心得のあるものを加えて、即刻スザンへいくように命じた。

「アルマディオ・ベルシアーノなる男の身柄を確保せよ。年は十七、中肉中背で赤茶に近い金髪に紫がかった藍色の眼である。パーソ川沿いのムズボーンという宿屋に逗留中のはずだ。背中に怪我を負っている。可能な限り穏便に、だが万が一抵抗されるようならば力ずくでもよい、とにかく連れて来るのだ。一刻の猶予もない、急げ」

「はっ」

 ルゲル・エギーユが天幕を飛び出してゆく。

 キルヴァはエディニィのため、温かいワインを持ってこさせた。

「座って、少し休むがよい」

「いえ、あの……」

「休むのだ」

「……はい」

 エディニィはどことなく落ち着きを欠いた様子で、毛皮の敷かれた一角に座りワインを啜っている。

 キルヴァは執務机に寄りかかって、エディニィが提出したスザンの最終報告書に眼を通していた。

 二人きりで、アズガルの姿はない。

「ダリーは、奥方共々二歳で息子と死に別れたと言っていたな」

「はい」

「その男の身の上がどうあれ、君が救った命を無駄にはしたくない。とりあえず身柄を押さえて話を聞き、一段落したら、ダリーに会わせよう。それまでこの指輪は私が預かっておく。それでよいか」

「はい」

「よし。だが、それにしても」

「はい?」

「君につきっきりで五日も介抱されたなんてその男は果報者だな。少し妬けるくらいだ」

「な、なにをおっしゃるのです」

 エディニィは傍目にもおかしいくらいしどろもどろになった。

「もし……それがあなたさまでしたら、五日どころか、完全治癒するまでお傍を離れません」

「そうかな」

「そうです。ずっとお傍に、ずっと、ずっと、おります。片時も離れないで……私は、あなたさまのお傍にいられれば、ただそれだけで……」

「エディニィ?」

 はっとした顔で、エディニィは取り繕う。

「いえ、あの、つまり、わ、私だけじゃなくて、皆も同じです。特にカズスやセグラン様は血相変えてお傍に馳せ参じて懸命に看病いたしますよ」

「はは、そうだな。だが、せっかくちやほやかまわれるなら、やはりカズスやセグランよりは君がいいな。その際は頼むよ」

 明るく笑うキルヴァに、エディニィは胸が詰まったような燻った微笑を返した。

「承りました。でも……御身は大丈夫ですよ。ステラも……新たに加わったことですし、たとえ戦になってもあなたさまは私たちが必ずやお守りいたします」

 キルヴァはいっときエディニィを見つめた。エディニィはキルヴァの沈黙に戸惑いしながらも、じっとしていた。互いの鼓動が聞こえるような、束の間の平穏だった。

 不意に、天幕が揺れてアズガルが顔を出した。なにも言わぬまま、キルヴァの背後に就く。 問答無用で、エディニィもキルヴァの横にぴたりと就く。追ってすぐ、セグランも現れる。

「失礼します。王子、セグランです。ディレク王より使者が来ています。一緒に連れて参りましたが入ってもよろしいですか」

「よい、入れ」

「失礼します」

 天幕が開く。

 セグランが連れてきた男は、上背があり、筋骨隆々でありながらも、身なりかまわず、無造作にひっつめた灰色の髪と精彩を欠いた灰色の瞳のどこか飄々とした風貌が貧相に映った。

 だが、腰には重たげな長剣二本を佩いている。単なる飾りものではないことは柄や鍔の傷み具合で見て取れた。なにより、この男からは血の臭いがした。

 緩慢な動きで頭を掻きながら跪いた男の顔に、見覚えがあった。キルヴァはあっと声を上げた。

「そなた――カーチス・ゴートではないか」 

「カーチスをご存知なのですか? しかし、なぜ王子が? 彼は遊撃隊の指揮官で戦線の最前線から滅多なことでは離れない男です。ここ数年は第二領地と第三領地のライヒェンとの国境線におりました。第四領地におわした王子とはまったく接点などないはず……そういえば、王子は出陣にはまったく縁がなかったはずなのに随分戦場慣れしていらっしゃいましたね。ダリーに訊いても王子に直接訊けと教えてはもらえなかったのですが、それは、カーチスとなにか関係があるのですか?」

 キルヴァはきちんと答えるべきか否かためらったが、セグランにはなにも秘密事をつくりたくないという思いが働いた。

「……父上には秘密だが、以前幾度か彼の遊撃隊に加えてもらったことがあるのだ。単なる一兵士としてな」

「――なんですって。王子たるあなたさまが、い、一兵士として遊撃隊に? ゆ、遊撃隊は、戦場で最も過酷な任務を請け負う部隊ですよ。死亡率は平均五割、二人に一人が命を落とすのですよ? そ、その、遊撃隊に――それもカーチスの遊撃隊といえば特攻が主な任務なのに――幾度も参加だなんて……っ、あなたさまは!」

「怒るな。声も大きい。仕方なかろう。兵法は実戦を経験しなくては戦い方も戦術も己のものにならないではないか。“戦の呼吸は戦の中でしか学べない”――そなたの持論だったな、カーチス」

「お役に立ちましたかね」

「カーチス。あなたもなぜ止めないのです。この御方を知らないとでも言うのですか」

「いや、さすがに知っているさ。でも仕方ねぇだろう、強くなりたいってンだから。まあ一応止めたぜ? あまりに危険だからやめておけ、とな。なあ王子」

「無礼者! その口の利き方はなんです。だいたい」

「カーチスを責めるな、セグラン。私が無理を言って頼んだのだ。それに私はこの通り生きているではないか」

「結果論で事の重大さをはぐらかさないでください」

「……へぇ。冷血な次軍師殿も王子の前では血の通った人間になるわけだ。軍師の横に立っていたときのあんたは血も涙もない指令を次々と下してくれたものだが、もうああいう真似はやらないのか?」

「相手次第ですね」

「その相手とやらは、俺じゃ不足か?」

「それは自己申告として受けましょう。あなた、死地がお望みでしたね。存分に働いていただきますよ。私としても、命を惜しまずして戦いを買って出てくれる人間は願ったりかなったりです」

「……セグラン、人相が変わっているぞ。非情な眼は似合わないからよせ。カーチス、そなたも。戦場に立っているときといまとでは顔つきがまるで違うな。はじめわからなかった。なぜそんなにものぐさそうにしているのだ」

「戦場に飢えているもので。最近、戦らしい戦がなくて俺は暇で暇で。先のスザン戦なんてあんなもんは戦ったうちには入らなくてね、まるで物足りん。軍師にそう言ったら王子のもとで働いて来いと言われて、厄介になりにきた。これ、辞令書なんで。俺と遊撃隊の奴ら千百名全員分ある。こきつかってくれてかまわんので、まあ、よろしく」

「そうか。そなたがいてくれれば心強いな。ちょうどスザンとの一戦を控えている。いつでも参戦できるよう準備して、待機していてくれ。ジェミス! いるな、そこに」

 天幕の外に控えていたジェミス・ウィルゴーが相変わらず呑気そうな面持ちで現れる。

「お呼びですか」

「カーチス・ゴートだ、面識はあるだろう。このたび私の指揮下のもとに配属になった。彼と遊撃隊全員分の衣食住の手配と現在の作戦状況の説明を頼む」

「こりゃまた一気に仕事が増えたなあ。っと、はいはい、やりますとも。お任せください」

 そこへ、ラージャ・ミクルスが駆け入ってきた。

「ライヒェンより使者が参りました!」

「――来たか」

「来賓客用天幕にてお待ちです」

「わかった。すぐに参る」

 ラージャ・ミクルスが踵を取って返して駆け出ていく。

 カーチスが奇異なものを見る眼でキルヴァを眺めて言った。

「……なんでも、たった五日の間にライヒェンと和議を結ぶ約束をしたそうで。王宮の人間は所詮王子の見栄のたわごとだと、誰もあまりあてにはしていないようだったが、しかし、使者が向こうから来るなんてなあ。……いったいどんな手を使ったので?」

「スザンがライヒェンに休戦の締結を求めているのは偽りで、その真意は、目の敵にしていると見せかけてイシュリーと秘密裏に同盟を結び、左右挟み打ちをしかけて一気に攻め滅ぼす魂胆だと触れまわったのだ。更にスザンは、この申し出を断られた場合天人を用いて攻撃に出るつもりだともな。だが肝心のイシュリー側はスザンの申し出をまだ検討中であり、立場を明確にはしていない。しかしそれも時間の問題で、近日中に前向きに処理されるだろう、という噂を撒いたのだ」

「たかが噂で、ライヒェンの上層部が動くとは思えんが」

「その上層部にたきつけたのだ。クレイは、それができる男だ」

 キルヴァはエディニィが用意したマントを羽織りながら、愉快そうにセグランを見た。

「確かに、三日だな」

「そう申しましたでしょう?」

 ひとつ首肯ののち、キルヴァの眼が凄みを帯びた。身を翻す。セグランが天幕の入口を開き、キルヴァは表へ出た。

 日没が間近に迫っていた。紅い西日を面に浴びながらキルヴァはライヒェンの使者が待つ来賓客用天幕へと赴いた。


 はい、更新です。またひとり人員が増えました。戦記ものは登場人物が多くて大変ですね。はい。

 次話、いよいよライヒェンへ乗り込みます。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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