十二翼天の近衛兵
軍議、控え目な第二回目。あと一回で軍議は終了です。
そして、一瞬のちに、音もなく不意に舞い降りた至高の天人を目の当たりにした。
白皙の美貌、蒼い双眸、甘やかな金色の美しい長い髪、白い軍服に蒼い鎧を纏い、蒼い鞘に納めた蒼い柄の剣を腰に佩いている。だが、なによりも眼を奪うのはその純白の翼である。
ディレクもリューゲルすらもしばらく絶句して硬直していたが、ややあって、喘ぐような呟きが絞り出される。
「……十二翼天……!」
「はい。私の天人です」
「なんと――なんと――」
「私の剣となり盾となることで契約いたしました。以後、私に従っております」
突然、リューゲルがキルヴァの足元に跪いた。
「王子! どうか、この者を私に頂戴したい! この者がいれば――十二翼天がいれば――我が国の天人兵団は完全無敵、史上最強のものとなる。そうすれば世界制覇、すべての国の統一も夢ではない。あなたさまのお父上が大陸の初代統一王として君臨するもそう遠い未来の話ではなくなります。どうか、どうかお願いです王子、キルヴァ様……!」
「待たれよ、リューゲル。父上、天人兵団とは――いったい、なんのことです?」
ディレクは、長年ひた隠しに隠してきた最高機密を、ついに明かした。
「そのまま、言葉通りのものだ」
「言葉通り……まさか。では、天人を兵士として登用したのですか」
「そうだ」
ディレクはキルヴァを正視した。キルヴァもディレクを正視した。
父と息子は長い間沈黙を挟んで見つめ合い、互いの眼の中に色々の感情が入り乱れるのを眺めた。そしてついに、キルヴァがいったん眼を閉じ、ゆっくりと、ひらいた。
「……水を差すようで申しわけありませんが、ステラは兵団に参加はできません」
「なぜだ」
「私とステラとの契約事項に反します。私たちは、自由を束縛せず、誇りを傷つけず互いを尊重し、傍を離れない、この三点で合意しております。ステラを兵団に所属させるというのであれば、この三点すべての契約に反しているので、勝手に破棄され、そればかりか、私の命を契約履行の代償に求められるやも知れません」
「なんだと」
「十二翼天との契約です。そのくらいの危険は当然でしょう」
「しかし――そなたは王子なのだぞ!」
「十二翼天が私のものになると言うのです。この世にも美しく強いものが。断れません。断るなんてあり得ませんよ。迷うことだってしません。父上だって、そうでしょう?」
ディレクはぐっと返事に詰まった。
突然、リューゲルが弾けたように笑声を上げた。
「はははははは! さすがです――さすがですよ、王子! やはりあなたさまはディレク王の血をひく御方だ。いままでも驚かされたことはたびたびありましたが、まさか十二翼天までも従えるとは――嬉しい誤算です。本当に、なんという大器だ。まったく計り知れない……よろしいでしょう、十二翼天の身柄は王子預かりのものです。私に異存はありません」
「父上は?」
ディレクは渋い顔でいかにも不服そうに訊ねた。
「……あのようなものを近くに置くなど、危険はないのか?」
「完全に。天人の誓いは絶対不可侵です」
「だが、所詮ひとに非ず。信用などおけるものではあるまい」
「お言葉ですが、天人の矜持は並々ならぬ強固なものです。そして公平さはひとのそれをしのぎます。私はこの者に命を預けること、一抹の不安もありませぬ」
「そなたがそうまで言うならば、認めねばなるまい。よい、わかった。そなたの好きにいたせ」
キルヴァは深々と一礼した。
「ありがとうございます」
ディレクはステラを一瞥したがなにを言うでもなく、キルヴァの肩を抱いて踵を返した。
「軍議の途中であった。そろそろ戻らねば。いまからでもよい、そなたも参加せよ」
ディレクがキルヴァを伴って会議場に戻ったときには既に席は埋まっていた。十の領地の領主と軍師と次軍師、それに議事進行役と書記、政務官と庶務官、内務大臣二名と外務大臣ニ名が円卓を囲んでいる。
皆、キルヴァの姿を認めると一斉に起立して礼を尽くした。議事進行役がディレク王の隣に席を設けようと、小さな動作で席の移動を申し送ったところ、内務大臣のガストロ・マテーシスが鼻を鳴らして異議を唱えた。
「いくら王子と言えども、儂より上座とはおかしな話ですなぁ。いまは軍議の場ですぞ。王子は第四領地の領主なのですから第三領主と第五領主の間と席が決まっておるはず。いまは副領主殿が代替えで出席されておりましたなあ。その者を後ろに立たせて、王子はそちらに座るのが正しかろう」
「ガストロ殿! 王子に対して無礼でござろう!」
「そうですとも。このたびのスザンとの戦においても功績があり、いまなお戦線に立っていらっしゃるのです。その王子に向かってなんという言い草ですか!」
喧々囂々、非難の嵐が吹き荒れそうになった、その一瞬の間をとらえて、ディレクが制するより先に、キルヴァが手を差し上げた。
「よい、内務大臣の申す通りだ。私はあちらの席に就く」
憤懣やるかたないといった様子でガストロを敵視する者々を一瞥したものの、ディレク王は特になにを言うこともなく、黙って席に着いた。
全員がこれに倣い、着席する。
そしておもむろに軍議の続きを開始した。
ディレクがなにも言わずとも、キルヴァは副領主であるリュトリュス・アルモニーからそれまでの進行過程を小声で報告を受けているようだった。
その間、天人兵団の参戦の余地や流用についての成否、勝率の確立、被害状況の予測、国家としての面目問題などなど、様々な憶測を含むやりとりが激しく応酬された。
ディレクはじっと沈黙を呑んでいた。
天人兵団を秘密裏に鍛え上げていたとはいえ、実践に用いるとなると、軍議で了承を得なければならない。その軍議において賛否両論の論争があることも、思うように流用させられないことも、予測できたことだ。だが、最終的には認めさせるつもりでいた。
その討議も今日でいい加減出尽くして、明日には採決を迎えられるだろう。
それまで余計な口を挟むことはしないつもりでいた。重要な案件は、口数が少ないほど発言に重みが出る。
ディレクは大勢を見極め、多勢無勢の人間を束ねるという至難の技の術を心得ていた。即ち、沈黙の価値を学んでいた。経験上、沈黙こそがいざというときに効力を発するのだ。
口出しするつもりはなかった、キルヴァが挙手するまでは。
次話、キルヴァ討議参戦。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。