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天人伝承  作者: 安芸
第四章 苦しみを見出すということ
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天人狩り

最近、4ステラの出番がないですね。すみません。

「単刀直入に訊く。スザン軍では天人が戦闘要員として参戦していた。あれはどういうことだ」

「……“天人”が、軍用武器として投入されているのです」

 予測していた答えとはいえ、キルヴァの心は重く沈んだ。

「それは、スザンだけなのか。それとも我が国も同様なのか」

「同様です。おそらく、どの国も多かれ少なかれ、天人を保有していることでしょう」

「保有?もの扱いではないか!」

「おそれながら、左様でございます。さすがに公になってはおりませんが、水面下では激しい天人捕獲競争が行われております。それも昨日今日の話ではありません。もう何年も前、いえ、もっとずっと以前からなのです」

 十年前のシュイの湖での出来事がよみがえる。蒼い血を流して死にかけていたステラ。では、あれはやはり人為的な罠だったのか。それも天人が最も忌み嫌う誇りと自由を奪う行為に他ならない。あまつさえ、命すらも。

 キルヴァは握りしめた拳を震わせた。ステラの翼にいまもなお残る青い傷痕、あれをつけたのは――。

「父上の、命なのか」

「はい」

「どうして」

「陛下のご心中を私如きが勝手に憶測するとはおこがましい限りですが、この件の背景には各国間との軋轢があるかと存じます。度重なる侵略戦争は世界各地で絶え間なく引き起こされ、七年前を境に我が国もその渦中に巻き込まれました。私は、この十年軍師リューゲル・ダッファリーに師事し、自国のことのみにあらず、他国の国政や軍閥、軍備規模なども学んでまいりました。そうして見えてきた現実の一面に、歴然たる国力の差があります。地下資源が豊富で農地開拓に向いている土壌を有する国は豊かで強いです。一方、資源に乏しく、土壌に恵まれぬ国は貧しく、弱いです。ぶつかり合えば、勝敗など火を見るより明らかです。しかし、この負け戦を五分にまで持ち込める方法があったとしたらどうです? それも余計な国費をかけず、国民に増税の負担もなく、命の危険もない」

「――天人兵か」

「そうです。まさしく一騎当千、弱小国が大国と張り合うのにこれほど相応しい武器も他にはない。捕まえて、名を奪い、契約を交わせばよいのです。数も種族も羽の数も多いほどいい。強い天人を捕獲すればするほど強みとなる、と、そう教えられてきました。おそらく、陛下も同様の進言を受けたことと思います……」

「リューゲル・ダッファリーか」

「はい」

「ばかな!」

 キルヴァは声を荒げた。セグランに掴みかかりたい衝動を、ぐっと堪えるのが精いっぱいだった。

「そうして天人を集めて互いに相争えば大昔の天人戦争の二の舞になるであろう。大陸全土が焦土と化して何十年も草一片も生えぬ荒地となる。人も獣も餓えて死に絶え、国家としての存続はおろか、文明そのものが衰亡するだろう。そんな自明の理が、なぜわからぬ。父王も、軍師も、他な国の王たちも、人民を導く立場にある方々らが、わからぬはずがあるまい。なのに、なぜだ。なぜなのだ、セグラン!」

「欲ですよ」

 答えたのは、ダリーだった。磨いた懐剣の刃を矯めつ眇めつしながら、抑揚のない声で先を続ける。

「なにかを望む心が正しい眼を曇らせてしまう……別に珍しいことじゃありません。古今東西、連綿と繰り返されてきたことです。自分の持ち物でないものを欲してしまう、他人のものがよく見えてしまう、正しくないと知ったうえでも諦めきれず間違った判断を下してしまう。すべて、ひとの欲のためです」

「僭越ながら……ダリーの申すとおりです」

 キルヴァはミシカを見た。ミシカは苦渋に歪んだ瞳を床に伏せた。

「お立場が上ならば上なだけ、より高いものを望んでしまうのでしょう。領土拡大、国益の増加、希少資源の確保、新たな農地の開墾……どれひとつをとっても戦争を起こすだけの大義名分になります。そして、他国が兵力の増強に少しでも乗り出そうものならば、それを脅威に思うのは仕方のないことでしょう。戦々恐々とただ怯えるよりは、自らも負けぬだけの軍備を整える、そうして軍備にかかる防衛費がかさみ、国庫を圧迫し、国民に税が加算され、それでも賄えぬ場合はどこからか補填せざるを得ないため、手っ取り早く、他国の侵略を目論む。これでは戦争の悪循環がやみません。やむわけがありません……そしていまダリーや私が申し上げたことなどは、どなたさまも先刻承知のはず……それでも、天人の登用が有効な武力手段であることが紛れもない事実である以上、もはや手を引くわけにはいきますまい。少なくとも、他国に後れを取るまいとする姿勢は、単純に是か非かの答えは出せないものと思います」

「つまり、天人狩りをやめさせるにはすべての国家を止めなければならぬということか」

「そしてそのようなことは不可能でしょう。王子ならずとも、他のどなたさまでも」

「たとえ不可能でも誰かがやらねばなるまい。事態は急を要する。気づいた誰かが動くのだ。さもなくば、ライヒェン国とスザン国だけではない、大陸全土の国家間で血で血を洗う

争いが起きてしまう――第二次天人戦争の勃発だ……!」

「それは、起こるでしょう。起こるべくして起こるのです。それも遠い未来の話ではありません。事実、もう止められないところまで来ているのです」

 ようやく、セグランが重たい口をひらく。

「スザンとの先の交戦で戦場であったことは既に各国に知れ渡っております。これまで暗黙の掟で天人の存在は秘したものであったのに対し、それが明るみに出たとあっては、いままで秘密裏に行われていた天人の暗躍もこれからは表立ったものとなるでしょう。すべての国家は威信をかけて天人兵の増強に乗り出し、天人狩りはますます活発になります。近いうちに国民全員に天人捕縛の指令が下りても、私は驚きません。むしろそうなる公算の方が高いです」

「……だが、そんな暴挙を天人がいつまでも黙って見ているわけがない……!」

「そうです。国家間の戦争などは序の口です。それから起こる戦争は、まさに天人対天人、ひととの契約に縛られたものたちと同士討ちなど本意ではないものたち、ひとを憎悪し、恨み、怒るものたち、そして我ら人間も渦中のものとなる。一度はじまってしまえば取り返しのつかない、ひとと天人、双方どちらかが滅びるまで戦いは終わらない……そして我らひとは、天人に太刀打ちなどできやしません。なにをどうしたところで勝ち目などないのです。私は――私は、何度も陛下に天人と関わり合いにならぬよう進言申し上げました。天人狩りをやめるよう、捕らえている天人を解放するよう、お願いも致しました。戦争回避のための手立てを文書にもしたためました。平伏して、何度も何度も平伏して、危険を訴えました。しかし……ついに聞き入れてはいただけませんでした」

 セグランはキルヴァに深々と頭を下げた。

「力及ばず、申し訳ございません……」

「頭を上げよ。そなたのせいではない」

「――王子、王は次のライヒェン国との一戦は天人のみを出陣させるつもりです。勝つための戦ではなく、自らの力を誇示するための戦、速やかなる和睦を優位に結ぶための戦です。ライヒェンに、イシュリーの天人兵の強さを見せつけるおつもりなのです」

「我が国に囚われている天人はそれほど多いのか」

「細かい数字はのちほど申し上げますが、多いです。そして強いです。しかし、強ければ強いほど目の敵とされるでしょう。ライヒェンと和睦を結ぶのが目的であるのなら、天人の力など借りてはなりません。いえ、できれば武力などないほうがいい。王子、お願いです。王をお止めください。このままではライヒェンと手を結ぶどころかそのまま天人との開戦にも繋がりかねません」

 セグランの必死の訴えに、キルヴァはただ一言で応えた。

「わかった」

 そして、セグランの頭を上げさせた。

「……しかし、こんなに急で大切なことをなぜ黙っていたのだ?」

「急な事態になりそうだと判別したのが、ついさきほどでした」

「そうだったのか。そしてすぐ知らせてくれたのだな。ありがとう、セグラン」

「しかしながら、この情報は機密でして、本来次軍師たる私の耳には届かないものなのです。ですからこのことに関しては知らないふりで、この企みを阻止しなければなりません」

「よし、では、いまから作戦開始といこうではないか」

 キルヴァは一同を見回して言った。

「さて、皆の知恵を貸してくれ」


 この物語は頭をつーかーうー!

 現在、次なる戦の前の頭脳戦へ向けて展開中。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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