火の天人(ラーク・シャーサ)
物語がぶつ切れになっているようなので、ちょっと小分けにしつつ、連続投稿します。
キルヴァは作業小屋の立てつけの古い扉を開けた。途端、むわっと、熱い空気が押し寄せてびっくりした。慌てて扉を閉じる。どきどきしながら、もう一度、今度は覚悟の上で扉を開け、中に入る。
驚いたことに、そこは鍛冶場だった。
セグランが親方、と尊称をつけて呼ばわったのはこのためだ。はじめ火窪と言ったのは、用語なのだろう。ジアは、鍛冶職人なのだ。
キルヴァは意を決し、鍛冶火床に近づいた。熱い。呼吸さえ苦しくなるほどの熱さだ。そこには水の入った長細い水桶や木炭入れ、小槌、金床、扇、そのほかよくわからないものがあった。壁は土壁、窯は石だ。中ではごうごうと火が燃え盛っている。とてもではないが、灼熱の火の窯になど、容易には近づけない。
でも、やらなければ。
キルヴァはまず袖と裾を元に戻した。あたりを見回す。道具箱がある。火かき棒を取る。獣の皮手袋も見つけた。面隠しもあった。さっそく皮手袋をつけ、面隠しを被る。大きいが、仕方ない。眼の位置は一か所しか合わなかった。皮手袋は温くなっている水に浸し、棒を握り、木炭入れから小さなかけらを取って、先端に刺す。額に手をかざし、火かき棒を火窯にいれて、少し炙る。爆ぜる火の粉が飛んできたが、面隠しや皮手袋のおかげで無事だった。木炭に火がついたので、棒を抜き、火窯から離れた。
角灯の蓋を開け、持っていた短刀で木炭のかけらを油の上に削ぎ落とす。すぐに火が点く。キルヴァはこれを手に下げ、道具類をもとあった場所に戻し、大きな扇を拾い、慎重に作業場を出た。
来たときは気がつかなかった声が、聞こえた。庵の裏からだ。
迷って、覗くだけ覗くと、庵の屋根から手製の鳥籠が下がり、一羽のヒナがいた。衰弱している。手当はされているものの、怪我をしているようだ。弱弱しく、鳴き続けている。
……おなかがすいているのかもしれない。
気になるが、いまは戻らなければ。
「ごめん、あとでまた来るから」
後ろ髪を引かれる思いで、踵を返す。
鳥は天に属するもの。すなわち、天人の使いである。鳥を害することはすべての国で禁止されており、また、なんらかの理由で怪我をしているようならば、手当の義務も負っている。
鳥を飼うことは原則禁止とされ、飼うには、法令に則った手続きをして、許可を得なければならない。王宮には何頭もの獣が飼われているが、鳥だけはまだ飼ったことがない。鳥は、神聖な生き物なのだ。
庵に戻ると、口元にマスクをして、獣の皮手袋を両手に嵌めたセグランが、天人に覆いかぶさるようにして、血まみれの衣服を破いている最中だった。
「このような無礼をお許しください」
「あんまりウブなこと言っとると、坊に笑われるぞ」
「ウブとかそういう問題ではないでしょう。できました、薬をください」
「もうちょいまて。まだ煉りが足らん」
「早くしてください」
「ええい、年寄りをせかすな」
ジアは台所に立ち、太い木の棒を握り締め、大きなすり鉢ですごい悪臭の薬草を煉っていた。鼻が曲がるどころか、もげる、と言っても過言ではない。
だが、そんなことは言っていられない。
「戻りました。扇と火です。次はなにをすればいいですか」
「セグラン、こっちと代われ。脇をしめて、よく混ぜろ。この臭いが酸っぱくなるまで煉ったら、これとこれを、半分ずつ交互に足していけ。量を間違えるなよ。坊、おいで」
キルヴァはジアの手招きにより、寝台の天人に近づいた。
天人は美しかった。
腰まで届く長い豊かな髪は金色、肌は透き通るように白く、傷だらけで血で汚れていなければとても直視できない美しさだった。
「水の中で倒れていたのであれば、水の(・)天人じゃない。さあ、この扇でそっと煽いでみなさい」
キルヴァは唇を結んだまま頷いて、扇を動かし、天人の顔に向けて風を送った。
「……反応ないな。風の(・)天人でもない、か。では、次は火だ。角灯の蓋を開けて、近づけなさい」
言う通りにする。ジアは少しの変化も見逃すまいとした表情で見守った。
もし、これで反応がないようであれば、この天人は、雷の(・)天人だ。
キルヴァはびくっとした。角灯を少し下げて、火を顔に近づけた途端、瞼がぴくっと動いたのだ。ジアは見逃さなかった。
「火の(・)天人だ」
本日やっと休み……買い物行きたいー。でも更新もしたいー。コーヒーのみたいー。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。