信頼
和気あいあい。
「もしその話が本当ならば」
と言ったのはミシカで、瞳孔は開き、形相が凄まじく険しいものになっている。
「カズス、おまえ危険なんじゃないか。王子にもしものことがあったら、その命を吸うということだろうが。違うのかい。え、どうなんだ? 返答如何によっては斬って捨ててくれる」
「えーと、まあそうなんだけど。うわっ、待った、待った! 早まるな! だって王子がそれでもいいって言ったんだ! それでもかまわないから傍に来いって」
「王子、本当ですか」
「本当だ。ミシカ、剣をしまいなさい」
ただごとではない剣幕で身を浮かし、抜剣したミシカを窘めて、キルヴァはエディニィにお茶のお代わりを所望した。
「“緑の巨人”は我が国土に眠っている。だったら、カズスに協力するのも王子たる私の務めだ。違うか」
「えっ」
「そういうことだ。それに、私としては、この中の誰が何者であってもかまわない」
キルヴァは真顔でひとりひとりを見つめ、美しい翡翠の瞳を細めて無防備な微笑を浮かべた。
「私の傍にいてくれればそれでいい。ただそれだけでよいのだ」
「……なにか、気懸りなことでもあるのですか」
言ったのはミシカだった。
キルヴァはミシカを見た。
「最近とみに我々のことを大切だの傍にいてくれだのとおっしゃいますが、なにかあったのですか?」
「なにかとは?」
「さあ、私ではわかりかねますが。ただ随分と心もとないようなお言葉を口にされるので」
キルヴァは自分の言動をちょっと振り返ってみて、ミシカの指摘をなるほど、と納得した。
「……確かにそうだな。私は少し神経質になっているようだ……実を言うと、先の戦でも参戦する前から君たちを失いやしないかと、ひやひやしていた。天人に襲われたときだって、真っ先に私を庇っただろう。あのときはステラに助けられたが、もしあの攻撃の直撃を受けていたらとてもただでは済むまい。そう思うとぞっとする。私のために君たち全員が死んでいた可能性だってあるのだ……だから、こうして皆が無事な姿がとても嬉しい気持ちがして――やはり女々しいかな」
ダリーは手持無沙汰だったようで、おもむろに懐剣の手入れをはじめながら、おかしく真面目くさった顔で述べた。
「そんなに心配されずとも、俺たちはちょっとやそっとじゃ死にやしません。なにせこう見えても何度も修羅場をくぐってきているもんで、危険には免疫と回避能力がついてるんです」
「そうそう。俺なんて王子のためならたとえ火の中水の中どこへでもお供しますけど、死ぬつもりなんてまるでないですって」
「あんた、殺しても死にそうにないしね」
エディニィがびしっと茶々をいれると場に笑いのさざめきが起こって、雰囲気が和らいだ
「……そうだな。私の杞憂が過ぎたか。もう少し君たちを信用しなければいけないな」
「そうしてください。私たち、いつも王子の声の届く距離におりますから」
エディニィの眼も声も優しく、キルヴァの背を撫でるように安堵感をもたらした。
だが、その反面、どこか憂いを含んでいるようでキルヴァの心を僅かに掻く。
この前訊ねたときははぐらかされたが、いまならば皆もいるし答えてくれるかもしれない、と思い口を開こうとした矢先、天幕の入口で声がかかった。
「失礼します。セグランです。入ってもよろしいですか」
「よい。入れ」
セグランが遠慮がちに姿を現した。
「クレイはどうした」
「“有能な近衛になるために”講座の指導を熱血続行中です。ジェミスが助手をしています。私はいないほうがよさそうなので抜けてきました。よろしければこちらにお邪魔してもいいですか?」
「もちろん。君にはちょうど話があった」
キルヴァはちらとエディニィを見た。しかし既にエディニィの注意は自分から逸れて、また薄い壁を張られたことを感じた。
仕方なく次の機会を待つことにして、ミシカの隣に腰をかけたセグランに眼をやる。
「訊きたいことがあるのだ」
「はい」
「天人のことだ」
「……はい」
キルヴァはセグランが著しく緊張するのを目の当たりにして、急に周囲の気配が気になった。
「エディニィ、カズス、外を見張ってくれ。私がいいと言うまで誰も近づけるな。アズガルにもそう伝えて警戒しろ。ここでの話は後できちんと話す」
「はい」
「は!」
ただちにエディニィとカズスが出ていく。残った四人は車座になった。
友達はいますけど、仲間はいない。
そういうひとは多いと思います。
ちなみに私は仲間がいます。友達は少ないけど、信頼できるのが、二人。これは、自分的にはちょうどいい数です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




