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天人伝承  作者: 安芸
第一章 絶対の秘密を持つということ
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ジア親方

 うるおいのない序章ですみません。

 


 その庵はエムズ山脈の西側、万年雪を抱く山々の雪解け水を運ぶユウル川を挟んだギーウ山の山裾にあった。

 人目につかぬように大きく迂回しながら、慣れぬ山道を馬で辿って、着いたのは正午も近くになってからだった。

「ここからは馬を降りて歩きましょう。王子、大丈夫ですか。ついてこられますか?」

「行く」

「あと少しです。馬はこのさき無理なので、ここに繋いでいきましょう。私のあとについてきてください。足もとに気をつけて、決して余所見をしないように、いいですね」

「わかった」

「……お疲れでしょうに弱音を吐かないとは、強くなられましたね。なかなかどうして見上げた根性です」

「弱音なんて、吐かない。だって私よりセグランの方が疲れているだろう」

「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。さあ、あと少しです。行きましょう」

 セグランは微笑んだ。幼い王子の人を労わる優しい心が、嬉しかった。

それから、ユウル川支流をやや遡り、大きな火山岩がごろごろする緩やかな傾斜の山道を三十ハイト(十ハイトで約十分くらい)も登った。

「ここからはすぐです」

 こことは、先の尖った黒い巨大な玄武岩が三つ、ちょうど柱のように立っている場所だった。

 足場の悪い山道を逸れ、山に入る。

 ややあって視界が開け、目の前に木造の粗末な庵と、それより大きな作業小屋が現れた。水の流れる音が聞こえる。近くに沢があるのだろう。見回すと、動物小屋もあり、山羊が二頭つながれていた。

「――ジア親方、いるでしょう! 出てきてください、私です、セグランです」

 ちょっと間があり、ガタガタッと軋みを上げて作業小屋の扉が開いた。

中から真っ黒にすすけた顔の、背は低いが恰幅のいい、鷲鼻の老人が出てきた。

「セグランだと?」

「お久しぶりです」

「この薄情者! 最後に会ってからいったい何年が経ったと思っとる!」

「すみません。お元気そうで、なによりです」

「元気にきまっとるわ。俺は生涯現役を通すと――そりゃ、なんだ。その羽……まさか、天人か?」

 セグランにジアと呼ばれた老人は臆するふうもなく近づいてきて、セグランの肩に担がれた天人の顔を覗き込みながら、フガフガと鼻を鳴らした。

「死にかけとるじゃないか」

「なんとか助けたいのです。力を貸していただけませんか」

「まったくおまえときたら、たまに顔を出したかと思えば、面倒ごとばかり持ってきおる。なんとかならんのか、その悪癖は」

「かさねがさね、すみません……」

 さっきから謝ってばかりのセグランを見るに見かねたのか、キルヴァがおずおずと口を挟んだ。

「セグランが悪いわけじゃないのです。私がこの天人を助けたいと、わがままを言ったのです」

 そこではじめてキルヴァに気がついたようで、ジア老人は大きく眼を瞠って、額を掌で叩いた。

「なんと、子連れか! いやいや驚いた、おまえもついにひとの親になったか」

 それを聞いて、セグランは文字通り頭のてっぺんから足の爪先まで蒼褪めた。

「ち、違います! なんて畏れ多いことを! こ、こちらの御方は畏れ多くも次期王位継承者キルヴァ・ダルトワ・イシュリー様であらせられます。頼みますから、二度と、二度と間違ってもそんな恐ろしいことを言わないでください」

「セグラン」

 キルヴァの切迫した声にセグランは我に返った。急に右肩の重みが骨身にのしかかる。

 セグランはあらためて頭を下げた。

「突然の訪問は謝ります。迷惑なのも承知です。どうか、助けていただけませんか」

「来なさい」

 ジア老人は顎をしゃくった。庵へ向かう。見かけより、足取りは確かで軽い。

 キルヴァはセグランに問うようなまなざしを向け、セグランは頷いた。

「いきましょう」

 庵の中は、物が少なく、豪華だった。

 中央に木の食卓、椅子は背凭れつきのものが二脚、右側の壁は陳列棚、左側の壁には上着やら帽子やら長弓やら、色々のものが掛けられている。奥が台所、寝台は一番手前にあった。

 キルヴァがびっくりするほど豪華だと思ったものは、床に敷いてある数々の敷物だった。獰猛果敢で知られる黄と黒のドノヴァン虎の毛皮、巨躯で有名なワズリー熊の毛皮、敏捷さではかなうもののないレット狐、耳がよく逃げ足の速いことで一番のアベラ大鹿……まだまだある。

「あなたは猟師なのですか」

 セグランはジアの指示で寝台に天人を俯けに寝かせた。顔だけは気道確保のため横向きにする。あとからついてきたキルヴァが息をのむ気配がしたので、さっと振り向いたところにその呟きが聞こえた。

「猟師じゃない。まあ、暮らしのために春と秋は獣を狩るがね。なにせ毛皮はいい現金収入になるからな……坊は狩りをしたことがあるかね」

「坊なんて失礼です。きちんと王子と呼んでください」

「ぎゃあぎゃあ言うな。おまえはさっさと服を脱いでそっちの作業着に着替えろ。のろまじゃ天人は助からんぞ。俺は地下倉庫から薬を取ってくるから、その間にそこの桶で沢から水を汲んで来い。たらいは台所に大きいものがあるからそれを使え。急げ」

「私も手伝います。なにか、させてください。なにをすればいいですか」

 キルヴァは既に上着を脱いで袖を捲り、ズボンの裾をたくしあげていた。

「見ろ、おまえより素早いぞ。よし、坊は外の作業小屋にいって()(くぼ)――いや、火の窯の近くに大きな扇があるから、それを持って来なさい。あと、その食卓の上の角灯には油がさしてあるから、窯から火を移してくるんだ。窯の火力は強い、十分気をつけてな。火傷はするなよ」

「はい」

 しっかりとした顔つきで頷き、セグランが止める間もなく角灯を片手に飛び出して行くキルヴァの機敏さに、ジアは感嘆した。

「たいした子供だ。あれはいい男になるぞ」

「王子に火窯から火を取ってこいだなんて、そんな危険なことさせないでください」

「……おまえ、ちと過保護すぎないか。大切に扱うことも度を超すと、なにもできない大人になるぞ。いいからとっとと水を汲んで来い」

 セグランが水を汲んで戻ると、ジアが地下倉庫から出てくるところに出くわした。手に色々と抱えている。

「それは?」

「薬草だ。天人の血止めに効く」

「なぜそんなものがあるんです」

 それには答えず、ジアはむっつりとした顰め面で顎をしゃくった。ついてこい、というしぐさだ。

 セグランは黙って従った。とにかく、いまは救命措置に心血を注ぐのだ。


 天人救助劇です。まだ続きます。地味ですが、しっかりと足跡はつけて進みますので、どうかおつきあいください。


 さて、余談。

 私の完結作の中でも、乙女~は中編のためか、やたらにアクセスが伸びています。題材が好みなのかなんなのかわかりませんが、読まれた方で、こんな設定あったらいいな! というもの、ありますか? 私程度のウデでどこまでご期待に添えられるかわかりませんが、もしリクエストがあればご一報を。チャレンジしてみます。まあ、自分で書いた方が早いわ! というご意見の方が多数でしょうが。笑。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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