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天人伝承  作者: 安芸
第四章 苦しみを見出すということ
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秘められた想い

 エディニィとキルヴァです。

 キルヴァはどうも女心には鈍いようです。

 キルヴァは両の手を握り、拳を作った状態で胸の中央で交差し、踵をつけ、まっすぐに姿勢を正して眼を瞑り、月神ラーク・テアに祈りを捧げていた。

 月が冴え冴えと美しく照る夜だった。

 天満星が輝き、雲はない。風は微風で、少し肌寒い。

 キルヴァが祈り終えるのを待っていた間合いで、そっと忍び寄る気配があった。

「……お風邪を召します。どうぞ羽織ってください」

「……ああ、すまないエディニィ」

 差し出された丈の長い黒マントをキルヴァは受け取った。

 辺りは寝静まっている。

 天幕ごとに小さく灯された青角灯が季節外れの蛍のように点々と瞬いていた。

 キルヴァの天幕は夜営のほぼ中央に設営されていた。そのすぐ右隣にダリーら近衛のための天幕がひとつ、左隣に次軍師セグランのための天幕がひとつ、この三つの天幕を囲うように指揮官らの天幕が円状に張られ、更にその外に一般兵の天幕が密集して展開していた。

 キルヴァの近衛は交替で宿直に当たるため、二人は常に外で監視の眼を光らせ、ひとりは天幕の内側を仕切った中で護衛と雑用を兼務する。

 あとの三名は、一人は休み、二人は交代要員として待機する。

 今日は、エディニィは休みで自由の身なのだが、一時休戦中とはいえ戦線にいるので自主的に休みを返上し、食事を作ったり、洗濯をしたり、掃除をしたり、キルヴァの身の回りの世話を焼いてくれた。 それらを黙って行い、常に見えないところで働いてくれていることを、キルヴァはちゃんと知っていた。

「いつも君には世話をかける。ありがとう。今日の夕食のツミレ鍋も、とても旨かった」

「お口に合ってよかったです。では、私はこれで」

「エディニィ」

「……はい」

 キルヴァは眼を伏せて畏まっているエディニィに顔を上げるように言い、笑いかけた。

「皆で囲む食事は、いいものだな。楽しくて温かい……腹も膨れるが、なにか心も満たされるような感じがするのだ」

 エディニィの口元がやわらかく綻ぶのを見て、キルヴァの気持ちもよりほぐれる。

「さっき、カズスがな、食事の前に私がセグランを贔屓にしているとむくれていたが、それは違う。私は君たちもセグラン同様、大切に思っている」

 言って、キルヴァはエディニィの瞳をじっと見つめた。その眼には笑みがこもっている。

「私が孤独であったとき、助けを必要としていたとき、いつも君たちがいてくれた。その都度私がどんなに心強かったか……先だっての戦だってそうだ。私ひとりではあのような無茶はできなかった。君たちが支えてくれたから、被害も最小でスザンの侵攻を食い止めることができたのだ」

「……身に過ぎるお言葉です」

 キルヴァは小さくかぶりを振り、笑みをひそめてエディニィを見つめた。

「君は、最近なにか悩みでもあるのか」

 唐突な問いに、エディニィは怯んだ様子で表情が強張った。

「普段はなんでもないようだが、私の前では以前よりよそよそしいような気がするのだ」

「それは……」

 言葉に詰まり、適当な言い訳を探しあぐねているように不自然に眼を泳がせていたが、ややあって、エディニィは暗いまなざしを伏せて俯いた。

「……それは、お気のせいですわ」

「気のせいか」

「はい」

「……そうか」

「……はい」

 わかった、と嘯いて、キルヴァはそれ以上の追及を止した。ひとには誰しも言いたくないことだってある。それをむやみに暴くのはよくない。

 だが、そうとわかっていても釈然としない気持ちが残って、胸に燻る。月を振り仰ぐ。薄い月光を浴びて、しばらく。心を決めた。それから後ろを振り返る。

「皆、いるな」

 特別招集する必要はなかった。

 呼応にはほとんどすぐに全員が現れた。最後にセグランが天幕の入口をついと手で除けて、無言で出てきたが、既に外出用の支度を済ませている。

 キルヴァは黙ってついて来いというしぐさをして、人目につかぬよう、野営地を抜けた。

 ここいらは起伏のある丘陵地帯で、地形さえ覚えていれば人目を避ける場所をみつけることは容易であった。

 青角灯を手に下げて雑草を踏みしだき、辺りに一切の生き物の気配がないことを確認し合い、なだらかな丘陵に立つ。風はわずかに湿気を孕んでいる。空気は澄んでいて、軽い。

 きらめく月の光がかすかに互いの輪郭を浮き上がらせる深い暗闇の中、キルヴァは夜に身を委ねるように静かな声もて告げた。

「君たちに私の秘密の友人を紹介しよう。――ステラ! 我がもとに来たれ」


 今日は短め。

 次回、人物紹介も兼ねて、天人へのご挨拶? です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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