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天人伝承  作者: 安芸
第四章 苦しみを見出すということ
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戦のあと

 新章開始です。

     

 頭上に鳥影が射した。

 キルヴァは黄昏の空を仰ぎ、緩く旋回する愛鳥を呼んだ。

「来い、カドゥサ」

 その声をただちに聞きつけて、勇壮な姿のギィ大鷹が舞い降りてくる。伸ばしたキルヴァの腕にしっかと留まり、一声甘く鳴きながら長い翼を折りたたむ。

「もう大丈夫のようだな。よかった」

 カドゥサは先の戦で天人に向かって攻撃を仕掛けた折に、炎の球体の爆破の煽りをくらい地面に叩きつけられて怪我をしたのだが、どうやら大事はなかったようだ。

「私のためとはいえ、無茶をするなよ。飛べなくなったらどうするのだ」

「カドゥサの調子はいかがです?」

 振り返ると、すぐそこにセグランが立っていた。

「問題なさそうだ」

「それはよかった」

 スザン国の侵攻を食い止め、第五領地の国境前線基地が復興してから数日が経った。

 怪我の具合がおもわしくないディレク・ダルトワ・イシュリー王は、近臣と専属医術師の説得により養生のため、一旦王宮へ帰還した。軍師リューゲル・ダッファリーを伴ってのことである。

 代行で軍を預かったのはキルヴァ・ダルトワ・イシュリー王子で、いまは諸々の戦後処理と新たな人員配置、基地の建て直し、戦略会議など、いくつもの問題を処理するのにここ何日も睡眠も満足に取れぬほど仕事に忙殺されていた。

 セグランは文字通り片時も傍を離れずキルヴァの補佐にあたっていた。

「お疲れですか?」

「大丈夫だ」

「しかし朝からずっと立ちっぱなしでしょう。まもなく食事ですが、少し休まれてはどうですか」

「いや、本当に大丈夫だ。皆よくやってくれているし、セグランもいる。それに、ステラもいる」

 姿は見えなくとも、その存在は近くの空に在ることをキルヴァは了解していた。

 あの劇的な再会のあと、ステラは空に昇った。近くにいる。必要なときは呼べ。と言い残して。

 その言葉をキルヴァは疑わなかった。

 キルヴァはカドゥサを腕から放ち、その灰色の翼が夕べの光に浸るのを見た。暮れゆく濃い橙色の地平を眺めた。眼を瞑ると、風がしっとりと重くなるのを感じた。

 瞼を開ける。夕闇が深まってゆく。雲が山吹色と緋色と薄紫の斑に染まり、夜の到来が間もないことを告げていた。

 キルヴァはセグランに向かい、微笑した。

「……私は嬉しいのだ」

「はい……?」

「嬉しいのだ。セグランと、ステラと、またこうして無事会えたことがなにより嬉しい。だからいまはなんでもできる。どんなことでもやれる。こんな些細な疲れなどなんともない。

君がいて、ステラがいて、ともがらがいる……私はなんと幸せ者だろう」

「王子……私こそ、またこうしてお傍にお仕えできたこと、大変嬉しく思っております。なんだか慌ただしい再会でしたのでまだなにもお話できておりませんが、お伝えしたいこと、お訊きしたいことが山ほどあるのです」

「私もだ。でも、焦らなくてもいいだろう。徐々に、少しずつでいい。セグランのこの十年を聞かせてくれ」

「はい。私も王子の十年をぜひ教えていただきたいものです」

「そうだな。もう少しいまの私を見てもらってから、訊いてみたいこともあるしな」

「……訊いてみたいこと?」

「あとでいい」

「気になります。なんですか」

 キルヴァは言いにくかったが、意を決した。飾る相手でもない。

「……私はセグランの言う“余裕のあるひと”に少しは近づけたか……?」

 セグランの表情が変わった。

 キルヴァは記憶にある言葉を胸の内で反芻し、ゆっくりとそれをなぞった。

「……余裕のあるひとになれ、と君は言った。やがて王になる私は目先のことにのみとらわれてはいけないと。常に先を見て、常に先を読み、常に先のことを考えろと。それには余裕が必要で、余裕のあるひとだけが他者にも優しくできる……それができれば、立派な王となれる。そう君は言ったな。私がそうあろうとする限り、いつの日にかまた会えると……私はその言葉を信じた。信じて、君を待った。待つ間、考えて、努力した。セグランの言う余裕がどういうものかわからなかったから、まず、身近なひとを信じることからはじめたのだ。そして自分が信じられるひとを少しずつ増やしていくように努めた……私はまだまだ未熟で、力もない。だが周りの人々に助けてもらうことでなんとかこれまでやってくることができた。皆には感謝している。一国の王子としては頼りないかも知れないが、互いに助けあい、補いあうことができれば、どんな局面も支え合えると、私は学んだ。少しは成長したと思ってはもらえまいか……?」


 セグランとキルヴァは書いていて楽しいです。

 この二人に、キルヴァ命の近衛をまぜると、もっと楽しい。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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