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天人伝承  作者: 安芸
第三章 誰もがひとりでは生きられないということ
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ノーヴァ戦争・七

 天人降臨です。

「あなたがたのどちらか、或いは両方でもかまわないが、残ってくれ。人質とさせてもらう」

 アレンジー・ルドルはふてぶてしく鼻を鳴らした。

「ほう、ここは笑うところか?俺を人質だと?できるものなら捕らえてみろ!と、言いたいところだが、生憎いまは忙しい。負け戦は引き際が肝心だからな。――それにおまえたちも俺たちにかまっている余裕などないだろうよ」

 せせら嗤い、両眼に鈍い危険な光が灯される。口元が歪んだ。二言、三言、低くなにごとか呟くと、間髪おかず、天空に向かって吠えるように高々と声を張り上げ、召喚した。

「――我ら偽りなき契約のもとに、ここに来たれ、火の天人ラーク・シャーサ!」

 次の刹那、朝の生まれたばかりの柔らかい光を打ち消して、炎の雨が獰猛なる勢いで降り注いだ。

 拳大の火炎の飛沫が隕石群の如く襲い来る。

 たちまち辺り一帯阿鼻叫喚の騒ぎとなり、一瞬にして形勢逆転に陥った。

 あまりに強烈な不意打ちをくらったため、アレンジー・ルドルとゲオルグ・ニーゼンにはまんまと逃げられた。だが、不幸中の幸いというべきか、スザン軍の重要人物たる二人の近くにいたためか、キルヴァたちは炎の第一波を浴びることはなかった。だが事態は切迫しているということはすぐに判明した。

 ひらひらと躍り爆ぜる炎を全身に纏って晴れた空から垂直に天人が降下してきた。

 六枚の翼をわずかにひろげて、地上には完全に立つことなく、やや浮いている。

 白い長い襞のある衣で肌を隠し、短く刈った金色の髪と生気のない整った美貌、尖った顎、平たい胸、均整のとれた長身。間違いなく男性の天人である。

 突如として現れた火の天人は無表情のまま両腕をひろげ、掌を太陽に翳した。すると手の中に炎の球体が一点浮き上がり、ごぼごぼと沸騰しながらあっという間に巨大に膨れてそのまま上空にすーっと持ち上がってゆく。また天人もまっすぐに浮上して、球体よりもやや高い位置にて留まる。

 これからなにが起こるのか、誰の目にも明らかだった。

 キルヴァはセグランを残してきた方角を振り向いた。

 瞠目した。

 セグランが、ジェミスもそのあとに続いているが、ものすごい勢いで駆けつけてくる。よりによって炎の攻撃の集中砲火を浴びそうなこの場所に。

「逃げろ」

 キルヴァは必死に叫んだ。

「来るな!戻れ、セグラン!だめだ、危険――」

 キルヴァの声は途絶した。上空を回遊していたカドゥサが不意に身体の向きを変え、攻撃の態勢を取ったのだ。天人に襲いかかろうと尖った爪を武器に掴みかかってゆく姿を眼の端に捕らえる。止める間もなく、カドゥサが天人に接触しようとしたまさにその瞬間、炎の球体が炸裂した。

 暴れるように宙に飛び散った炎のつぶてを見て、キルヴァは味方の前線基地がなぜやられたのか、父王の負傷の理由がなんだったのか、また国境線に赤々と燃える炎の列柱の意味するところとはなんであるかを一瞬にして確信し、理解した。

 誇り高くひとに関わらぬ天人が、ひとの命に従い、参戦している。

 いけない、と思った。

 キルヴァはおぞましい予感に戦慄した。

 このままでは、いずれ遠からず天人戦争再来となる。かつて大陸全土を焦土に変え、ひとも獣も天人も、数多の命が失われた古代のそして過去最大規模の戦争。天人の大いなる力を兵器として使用した、ひとの行いの最も醜悪な愚行。 

 このキルヴァの思考はほんの束の間のことで、現実は、エディニィ・ローパスが馬上から有無を言わさず飛びかかってきた。地面に倒れた二人をカズス・クライシスとアズガル・フェイドが左右から挟み覆い被さり、クレイ・シュナルツァーが間隙を埋め、ミシカ・オブライエンが上を庇い、ダリー・スエンディーが更に上から庇った。そしてセグラン・リージュが火の天人とキルヴァとの間に突進して、馬上で両腕をひろげた恰好で火炎の弾幕の盾となった。

 誰もが死を覚悟したその瞬間は、訪れなかった。

 大きな羽ばたき音がして、風が捲れた。太陽の陽射しが遮られて影が落ちる。空気が唸ったかのような鈍い衝撃音のあと、一瞬にして、炎の塊はことごとく消滅した。

 その信じられないような光景をただひとり、セグラン・リージュだけが目撃した。

 戦場に異様な気配の静けさがみちた。

 なにごとも起こらないので、キルヴァは不審に思いながらも皆を退かせ、ようよう這い出た。そして振り仰いだそこに、新たな天人を見出した。

 美しい。

 言語を絶するほどの美しさである。

 静寂はこの人智を超えた美に誰ひとりとして例外なく圧倒されたためであった。

 腰まで届く長い豊かな金髪、白皙の美貌、脆弱さの欠片もない痩躯、纏う長い衣は白で金の帯を締めて裸足である。翼の数は、十二。十二翼天。長に次ぐ、力ある者。最強の天人の証。

 そしてそのうちの一枚の翼に禍々しく浮き上がる、蒼い一条の傷痕。

 深い蒼い双眸はまっすぐにキルヴァに向けられていた。

 キルヴァもまたまっすぐに十二翼の天人を見つめ返した。


 ようやく、再会です。長かった……。

 あと一話、続きます。

 安芸でした。

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