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天人伝承  作者: 安芸
第三章 誰もがひとりでは生きられないということ
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ノーヴァ戦争・三

 最近のお気に入りはアポロチョコ。なぜかクジつき。まだハズレオンリーですが……。いえ、書くのにチョコレートは必須アイテムという余談でした。

 ざあざあと雨が降りしきる中、鈍く余韻を引いて法螺貝の音が戦場に鳴り響いた。

 白兵戦では滅法強い英傑の二人、アレンジー・ルドルとゲオルグ・イーゼンは新たな加勢を覚悟した。相手の策に嵌まるかたちとなってしまった戦いだったが、挟撃されて苦戦はしていても、負ける心地はしなかった。

 ぶつかり合いの感触で、兵力を温存しているのでは、という疑いの気持ちがふくれあがったのだ。そこへこの笛の合図である。

 ところが、起こったことはまったく別のことだった。

 イシュリー軍は谷の入口と谷の内奥の二手に分かれて遁走を開始した。

 たったいままで斬り結んでいた相手が唐突に剣を退き、脇目も振らず身を翻して逃げ出したのだ。追う者、取り残される者、安堵する者、呼び返す者、均衡を失って倒れる者、唖然とする者、スザン軍の反応はまちまちであった。

「やられた」

 ゲオルグ・ニーゼンは感嘆もあらわに呟いた。彼にはこの先の展開が読めた。いま一方的に緊張の糸が断たれ、置き去りにされた兵士らは多くが集中力を途切れさせ、弛緩した状態である。この隙を突くのだ。

「おまえらー油断するなー。また来るぞー。うとうと寝ていると減給するぞー。俺の近くにいる奴はこっちに来い、近くにいない奴は適当に周りの奴らとつるめ、固まって攻撃に備えろー早くしろー」

 指示が終わるか終らぬかのうちに、再びイシュリー軍が攻めてきた。

 同じことがこの夜いくたびか繰り返され、スザン軍は精神的に疲弊した。

 この策に応じるには、戦力にものを言わせるのが一番効果的だったが、主力は崖を占拠するため侵攻中である。

 この場は我慢比べしかできない。どちらが先に斃れるのか、結束と胆力が勝敗を分けるだろう。

「……さすがだな」

 セグランはキルヴァを守りながら戦いの輪の外で主にはぐれ兵のみを相手にしていた。全体の力の拮抗を見極め、退いては取って返し、退いては取って返しの戦術を用いたのだが、やはり容易には崩れてくれない。敵もさるもの、何度かの応酬でじたばた足掻くのをやめ、迎撃に出た模様である。

 雨足が弱ってきた。

 とうに雷雲は過ぎ去り、雨もじきにやむだろう。間もなく夜明けだが、まだ一バーツ以上もある。おそらく左右の崖上には既にスザン軍が陣取り、弓矢部隊が配置され、明るくなると同時に攻撃に移るに違いない。

「知らせはまだか」

 キルヴァがセグランの胸中を計ったように口をひらいた。

「まだです」

「遅いな」

「焦ってはいけません、王子。必ず来ます」

「焦ってはいないが、このままでもいけないと思う。そろそろこちらの思惑も気づかれることだろう。夜明けを待っているのがあちらだけではないと、誰かが気づく頃だ。ここは、私が討って出よう」

「それはいけません」

 セグランはびっくりして制止した。

「鬨の声が、一か所すごく大きいところがあるだろう。たぶんあそこに剛の者がいる。確認したところではアレンジー・ルドルとゲオルグ・イーゼンという豪傑が二人参戦しているそうだから、そのどちらか、或いは両名がいるのだろう。いって、お相手を願おうか」

「危険すぎます、おやめください」

「じっとしていては返り討ちにあう。私が行けば、私に眼が向く。ちょっとした時間稼ぎくらいにはなるだろう。うまくいけば、どちらかひとりでも捕虜にできれば、交渉の切り札にもなる。大丈夫、無理はしない。第一私はそんなに強いわけではない。セグランはここに残って合図があるかどうか引き続き見張っていてくれ。ジェミス、セグランを頼む」

「はっ」

「私だけ残るなんて、そんな! お供します」

「軍師は戦いの渦中に行くな。セグランは私の軍師なのだからなにかあっては困るのだ。それに、私はひとりじゃない。ダリー、どうだ」

 ダリー・スエンディーの返答は簡潔だった。

「ひとりはお任せください」

「頼む。ミシカ、どうだ」

 ミシカ・オブライエンの返答は正直だった。

「技量はともかく、力負けしそうです。援護が欲しいところですね」

「私が援護しよう。アズガル、カズスは私の守りに入れ。クレイとエディニィは私たちの戦いを邪魔する者を阻め。よいか、目的は仕留めることじゃない。適当に相手をし、できれば身柄を確保すること、無茶はするな。夜明けまでもてばいいのだ」

 アズガル・フェイドとカズス・クライシス、クレイ・シュナルツァーとエディニィ・ローパスはそれぞれ了解した。止める者はいなかった。どうしても戦わなければならない時があることを、全員が知っていたのだ。

 キルヴァは抜剣した。細身で切れ味鋭く、重みといい、長さといい、手にしっくりくる優れものである。

「案ずるな」

 と、セグランに一言向けて、キルヴァはすぐさま愛馬バレンジーレの手綱を胸元に手繰り寄せた。そして果敢に叫んだ。

「突撃!」


 キルヴァは口で言うほどおとなしくしていません。周囲の者は大変だろうなあ、と思います。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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