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天人伝承  作者: 安芸
第二章 命を懸けた誓いに生きるということ
14/82

風の天人(ソレイア・シャーサ)

 紅い軍神

 と、サブタイトルをどちらにしようか迷った結果です。

 この小話は色々な伏線が張り巡らされています。

 不思議と、脅威は感じなかった。驚いたことに親近感が湧いてきた。指先から、熱いものが身体中を駆け巡る。

 キルヴァは、ずっと待っていた運命にようやく巡り会えた、と思った。

 だが、蒼い一条の傷痕を持つ翼の天人は、そこには見当たらなかった。

 軽い落胆と共にキルヴァがふっと身体の力を抜くと、それを合図としたかのように天人の群れはざあっと一斉に舞い上がった。巻き起こる風は螺旋を描き、ひと連なりとなって上空へと吸い込まれていく。

 そして、その場にただひとりが残った。

 金髪蒼眼、短髪、長身痩躯、色素は薄く、頬のこけた、少し角のある美貌、白い衣装、翼はたたまれているようで数はわからない。

 だが、一目でステラではないことは知れた。天人にも性別があり、翼以外の肉体的特徴は人間とさほど変わらず、明らかに男性だった。

「……おまえの歌に惹かれてね、皆集まってきたんだ。深く、伸びやかに響くいい声は、我らの好むものだ。これでも歌の出来の良し悪しには喧しくてね、おまえの歌は、悪くない。ひとにしちゃあ随分力強く歌に心を響かせている……ジアにも、きっと届いたことだろうよ」

 キルヴァはエディニィとクレイを押しやった。

「皆、下がれ」

「危険です、王子」

「承服致しかねます」

 エディニィとクレイが異を唱え、同調するように他の誰も離れなかった。

「いいから下がれ。彼は敵ではないと、言っているのだ。どうも私の歌に惹かれてやって来ただけのことらしい。こんな機会は稀だろう、少し話がしてみたい」

「えっ。王子、天人の言葉がわかるんですか」

 カズスが仰天の声を上げる。

 キルヴァは「ああ」、と応えた。

「少しな。王家の者の嗜み程度には、だが。わかったら退け。離れるのに文句があるのだったらそこにいてもいい。ただ邪魔をするな」

 不承不承、エディニィとクレイが脇に退く。

 キルヴァは手を振り、もう二、三歩下がらせた。それから天人に向きなおり、頭を垂れ、両手を胸において、そのまま掌を下にしたまま肘を伸ばし、脇へゆっくりと下ろし、左足を浅く引いてお辞儀した。

「我々流の挨拶か」

「間違っていたらすみません」

「いや、合っている。しかしひとの子とはいえ、一国の王子が腰の低いことだな」

「武器の矛先を向けた非礼のお詫びまでです。へりくだっているわけではありません。なぜ私のことを王子とご存知なのですか」

「ジアに聞いた」

「ジアをご存知なのですか」

「まあな。おまえの懐にあるその短刀、一方はジアが鍛えたものだろう」

「はい。何年も前にもらったものです。……いまとなっては形見になってしまいましたね」

「その柄の細工が納得のいく形になるまで苦労していた。何度もやり直していたな。いい加減に妥協しておけばよかろうと思ったくらい、しつこかったぞ」

「大事にします。そうか、ジアは私のためにそんなに頑張ってくれたのか。やはり最後に一目だけでも会っておきたかったな……あなたはジアを看取ったのですか?」

「なぜそうなる」

「ふと思っただけです。不快に思われたのでしたらお詫びします」

 天人の眼の中に一条の哀しみが揺れた。

「……看取るには看取った。ひとの子にできることなどなにもなかったが、ひとりで逝かせるよりはいくぶんましだろう。俺でも、いないよりは」

「ありがとうございます。少しほっとしました。ひとりで倒れて看取る者がいないなんて、孤独すぎる。あの小屋は山裾とはいえ奥まった場所にあるし、ひとが訪ねるとも思えない。私は友人からジアの訃報を知らされたのですが、その友人もそのときは遥か遠方の地にいたはずで、どうやってそのことを知りえたのかずっと不思議だったのです。あなたが教えてくださったのですね」

「死ぬ間際にひとつ頼まれたことがあった。俺はそれをかなえただけで、死の知らせはついでのようなものだ。……それにしても、おまえ」

「はい」

 天人はキルヴァを凝視した。

 蒼眼は不愉快そうでもあり、愉快そうでもある。間が合って、天人は顎を撫でるしぐさをしながら不意に翼をひろげた。

 背後で気色ばむ気配がした。

 それを片手で制しながら、キルヴァは翼が十枚あることを数えた。

 十翼とは上位の天人だ。

 最高が長の十三翼で、次が十二翼、その次が十翼だ。翼の数だけ力を保有する天人も、上位ほど数が少ない。二桁の翼の天人は滅多に人前には姿を現さない希少種だ。それなのに。

「不思議な奴だ。我らと対等に口をきくだけでもたいしたものだが、我らに対してまるで物怖じしないその資質はひとには珍しいぞ」

「あなたがそれを許してくださったからでしょう。あなたは私などいつでも殺すことができた。でもあなたはそうなさらなかった」

「我ら風の者は気まぐれだからな。おもしろければそれでいいのさ」

「私がおもしろいと?」

「っははは」

 天人が短く、だがはっきりと笑った。しかし、彼自身意外だったようで、すぐに笑いをおさめる。 それからばつが悪そうな顔で視線をさまよわせたあと、言った。

「自分を知らないとみえるな。おまえは相当な変わり種だぞ」

 キルヴァは無言で肩をすくめた。

「俺を笑わせた褒美に、ひとつ、教えてやろう。俺はジアの頼みで、セグランというひとの子に、あるものを預けた。それは、おまえ宛のものだ。ジアはそれをおまえに渡すか渡さぬかの判断はそいつに任せると言っていた。さきほどおまえは懐の短刀が形見と言ったな。ということは、あれはまだおまえの手には渡っていないということだろう。機会があれば訊ねてみるがいい」

「……ジアが、私に?」

「そうだ。あれは、我ら天人とひとの運命を左右する力を持っている恐ろしいものだ。願わくば、おまえの手元には届かぬように」

「ではなぜわざわざ教えてくださったのです」

「気まぐれさ。俺はもう行く」

「またこうしてお話できますか」

「……おまえはひとの子としてはよく我らの言語に通じている方なのだろうが、いかんせん発音が聞き苦しい。まずそれを直せ」

 言い捨てて、風の天人は大きく翼を上下した。次の瞬間には空の彼方に消えていた。

 キルヴァはしばらく空の中を見つめていた。

 この天空のどこかにステラがいる。

 いつか、会える。

 いつか再会の時が来る――ずっとそう信じていた。

 だがやはり、現実はそううまくはいかない。ジアに託していた一縷の望みをも断たれたいま、キルヴァは喪失感で満ちていた。ジアの死と、その死によるステラとの細い絆の断絶。    

 十年前のあの日は、なんて遠い思い出となったのだろう。

「……子、王子」

 呼びかけに、キルヴァは追想から我に返った。ゆっくり振り返ると、全員が燻った表情でキルヴァの言葉を待っていた。クレイなどはいまにも質問攻めにかかりたそうに眼を血走らせて落ちつかなげである。

 キルヴァは黙って懐から書状を取り出し、それを近衛長のダリーに差し出した。

「……これは?」

「今朝届いたばかりのセグラン・リージュからの書状だ」

「なにが書いてあるのですか」

「読んでくれ」

 皆の手に順番に渡り、最後にカズスの手からキルヴァに戻された。キルヴァは丁寧に懐にそれをおさめてから、一同を見渡した。ダリー、ミシカ、エディニィ、クレイ、アズガル、カズス。誰の眼にも一部の恐れも見当たらない。これからキルヴァが言うであろう言葉をはっきりと予測して、それを受け入れるつもりなのだ。

「私は戦線へ赴く」

 キルヴァは宣言した。びりっと、空気に緊張が漲った。

「セグランの知らせでは父上の負傷は軽いものらしいが、前線基地は壊滅的被害を受けたようだ。すぐにも補給と援軍が必要だろう。こちらに要請はいまのところないが、このたび私は要請がなくとも動く。おそらくそれは待っても無駄だろうから、準備が整い次第出陣する。皆もそのつもりで早速支度にかかってくれ」

「お言葉ですが」

 と言ったのはミシカである。

「王の要請もなく勝手に動かれてはのちに軍規違反に問われることになるかと思われます」

「私は待った」

 キルヴァは静かに言った。額にかかった髪を無造作に掻きあげる。

「要請があってしかるべき危機に名乗りを上げて、二度とも待機を命じられた。三度目をじっとしているつもりはない。これ以上ただ黙って傍観していれば腑抜けの烙印を押されても仕方あるまい。それに私は成人してもう三年になる。二十一にもなる男がただ大勢の家臣の背に守られていたとあっては、我が祖先にも我が民にも顔向けできないだろう、違うか」

 意気込んで、カズスが一歩前に出る。

「俺は行きます。王子が行くなら行きます。どこでも行きます。絶対についていきます」

「頼む、カズス」

「いやだから、カズスだけに頼まないでくださいって。私だって行きますよ、もちろん。私やカズスだけじゃない、皆も行きます、行くに決まっているでしょう。我々は王子の近衛です、王子の行くところ、たとえ奈落の底まで来いと言われても黙ってお供しますって」

 クレイの言葉に異を唱える者はいなかった。ミシカも、もう反対しなかった。

 キルヴァは頷いた。胸に温かいものがひろがっていく。

 セグランと離れ、この十年、失ったものも多いが、新たに得たものもある。孤独を感じることもあるが、決してひとりではないということがキルヴァを勇気づけた。

「君たちがいてくれてよかった」

「任せてください。俺、いや、俺たち王子命ですから!」

 どん、とカズスは胸を叩いた。笑顔は子供のように溌剌としている。

 それにしても、と大きな声で彼は続けた。

「その姿、王子本当にお似合いですねぇ。ほら、光がちょうど天上から斜めに射して――物語の英雄さながら立派で――まるで紅い軍神みたいですよ」



 書けば書くほど、キルヴァが好きになる。主人公に思い入れがあるのはやはり当然と言えば当然なのかもしれませんが、彼は私がいままで書きあげてきた主人公のどれとも違います。たいしたことをまだなにもしていないのに、彼は、本当に王族。真正の王子です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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